第79話 口寄せ
リガルナはその言葉に目を細め、ジロリとマーナリアを睨みつける。
「……何の真似だ」
「リガルナ。旅立つ前に、その耳を傾けなさい」
そう言ったマーナリアの後ろから、兵士が4人がかりで支えられガラスの棺に入れられたアレアが運び込まれてくる。そのアレアの姿を捕らえた瞬間、リガルナは驚愕に目を見開きマーナリアに対して噛み付く勢いで声を上げる。
「なぜアレアがここにいるっ!」
押さえこまれる兵士の手すら抵抗するような勢いでマーナリアに掴みかかろうとするリガルナに、マーナリアは冷静な眼差しを向けた。
「静かになさい。リガルナ」
マーナリアはアレアの棺をリガルナの前に持ってくるよう視線で指示すると、兵士たちは棺をマーナリアとリガルナの間に静かに下ろした。
山に置いてきたはずのアレア。一目見て、せめて最後の別れを望んでいたリガルナは、そのアレアの棺に向かって動こうとするも後ろから数人かかりで押さえつけられ身動きが取れない。
マーナリアはそのリガルナを冷静な視線で見つめていたが、やがてその目尻をふっと緩ませた。
「……リガルナ。私の話を今だけは聞いて欲しいの」
「ふざけるなっ! お前の話など聞く耳など無いっ!」
一切の言葉を拒否しようとするリガルナに、マーナリアは目を眇め言葉の語尾を強めた。
「私の言葉を拒否すると言う事は、彼女を拒否する事と同じと取ってよいですね?」
「……っ!」
アレアを人質として引き合いに出すだけで、リガルナの勢いは一気に抑え込まれる。マーナリアは大人しくなったリガルナを見て、ふっと息を吐くと再び口を開いた。
「……リガルナ。あなたは、彼女を大切にしていたのですね。そしてそれは今も同じ」
「お前には関係ないっ!」
「そうね。少し前までは確かにそうだった。でも、彼女が私に助けを求めた以上、私にも関係があることよ」
「ふざけるなっ!」
聞く耳を持とうとしないリガルナに、セトンヌは手にしていた剣の柄をぐっとリガルナの喉元に押し当て圧迫し黙らせる。
「静かに聞け。リガルナ」
「……ぐっ」
マーナリアはそれを見て、静かに頷くと話を続ける。
「彼女は、死して尚強い残留思念をその体に残している。それは、あなたに伝えたいことがあるからよ」
「……っ」
「あなたがあのまま死山に彼女を置いておいても、彼女の言葉の多くはあなたには届かない。それを知ったから、あなたにその言葉を伝える術を持っている私のところへ、彼女は助けを求めに来たのです」
その言葉に、リガルナは酷く凶暴な眼差しを向けていたその視線を俄に緩ませた。
「死出の旅に向かう前に、まずは彼女の言葉を聞きなさい。……いいですね?」
マーナリアは努めて静かにそう言うと、リガルナの体からふっと力が抜け抵抗する様子を見せなくなった。
それを見たセトンヌは、リガルナの喉元に押し当てていた剣の柄を取り払った。
マーナリアは傍に置いてあった杖を手に取る。そしてそれを両手で掴み天高く持ち上げた。
「我の中に眠るアレアの潜在意識を目覚めさせ、彼女の言葉を我に引き寄せたまえ。アレアのみ魂を今一度この世に呼び戻し、この身体、力を持って真実の言葉を示したまえ」
凛とした声が処刑場に響き渡る。
周りの観衆たちはこれから何が起こるのか訳も分からずにそれらの光景を呆然と見つめていた。
やがて、マーナリアの体がぼうっと光りはじめ、掲げていた杖がゆっくりと降りて来る。
『リガルナさん……』
マーナリアの口から発せられた言葉と声は、そっくりそのままアレアのもの。その声に、リガルナは目を見開いた。
彼女は帰ってきたと錯覚してしまうほどに、これまで離れていた事でアレアへの想いが爆発する。
「アレアっ!」
押さえつけられる手を振り払い、リガルナは自分の持てる力の限りを振り絞りマーナリアの側へ寄ろうとした。
カチカチ……と金属が小さくぶつかりあう音が聞こえ、それに気づいたセトンヌがハッとなってリガルナを抑えている兵士に声をかけた。
「離れろ!」
「え……」
そう言うが早いか、カチンと音を立てて彼の腕を縛り上げていた手枷が外れ、同時に兵士たちは後方へ思い切り吹き飛ばされた。と、同時に城内は悲鳴が上がった。
吹き飛ばされた兵士たちは壁にしたたかに体を打ち付け、そのまま意識を失ってしまう。
巻き添えを食らったセトンヌも吹き飛ばされ、地面の上に叩きつけられてしまったが、痛みに顔をゆがませつつも身を起こした。
『リガルナさん……っ!』
自分の元へ飛んで来ようとするリガルナに、アレアはマーナリアの体を使って手を差し出した。
一歩、また一歩と彼女自身も近づこうとして、監視塔から転げ落ちそうになる。
「マ、マリアっ!」
痛みに顔をゆがませていたセトンヌは、マーナリアが落ちそうになるのを見てその場から駆け出した。その瞬間、マーナリアの体が大きく傾ぎ、後ろに控えていた兵士の手は空を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます