木陰の追憶
@short-A
Memory 4/1 :終りの追憶
「これは実際の出来事を元にしたフィクションです」
■AM10:00
______想像してみてほしい。
淡く白い景色。
ガタンゴトンと揺れる個室。
誰もいない空間。
______これが私が見た最初の風景。
ここからどこに向かうのか分からない。そこで何をするのかも、何をしに向かうのかも……。
外に目を向けてみる。……何もない。何もない高原が広がっている。恐らくとんでもない田舎に向かっているんだろう。
その後も山を越え、谷を越え、海を越え、森を越え……って、いや、本当にどこ向かってるんだ……?
……ま、別に気にしてもしょうがないんだけどね。
どうせすぐ忘れるんだし。
■AM11:30
プシュー……。との音で目が覚める。
「 ……。ここは……」
また、少し寝ていたらしい。ある駅に着いていた。
「終点です」
終点。終点か……。そういえば今更だけど、私の目的地はどこだっけ?
「…………んん~……」
思い出せない……。
よし、困った時の駅員さんだ。旅行バッグを引きずらせて伺う。
「あの、私どこの駅に向かうかって駅員さんに言いましたっけ?」
「うん? 聞いてないけど……。ていうか、この列車はこの駅にしか停まらないよ」
そうなのか。じゃあこの駅か。
「ありがとうございます」
「うん。気をつけてね」
列車から出るため、旅行バッグを持ち上げる。
「おいっしょっと」
なにこれ、重い……。中に何入ってるんだ? いらないものがあったら後で捨ててやる。
ドカッと旅行バッグを地面に落とす。
「ふぅ……」
列車から降りると、空気の転換が一気にされるように、ブワっと風が吹いた。
一面を見渡す。
「……ぅわあ……!」
そこは、何もない、本当に何もない草原だった。一本の列車だけが通る、そして一本の道だけが作られている、何もない草原。そして、
「なんだろう……」
どことなく懐かしさを感じる……。
この何もない草原に、私は何をしに来たのだろうか。
後ろを振り返る。いつの間にか列車は消えていた。駅の看板を見てみると、水稲陽駅と書いてある。……なんて読むんだ? あー、さっき駅員さんにこれも聞いとけばよかった……。
ま、とにかく、この道を進めばいいんだよね。
道があるということは、この先に街やら何やらがあるんだろう。まずはそこを目指そう。
旅行バッグを引きずり、歩き出した。
■AM11:40
しばらく歩いてると、目の前に森が立ちはだかっていた。どうやらこの森を抜けるそうだ。
その森は鬱蒼とした森ではなかった。適度に辺りを見渡せ、木漏れ日がちらつき、空気も美味しく、何よりもこれは桜の木だった。ドラマとかでよくあるような、桜の並木道。花吹雪のように舞い降りてくる花びらは、まるで新入生を迎えるかのようだった。もしかしたら私もそうなのかもしれない。
でもたぶん違うな。私今年で確か高校2年生だし。……あれ、3年生だっけ? ……まいいやどっちでも。頭は新入生気分だし。そう、気分は何もかもが新しい。
そんな勝手な妄想を膨らませていると、突然目覚まし時計のような音が鳴った。
あー、これはアレだ。寝落ちパターンだわ。これは夢の中だったんだ。
と、思っていたが、なかなか鳴り止まず目も覚めず、いい加減うるさいから旅行バッグの中を開けた。
中には筆記用具、ノート、地図、懐中電灯、防犯ブザー、制服、着替え、鏡、小説数本……って、なんだ私、どこに向かう予定なんだほんとに。
そもそも旅行バッグの時点で気付くべきだった。こんな大荷物で出かけるなんて、どっか泊まるとか、そんなんしかないよね。
中身をぐちゃぐちゃしながら考えてようやく携帯を見つけた。そしてまさかのガラケーだった。ママからだ。
「もしもし」
「あ! もしもし! やっと出た!」
「ごめん旅行バッグの奥で眠ってた」
そして目覚まし音でようやく気づいた。
「も〜、あれから何回かかけてたんだよ〜!」
「あ、そうなんだ。ごめん。たぶん電波飛んでたと思う」
だけどなぜかこの森の中では電波が通る。
「そうだったのか〜。お母さん心配しちゃったよう〜」
ほんとに心配してるようだった。口調はともかくとして。
「ちゃんと駅に着けた?」
「うんたぶん。確か読めないけど、みず……いね……よう? 的な駅だった」
「うん、そこ! すいとうひ駅ね」
「スイトウヒ駅?」
あれスイトウヒって読むのか。
「で、どう? そっちは順調?」
「順調というか……」
何をもって順調かわからない。
「あ、もしかしてまた忘れてるなぁ?」
「もうキレイさっぱり」
はたして私は何をしているんだろう?
