第二章 魔界の扉封印の旅 前編
国道 出会い
ⅰ 旅人
レアハーフェンより小さな街門をくぐると、すぐそこの大通りでは、両脇に構えた多くの露店が連なり、旅人や商人たちが絶え間なく活動を行う市場が開催されている。その活気は、見ているだけの私の気持ちが、自然に高揚してしまうほどの力を持っており、油断すれば衝動買いをしてしまいそうになるほどだった。
レアハーフェンを旅立ち、無事にカメロまでは魔物に会わずに来られた。距離としては、一日ずっと歩けば夜には着くくらいだが、今回は、魔物の群れの目撃情報もあり、途中の安全地帯で朝まで休憩してから来た。しかし、そんな状況なために警備を厳しくしているのか、今回は魔物を一体も見かけなかった。
カメロは、首都から一番近い街であり、商業の街と言われており、石造りの中層商業施設が乱立している。世界を練り歩く行商人や、お店を構える商人から発注を受けた品物を運送する商人団、薬商人など、商売人という商売人の多くはここに集い、ある人はお店を出し、ある人はここを拠点に、他の街、他の国に商売に行く。カトレア国で最大の流通の街だ。そんな特色のあるカメロに来れば、定番の物から希少な物まで手に入るといわれており、馬も当然、状態の良い子たちが揃っている。
私たちは、大人数で行く必要がないと判断し、馬を買う組を決めて、他のメンバーは、様々な中層商業施設で、役立ちそうなもの買うことにした。すでに昼を過ぎているので、すぐに出発するのは危険と判断して、今日はここで一旦休んでから、早朝に馬を用いて旅立つことになった。馬の買い出し組は、サルトさん、ダリアさん、ルキが担当してくれることになり、残りの私たちは、まず一通りのものが揃う万屋へと向かった。
――
やはり商業、流通の街というだけはある。目に入った施設へ入ると、一階からすでに多くの人が行きかい、混雑していた。新入荷した品を売るために宣伝する店員や、品出しをする店員。みな忙しそうにしているが、どこか楽しそうだ。私たちは上から順番に見て行こうと決め、一番上の三階へと移動した。三階は、品物を見るに、生活用品が置いてあるようだ。動物の木彫や食器、小さい家具なども置いてある。
「ねえねえハン~~。この猫の木彫り、可愛いね~~」
「ふ、ふん!猫は動いているから可愛いのさ。動かない猫なんか…………」
「でもこれ、付属の風首輪をつけると動くって~~。あ、ほらほら、動いてるよ~~……なにこれどういう構造なんだろ~~」
「う……し、しかし、私は……それでも…………か、可愛いな……」
……ハンは可愛いものには目がない。特に猫が大好きで、養成学校時代はよく猫と一緒に路地を歩いているところを目撃されていた。今のハンは、その時より愛が深くなっている気がする。あのクールなハンがここまで女性らしい表情をするのは珍しいので、私はつい笑みがこぼれてしまった。
「なにニヤニヤしてんの、ベリー! あたしの話し聞いてた?」
不意にシラーから怒鳴られる。シラーは、腰に手を当てて、ご立腹のご様子。左右の腰に付けてある、シラー独特の武器が揺れる。
「ああ、ごめんごめん、えっと、なんだっけ?」
「だから~。せっかく愛しのルキと長く居られるんだから、あなたも身なりに気を付けた方が良いんじゃないって。そりゃ、遊びで旅に出たわけじゃないけどさ、そこらへんの事を最低限気にした方が良いんじゃない? 風呂にいつも入れるわけじゃないし、匂いを気にするなら香水をつけるとか!」
「うーん、やっぱり気にした方が良いかな?……まあ、香水はあって困るものじゃないから、一つ買っておこうかな? どれが良いと思う?」
「そうね、やっぱり柑橘系のさわやかな匂いのやつが良いんじゃない? 鼻に残る匂いはやっぱりきついと思うよ」
普段、私はそこまで乙女な物を買ったりはしないので、ここは、女性としても人としても先輩のシラーに判断を煽る。……私が香水か。もしつけても、ルキはちゃんと反応してくれるだろうか。あの人は、あまりそういう細かい所を気づく鋭さはないのだけれど。私は過度な期待は抱かなかったが、残された少しの期待のために、一つだけ、ちょうど良い値段の香水を買い、リュックにしまった。
私たちの買い物思いの外長引いてしまった。途中、馬を無事に確保できたため、ルキ達が合流してきたほどに時間はかかっていたのだ。合流した後、各々が買いたいものを買うため一度に解散した。そして夜。知らされていた宿に合流し、そこで、今後の動き簡単に話し始めた。こういう時、率先して司会をするのは、大体サルトさんダリアさんの大先輩たちだ。サルトさんは、先ほど買ってきたであろう簡易の世界地図を広げ、説明を始めた。
