12.秘密の交換~梨花~

 これはあたしと一人の女の子とのエピソード。時は中学三年の秋だ。ちょうど夏休みが明けた頃のことで、紗奈にも話したことがない最上級の極秘事項だ。なぜならあたしとその女の子は、お互いの意中の人をカミングアウトしたのだから。


 その女の子は名前をと言った。中学からの同級生なので紗奈ほど付き合いは長くない。しかし、あたしも紗奈も凄く親しくしていた。それこそ二人ともお互いに並ぶほどの親友だと思っている。あたしが紗奈を親友と言うのは悲しくなるけど。


 秋風吹き始めたとある日の放課後。あたしはそらを立ち入り禁止の校舎の屋上で発見した。委員会の仕事をさぼっていたので探していたのである。


「またこんなとこにいて」

「あぁ、梨花」

「こないだ屋上の合鍵作ったのバレて、先生に没収されたばっかりでしょ? どうやって出たのよ?」

「ピッキング」


 おい。何者だよ、あなた。


「委員会のみんなまた怒ってたよ?」

「関係ない。どうせあと半年で卒業だし。この街には残らないし」

「え? 推薦決まったの?」

「うん。まだ内諾段階だから口外禁止だけど。特待で入学金、学費免除」

「すごーい! おめでとう!」


 そらは夏の引退までバスケットボール部に所属していた。ポジションはポイントガードだ。背はそれほど高くないが、センスはピカイチだった。ジャンプ力が凄く、名のとおり空を飛んでいるかのような滞空時間だ。

 ポイントガードながらスリーポイントシュートも得意で、持ち前のジャンプ力もあり相手ブロックの上からリリースしていた。相手選手はことごとくそらに届かなかった。


 このA県には女子バスケ強豪の女子校がある。そらにはそこから推薦のオファーが来ていたのだ。ただ同一県内だと言っても、ここから2時間近くかかる。そらは街に残らないと言っているし、寮に入ることになるのだろう。


「これでお兄ちゃんの負担が軽くなる」

「そっか、そっか。良かった」

「風の噂で聞いたんだけど、紗奈に続き梨花も上京するんだって?」

「う、うん」


 風が噂を運んできたのではなくて、紗奈があなたに直接届けたのだろう。それは噂とは言わず、報告だ。


「二人ともお兄ちゃんの高校を受けるの?」

「そうだよ」

「紗奈ってお兄ちゃんのことが好きだから追いかけるんだよね?」

「本人の口から直接は聞いたことないけど、まず間違いなくそうだね」

「梨花もお兄ちゃんのことが好きなの?」

「違うよ。大事な先輩」

「じゃぁ、梨花の上京の理由は紗奈?」

「……」


 この子、今何かをぶっこもうとしていないか? この先が恐ろしいのだが、そらは感情があまり表に出ないから読みづらい。


「梨花は紗奈のことが好きなの?」

「好きだよ」

「それは友情? それとも恋愛感情?」

「……」


 ストレートに好きと言ってしまえば流してくれるかと思っていたのに。そら、侮れん。


「別に誰にも言うつもりはないし、偏見は持ってないから安心して」

「まぁ、そらの予想通りです」


 はぁ、とうとうカミングアウトしてしまった。絶対誰にも言うつもりはなかったのに。近くで見ていたそらはあたしや紗奈の気持ちに気づいていたのだろう。東京に行った鈍感な奴もいるが、兄妹とは言え鋭さは違うみたいだ。