「わかった。じゃあちよっとだけ教えよう」
何でちょっとしか教えてれないのかを聞こうと思ったけど、先が気になるから黙っておく。
母が説明する。
「あなたはね、これから新生活を送ってもらうの!」
「うん、それは何となくわかってた」
桜の花びら舞ってるしね。
「あ、そうなの。でね、あなたが今向かってるのは、ある学園よ」
「学園?」
「そう。しかも国立」
「え? 国立?」
国立の学園? えなにそれ? 初めて聞いた。
「あなた抽選で当たったのよ! そんで、しばらくの間そこで高校生活送るの!」
「……」
ますます意味がわからない。えっと? 国立で、学園で、抽選に当たった? は?
「まあ、後のことは先生とか友達に聞いてね。バイバーイ!」
「あ、ちょっと、待って!」
ガチャ。ツー。
なんだあの人。心配装いながら適当に切って……。
ふと通話履歴を見てみると本当にいっぱいかけてきてた。別に疑ってたわけじゃないけど。……っていうかそれより、何回かかけたってレベルじゃないぞこれ……。履歴が軽く100件超えてるし……。相当心配してたか、機械的にかけ続けてたか。でもまあここは前者ということにしておこう。
履歴を見ていると、ところどころパパがかけてくれていることがわかった。パパもパパなりに心配してくれたんだろう。
「ん?」
なんだこれ? 一件だけ知らない番号がある。この番号は知らないぞ?
うーん、まあいいや。
とりあえず、ママの言う通り、まずは学校に向かえばいいんだよね。私は携帯を閉じた。
まずは、この道進んで国立学園に着くことだな。
少し不安は残りつつも、私は前を歩き続けた。
■AM11:45
「ぅわあ……!」
あれから意外に早かった。すぐ着いた。
そして目の前に広がった風景は、本日2度目の絶景だった。
そこは、学園も学園、楽園のような学園だった。
中央にそびえ立つ巨大校舎に、それを囲むように咲き整えられた一面に広がるお花畑、申し分ない広さの校庭、数え切れないほどの遊具、ほぼ全て備えられていると思われるスポーツステージ……。ここは何でもあるみたいだ。
「ここ、すご……」
ここに私は一定期間過ごすのか……?
「ん?」
よく見ると校庭には小さい子供が……。なにここ、もしかして小学校?
と思いきや、中学生もいるし高校生、さらには大学生らしき人も見かける。もしかして、ここって小学校から大学まで一貫なのか……?
あまりにも驚きの連続で我を忘れていた。
「と、とりあえず、職員室行こう……!」
目を奪われまいと、そそくさと向かう。
■12:05
「……まずい……」
案の定、迷った。地図を見ても迷う私には新校舎など新宿に等しい。
「ふぅ……」
落ち着こう。
さて、困った時の先生だ。
辺りを見回す。と、先生ではなかったが生徒はいた。高校の制服と思しき服を着ている女の子。私と同じくらいか。
「あの、すいません」
「あ、はい……!」
呼び止められるとは思っていなかったらしく、少しびっくりしている様子。まあ当然か。
「その、職員室ってどこですか?」
「あ、えっとー、職員室は3階です」
「3階……」
上るの?
