38.仏のクソ教師~紗奈~

 3年以上の片想いがやっと実った。私の初恋が実ったのだ。その相手はずっと憧れていた陸先輩。学校の屋上で気持ちをぶつけて、そのまま5限目の授業を二人でさぼった。そして初めてのキスをした。その時は幸せだった。周りが見えないほどに。

 しかし、屋上で陸先輩と別れ、6限目から授業に戻ると一気に冷静になった。梨花のことはどうしよう。授業中ずっとこのことが頭の中を支配した。恐らく梨花も陸先輩のことが好き。私があれほど望んだ陸先輩だが、気分は晴れなかった。


 結局陸先輩と二人で出した結論は、両想いにはなれたけどお付き合いはしない、だった。私はこれが最善の選択だと思っていた。

 しかしこの日の夕食の後、梨花にその旨を報告すると、私と陸先輩は二人して怒られた。梨花は自分に気を使って私達が付き合わないことに納得がいかなかったらしい。つまりは、付き合え、という意見だったのだ。私は梨花の気持ちが嬉しかった。


 ただ疑問が残っている。私は夜遅く、梨花の部屋に出向いた。そこで梨花に質問をした。


「梨花の好きな人って陸先輩じゃなかったの?」

「え……」


 一瞬狐につままれたような顔をした梨花。しかしすぐにいつもの柔らかい表情に戻った。


「それは違うよ。安心して」


 私は梨花のこの言葉を聞いて素直に安心した。今までは怖くて聞けなかったが、陸先輩と結ばれた以上やはりはっきりさせるべきだと思い、勇気を出して聞いたのだ。とは言え、梨花の好きな人とは一体誰なんだろう? これほどの絶世の美少女に想われるという栄誉を授かった騎士とは一体……?




 今日もいつも通り三人で登校だ。昨日は私の機嫌が悪かったから一人で先に登校してしまった。なんだか久しぶりにも感じる。いや、新鮮ですらある。それもそのはず。

 私は陸先輩と梨花に挟まれる格好で歩いている。彼氏と親友に挟まれているのだ。そう、陸先輩は仲のいい先輩から彼氏に変わったのだ。昨日の出来事だから、まだ生活に大きな変化はない。けど、私の心は浮ついている。


 手を繋いで登校したい。周りに、私達は付き合っています、と言いたい。私の彼氏だと自慢したい。けどそれは全て叶わない。隠れて一緒に暮らしていることや、学校生活での弊害が色々とあって、秘密交際となってしまった。それを同棲生活決まり事で約束してしまったのだ。こればかりは仕方がない。

 私と陸先輩は一緒に暮らしているが故、時間を共有することは多い。陸先輩のお仕事を手伝っていることも要因の一つだ。だからこれ以上望むのは欲張りだと思う。それでも高校生らしく、学校で仲良くして、登下校では手を繋いで、そんな希望は持ってしまう。


 昼休みになると私は教室で遥と一緒にお弁当を食べていた。陸先輩も今頃は私の作ったお弁当を食べているのかな? いつも以上に気合を入れて作ったよ、陸先輩。


「紗奈、今日はやけに機嫌がいいね」


 徐にそんなことを言う遥。しまった、そんなに顔に出ていただろうか。


「そ、そうかな?」

「うん。昨日はこの世の終わりみたいな顔してたけど」

「う……」


 確かに。陸先輩の過去の女性関係にはショックを受けたけど。その傷はまだ癒えていないけど。それでも陸先輩が私のことを好きだと言ってくれた。その時、陸先輩と結ばれたのだから結果オーライさ。


「どうせ天地先輩絡みでしょ?」


 鋭いな。いや、私がわかりやすいのか。


 お弁当を食べ終わる頃、教室の中を覗く他クラスの男子生徒がちらほら出現し始める。できることなら私目当てだと思いたくないのだが。陸先輩とお付き合いを始めたことを言えたら男子は寄って来ないのに。


