71.ずっと好きでいます~陸~

 海王高校最寄り駅を出ると毎日いるその人。土屋先輩だ。朝練があるため登校時間は早いのに……。駅舎を出て歩き出す俺と梨花の斜め後ろを歩く。


「なぁ、別に一緒に登校するの構わないよな? 隣にどうぞって言っていいか?」

「だめ。先輩、優しいから心苦しくなってるんでしょ?」

「うぅ……、まぁ……」


 優しいかどうかの客観的判断はできないが、心苦しいのはその通りである。しかし梨花に釘を刺されてしまった。


「可愛そうだと思う気持ちはわかるけど、先輩には彼女がいるの。他の人に期待させるようなことしちゃだめ」

「うぅ……、わかったよ」


 そしてこのまま付いてくる土屋先輩。斜め後ろを歩くので会話を交わすこともない。


 中間テストの期間中は部活停止だったので、紗奈も一緒に登校できた。その時も土屋先輩は同じように斜め後ろを歩いていた。初日こそ紗奈が睨みを利かせていたが、害なしと判断したのか特に触れなくなった。


 やがて学校に到着して始まる朝練。土屋先輩はいつものようにコンクリートの階段に座って練習を眺めている。気にならないと言えば嘘になるが、大人しくしているので練習には集中できる。


 週末にあった準々決勝は無事勝った。スコアは2対0。また完封勝利だ。ディフェンス陣が着実に結果を出してきている。あと2勝で全国大会である。土屋先輩はその試合も観に来ていた。


 昼休みは平和になった。土屋先輩が顔を出すことはない。そしてこの日の昼休みも平和に公太と圭介と弁当を突いていた。するとクラスの男子に呼ばれた。


「りくー。彼女来てるぞー」

「ん?」


 教室の入り口に目を向けるとそこには紗奈と柏木が立っていた。俺と紗奈の交際は案の定、あの一日で学校中に知れ渡ったのだ。いや、昼休みの出来事だから半日以下か。情報が早い。

 俺は箸を一旦置いて席を立った。


「どうした?」

「はい、これ」


 紗奈がそう言って手渡してきたのは袋に詰められたクッキーだ。大きい袋と小さな袋の2つある。


「3、4限目がね、選択授業で調理実習だったの。それでお裾分け。大きい方はクラスのみんなで分けて。上手に焼けたやつが先輩の分だからこっち」


 紗奈が「こっち」と言って指さしたのは小さな袋の方だ。そう言えば一年は選択授業で二クラス合同の家庭科があるのだっけ。去年俺は家庭科を選択しなかったが。聞くところによると、紗奈と柏木は同じ班で一緒に作ったようだ。


「ありがとう」


 礼を口にして俺はクッキーを受け取った。うむうむ、彼女からのクッキー。今日も晴天なり。

 柏木は水野を呼び出し同じようにクッキーを手渡していた。同じ部活で仲がいいようだ。柏木の手にも、別に小さな袋が握られていたのだが、誰かに渡すのかな?


 俺はクッキーを手に席に戻った。大きな袋のクッキーはまず公太と圭介が群がり、更にはクラス中の男子までもが群がって即無くなった。紗奈の人気はまだ根強いようだ。

 て言うか、クッキーにありつけなかった男子が、小さな袋にまで手を伸ばすのでそれは死守したが。そして一言言ってやった。


「水野が持ってるやつも紗奈と同じ班のクッキーだぞ」


 その言葉で即水野のもとに群がるクラス中の男子。既にクッキーにありつけた奴までいた。それどころか、一番配給の多かった公太と圭介まで。圭介、綾瀬に言いつけるぞ。そして水野に睨まれた俺。どうやらクラスの女子と分けたかったらしい。スンマセン。


 すると弁当を食べ終わった頃だった。俺のスマートフォンがメッセージの受信を知らせた。相手は小金井だ。


『渡したい物があるので、今から校舎裏まで来てもらえませんか?』


 何だろう? とにかく俺は了解の旨を返信して校舎裏に行った。小金井はすでに待っていた。


「どうした?」


 もじもじしている小金井。話せるようになるのを待とう。小金井の場合は急かすと怯えてしまって逆効果だ。すると声は別の方向から聞こえてきた。それは校舎の角を曲がった先からだった。


「何よ、話って?」


 むむ、これは木田の声だ。俺は校舎の角から顔を出して声の方向を見た。すると林もいた。林が先導し、木田がそれについてくる。まずい、こっちに向かってくる。こんな場所だし、たぶん秘密の話だよな。

 俺は小金井に「こっち」と口パクと指で指示して場所を移動した。そして突き出した間取りの校舎の陰に身を隠した。しかし植え込みもあって狭い。そしてまずい。小金井のマシュマロが出っ張っている。木田と林に気づかれないといいけど。

 やがて聞こえてきた林の言葉。


「俺、木田のことが好きなんだ」

「ひっ」


 なんと。て言うか、小金井。声を出すな。俺は慌てて小金井の口を塞いだ。ちょうどいい。このまま校舎の外壁に押しつけて、小金井のマシュマロも木田と林の視界からドロップアウトだ。そして続く林の言葉。