「魔界の扉はこのカトレア国の北方向に存在するから、馬で行けるところまではひたすら北上することになるね。それで、馬が使えない獣道に出たら大変。歩きで魔物の奇襲を警戒しながら行かなければならないから。ひとまず覚えていてほしいのは、馬を降りたら、気を引き締めて警戒すること。魔界の扉の指示か、存在の影響で、あまり群れない類の魔物も、群れを形成しているはずだしね」
サルトさんが冷静に分析したことや予測されることなどを細かく話す。皆はそのことについて頷き、質問したりとやり取りを続け、その会議が終わった後、何をすることもなくベットに入った。サルトさんが言っていた、馬を降りたら警戒するということは、絶対に忘れないようにしようと思う。そうだよね、魔物が丁寧に道から襲ってくるとは限らない。茂みや木陰から襲ってくる可能性だってあるんだ。気を付けないと。そう思いながら、明日の出発が早いため、すぐさま目を閉じ、眠りについた。
さて、今日から馬を使って移動する。馬に乗ってからは、特に何が起きることもなく、スムーズに移動できた。カトレア国の国境を越え、街道から国道へと変わり、周りの平原、丘、森は一層深くなる。空気もどこか、悲しく、怯えているように感じた。そんなある日、いつものように、日が落ちてきたため、あるほら穴で野宿した時、私は何かいやな予感を感じながら、ほら穴の出口に近い所へ眠りについた。その時に、いつもはグラウヘルをつけたまま眠るのだが、その日に限っては外してリュックの中にしまっていた。
――
何故か体が不規則に揺れている感覚を覚え、目を覚ました時、私は荷馬車に乗っていた。ほら穴で寝ていた記憶しかないので、訳が分からないという感想しか出てこない。私たちは荷馬車なんて引いてきた覚えはないし、近くには荷馬車を連れた団体がいたという覚えもない。起き上がってよく見ると、私たちが乗ってきた馬も一緒に乗っている。この状況で考えられるのは、もしかして、盗賊か? しかし、馬はしっかり別のほら穴に隠していたし、サルトさんとダリアさんが一緒に居たはず。何より、守護魔法も、ルキ達が施していたはずなので、普通の盗賊では盗むことは困難なはず……そう考えていると、盗賊らしき輩がこちらに気づき、寄ってきた。
「おっと、目が覚めちまったか。おはよう、お嬢ちゃん?」
「……お前たちは、何者だ?」
「見ればわかるだろう。盗賊だよ、盗賊。まあ国の外に出たことのない奴からしたら、盗賊にしては規模がでかいと思うだろうな。俺たちは旅人を中心に狙う盗賊団で、通常の盗賊団とはまた違う感じなのさ。先日からお前たちに目を付けていたんだ。かなり状態の良い馬もってるんだ。かなりの金になるだろうと思ってな。馬だけでもよかったが、お嬢さんだけは武装してないから、行けるかと思ってつれてきたってこと。まあ、あきらめて、売られてくれよ」
なるほど、こいつらはおそらく専用の魔具を使って馬を盗んだ。そして、たまたまグラウヘルを外していたから、非戦闘員と思われて誘拐されたと。確かに、武器がないから有利ではない。だが、こいつらは一つ大きなミスをしている。それは、手足を縛っていないことだ。ただのか弱い女性と見られたのだろうか。それなら少しうれしいが、同時に腹も立ってきた。
「……私は立派な騎士だ! ただのお嬢ちゃんじゃない! というか、ちゃんづけされるほど、子どもじゃないし! ……ちょっとうれしいけれど!」
そう言いながら、近接格闘の構えを取る。しかし、盗賊はあまり本気に取り扱ってくれない。
「はいはい、分かった、分かったよお姉さん。そういう嘘を、旅人はよくつくんだよな。騎士なら武器の一つくらい持ってるし、何よりあの特殊なピアスをしてるはず。そんで、君はよく見ても、何も持っていない……あれ、その耳にあ……」
今このピアスに気づいたのだろうか。しかし、私はそんな反応をしている輩にお構いなしに、話している途中の輩の腹部に拳を食らわせてやった。
「ほら、ピアスがあるの、分かるでしょう? これが証明にならないかな?」
「は………はい……騎士様、すみませんでした……うっ」
痛恨のミスを犯した輩は、力なく倒れる。さて、どうしたものか、ここに居る馬の数は、私たちの人数と合わないので、恐らく荷馬車は一台ではないだろう。馬を全員逃がすことはできるだろうか? ひとまずここにいる馬たちを解放する。すると、運転手がこちらの様子を伺いにやってきた。
「おい! 何してる!」と声がしたため、私はとっさに荷馬車の扉を開け、飛び降りた。解放した馬たちも無事に外へ出て、走っていく。
「この野郎! 馬を逃がしやがって! ふざけんな! 待ちやがれ!」
