第42話 揉み消された灯火
先ほどと様子が違うアレアに、サルダンの手が瞬間的に止まる。そして目の前のアレアの姿を俄に驚いたような顔で見ていた。
アレアは体を丸め込み、うまく息がつげずに荒く短い呼吸を繰り返し胸元に爪を立てている。
「な、何だ……」
動揺の色を露にしているサルダンをよそに、アレアの視界が霞み、意識が遠くなっていく。
まさか、こんな事が起きるだなんて……。
幸せな時間を掴んだと思えた瞬間に崩れ去った現実に、悔しさと悲しさで涙が溢れて止まらない。
そこへリガルナが外から戻ってくる。アレアの為にと取りに行っていたのは、果実だった。
「……!?」
戻ってきたリガルナは、目の前の光景に愕然とした顔を浮かべた。アレアは青ざめた顔で横たわり、その横には上半身裸の見ず知らずの男が一人。
サルダンもまた、戻ってきたリガルナを見た瞬間大きく目を見開いた。
「あ、赤き魔物っ!?」
「……っ!」
リガルナはそんなサルダンに目もくれず持っていた果実をその場に投げ捨てて、もがき苦しむアレアの傍に駆け寄る。するとアレアはリガルナの衣服を震える手で掴みながら、まるで猫のように顔をこすりつけてくる。
あぁ……もう駄目だ。もう、無理みたいだ……。
自分にしか分からない感覚で全てを悟ったアレアは、大粒の涙を零しながら最期に伝えたい言葉を必死に口にする。
「リ……ルナ、さ……」
ごめんなさい……ありがとう……。
涙が零れ落ちる瞳が、リガルナに対しそう語っている。
アレアの肩に手を掛け、悲愴に満ちた顔でどうすることも出来ないリガルナ。そんなリガルナの目の前で苦しさにもがき、苦悶の表情を浮かべていたアレアの衣服を握り締める手からふっ力が抜け、それと同時にガクリと力なく頭が垂れた。
――信じられなかった。そう長くないとお互いに感じていたが、まさかこんなにも早く……。
リガルナは顔を顰めてギュッと目を閉じると、動かなくなったアレアの肩に額を押し付ける。
ほんの一瞬。ほんの一時だけ感じられたアレアとの結びつき。自分がアレアに惹かれ、それが人を愛すると言う事だと言うことに気付けた、本当に僅かな時間。これからもう少しの間だけでも、そんな時間が作れると思っていた。
まだ逝かないで欲しい。もう少し、共に同じ時を歩みたい。全てを見知っても尚自分を受け入れてくれた大切な人……。
「……」
アレアの死を受け入れられず、顔を伏せていたリガルナの様子を見ていたサルダンは、そっとこの場から逃げ出そうと後ずさりをする。だが、ふと自分が投げ置いた剣が視界に入るとそちらに視線を巡らせ、そして思い立った。
今隙だらけのリガルナを自分の手で殺せば、あのセトンヌの地位を奪い取り自分の将来は約束されたも同然なのではないかと。
サルダンは引き攣りながらもニヤリとほくそえみ、地面に落ちた剣に手を伸ばしてゆっくりと拾い上げた。
スラリと鞘から剣を抜き取り、悲しみに暮れるリガルナの背後に近づく。
サルダンは引きつった笑いを浮かべながら、微かに振るえる両手で剣の柄を握り、それを大きく振り上げる。
「……死ね!」
手にした剣を全身の力を込めて振り下ろす。
ヒュンと空を切る音が響いたかと思った瞬間、ボトリと言う音と共に、自分の手首から先が先が消えていた。
「っ!?」
あまりに一瞬の事に、痛みも何もない。我が目を疑ったサルダンだったが手首からボタボタと流れ落ちる大量の血を見た途端、恐怖におののいた。
「ひ、ひぃぃっ!」
ズサッとその場にヘタり込み、手のない腕を振り上げてわめき始める。
そんなサルダンを背に、リガルナはユラリと音もなくその場から立ち上がった。
顔は下を向き、力なく肩が下がった猫背なその背中からは、ただならぬ殺気が溢れている。
「……」
リガルナはゆっくりとその顔を上げ、背後にいるサルダンを緩慢な動きで振り返りながら視線を投げかけた。その目は、アレアと出会う前の殺人鬼としてのリガルナの眼差しに戻っている。
酷く冷徹で、情け容赦の無い射抜くような鋭い眼光。その目には理性はなく、ただ目の前の者を消し去る事だけを映している。
「た、助けてくれっ! お、俺は別に、あの女は殺すつもりじゃなかった……っ」
リガルナはそんなサルダンを睨みつけ、キュッと目を細めた。そしてスゥっと引き上げた手のひらを彼の顔に向けると冷たい笑みを零す。
その時、リガルナは視線の先にあるものを捉えた。それは、サルダンの剣の鞘についていた小さな紋章。その紋章に覚えのあったリガルナの表情がピクリと動く。
レグリアナ……。自分を陥れた偽善者の住む国……。全てを奪うためにこうなる事を予測しての、これはあの女の差金か……?
クッと口元を歪ませ、不適に笑ったリガルナはじろりと目の前のサルダンを睨みつけた。
「死ね」
不気味な笑みを浮かべるリガルナの顔を見た瞬間、サルダンの頭部は飛んで洞窟内は血しぶきで血塗られた。
返り血を浴び、サルダンの首と手のない胴体だけがゆっくりとその場に崩れ落ちる様を見たリガルナは、くっくと肩を震わせ笑い出す。
悲しみに再び心を閉ざしたリガルナは、再び暴走を始めるのだった。
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