殺す男と従う女

倉木 一

第1話 闇の敵は闇 1

 今日も玄関で妻と子が見送りをしてくれる。

 木造平屋の大した家でもないが、そこには確かに幸せが存在していた。

「シラヒト。行ってらっしゃい」

「行ってきます。リア。シアラ、いい子にしていろよ」

 リアと手を繋ぎ見送ってくれる五歳になった娘のシアラは頷き手を振った。

 手を振り返し、シラヒトは仕事に向かう。

 王国の認可を受けていない騎士は傭兵として仕事紹介場で仕事を勝ち取らねばならない。もちろん、闇の王国として広く流布しているザンチエラ王国との国境付近の戦場に向かえば、わざわざ長蛇の列に並び仕事を獲得せずとも済むだろう。だけど、魔王とまで言われ、畏怖の骨頂として恐れられているザンチエラ王国との最前線に自ら向かう者はいないのだろう。

 停留所に着くと、すでに列をなしていた。

 満員の馬車に押し乗り、仕事紹介場を目指す。

 ここからは一時間程度だ。景色は森からレンガ造りへと変化していく。

 景色の変化と同様に、家族中心の自分から、仕事中心の自分へと変化させていく。

 終点の仕事紹介場前に辿り着き、俺は足早に仕事紹介場に向かう。

 すでに長蛇の列が形成されていたが、俺はそれに目もくれず、人気のない紹介場裏でファステラという女と合流した。

「今日はあなたが仕事を取る日でしょう?」

「そんなこと言って、しっかり取ってきてくれたんだろ」

「あなたの要望通り、昼食付きの荷馬車護衛よ」

「ありがとな。ファステラ。だけど、俺が要望したのは昼食付きと言うところまでだ。護衛が楽で好きなのはお前だろ」

「些事なことよ。あなたも、楽なほうがいいでしょう?」

「山賊に襲われたら、割に合わない仕事だけどな」

「賞金首なら、ボーナスまで付くんだからいいじゃない」

「俺はまだ、死にたくないからな」

「私もよ。でも、そこまで死にたくないのなら、森で木こりでもやればいいじゃない。この仕事よりは、よっぽど安全よ」

「こっちにも、事情ってものがあるんだよ」

「その事情って、なんなのよ! 奥さんにお弁当も持たせてもらってるのに昼食付きの仕事を選び、死にたくないのにこの仕事を続ける! いったい、なんのため? もう、長い付き合いよ。教えてくれてもいいじゃない」

 きっと、これは彼女の良心なのだろう。だけど、シラヒトは、

「シーブルの町への荷馬車護衛にしてくれたんだよな?」

 と言い、その良心を無下にする。

「もちろんよ」

 そう言う彼女の声色はどこか哀愁を帯びているようにも感じたが、シラヒトは彼女に目を向けず、シーブル行きの馬車が集まる東門に向かおうとする。

「シラヒト!」

 その声に振り返ることなく、シラヒトは歩き続ける。

「指定された場所、きっと、シラヒトが向かおうとしてる場所じゃないよ」

 恥ずかしくなり、シラヒトは振り返ることはできなかった。

「いつか、聞かせてね」

 シラヒトの横を通り過ぎるとき、彼女はそう耳元で囁いた。

 そして通り過ぎてから身を翻し、

「こっちだよ。ついてきて」

 と言うのだった。

 

 ファステラに案内された場所は仕事紹介場の中にある酒場だった。

「今回の依頼主、大丈夫なのか? 飲酒運転は犯罪だぞ?」

「本当ね。アルコール類は口にしてないといいんだけど」

 酒場の店主に依頼主であるザクスの名を伝えると、気前よく席まで案内してくれた。

「依頼を引き受けました、ファステラとシラヒトです。よろしくお願いします」

「知っていると思うが、ゼクスだ。よろしく頼む」

 ゼクスという男は、護衛などいらなそうな、筋肉質な男だった。

「確認ですが、アルコール類は口にしていませんよね?」

「厳しいお嬢さんだね。もちろんだ。こっちもこれで生計を立ててるんだ。そんなことしたら信頼がなくなっちまう」

「それでしたら結構です」

「他に何か聞きたいことはあるか?」

「いいえ。結構です」

「そうかい。大抵の奴はどうして護衛を頼んだとか聞いてくるものなのによ」

「それは個人の自由ですから。どうであれ、私たちに関係ありません」

「厳しいね。シラヒトといったか? 大変そうだな」

 シラヒトは苦笑いで返す。

「それじゃあ、行くか。店主! 金は置いてくぞ」


 馬は二頭、酒場の裏にある共用柵の中にいたが、肝心な積み荷と馬車はまだ、そこにはなかった。

「荷物の積まれた馬車をこれから取りに行くんだが、一緒に来るか? それとも待ってるか?」

「いいえ。シーブル行きの馬車が集まっている東門で待っていますから、早くしてくださいね」

「わかったよ」

 そう言うと、ゼクスは馬を連れ馬車の回収に向かった。

 ゼクスの姿が見えなくなると、ファステラは、

「大丈夫でしょうかね?」

 と言う。

「なにが心配なんだ?」

「報酬をしっかり払ってくれるのか心配なんですよ」

「大丈夫だろ。信頼を大事にしているようだしな」

「それならいいんだけど」


 東門は比較的馬車の行き来が激しい。

 皮肉にも、ザンチエラ王国との国境がこちら側のため発展したと言われている。

 主要な都市も、ほぼ全て東側だ。きっと、ゼクスという男も戦争の蜜を吸って生きている人間なのだろう。

「待ったか?」

 そう言い、ゼクスは現れた。

「いいえ。早く向かいましょう」

「そうだな。だが、まさかお前たち……徒歩ってことはないよな? 馬をこれから借りに行くんだよな?」

「どうして借りに行かなくちゃいけないの? 依頼書には、どこにも馬が必要とは書いてありませんでしたよ」

「まさか、こんなことなるとはな……」

「それは、こちらのセリフです」

「積み荷を傷つけないでくれよ」

「木箱に入っているのだから、大丈夫でしょう。シラヒト、乗りますよ」

 

 


 

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