 しかしカミングアウトした相手がそらなら安心だろう。しかも一人で抱えるのにもそろそろ限界を感じていたところだ。


「ふーん。梨花は紗奈のことが好きで、紗奈はお兄ちゃんのことが好きで、お兄ちゃんは……。皮肉だね。一周回っ……。いや、なんでもない」


 言いかけといて途中で止めるなよ。気になるじゃないか。皮肉って何だよ? 一周って? しかしそらはあたしのこのすっきりしない気持ちをよそに続ける。


「紗奈のことはいつから?」

「たぶん物心ついた時から。自覚したのは中学に入学してすぐ。紗奈が陸先輩を好きだって気づいた時かな」

「そっか。二人はもしかしてお兄ちゃんの家に転がり込むつもり?」

「それ、質問じゃなくて確認でしょ? 紗奈に聞いたの?」

「うん。紗奈は私にしか言ってないみたいだから安心して。私も親に言うつもりはないし」

「ありがとう。助かるよ」


 そらは幼顔で可愛らしい女の子だ。彼女の口から陸先輩の東京の家はタワーマンションの上層で、部屋数も充実していると聞いている。時期が来たら紗奈と下見に行ってみるつもりだ。


「梨花が秘密を教えてくれたし、私も一つカミングアウトしようかな。じゃないとフェアじゃないし」

「そらにも何かあるの?」

「うん。私の好きな人も紗奈と同じ人なの」

「……」

「……」


 なんて返そう。私の秘密もそれ相当のものだと思うが、そらのぶっちゃけもなかなかだ。


「えっと、いつから?」

「物心ついた時から。自覚したのは小六に上がる時。あのクソじじいの件があって」


 なんと汚い言葉を使うのだ。けど陸先輩からも同じ言葉が出たのを耳にしたことがある。確かに事情を知っているので察するところはあるが、この兄妹はおじいちゃんの呼び方を揃ってクソじじいだなんて。

 まぁ、そんなことより。あたしは同性愛。そらは近親恋愛。この秘密の交換は重い。そして重要な問題が一つ。


「えっと、そうすると……。あたしと紗奈が陸先輩のところに転がり込もうとしてるのはいい気しないよね?」


 あたしと紗奈がそらを親友だと思っているように、そらだってあたし達のことをそう思ってくれていると信じている。そうするとこれは看過できない。住むところは考え直そう。

 しかしそらの返事は違った。


「それは大丈夫」

「なんで?」

「お兄ちゃんには心から幸せになってほしい。嫉妬の心は小学生の時、どこかに置いてきた。中学に上がって、毎日遅くまで練習やって帰る三人の姿も見るようになった。それを見ていたら私はそこに割り込む気持ちがなくなった。そしたら自然と嫉妬がなくなってたの。嘘じゃない。私はお兄ちゃんに恋愛感情を抱いてるけど、妹として大事にしてもらえるならそれで十分。紗奈や梨花なら安心して任せられる」

「そら……」


 なんだか嬉しい言葉だ。あたしにとっても心から尊敬している陸先輩。そらが理解を示してくれている。


「他の子なら刺すけど」

「……」


 恐ろしいことを言う。そらからの信頼を失うことだけはないように気をつけよう。


「だから梨花と紗奈は安心して。例え梨花の気持ちがお兄ちゃんに変わったとして、お兄ちゃんが東京でハーレムを作ることになっても、二人なら私は賛成だから。お兄ちゃん今、仕事が順調だからしっかり援助してもらいな」

「……」


 ハーレムって……。援助って……。どこまで本気で言っているのだ? それに紗奈一筋のあたしが男に惚れるなんてありえない。陸先輩のことは尊敬しているが。


「そら、大学はどうするの?」

「高校卒業後の進路まではまだ考えていないけど」


 そう前置きをしてそらは話してくれた。


「もし大学に進学するならその時はお兄ちゃんに甘える。お兄ちゃんに負担をかけないことと、お兄ちゃんからの援助を受けることのバランスをうまく取ることが、私が学生のうちにできる最大のお兄ちゃん孝行だと思ってるから。お兄ちゃんの仕事がこの先もうまくいけばだけど」


 この言葉にそらの陸先輩に対する多大な愛情を感じた。陸先輩にとっては大事な妹だ。頼ってほしいだろう。そらはそのこともしっかりとわかっている。逆境に立たされたことで大きな信頼関係が成り立っている。


「興味があるから聞いてもいい?」


 徐にそらは質問を振ってきた。なんだろう?