 陸先輩だってそうだ。梨花への疑念は晴れたが、まだ疑念を持っている女子が二人いる。一人は四組の小金井里穂ちゃん。これは一緒に買い物に行った時に薄々感じた。

 もう一人は二年でサッカー部マネージャーの木田碧先輩。仕事のためとは言え、一度拉致して陸先輩の帰りが遅かったことがある。あの後、陸先輩の様子がおかしくなったし。誕生日プレゼントも二人かはもらっていたし。


 そうだ。誕生日プレゼントと言えばもう一人。陸先輩と同じクラスの水野茜先輩。クラスメイトとしてのプレゼントかと思っていたけど、その週末、陸先輩が茜先輩と用事があると言って出掛けて行った。二人で出掛けたのだろうか? 私と付き合うより一カ月も前の話だけど。陸先輩ってやっぱりもてるのだろうか?


「そんなに好きなら今から呼び出してお話してくればいいじゃん」

「そ、そんな……」


 それができれば苦労はしない。秘密交際だと約束してしまったのだから。誘ったら陸先輩嫌がるだろう。


『今から屋上で少し話さない?』


 と思いつつもスマートフォンを操作し、陸先輩にメッセージを送る私。意思が弱い。それを覗き込むのは遥だ。


「ほう、ほう。屋上に呼び出しですか。もしかして昨日5限目サボったのも天地先輩絡み?」


 う……、鋭いな。けど昨日のことは人に言えない。屋上で授業をサボって、手を繋いでキスしていたなんて。


「そ、それは、違うよ」


『いいよ。今から向かう』


 私が遥に曖昧に答えていると、陸先輩から返信が届いた。いいらしい。一気に心が弾んだ。


「ちょっと行ってくるね」

「今日は授業サボるなよ」


 遥の茶々を背中に受けながら私は教室を出た。私のことが目的っぽい男子生徒を躱して、私は階段を駆け上がった。スカートをちゃんと押さえることは忘れない。どうせ学校では短パン穿いているけど。とは言え、陸先輩には見られても平気だから家では穿かない。どうせ干された洗濯物は目に付くし。


 私は屋上に出られるドアを開けた。


 いた。


 陸先輩だ。私の愛しの彼はもうすでに屋上に来ていた。二年の教室の方が上階にあるから私より早いのだろう。私には教室の出口に躱さなくてはならない輩もいるし。


「先輩」


 私が声を掛けると、陸先輩は振り向いてくれた。爽やかな笑顔……ではない。ムッとしている。やばい、怒られる。そう私の直感が言っている。私、何かしたか?


「さーなー。今日の弁当のご飯、そぼろをハートマークにしただろ」

「え……。それはだって……。私の愛情を表現したくて……」

「めっちゃ恥ずかしかったんだぞ。周りにバレないように食ったんだからな」

「あはは。ダメだった?」

「ダメに決まってるだろ」


 あはは。乾いた笑いしか出てこない。陸先輩が私の呼び出しに応じてくれたのは、どうやら一言文句を言いたかったからみたいだ。とほほ、やっぱりそんなことだよね。


 昨日はカップルらしき生徒が一組いたが、今日は誰もいない様子の屋上。そこには心地いい風が吹き込む。夏の暑さを和らげてくれる。


「ま、次から気を付けてくれればいいけど。せっかくできた初めての彼女だから、俺もこうして紗奈と話したかったし」


 キュン。何よそれ。悶え死にしそうだよ。秘密交際とは言っても、陸先輩も私と同じ気持ちを持ってくれていたなんて。


「先輩」


 私は陸先輩に歩み寄って、陸先輩のシャツを掴んだ。すると陸先輩が私の腕を取ってキスをしてくれた。あぁ、なんて幸せなのだ。ずっとずっと憧れていて、そして追いかけてきた陸先輩。その陸先輩の愛情が私に向いている。


「弁当おいしかったよ。いつもありがとう」

「えへへ」


 嬉しいな。今までも陸先輩のことが好きだったけど、今はこの言葉を彼氏に言われていると思うと蕩けてしまう。陸先輩の愛情がこの日差しよりも強いよ。陸先輩にならどれだけ溶かされてもいいけど。


