ライバルあらわる?
カフェの一階、古びた机を囲む椅子に、四人が座ります。キリンとナマケモノが隣同士に、その向かいにクララとピューマ。
自分に集まる視線に、ピューマは俯いて、もじもじと脚を動かします。キリンたちはキリンたちで、なんと切り出したものか、悩んでいました。
しばらく、沈黙の時が経ちます。
「さっきは驚かしてごめんなさい。私は」
まずは自己紹介を、とキリンが口を開きかけ――
「ふわははははっ! はぁはぁ……。ついに見つけたぞ! ひぃ……。い、いざ、我と、えっと、
カフェの扉を破壊せんばかりの勢いで押し開けた、とんでもない闖入者に阻まれました。
「ちょ、ちょっとあなた、大丈夫?」
キリンが心配するのも無理からぬことで、茶色いフードに身を包んだそのフレンズは、身体中いたるところに生傷をつけ、足はふらふら、息も絶え絶え、今にも死にそうなほど、ぼろぼろの風体をしていました。
「ふ、ふん……。て、敵の心配とは、余裕ではないか……」
「なに言ってるのかわからないけど……」
はい、とナマケモノが水を取り出しました。クララのために持ってきたものですが、量に余裕はあります。
「飲んでいーよ」
「ま、まあ、受けてやらんでもない」
ごくごくごく、と飲み干す様子を、クララが物欲しげに眺めていました。
先ほどにひとり加えて、合計五人が机を囲みます。
「……落ち着いた?」
ナマケモノの問いに、茶色いフードの彼女は答えます。
「ああ。感謝してやってもよいぞ。そこの……、えっと」
「ナマケモノ」
「ナマケモノとやら! このエダハヘラオヤモリにかしずくことを認めようではないか!」
「……うん、ありがとう」
特に表情を変えず、ナマケモノはそれだけ言いました。それで気分を良くしたのか、エダハヘラオヤモリ(有鱗目ヤモリ科ヘラオヤモリ属)は鼻を膨らませました。
キリンが少し考えて、訊ねます。
「それで、そのエダハヘラオヤモリ――だっけ?」
「むっ……。我が名をそくざに見抜くとは……。さすが我が宿敵よ……ふはは」
「自分で思いっきり言ってたわよ?」
「だが悪魔の使いである我のことは、おそれうやまい、こう呼ぶがよい――『ラオ様』とな」
「はあ……」
「くくっ、こわくて声も出ないか」
「…………」
キリンはなんと言ったものかわからず、目をぱちぱちしました。ほかの面々も同様です。
しかし唯一、クララは別でした。
「へえ、悪魔の使い……。それは気が合いそうね、ラオ?」
「ら、ラオ? きさま、『様』を付けて――」
ラオの目の前に、すっとクララが掌を突きつけます。
「クララ……」
「へっ?」
クララはたっぷり間を取って、相変わらずの独特な雰囲気で言葉を紡ぎます。
「フォークランドカラカラのクララ……」
「そ、そうか。……っていやいや、そうではなくてだな」
「クララも、悪魔と呼ばれた身……。仲良くしましょうね、ラオ……」
「あ、悪魔……」
しばし呆気に取られていたラオは、高笑いをはじめました。
「はっはっはっは! クララも悪魔の関係者であったか! ……そういうことなら、特別に『ラオ』と呼ぶことを許そうではないか!」
「ふふふ……」
妙に仲良くなったふたりに、キリンが困惑します。
「なにかしら、この……」
「……まあ、いいんじゃない」
ナマケモノは机にぐでーっとなりながら、言いました。
「それで、きさま。おまえは?」
ラオは机の片隅で俯くピューマに気づきました。
「…………」
「おーいー! この我が問うているのだぞ!」
ラオはわざわざ立ち上がると、ピューマの横まで移動し、手でメガホンをつくって叫びました。
「……⁉ え、ぼ、僕?」
ピューマは突然のことに慌てふためき、椅子から転げ落ちそうになりました。
「そうだと言っているだろう」
ラオが当然のように答えます。