「どうぞ」

「梨花は紗奈をおかずにしてるの?」

「……」


 何ということを聞くのだ。湯気が出るほど赤面するのがわかる。答えるのか? 答えなくてはいけないのか? こういう時は質問返しだ。


「そらはどうなの?」

「私が答えたら答えてくれる?」

「う、うん。約束する」

「二年の時まではお兄ちゃんが一緒に暮らしてたから、家に人がいない時お兄ちゃんの部屋に忍び込んで、お兄ちゃんのベッドでしてた。今は根っからお兄ちゃんを妄想」

「……」


 かなり詳しく説明してくれた。ここまで言うのか? イエスかノーでは済まされないのか? あたしもこれほど詳しく言わなくてはいけないのか?


「さ、次は梨花の番。できるだけ詳しく」


 ですよね……。


「基本は紗奈を妄想だけど……。紗奈とどっちかの家でお泊りする時は一緒のベッドで寝るから、紗奈が寝静まった後に、紗奈の寝顔を見ながら声を押し殺して……」


 うわー! 何言ってんだあたし。言って後悔する。ここまで言わなきゃいけないのなら聞かなきゃ良かった。


「梨花もなかなかやるのね。紗奈が寝静まった後って、バレないか心配じゃない?」

「そのスリルと背徳感がたまらないって言うか。いつもと違うんだよ」


 もうだめだ。質問の答えをぺらぺらしゃべってしまう。


「梨花のエッチ」

「……」


 はい、認めます。


 まぁ、かくしてあたしとそらは秘密を交換したのである。絶対に誰にも言えない秘密を。




 朝起きると紗奈からメッセージが届いていた。そらと三人で組んだグループメッセージだ。


『私は残念ながらまだだよ……』


 なんだ、これは? 意味がわからない。あたしはメッセージアプリを開いてみた。すると紗奈の前にそらがメッセージを送っている。受信時刻は明け方の時間であるが、朝練のために早起きなのだろうか? もう部活が始まっているようだ。

 あたしも昨日は体験入部とは言え、久しぶりに部活の空気に触れて楽しかった。そう思い返しながらそらのメッセージを読んだ。


『紗奈か梨花のどちらか、若しくはその両方は、もうお兄ちゃんとエッチした?』

「……」


 既読スルー決定だ、まったく。しかしアプリを閉じようとしたら、そらからあたしに個人のメッセージも送られていることに気づいた。あたしは何だろうと思い開いてみた。


『紗奈とはもうエッチした?』

「……」


 そら、相変わらずである。ただ元気そうで何よりだ。そしてメッセージは連投されていて続く。


『女子高って入学してみると、少数派って何なのかわからなくなる。少数派が少数じゃない』

「……」


 あたしもそらみたいに紗奈を引き連れて女子高に入学しておけば良かったかな? と言うのは冗談。中学時代、本気でそんなことを考えたとしても、陸先輩しか眼中になかった紗奈を説得するのは絶対に無理だ。


『残念ながら……。女子高楽しそうだね。こっちも三人での生活は楽しいよ』


 あたしはそらにそう返信をした。このそらの理解があったからこそ、あたしと紗奈は今の生活がある。親に言う時も「そらのお兄ちゃんのマンション」って説明したらあっさりと通った。仕事の資料部屋があるから、陸先輩が出入りすることはあるって言ったのにも関わらずだ。


 ん?


 そらからのメッセージはあたし個人に届いたものも明け方。グループメッセージの方も。そしてそれに紗奈は返信をしていた。


 ん? 紗奈は返信をしていた? 既にもう起きている?


 あたしは飛び起きた。そして急いで陸先輩の寝室へ。


 やっぱり。


「こらー! 紗奈ぁ! 潜り込んじゃダメって言ってるでしょ!」

「きゃっ! そんなに強く引っ張んないで」

「何回同じこと言わせるの」


 陸先輩は朝早くから半覚醒。お気の毒に。定番になりつつある賑やかな朝であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る