「その、高校生、ですか?」
女の子が聞いてきた。
「はい、どうやら、まあ」
「あ、もしかして転校生!?」
「はい、そうらしい、です」
急に戸惑い始めた。そして段々と冷静さを取り戻し、コホンと咳払い。
「でしたら、3階の西側にあります。ここは小中高大一貫校なんですが、職員室は全て別々なので」
「わかりました。ありがとうございます」
あー、やっぱ上るのか。
「ちなみにあそこにエレベーターありますよ」
「おーありがとうございます!」
なんだよ。それ先言ってよ。この旅行バッグ重いんだよ。
まあともあれ、優しそうな人でよかった。次出会った時は友達になっておこう。
あの子と別れ、私はエレベーターへと向かう。旅行バッグを引きずり、3階ボタンを押し、上る。
「ふぅー……」
エレベーターの壁に身を預け、息を吐く。
あー、いきなりでなんか疲れたなあ。
知らないということが、知るということがこんなにも疲れるとは知らなかった。いや、忘れていただけかもしれない。初めは何でもそうだったはずだ。ただ違いがあるとすれば、能動か、受動の違いだけだろう。私は間違いなく、当然、当たり前に受動の方だけど。
そう。受動だ。
別に私は知りたいわけじゃない。今置かれている状況と必要最低限の情報があればいい。状況と情報、これだけでいい。
行動理由が欲しい。
いや、行動目的、だろうか。
同じような意味合いだけどそっちの方が幾分かしっくりくる。なんて偉そうに哲学的に呟いたけど、要するにとりあえず何かしたら何か起きるんじゃないかって無意識に意識してるだけだと思うけど。
はぁ〜。
「何もしたくないなぁ」
此の期に及んで何を言いだすかと発言直後に前言撤回を試みたい気持ちに追いやられたが、いささか冗談ではなかったりする。
これはあれだ。エレベーター乗ってる時の束の間の無の空間に襲いかかる虚無感だ。人って単純だ。エレベーターという無音無臭(時と場合による)無感覚(これはさすがに言い過ぎだが言いたいことは伝わっていてくれていることを願う)の狭い空間の中で一人だとこれからのことこれまでのこと妄想回想に浸り、たった一人でも他人がいるとなんかよく分からない気まずさがあって何も考えられなくなる。それだけ人は他人の目を気にするということ。おもに私。
心なしか長く感じられたエレベーターも長いと感じた直後に到着した。
扉が開く。目の前に広がったのは戯れる小学生たち。あれ、高校の職員室じゃないの?
いや、そういえば確か西って言ってたな。ここは南だから違うのか。
てことはつまり、3階は全学生の職員室で、位置によって各学生の職員室が違うとか、そういうことなのかな?
何となくここの構造がわかって来た気がする。それを確認するためにもまずは西だな。
歩いていると旅行バッグを転がしている高校生が珍しいのか、小学生がすげー見てくる。
軽く手を振りながら(手を振り返してくるあたりカワユイ)西へ向かうと、やっと高校生らしき人たちが見えてきた。ここか。よく見るとちゃんと高校棟と書いてある。おーわかりやすい。
「すみませーん」
勝手に中に入った。職員室の中はとても広かった。高校棟だけでこんなに広いのか……? いや、もしや職員室は全学一つに繋がってるのかもしれない。遠くに小学生もいるし。なるほどね。
私の声に反応して一人の先生がこっちに向かってきた。男の先生だ。
「君が転校生かな?」
「はい。アイです」
「うん。アイちゃんね。アイちゃんのクラス担任の三枝です」
三枝先生。フムフム、なかなかのイケメンだ。
「で、アイちゃん」
「はい」
「ちょっと来るの遅いかな」
PM12:10。
ですよね。突っ込まれると思ってました。
「本当は今日の朝のHRか帰りのHRで紹介しようと思ったんだけど、これじゃあ明日だね」
「すんません」
別に道に迷ってたわけじゃないのに遅刻してしまったらしい。
「じゃあ先に寮の場所を……お!」
「?」
振り返る。三枝先生の目線の先にはさっきの案内してくれた女の子がいた。そしてその女の子は嫌な奴に見つかったっていう顔をしている。
「よう、シブサワ!」
「だから! その名前で呼ばないでください!」
顔を赤くしながら叫んできた。これはこれは。三枝先生はすまんすまんと謝る。
「実はな、この転校生に寮の場所を教えようと思ってたんだが、ちょっと時間がなくてな……」
ほんとに〜? という顔で先生を横目に見つつ、こっちに顔を向ける。
「あー、あなたはさっきのー!」
「どうも」
さっきのたどたどしい女の子だった。ややオーバーリアクションだが、そこはスルーしておこう。
「まあユウ時間あるだろ? 頼めるか?」
ユウとやらは顔を赤らめ口を尖らせた。
「しょ、しょうがないわね。今回だけよ?」
あれ、なんだこれ。実はツンデレなのこの子? ……実際見るとなんかウザいな。
「べ、別にアンタのためなんかじゃないんだからね! アイちゃんのためなんだから!」
「はいはい、わかってるって」
先生が苦笑いしながらそう答える。どうリアクションすればいいかわからない苦笑い、という感じの。
「じゃあアイちゃん、また明日ね」
「あ、はい。失礼します……」
こうして職員室を後にする。
■12:20
よくわからない空気のまま寮へと向かう。冷静になったのか顔の赤みも冷え、無口になったユウちゃん。
「ねえユウ、だっけ? また案内ありがとね」
実はツンデレと発覚したユウちゃんとどう仲良くなろうか。さっきは友達になっておこうと思ってたけど。そもそも私はこの子と仲良くなっていいのだろうか。そう思っていた矢先に。
「気安く呼ぶな。わたしのことは、ユウ様と呼べ」
「……」
…………。
いやいやいや! なんだこの子! 急にデレがなくなった! 今度はツンツンになった!