「……ぼ、僕はピューマ。い、い、今はここに暮らしてて……」
「あ、そうだったの」
訊きあぐねていたことを、あっさり訊き出したラオの手際に、キリンは内心舌を巻きました。
「ということは……」
キリンたちは、ひょっとしたらヤギ(推定)が隠れているかもと思って来たわけですが、どうやらそれはピューマのことだったようです。あてが外れました。もっとも、こんな場所にひとりで暮らしている理由はわかりませんが……。
「にしてもきさま、なにをそんな、喋りにくそうにしている?」
ラオが不思議そうに眉をひそめます。
「いや、ぼ、僕、人と話すのとか苦手で……。だいたい単独行動ばっかりだったし……」
「ほう……」
目を細め睨みつけてくるラオに、ピューマは縮こまります。
「つまり我におそれおののいているということか! わはははは! それなら仕方ない!」
「えっ」
「気に入ったぞピューマ! 仲良くしようではないか!」
ラオがピューマの肩に手を回し、のけぞって笑います。
「う、うん……。ぼ、僕なんかでよかったら……、ら、ラオ様」
ピューマは俯いて、いっそうもじもじとしました。
「わーははははは!」
けっこう長い間、ラオの笑い声が店内に響いていました。
ラオの笑い声が終わったのを見計らい、キリンも自己紹介します。
「わ、私はアミメキリン。よろしくね」
「……ふん」
どうしたことか、ラオはキリンを一瞥し、ぎろりと睨みつけました。
「え? えっと……」
キリンは助けを求めるように、周りを見廻しましたが、ナマケモノとクララは微笑むだけ、ピューマは俯いているだけです。
気を取り直すように、キリンが訊ねます。
「それで、ラオ――様は、どうやってここに? あと、なんのために?」
「ふん、名高い名探偵なら推理してみよ――と言いたいところだが……」
ラオは腕を組み、ふんと笑います。
「え、推理?」
相手が自分のことを知っているのに驚きつつ、キリンは頭を働かせます。
まず、相手がどうやってここへ来たか? 山頂には、飛んでくるか登ってくるかしかなく、さらに虫メガネを使うまでもなく見て取れる、傷だらけの姿……。
さすがに、キリンにもわかりました。
「登ってきたのね? ずいぶん苦労したようだけど……」
「な、なぜわかる⁉」
驚くラオの姿に、キリンも悪い気はしません。
「いやまあ、それくらいはね」
「ふ、ふん……。そうだ。本当は地上を離れたくはなかったが、おまえがここにいると聞き、わざわざ来てやったのだ」
「え、私?」
キリンが自分を指差し、首を傾げます。つまり、ラオの目的は自分?
「そうだ!」
ラオが机の上に立ち、キリンを見下ろして、指を突きつけました。いつも他人に同じことをしているキリンも、自分がされることには慣れておらず、びくりと反応します。
「はるばる、我がライバルに会いに来てやったのだぞ! 名探偵!」
「……なにかしたの?」
「知らないわよ!」
ナマケモノが耳打ちし、キリンが必死に首を振ります。
「えっと……、ラオ様、どういうことかしら? 私には心当たりがないんだけど……」
「なっ……。この我を知らない……?」
ラオは大袈裟に肩を落としました。
「えっ、いや、そこまでショックを受けられると、逆に申し訳なくなってくるんだけど……」
「くははっ。ま、まあいいだろう。いいか、よく聞け!」
あっという間に復活したラオが、再びキリンを指差します。
「おまえは我が選んだ終生のライバル。そう! 我こそは――」
ラオはたっぷり息を吸い、
「あらゆる真実を
「…………」
「あらゆる真実を
「…………」
「あらゆ――」
「……いや、ちゃんと聞こえてたから」
ナマケモノがそう言いました。
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