馬が逃げたことに激怒した盗賊四人が追ってきたので、近くに見かけた小森へ逃げる。今は武器がないから、四人が相手でも勝てる気がしない。みんなに連絡しているが、まだ起きていないのか、誰も出ない。ひとまずこのまま森の中を走るしかないなと判断し、ひたすらに走る。すると、前かまた別の声が聞こえてきた。
「行くさ! ウメ! アツ!」
「私はあいつをやる」
「じゃあ俺はあの二人をぅ!」
そんな打ち合わせをする声が聞こえた。と同時に、前の茂みから人影が三人分、飛び出してきた。その影を目で追うと、一人は、蒼く長い棒を持った、青の上着に暗い赤のズボンの旅装束を着ており、もう一人は、暗い赤を基調とする旅装束を着ており、武器を抜かずに戦っている。最後の一人は、中型短剣を持っていて、黒を基調とする旅装束を着ており、その人だけは、獣耳っぽい耳としっぽを生やしていた。その三人組は、私を追ってきた盗賊たちをいとも簡単に撃退していた。
ことが終わった三人は、武器を終仕舞い、こちらへ向かってくる。私はすぐさまお礼を言って、頭を下げた。
「えっと、助けてくれてありがとう! あなたたちは一体……」
その質問に最初に応えてくれたのは、蒼い棒を持っていた青年だった。
「俺はハル・ジャノメ! ルーイ中立国のハンプトンって街にある学園の卒業生さ! それで、こっちのちっこい奴がウメ・ツユアカ! 彼女は忍者っていう不思議な存在で、魔法に似た、『忍術』を操れるのさ! そんで、あっちがアツ・シノニム! あいつは、猫の獣人で、認知能力は人の数倍なのさ! 君が襲われていると分かったのも、アツの認知能力のおかげさ! なんとか助けることが出来て良かったさ!」
「私たちは今、学園の伝統に則って、自分探しの旅に出ているの。まあ、私はどうでもいいのだけれど、二人が行くからついてきてる」
「ウメがどうでもよくても俺たちにとっては重要なんだよぉ! 特に俺は、街に恋人残してきてるんだから、ちゃんと稼げる男にならないとだめなんだ。分かったかい? ウメちゃん?」
三人の一連のやり取りを聞いて、なんだかとても愉快で楽しそうな旅人に出会ったと思った。ハルは、すらっとした好青年風でとても印象が良い。ウメは可愛らしい花の髪飾りを付けており、ハルのそばに佇んでいる。その目は閉じられているが、不思議と見られている感じがする、不思議な雰囲気の子だ。アツもすらっとした好青年風で、近くで見ると、確かに、頭に猫耳、そして、猫の尻尾があることが理解できる。話しているところを聞くと、お調子ものという印象を受けた。三人とも、なかなか個性が強そうな子たちだった。
まじまじと三人を観察していると、アツのちょっかいをかわしながら、ウメが私に質問してきた。
「はいはい、分かった分かった。それで、あなたは何者?」
「私は、カトレア中立国のレアハーフェン出身で、名前はルベリ!・ラビットアイ! みんなからはベリーって呼ばれているから、ぜひベリーって呼んでね! 助けてくれてどうもありがとう! 助かったよ~」
お互い自己紹介を終わり、一つの話題として、旅をしている理由を彼らに話した。別に隠さなければならない理由はないし、むしろ色んな人に知ってもらわないといけないだろう。一通り話すと、予想外に、彼らもついてくると言ってきた。
「そっか、じゃあ俺たちも付いていっていいかな?」
「え!? ついてきてくれるの? 私からしたら仲間が増えるのは嬉しいけど、本当にいいの? 自分探しの旅は?」
「これも自分探しの旅の一部だと思うのさ。多分、神様が俺たちに試練を課したのさ! な! ウメとアツもそう思うだろ?」
「まあ、ハルが行くなら私も付いていくよ」
「確かに、付いていけば、情報収集能力が鍛えられそうだなぁ!」
「本当に……? 三人とも、ありがとう! とてもうれしいよ! これからよろしくね!…………あ、仲間から連絡がきた。じゃあ、私の仲間がいるところに行こっか!」
話していると、みんなから連絡が来た。そして、ピアスにある機能である、連絡可能なピアスの位置を把握できる機能を用いて、そのまま私たちはルキ達と合流した。三人について驚いた彼らに、状況を一から説明すると、みんなも歓迎してくれた。よかった。やはり、旅は多い方が楽しいし、楽しいに越したことはないと思う。
ひとまず、馬がいなくなってしまったので、近くに発見した村へ行き、そこで泊まることにした。そして、これからどう動くか、そのことを会議し、その日を終えた。今日の出来事以降、私は絶対にグラウヘルを手放さないと近い、今日もグラウヘルを両腰に装備したまま、ベッドで眠りについた。
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