「俺と付き合ってほしい」

「ごめんなさい」


 木田即答。本当に早かった。一瞬の迷いもなく言った。て言うか、林は木田のことが好きだったのか。


「私、他に好きな人がいるの」

「それ誰だ?」


 大きく脈打つ俺の心臓。それってたぶん俺だよな。言うのかな、木田。しかしこれにはさすがに黙った木田。すると林が続けた。


「天地か?」


 これにも黙る木田。俺に緊張が走る。先月もまた俺は木田に告白をされた。練習試合の会場の他校で。前回と違い紗奈としっかり付き合っていたので、すぐに断ったが。


 すると木田が一つ息を吐いて答えた。


「そうよ」


 う……、やっぱり。小金井にも聞かれてしまったな。口ではなく耳を塞いでおけば良かったかな。


「あいつは彼女がいるってわかったじゃん」

「そうだけど……。けど人を好きになるのは自由でしょ? 例え相手に付き合ってる人がいようとも。だから私は自分の気が済むまで天地君のことを好きでいる」

「そうか……。わかった。なら俺も自分の気が済むまで木田のことを好きでいる」

「それはあなたの自由よ。気持ちには応えてあげられないけど、その気持ちは嬉しいわ」


 木田と林はその後二言三言ほど交わしてその場を後にした。俺は自分の精神を落ち着けていた。


「あ、しまった。ごめん」


 俺はずっと小金井の口を塞いだままであることに気が付いた。慌てて小金井を解放してやる。


「い、いえ……」


 小金井、顔が真っ赤である。鼻までは押さえなかったのだが、苦しかっただろうか? 申し訳ない。俺は小金井を連れて少し広い場所に出た。先ほど、林が木田に告白をしていた場所だ。そして俺は切り出した。


「あ、それで、渡したいものって?」

「あ、あの……、これ……」


 小金井が差し出してきたのは袋に詰められたクッキーだ。それで俺はピンときた。小金井は四組だから、三組の紗奈と選択授業の調理実習が合同だったのか。


「俺に?」

「は、はい。私、他に渡す人もいないので。迷惑でなければ」

「迷惑だなんてとんでもない。ありがとう」


 もじもじしている小金井。相変わらずだな。あ、そうだ。


「もしかして、他に余ってたりする?」

「あ、えっと……。少し欠けちゃったのとか、ちょっと焦げちゃったのとかがあります」

「それ、貰ってもいい? うちのクラスのみんなで分けたいんだよ。一緒に旅行に行った公太も圭介も水野も吉岡もいるし」

「あ、はい。ぜひ食べて下さい」


 そう言うと小金井は持っていた手提げから大きめの袋を取り出した。そこにもクッキーが詰め込まれている。


「あの、えっと……。そっちの袋は、できれば……、天地先輩に、食べて、ほしいです」


 小金井が「そっち」と言ったのは最初に渡してくれた小さめの袋だ。


「うん、わかった。ありがたくいただく。俺、甘いもの好きだから嬉しいよ」

「よ、良かった、です」


 相変わらずの小金井だ。まだ少し時間はあるがもう教室に戻った方がいいだろうか。


「あの……」

「ん?」


 まだ何か続くようだ。俺は小金井の言葉を待った。


「やっぱり日下部さんと付き合ってたんですね」

「あぁ、7月からね。一回噂になった時は本当に付き合ってなかったんだよ」

「そ、そうだったんですか……」


 そして何度目かの沈黙。俺から何か話振った方がいいのかな? けど、小金井の口が動いている。俺が迷っていると小金井からやっと言葉が出た。


「さっきの人達、サッカー部の人ですよね?」

「うん。マネと選手」

「はい。グラウンドで見たことがあります」


 よく見ているな。フィールドプレイヤーなら花形だから目立つけど、マネージャーとゴールキーパーなのに。


「立ち聞きしたことは内緒な」

「あ、はい」


 小金井ならそんなペラペラと広める印象はないし、大丈夫だろう。


「天地先輩も、人を好きになることは自由だと思いますか?」

「木田……、えっとマネが言ってたこと?」

「はい」

「まぁ、そうだね。恋愛は理屈じゃないし。相手に迷惑さえ掛けなければ、誰を好きになるのも自由じゃない?」


 土屋先輩のこともあるからな。今の土屋先輩には同情こそすれども、迷惑を掛けられていない。やはり、気持ち自体は嬉しい。


「そ、そうですか。なら、私も、ずっと好きで……、います」

「お。小金井も好きな奴いんの?」

「は、はい……」


 そうか、人見知りだからそういうのには縁がないと思っていたが、これは偏見だったな。小金井も年頃の女子高生だ。


「へぇ、どんな奴?」

「な、な、な、内緒です。今は」

「そっか。報われるといいな」

「……」


 何も言わない小金井。自信がないのだろうか? 一年のスリートップなんだからもっと自信を持てばいいのに。て言うか、最近気づいたのだが、一年のスリートップは海王のスリートップなんだよな。


「友達が言うには、その人は鈍感らしいです」

「そ、そうなんだ……。じゃぁ、しっかり自分をアピールしないとな」

「はい。けど迷惑を掛けちゃうので、しばらくはまだ見守ります」


 どっちだよ。まぁ、小金井には小金井のペースがあるか。俺は大人しく小金井の幸せを願おうかな。


「そ、それじゃぁ、い、行きましょうか?」

「そうだな。クッキーありがとうな」


 そう言って俺と小金井は各々の教室に戻った。




「うおー! 次は小金井ちゃんか!」

「なんで陸ばっかスリートップから貰えんだよ」


 これは教室に戻った時にクラス中の男子から言われた言葉である。スリートップと親しくしている俺は役得、役得。男子が一気に群がってきた。けど真っ先に水野に渡した。それも水野の好きな数だけ。柏木の分のお詫びだ。

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