第25話 共存の道

 翌朝。

 リガルナは外で眠り、日が昇る前に目覚めた。


 朽木に背中を預けたまま眠っていたリガルナはゆっくりと起き上がると、遠く彼方に登る朝日を目を細めて見つめた。


 正直、彼女があんなに必死に食い下がってくるとは思わなかった。少し脅せば素直に聞き入れて飛び出していくものだとばかり思っていたのに、彼女はそれを拒み続けた。


 昨日感じていた彼女のへの違和感が何なのか、まだよく分からない。それが分かれば、彼女が頑なに拒む理由も分かるはずだが……。


 そこまで考えて、はたと動きを止める。


 そんな理由を知ったところでどうするわけでもないのに、なぜそんな風に考えてしまったのか。


 リガルナはクシャリと自分の前髪を掻き上げ、苛立ったように舌打ちをした。


「くそ……」


 調子が狂う。

 やはり彼女は消すべきだ。そうでなければ問題は大きくなっていくばかりだ。




 完全に日が登り、空一面に青が広がる頃になってアレアが起きてきた。洞窟の壁を伝い、入り口付近に辿り着くと同時に声がかけられる。


「まだいたのか。俺は日の出と共に去れと言ったはずだが……」

「!」


 突然の事にビクリと体が跳ねる。

 おそるおそる自分の横にいるリガルナの方へ顔を向けたアレアは、彼の刺さるような眼差しに怯えの色を露にした。


 リガルナは腕を組み、木にもたれかかった体制のまま彼女を睨みつけている。

 そんな彼の視線と昨日のような冷たい仕打ちを受けることを覚悟で、震えるこぶしを握り締める。


「あの……。私……ここにいては駄目ですか?」

「……何だと?」


 不安ばかりが胸を占めたが、今のアレアにはこの選択肢以外選べない状況に置かれているのも事実。それでも、ただ冷たくされてこちらと関わろうとしてこないのなら、ある意味安全なのではないか。そんな気にもなった。


 アレアのその言葉にリガルナは驚いたように目を見開いたが、次の瞬間、一層鋭くアレアを睨みつける。


「俺の言っている意味がわからないのか? 俺はここを出て行けと言っている」

「分かります。分かってます。でも、私……一人じゃどうしても出て行く事ができないんです。だから……」

「だから何なんだ? そんな事は俺の知ったことじゃない。さっさと消えろ」


 畳み掛けるかのようなリガルナの言葉に、アレアは再び泣き出しそうなのを我慢して頭を下げた。


「お願いします。何でもしますから、ここにいさせて下さい」

「必要ない。邪魔なだけだ」


 リガルナは苛立った様子でそう言うが、アレアは食い下がった。


「だったら、私を街まで連れて行って下さい!」


 リガルナはそんなアレアの前にズカズカと歩み寄ると、突然アレアの胸ぐらを掴み上げた。


「!」


 昨晩のように、アレアの足が地面につかないほどの高さまで持ち上げると吐き捨てるように言葉を放つ。


「理解出来ていないようだな……。お前はよほど死にたいらしい」

「ち、ちが……っ」


 リガルナは口の端を引き上げ、意地悪くほくそ笑む。


 そうだ、このまま殺してしまえばいい……。


 アレアはリガルナの腕を掴んだまま涙をこぼしきつく瞳を閉じたまま叫んだ。


「目が見えないんですっ!」


 アレアのその言葉に、瞬間的にリガルナの手が止まった。


「それに私を生かしたまま追い出して、私がもしあなたの事を誰かに言ったとしたら、それこそあなたの不利になるんじゃないんですか!?」


 必死になってそう言い放つアレアの言葉に、リガルナは彼女を地面に下ろすと胸元から手を離した。


 きつく拳を握り締め、体を撃ち震わせながら顔を伏せた状態で泣くアレアは、自白したことで今後どんなふうな身の振りになっても仕方がないと思った。


 どのみち自分は誰かを頼らなければ生きていけない人間なのだ。そこだけはどうやっても変えられる物じゃない。


 アレアは自分にそう言い聞かせ、しかし打ちひしがれたようにむせび泣く。


 そんな彼女を見下ろしていたリガルナは、やけにすんなりとその言葉が胸に落ちた。


 昨日感じた違和感は、そう言うことだったのか……。


 リガルナは違和感の理由を知った事で納得できた。

 目が見えないなら自分にとっては好都合だ。だからと言って、こちら側の事を知られるのも時間の問題なのだろうが、その時が来たらその時にこそ殺せばいい。


「……なら、好きにしろ」


 そう言い放ったリガルナは踵を返し食料を探しに出かける。





 苛立ったように道なき道を歩き、リガルナは小さく舌打ちをする。


 殺そうと思った。でも、殺せなかった。

 今での人間とアレアは違う。目が見えないと言う事は、リガルナには相手が近くにいる事を許すという隙を作らせるのに十分な要素を含む。


 ただ、どこか納得が行かない。出会ったばかりのアレアにうっかり心を許してしまいそうになっている自分に対してでもあり、殺せなかった事実に対してでもある。


 リガルナは深く眉間に皺を寄せた。

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