「おーい、お前ら今日もサボるのか?」


 背後からの声に私と陸先輩はビクッとして手を離した。その動作に合わせて声の方向を振り向いた。


「げ、クソ教師」


 おい、陸先輩。言葉が汚いよ。まぁ、暴言は超小声だったけど。

 現れたのは森永もりなが先生。梨花の担任の先生で、去年は陸先輩の担任の先生だ。エスカレーター式に学年を持ち上がらず、二年連続一年生の受け持ちは珍しいらしい。と言うか、聞き捨てならない言葉が。森永先生は「今日も」と言った。


「お前ら、昨日も昼休みここにいただろ? 出席簿確認したら二人して5限目欠席になってたし。まったく」


 やばい、バレている。これは本当にまずいぞ。陸先輩も苦虫を噛み潰したような顔をしているし。


「お前ら付き合ってんのか?」

「いやぁ、仲のいい先輩後輩っすよ。中学一緒なんで」


 表情を戻し冷静に答える陸先輩。私は余計なことを言わないよう、様子を窺おう。


「ふーん。同じ中学からの上京組で一緒に暮らしててか? 俺のクラスの月原もだろ?」

「「……」」


 言葉を失う私と陸先輩。これは本当にまずい。一緒に暮らしていることまで知られている。しかし、なぜ?


「誰にも言わねぇから気にすんな。俺なんて高校の時、家に女連れ込みまくってたし、放課後教室でイチャこいてたぞ。ありゃ、スリルがあっていいぞぉ」


 この人、陸先輩が言うように本当にクソ教師だ。私が言えたことではないが、倫理観の欠片もない。


「で、お前たち付き合ってんのか?」

「えぇ、まぁ」


 ここで陸先輩が観念して認めた。私が答える立場でもここは陸先輩と変わらないだろう。


「でも、なんで家まで?」

「あぁ。こないだ期末テストの後、家庭訪問があったんだよ。お前ら親元離れて暮らしてるから、対象じゃなかっただろ?」


 そう言えば、クラスで家庭訪問の時間割を決めていた。確かに私は対象外だった。


「けど、住んでるとこは一応確認しておかなきゃいけないから、月原のマンションの下まで行ったんだわ。そしたら去年天地が住んでたマンションじゃん? 出身中学が他県で天地と一緒、もう一人の日下部が月原とルームシェア。これはおかしいなと思って天地の今年の住所のマンションにも行ったんだわ」

「げ……」


 頭を抱える陸先輩。何だ? 私はまだピンときていない。


「そしたらポストの表札が別の名前になっててよ。部屋番間違えたかなと思って念のため全室確認してみたんだけど、天地って住人は誰もいねぇんだわ」


 探偵みたいなことをしているんだな、この先生は。まぁ、梨花の担任だからそれが仕事か。


「それで大学の同期に司法書士がいるから、そのマンションの登記簿を取ってもらったんだわ。そしたら一棟丸々天地の所有になってるじゃん? 銀行の抵当も入ってたし、所有権移転が最近だったから、投資の仕事で買ったマンションだってすぐわかったよ。そこを今年の住所にしてたんだな」

「当初空室があったんでそこを住所にしたんすよ。今は埋まりましたけど。やっぱまずいっすよね?」


 陸先輩が学校に届けている住所ってそんなことになっていたのか。私と梨花のおかげで色々苦労を掛けているんだな。陸先輩は優しいから、その苦労を私達に見せないように黙っていたのか。申し訳なくなる。


「そりゃ相当まずいけど、俺は目を瞑るわ。ただ、法に触れることだけはするな。住所が違うと庇いきれん。俺以外誰も学校の関係者はこのことを知らんから」

「わかりました」

「じゃ、今日は授業サボるなよ」


 そう言って森永先生は屋上を去って行った。クソ教師だけど、私達にとっては仏のような先生だな。陸先輩も安堵の表情を浮かべているし。


 この後陸先輩と、あまりこうして屋上で話すのも人の目に付いて良くない、との話になった。はぁ、こういうのも意識的に控えなくてはいけないのか。

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