第17話 捕縛

 マリアのその言葉に、ニッと口の端を引上げて笑うエレニアはグルータスを見やった。


「どの道、この国では無駄な殺生は禁じておる。魔物とは言え相手は人のそれと同じ姿をしていると言うではないか。一般人がそれを殺したとあっては重罪として同じ痛みを持って処罰される。だが、軍に入ればそれは罪には問わぬ。存分に仇打ちが出来るのだ」


 エレニアはグルータスからセトンヌへ視線を戻すと、口の端を引上げて一度大きく頷いた。


「良かろう。セトンヌよ。今日からそなたはこの国の軍の一兵士として努めるが良い。そしてゆくゆくはこのグルータスの跡目を継ぐよう大いに励め」


 エレニアの言葉に、セトンヌは深々と頭を下げた。


「ありがたき幸せにございます。このセトンヌ、必ずやエレニア様のご期待に応えて見せます」


 その時だった。謁見の間の入り口がざわめき出し、一人の兵士が慌てふためいて駆け込んできた。


「どうしたのだ! 今は謁見中であるぞ!」


 エレニアが怒鳴ると、兵士はビクリと体を震わせるもその場に姿勢を正し敬礼をした。


「ま、真に申し訳ございません! 実は宮殿の敷地内で不審人物を捕らえましたものですから……!」


 兵士のその言葉に、その場にいた全員が騒然とした。特にマリアは思わずその場に立ち上がり、蒼ざめた顔で固まる。



 もしやリガルナでは……。



 そう思うと期が気ではない。無意識に組んだ手に力が篭る。

 報告を受けたエレニアは不機嫌そうに顔を顰め、呆れたようにため息を一つ漏らす。


「では、その者はひとまず牢へでもぶちこんでおけ。あとで私が直々に会う」

「いえ、それが、その者がどうやら先日の火事に関係する魔物なのです」



 やはり……。



 マリアの予想していた通り、捕縛されたのはリガルナだった。そう思うと心臓がヒヤリとしてしまう。


 もっと見つかり難い場所へ移動してもらうべきだった。幾ら急いでいたとは言え、あの場に留まるよう言ってきたのは間違いだった。


 今更ながら後悔しても遅い事を悔いたが、もうこうなった以上どうする事も出来ない。

 蒼ざめたマリアとは正反対に、喜々とした表情を浮かべたエレニアは興奮の色を隠し切れずに身を乗り出していた。


「そうか。そやつは今どこにおる?」

「はっ。現在宮殿の門の傍に捕らえております」

「分かった。では参ろう。セトンヌ、そなたもついて参れ」


 エレニアは玉座からスクッと立ち上がると、愕然とした表情をしているマリアと、そして険しい表情を浮かべているセトンヌ、グルータスを引きつれ兵と共にその場所まで足を向けた。


 エレニア達が門の前に来ると、二人の兵士に腕を掴まれ頭を押さえつけられてその場に膝を着かされているリガルナの姿があった。

 マリアは思わず口元に手を当て悲しそうな表情を浮かべる。


「ほう、この小僧があの魔物か……」


 エレニアは臆することもなくリガルナの前まで歩み寄ると、下げている顔の顎に手にしていた扇を宛がうと無理やりその顔を上へ向かせる。

 強制的に顔を晒す羽目になったリガルナは困惑と恐怖に顔を歪めていた。


「なるほど。まさに魔物のそれを全て兼ね備えているのだな。しかし、よくもこの宮殿にのこのことやってこれたものだ」

「……っ」


 リガルナは言葉を発する事もなくエレニアを見上げる形にされていたが、その視線だけを動かすと視界の端にマリアを捕らえた。

 悲壮な顔を浮かべているマリアを見るや、リガルナは打ちのめされたような思いと怒りが湧き上がってくる。


 優しい言葉も抱擁も全ては嘘だった。こんな見せしめをさせる為にワザと優しく近づいて、自分がここにいる事を漏らしたに違いない……。


 マリアなら信じられる。そう思っていた。他の誰もくれなかった優しい言葉と温もりを与えてくれた彼女だから信じようと思っていたリガルナは、「裏切られた」と言う感情が当然湧き上がってくる。目の前で哀れみの眼を向けるその眼差しも全て嘘に違いない。笑いものにしたいが為にこう仕向けたんだろう。


 ズタズタに心を引き裂かれ、リガルナは完全に人間不信に陥った。


 もう誰も信じない。どんな甘い言葉も、優しさもぬくもりも、全部信じたりしない。


 リガルナはギッと歯を食い縛ると顎下に添えられた扇を顔で乱暴に払い除け、後ろ手に組み締め上げられている腕をもろともせずにマリアに向かい食って掛かった。


「騙したなっ!!」


 マリアに向かって投げつけられたその言葉で、皆の視線がマリアに集中する。


「騙した? どう言う事だ……?」


 エレニアが不可解な表情をしてマリアを見つめると、困惑して固まっていたマリアは首を激しく横に振った。


「だ、騙してなどいませんっ!」

「嘘だっ! 本当は俺をこうやって拘束する事が目的で近づいたんだろうっ!」

「違う! 違うわっ! 私、そんな事……」

「どう言う事だ? 説明せよ」


 一生懸命弁解しようとするマリアに、エレニアの表情が険しくなる。しかし、そんな母の姿になど目もくれず、マリアはリガルナを見つめたまま祈るように訴えた。

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