これはあれか? ジョークか? 転校生に対してのビックリカメラか? これは乗るべきか?
「……ユウちゃん」
「だから、ユウ様と呼べ!」
……え? マジで呼ぶの? ユウ様って?
「……ユウ様」
「なんだ?」
いいんだこれで……。
「ユウ様」
「なんだ?」
おー、反応してくれる。
「ユウ様」
「だからなんだ!?」
「あ、ごめん……。特に用はない」
なんかわかってきた。キャラは掴めないけど扱いやすいキャラ、てとこだな。よくわからないけど。
そうこうしている間にどうやら寮に着いたらしい。K312号室。
「こちらでございます、アイ様」
またキャラ変わった。
「ありがとう、ユウ様」
「べ、別にアンタのためじゃないんだからね!」
そしてツンデレに戻る。しかもそのセリフさっきも言った……。
「何かあったら、また呼んでもいいんだからね!」
そして親切。
「うん、ありがとう」
少し顔を赤くしつつ去るユウ様。恥ずかしがり屋なのか。
ユウ様を見送り、頂いた鍵で寮に入る。
「…………おー……!?」
まず驚いたのが、思ったよりも広かったこと。居間が普通の一軒家のリビングくらいの広さはあった。家具も一式揃ってる。机、ベッド、テレビ、クローゼット、洗濯機。
「へえ〜、ここが私の部屋か……」
私の部屋。私の部屋。これほどしっくりくる私の部屋はないだろう。
しかし。
「……なんか……」
違和感、である。この部屋には違和感がある。いや、違和感がないのだ。違和感がないという違和感。むしろ親近感があった。親近感という名の違和感か。なぜ親近感を持つのか。よく見たら……。
「これ、私の……?」
机が、よく見たら私のものだ。記憶が苦手な私でも、明らかに見覚えがある。このベッドも、あのクローゼットも……。
単純に、普通に考えれば、元の私の部屋から持ってきたもの、と思えば何ら不思議ではない。ただ、まだこの消えない違和感はなんだろうか。
その答えにたどり着くにはそこまで時間はかからなかった。
「殺風景だな……」
殺風景、そう。何もなかったのだ。趣味と思われる産物が。 漫画も、ゲームも、雑誌も、CDも……、何もなかった。あるのはただ勉強道具のみ。
ただ単にそういう趣味のものを置いてきたということであれば、それだけの話で済むけれど、私には記憶がない。自分の苗字さえ覚えられない私には自分の趣味など覚えているはずがなかったのだ。
もしかしたら私が、何の趣味も持たない空っぽな人間だったかもしれないということだ。
それは、恐怖といったら確かに大げさ過ぎるかもしれないけど。
「さみしいな」
私という、アイという人間はそういう人だったんだと思うと、どこか寂しさが出てくる。
「ふぅー」
ベッドに寝転がる。知らないということが、知るということがこんなにも疲れる第2弾。
私は一体何者なんだ?
別にそこまで知りたいわけじゃないけど、いつかこの記憶も忘れてしまうと思うと、また知らなければいけないという疲労と不安を繰り返すと思うと耐えられない。
「……よし」
これからは日記を書こう。せめてこの日から、何があったのか出来る限り書き連ねていこう。
そうだ、そういえば確かこの重たい旅行バッグの中に手帳があったな。バッグの中を漁り、見つける。
「あっ……」
手帳を開くと、そこにはすでに何か書いてあった。ここにくる前に私が書いたものだろう。なんだ、これ見ちゃえば一件落着じゃん。私のことだから趣味とかそこら辺のこととかも書いてあるだろう。
「……」
だが、手が止まった。理由はただ一つ、たったの1ページしか書いてなかったからだ。これは、日記じゃない。おそらく情報が書かれているんだ。私に関する情報が。
私は無意識的に、反射的にそのページを破り、捨てた。
過去のことはもういい。そう決めていた。そういう名目で、過去のことを知るのが怖いという理由で破った。
ここからが1ページで、ここから"日記"を書くんだ。
フフ。どうせなら小説風に書こう。そっちの方がよりはっきり記憶に残りそうだし。1日単位のことだったら大体の流れは思い出せる。
そう決断して、新たな1ページを書き始めた。
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