第48話 絶望
ボロボロに砕かれたランダモーネ城。国王、並びに兵士魔術師は過半数以上生き残っていた。
重篤な傷を負ったセトンヌを城の中でも被害の比較的少なかった部屋へ運び入れ、城の医師たちは総出を上げて治療を続けている。
「駄目だ。このままでは……」
止血を何度やっても止まらない。体が大きく貫通しているために塞ぎ用もない。ありったけの布を使い込み、ベッドの上も下も血の海と化している。
意識のないセトンヌの体が、出血性ショックを起こして小刻みに痙攣をし始めたのを見た医師たちの顔が、益々青ざめていく。
「王。セトンヌ殿はここにいては助かりません」
セトンヌの無事を祈り、これまでの経緯を見ていたランダモーネ王に、医師長が振り返ってそう伝える。
確かに、今この国の医療では助からないだろう。より優れた治療を行える場所に彼の身柄を移さなければ……。
一刻の猶予もない中、転移装置を使うことを決断する。
「転送装置を緊急解除だ。向こうに連絡を取っている時間はない。すぐに起動させ、セトンヌをレグリアナへ!」
ランダモーネ王はすぐさまそう指示を出すと、その場にいた数人の魔術師たちはその場から走り出し城の地下にある大きな転送装置の場所へと向かった。
そんな彼らに続き、医師たちはセトンヌをベッドから木板の上に載せて後を追いかける。
この転送装置は、ランダモーネとレグリアナにのみ存在する巨大な機械だった。
大きな青い球体を中央に、その球体を取り巻くようにして存在している文様の書き込まれた大きなリングが数個。一見、地球儀のようにも見えるが、複雑な造りのそれは地球儀のそれとは違っていた。
しかし、これはかれこれ5年ほどから使われていなかった。5年前、突如として原因不明の暴走を始め、死傷者と行方不明者を数名出している。原因はいまだに解明されておらず、それ以後封印していたものだった。
ランダモーネ王は、装置を使うこと自体危険だと知りながらも、これ以外に道はないと賭けに出た。
ブゥゥン……と、鈍く低い音を立てて起動したそれは、淡い青白い光を放ちながら起動する。地鳴りのような低い音をたて、球体の周りにあるリングが各々ゆっくりとした動作で回転を始めた。
「成功してくれよ……」
医師たちによりセトンヌが転送装置の中央へ運ばれてくると、転送装置を取り囲むように等間隔に並んだ魔術師たちは両手を前に突き出して一斉に呪文の詠唱を始める。
それに併せるように、球体を取り巻くリングの回転が徐々に早くなった。青白い光もまた徐々にその明るさを増して行き眩いほどに光り輝き始める。
飛び散る火花と、微かに立ち昇り始める煙がランダモーネ王を始めその場にいる全員を不安にさせた。
「無事に……どうか無事に成功してくれ……っ」
祈る思いで、王は両手を組んだ。
「転送っ!」
魔術師達が一斉に手のひらを額の前に重ねると、転送装置はバチバチと火花を散らしながら一際強い光を放った。
誰もがあまりの眩さに目を眇め、真っ白い世界を体感する。
やがて通常の部屋の明るさに戻ったかと思うと、先ほどまで寝かされていたセトンヌの姿がどこにもない。そして次の瞬間、転送装置はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
砂煙に視界を奪われた魔術師達だったが、転送に成功したと分かり皆安堵の見せた。
「エレニア様っ! 転送装置が……っ!」
突如起動し始めた転送装置に、いつも点検作業をしていたレグリアナの魔術師が慌しくエレニアの元に駆けつけてきた。
王の間にいたエレニアとグルータス、そしてマーナリアは驚いたように魔術師を見るも突如動き始めた転送装置の起動にただ事ではないと、すぐさまその場所へと移動する。
「これは一体どう言う事だ? 連絡はなかったのか?」
目の前で動いている転送装置の様子を見たエレニアは、視線を傍にいた魔術師に向けると、魔術師はうろたえたまま首を縦に振る。
「はい。こちらには何の連絡もありません」
「……何の連絡も寄越さずにこれが動き始めたと言う事は、もしや……」
吉報ではない。そう思った。
エレニアが苦々しい顔を浮かべている横で、マーナリアもまた不安に押し潰されそうな表情を浮かべたまま、無意識にも胸元で両手を握り締めていた。
徐々に加速を始める転送装置が、パリパリと言う音を立てて火花を散らしながら眩い光を放ち始める。
「来ますっ!」
転送術の補助を行っていた魔術師がそう声を上げると、それは大きく一度光を放ちそして瞬時に消え去った。
静かになった転送の間の中央に、セトンヌが倒れているのをすぐさま見つけたマーナリアは、その姿に青ざめ口元に手を当てた。
「セトンヌっ!!」
「セトンヌ殿?!」
青白い顔をしてぐったりとしたまま身動きしないセトンヌは、腹部に甚大な負傷を負っていることを見た瞬間その場は騒然となった。
「すぐに医務室へ運べっ! 何としてでも騎士団長の命を救うのだっ!」
グルータスの指示に、その場にいた者たちが急ぎセトンヌを医務室へと運び込んだ。
マーナリアはその場に固まり、身動きがとれない。
酷い傷だった。もしかしたらもう助からないかも知れない。夥しいほどの血の量は、今も目の前に広がっている……。
「マリア」
愕然としているマーナリアに、険しい表情を浮かべたエレニアが近づいてくる。
マーナリアは青ざめた顔で、体を小刻みに震わせながらゆっくりとそちらを振り返った。
「これでようやく分かったであろう? あの時のそなたの判断は間違えていたのだと。奴はあの時に抹殺しておくべきだったのだ。一時の感情に流された事を恥じるが良い」
冷たくもそう言い放ったエレニアは、立ち尽くすマーナリアの横を通り過ぎていった。
その場に残されたマーナリアは頭が真っ白になり、その場に膝を着く。
「……リガルナ」
絶望にも似た感情に押し潰され、マーナリアの目から堪えきれず瞳からはボロボロと涙がこぼれ落ちていた。
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