ジャパリパークのいちばん長い日
その日のはじまり
それは多くのフレンズにとって、平穏ないつもの朝でした。
まだ夜も明けない、薄暗い森のなか。
巧妙に隠された入口から、するすると穴の中に降りていき、アフリカオオコノハズクの博士とワシミミズクの助手は、本棚の本を確認しました。
「……これは上に戻すべきでは?」と助手。
「いえ、これはここでいいのです」と博士。
新設されたばかりの図書館地下に、なにを置くべきか、ふたりはあれこれと話し合います。
「やはり、まだ狭いですね。アナグマにもっと掘らせるです」
助手の提案に、博士が頷きます。
「ですね。アナグマを呼ぶですよ」
ふたりはトンネルを奥へ進み、ニホンアナグマの寝床へ進みます。暗い通路の中、足音が微かに反響しました。
「アナグマ、寝ているですか?」
壁からひょこりと顔を覗かせ、博士が辺りを見廻します。
「寝ているなら起きるのです」
言って、助手も顔を覗かせました。
応じる声はありません。
「……アナグマ?」
微かに首を傾げ、もう一度問います。
声は暗い闇に消え、そこには寝息も気配もありません。
アナグマの姿は、寝床から忽然と消えていました。
「なにか出掛ける用事があったのでしょうか?」
疑念を口にした博士に、助手が首を振って答えます。
「……いえ。これは――」
彼女たちの目の前。そこには、
日の出とともに、ハンターのシバテリウムは眼を覚ましました。肩を回しつつ、もうひとりのハンターを起こしに行きます。
「起き給え」
「うーん……、おはよう」
そう言って大きく伸びをしたのは、ヒクイドリでした。
「今日も平穏無事な一日を過ごせるといいな」
「常に気を張れとは言わぬが、油断はせんようにな」
「わかっているよ」
そんな会話を交わしつつ、朝の体操をはじめます。闘いと共にあるハンターにとって、寝起きの準備体操は欠かせません。
「おいっちにー」
「さんしー」
身体が温まっていくとともに、森の隅々にまで陽光が射しこみ、パーク全体が活動をはじめていきます。
「――ん?」
ふいに、なんとはなしに森林を眺めていたヒクイドリが、眉根を寄せました。
「どうした?」
「いま、セルリアンがいたような……」
「真か? いますぐ行かねば――」
武器を手にしたシバの前に、ヒクイドリは掌を翳します。
「……いや、いい。さすがに私の見間違いだと思う」
「見間違い? なら良いのだが……」
「うん」
しばらく沈黙した後、ヒクイドリはまた口を開きました。
「……やっぱり、一応、樹の上から確認してくれないか? あっちの方向だ」
「あ、ああ」
シバは頷くと、得意ではないものの、慎重に樹を登り、ヒクイドリが指差した方向を睨みます。
「どうだ? たぶん私の見間違いだと思うんだが……」
「…………」
返答がなく、ヒクイドリは怪訝な顔で彼女を見上げます。
「おい、シバ? どうした? なにが見えた?」
「…………」
「シバ!」
その叫びに、ようやく我に帰ったのか、シバは視線を遠くへ向けたまま、呟きました。
「……ヒクイドリよ、たぶん、我も見間違えている。そう思いたいが――」
彼女の視線の先。
そこにあった光景は――。
昇ってくる朝陽と、徐々に暖められていく風景を見て、アミメキリンは眩しそうに眼を細めました。
「……これはもう朝、よね⁉」
叫ぶや、どたどたと廊下を走っていきます。
がらりと扉を開けた先は、湯気を立てる温泉。
「ふっふっふ……、私が一番乗りよ!」
「……どうしたの?」
「ひゃあ!」
背後からの声に、キリンは身体を強張らせました。ゆっくり振り向くと、ゲームの筐体に突っ伏して寝ていたキタキツネ(ネコ目イヌ科キツネ属)が、気だるい仕草で身を起こしているところでした。
「あれ、キリン? たしか昨日の夜に来た――」
「そ、そうよ。あなたはキタキツネ――だったわね?」
うん、と頷いて、キタキツネは眼を擦ります。
「それで、朝からうるさく走り回って、どうしたの?」
「いえ、ただちょっと、温泉に入ろうかと――」
「こんな朝早く?」
キタキツネは不思議そうな表情を浮かべました。
「え、ええ。昨夜は時間が遅くて入れなかったから……。もう朝だし、入っても問題ないわよね?」
「うーん、それはギンギツネに訊いてみないと……。ボク、詳しくないから」
「ギンギツネ?」
キリンは瞬きしました。
「うん。もう少ししたら起きてくると思うけど――ふぁぁ」
キタキツネは欠伸をして、またずるずると伏していきます。
「ボクはもう少し……寝る……」
「え、ちょっと……」
止める間もなく、キタキツネは寝息を立てはじめました。時折、彼女の耳がぴくぴくと動きます。
「そんなぁ……」
キリンはがっくり肩を落として、床に座り込みました。
温泉に入ろうと勇んでやって来たものの、昨日は「もう夜遅いから」とギンギツネ(ネコ目イヌ科キツネ属)に断られてしまったのです。まんじりともせず夜を明かし、やっと温泉に入れると思ったのに、まだ待たないといけないのでしょうか。
「っていうか、寒っ」
周囲を雪に囲まれたこの地の朝は、彼女にとって初めてのものです。吐く息が白いのに一瞬目を奪われましたが、すぐにぶるりと身体を震わせて、キリンは室内に戻りました。
それは多くのフレンズにとって、大変な一日のはじまりでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます