一周回って三角関係
生島いつつ
序章 『始まり』
1.下宿の挨拶~陸~
一人暮らしをしている4LDKの自宅マンション。そのリビングのL型ソファーに腰を下ろす俺、
「あの、再婚することになりまして……」
「え? そうなんですか?」
「はい」
「それは、それは。おめでとうございます」
自然と俺の口を吐いた祝辞だった。浮いた話は聞いたことがなかったが、美鈴さんは美人だし人当たりがいいので、世の男が放っておくなんて考えられない。そりゃ、再婚もするだろう。
「それで……、彼が4月から地方に転勤することになりまして」
「え……、まさか……?」
「私と子供も付いて行くことになりました。それでお仕事を今月いっぱいで辞めようと……」
おう……。これはダメージがでかい。
これが今月1週目の話。それがどうしてこうなった?
3月も2週目に入ったが、東京はまだまだ寒さが残る。
自宅マンションのリビングのL型ソファーに腰を下ろす俺と二人の後輩。俺は短手方向に、二人の後輩は長手方向に、斜向かいで座っている。そして後輩の一人が切り出した。
「先輩、家政婦さん辞めちゃうなら私達が家事をやりますよ」
「はいぃぃぃぃい?」
この発言は
髪は肩より少し長く、顔は凛としつつも可愛い。そしてスタイルがいい。身長は150台中盤だろうか。その紗奈はとても元気で活発な性格をしている。
中学時代は紗奈の隠れファンが多かった。いかんせん色目的で近寄って来る男子をことごとく蹴散らしていたから、ファンは近寄りがたかったのだ。しかしそのさばさばした性格ゆえ、すぐに誰とでも打ち解け友達は多かった。下心さえなければ男だって付き合いやすい奴だ。
「それいいね、紗奈。あたし達が先輩のお世話をしよう」
この発言は
その梨花はほんわかした女の子だ。けどしっかり者である。髪はロングで、おっとりした可愛らしさがある。身長が150台後半くらいで華奢だ。
梨花は中学時代、それはもうモテにモテ、ひっきりなしに男子が寄ってきた。それに困っていた様子で、いつも紗奈が盾になっていた。梨花はそれが原因かはわからないが、いつも紗奈にべったりだった。
「いや、ちょっと待て。整理しよう。まずお前たちはなぜここにいる?」
そう、まずはこれを聞かなくては。
俺の育った地方都市から都心までは電車と新幹線を乗り継いで3~4時間はかかる。中学を卒業した紗奈と梨花がすでに春休みなのは知っているが、俺はまだ連休前のこの土曜日の昼下がり、二人は突然押しかけて来たのだ。
「私たちが春から海王高校に通うからですよ」
「……」
笑顔で答える紗奈。つんと通るその声から発せられたのは、俺が通っている高校名。聞き間違いか? なぜこの二人は海王高校に通う?
「ちょ、ちょい。全く話についていけん。二人とも親元を離れて上京するのか?」
「はい、そうです」
笑顔を崩さず肯定する。これから女子高生になる女の子が親元を離れて上京?
「なぜわざわざ県を出る?」
「海王高校に通いたいからです」
そう紗奈は続けるのだが、その前に大きな問題がある。
「うちの高校、女子サッカー部ないぞ?」
「知ってます」
「サッカーはもう辞めるのか?」
「クラブチームでも、フットサルでも、ボールを蹴れる環境はいくらでもあります」
「じゃぁ、なんのために海王を?」
「先輩を追いかけて」
「……」
紗奈は本気で言っているのか? 揶揄っているのか? この笑顔、侮れない。
「あたしは先輩が紗奈に手を出さないよう見張るために」
「……」
梨花の追随の言に俺は言葉を失う。しかし「いや待て」と心の中でツッコミを入れてみる。俺は一度も紗奈に手を出したことがない。出そうとしたこともない。むしろどちらかと言うとあなたの方が……。
実は中学時代、俺は梨花に惚れていた。上京後は盆や正月くらいしか実家に帰らなかったので、この1年で気持ちを忘れられるものだと思っていた。しかし二人はいつも帰省中の俺に会いに来た。
そしてどんどん可愛くなる二人。結局梨花への気持ちが冷めないまま今に至る。梨花の恋愛事情は知らないが、俺に気がないのは見ていてはっきりとわかる。そして盾と化す紗奈がいるから近づけない。
逆に俺には紗奈がいつもついてきた。何が楽しくて俺に付いてくるのかはわからないが、まさか東京で進学するとまでは思ってもいなかった。「先輩を追いかけて」の真意はわからんが。
中学時代は部活が終わると紗奈からいつも居残りのシュート練習に付き合わされた。最初に誘ったのは俺だが、俺のポジションがゴールキーパーだったのがいけないのだろう。そしてそれを最後まで見守る梨花。
俺が二年から三年の時、二人が一年から二年の時の話だが、これが中学の学校生活のルーティンと化していた。
とりあえず、この二人が近々上京してくることはわかった。いや、よくわからんが、とにかく本題に戻ろう。
「で? なぜお前たちは今俺のマンションにいる?」
「下宿先にご挨拶に来ました」
「……」
癒されるような笑顔と鼻に掛かる甘い声で答える梨花に、また言葉を失う俺。話の内容がぶっ飛んでいなければ、この笑顔に落ちるとこなんだが。そう、下宿先とは? 今、二人がいるのは俺の家。まさかとは思うが……。
「下宿先って……」
「そんなの先輩のこのマンションに決まってるじゃないですか」
「……」
梨花は本気で言っているのか? 揶揄っているのか? この笑顔が怖い。
「あのぉ……、うちの高校は寮がない。だから高校生の下宿と言ったら通常アパートとかで暮らすことを言うのだと思うが……」
「それは無理です」
紗奈即答。そもそもこの二人が上京することにまだ頭が整理できていないのに、なぜ即答される。すべての質問の回答が俺の予想の斜め上をいく。そう、これから二人の口から発せられる事実も。
「とにかく、質問は二つだ。なぜ高校進学のためにわざわざ県を出る必要がある? 俺たちが育った街は高校進学に不便のない街だ。それからなぜアパート暮らしがダメなんだ?」
「県を出る理由はさっきも言ったとおり先輩を追いかけて」
「……」
「あたしはその先輩が紗奈に手を出さないよう見張るために」
「……」
うむ、確かにさっき同じことを聞いた。
「学費、学用品、携帯、定期代別で仕送り月5万円。それに梨花との共同生活。これが親から出された上京の条件です」
「あたしも紗奈との共同生活が条件です。あたしはもうちょっともらえる話だったんですけど、紗奈が5万円だから同じ額に合わせてもらいました」
「……」
「今日は二人で不動産屋に行って、住むところを探してくると言って出てきました。口実ですけど。そもそも二人合わせて10万円じゃ東京では生活していけません」
「はい。あたしはバイトをする気がありません」
「……」
「私もバイトをする気がありません」
「だからあたし達二人を5万円ずつで下宿させて下さい」
「……」
質問をしておいて何だが、捲し立てられた。二人が言っている日本語の意味は理解できた。しかし倫理的にまったくもって理解できん。
「毎日の炊事は私がやります」
「あたしは掃除洗濯を毎日やります。特に洗濯はマネの仕事で慣れてますから」
笑顔だが、二人とも冗談では言っていないようだ。と言うか有無を言わさない笑顔だ。二人からは聞きなれない敬語がそれを助長する。
「いや、しかしだな。女子高生が男子高生と一緒に暮らすって言うのは……」
「私と梨花が考えた作戦はこうです」
作戦? 作戦と言ったか? 作戦がいるのか? 俺の疑問をよそに紗奈が続ける。
「先輩はこのタワーマンションを持て余している。それを上京する私達二人に安く提供してくれる。私達二人はこのマンションで下宿をする。これを親に報告」
「ちょっと待てー! 俺を追い出すつもりかー!」
これにはさすがに突っ込まずにはいられなかった。
「そんなことはしません。さっきも言ったじゃないですか。家事のお世話をするって。三人で一緒に暮らすんですよ」
「それだと、親御さんが様子を見に東京まで来た時どうするんだ?」
「その時だけ先輩は家を空けて下さい」
「……」
つまり親に内緒なのだな? 親に内緒で男の家に転がり込もうとしているのだな? これはかなりまずいぞ。絶対に倫理的に宜しくない。これこそが斜め上。
「先輩、あたしと紗奈と一緒に住むのは嫌ですか?」
でた、梨花の困り顔。中学時代、何人の男子生徒がこれにやられたことか。かく言う俺もその一人だが。
「自立してる人の家に転がり込んで何が悪いんですか?」
でた、紗奈の逆ギレ。負けん気の強さは相変わらずだ。得てしてストライカーをする奴の性格っていうのは男も女もこんなもんだ。
この後小一時間、俺は何度も唸り声を上げながら考えた。しかし二人との話は平行線。そして言った。いや、ただの根負けだ。
「はぁ……。親にバレても俺は一切責任を取らんぞ?」
「それはいいってことですか?」
紗奈の声が弾み、梨花も笑顔だ。
「どうせ俺が何言ったって聞きゃしないだろ?」
「「はい」」
即答かよ……。まぁ、いい。どうせ二人で10万円じゃ東京で生きていけない。続けよう。
「下宿代は3万円ずつ。残りの2万円は小遣いと貯金にしろ。バイトはする気がないようだけどそれは俺も賛成。その分ちゃんと勉強を頑張ること。家事は二人で分担」
「「やったー!」」
「つーか、お前ら最初からここに転がり込むつもりで海王受けたのか?」
「「はい」」
また即答。こいつらは……。
「お正月にしっかり下見もしましたし」
「ん?」
下見? はて……?
「あー!」
思い出した。年末年始に俺が実家に帰った時のことだ。二人は俺が東京に戻る日、新幹線の駅まで見送りに来てくれた。そう、見送りに来たと思っていた。それがなぜか二人は俺より大荷物。それどころか新幹線の中までついて来た。それがとうとう、この自宅まで。
あの日は美鈴さんも正月休みを取っていていなかった。だから美鈴さんは俺が一度も女子を連れて来た認識がない。そしてあろうことかこの二人はここで一泊して帰ったのだ。入試の日はホテルを取ってやがったな。だから気づくわけがない。
そう、あの日二人は大荷物だった。そして今日も……。
「二人とも今日はホテルか?」
「いいえ。あたし達、交通費しか持ってないので」
「……」
ですよね。ここに泊まるんですよね。確信犯じゃないか。
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