第2話

 惑星ユードーの大気は人間には有害である。だから人間は、シュミトー外殻のもつ大気濾過装置を通さなければ、単房の外では呼吸できない。この外殻がなくなれば、シュミトーの駆除隊に発見されるのを待つまでもなく、あっさりと呼吸困難で死んでしまう。人間が惑星ユードーで生きていくためには、シュミトー外殻こそが生命線である。人間はシュミトーそっくりのシュミトー外殻の中に身を隠して、この惑星で生きのびつづけている。

 彼は、今日も手製のプラスチック爆弾を外殻のポケットにしまいこんだ。彼の名前はアキヒサという。

 表面的はごく普通のシュミトーの一員のふりをして生活しているといっても、アキヒサは他のシュミトーのように遊んでばかりいるわけにはいかない。なんせ、この異質な環境をもつ惑星で、生存のために必要なものをかき集めてこなければならないのだ。知人のシュミトーたちには、アキヒサは鉱物収集家として知られている。なんのことはない、人間の栄養素と爆弾の材料を集めているのだ。

 十日に一度くらい、仲間と連絡をとる。シュミトー外殻を使ってシュミトー社会にまぎれこんでいる人間はアキヒサだけではないのだ。惑星全体で、数千人近くはいるはずである。しかし、普段はずっとシュミトーに囲まれて暮らすことになる。長いこと人間に会えないでいると、孤独で発狂しそうになる。シュミトーの知り合いといくら会おうと感情を共存することはできないのだ。やはり人間が相手でないとアキヒサの心を安らげてはくれない。シュミトーは敵、絶対に相容れない相手である。シュミトーたちがアキヒサの正体を知ったら、有無をいわさず抹殺することは間違いないだろう。シュミトーとの交流はすべて偽り、偽装のうえに成り立つまやかしなのだ。

「アキヒサ、聞こえるか」

 知人のシュミトーであるカンデルワルーが話しかけてきた。

「どうした。珍しいな、こんなところで」

 アキヒサは外殻の中でボタンを叩いて返事を返す。シュミトーには聴覚はない。だから、会話も音声では成り立たない。シュミトーの会話は嗅覚を介して行われるのだ。化学物質を足の先から分泌して、それを相手の足の先の嗅覚器に嗅がせるのである。複雑な化合物の匂いがさまざまなことばを表わすことになる。

「最近、爆発事件が頻発する。そして、わたしは見張りに駆りだされた。とても面倒な仕事で、これはわたしに迷惑だ」

「まったく物騒なもんだな」

 またボタンを叩いて答える。

「昨日の爆発で八体が死亡した。原因は、理解不能状態を維持している」

 八体か、思ったより少ない。不満を感じずにはいられない。

「知っている。おれの聞いた話じゃ、隕石の落下が原因だってさ」

「本部は集団***の疑惑を抱いている」

 外殻のコンピュータが一部翻訳に失敗したようだ。シュミトー語の解析はかなり進んでいるが、まだ完璧じゃない。集団***とは何だ。

「本部も案外、突拍子もないことをいいだすからな」

 アキヒサははったりで会話をつなぐ。できるなら、集団***がどんな意味なのかを確認しておきたい。

「先住種がまだ生きているとする本部の予想は、にわかに信じがたい」

 先住種。

 そのことばがアキヒサには許せない。ことばを聞くだけで怒りがこみあげてくる。許せない。何がなんでもシュミトーを許せない。先住種だと……。アキヒサの毛細血管が開き、血が全身をかけめぐりだす。

「論理不整合が本部をおそった。先住種の絶滅は、常識だ」

「そうだな。常識だ。隕石の方がまだ信用できる」

 自分の頭の奥で冷たいものが広がり、感情を押し殺してボタンを押し、会話をつづける。こんな時、間接的な会話はありがたい。感情を隠すことができる。シュミトー外殻の中でアキヒサの心が煮えくり返っていることを悟られずにすむ。

「その本部に駆りだされるわたしは不幸だ」

「まあ、せいぜい頑張れよ」

 前足を三本合わせるというシュミトー流の別れの挨拶をして、アキヒサはカンデルワルーとの会話をきりあげた。

 くそっ。シュミトーの中央機関は少しづつアキヒサたちの存在に気づき始めているらしい。うかうかしてはいられない。殺されるより先に殺さなければならない。何がなんでも勝つ。シュミトーを生かしてはおかない。慎重かつ大胆に、悪魔のように狡猾で残酷に、シュミトーの体液一滴一滴を焼き焦がすほど徹底的に、殺しつくす。

 怒りの量では誰にも負けはしない。質も量も、アキヒサの憎悪はシュミトーのそれを圧倒的にうわまわっている。呪っても呪いつくせないほどの恨み、凄まじい憎悪がアキヒサの中で渦巻いている。

 静かにシュミトーの群れに潜む。目立たず、気づかれず、疑われないように。惑星を一周する大輸送パイプの駅に寄る。そして、料金を払ってプラスチック爆弾を放りこむ。爆弾は他の荷物と一緒になって流れていく。計算では、三つほど駅を越えたところで爆発するはずだ。すぐ隣を走る乗客用パイプもまきこんで、大惨事になることだろう。物資の流通も滞り、シュミトー社会をわずかといえども衰退させる。

 犯行を見届けることもなく、アキヒサはその場を去る。

 そして、アキヒサは自分の単房に帰る。一抹の満足と、消えない殺意を胸に秘める。

 単房の中でシュミトー外殻を外し、生で空気を吸う。アキヒサはこの単房が好きだ。ここにいる時だけ安らぎを感じられる。この単房だけが彼が彼でいられる空間だ。

 単房の隅に地球儀が置いてある。青い。まだ窒素と酸素の大気が地球の表層を覆っていた頃の地球だ。

 壁には、海辺で肌を焦がす人間の女のポスターが貼ってある。古き良き地球、懐かしき人類の故郷だ。海、まだ干上がってしまう前の海。海水浴場に人間がひしめいている。数えきれないほどの人間が好き勝手に楽しんでいる。

 アキヒサは深々とベッドに体を沈めた。廃墟から発掘したCDデッキで三十年前の曲をかける。この日もまたシュミトーを殺した。だがそれが何になる。微々たる殺し、無力な殺戮だ。しょせん、アキヒサ一人でこの惑星をひっくり返すことなどできはしない。

 人間。あなたは人間を知っているだろうか。太陽系地球に生息した生命体で、従属栄養の動物。群れをなし、道具の製作改良、世界法則の探求を行う。中等知的生命体。およそ百万年ほどの期間にわたって繁殖し、その後は滅んだといわれている。今となってはただの絶滅種だ。

 眠れない。なかなか寝つかれない。ここのところずっとだ。目を閉じてから過去を回想するのが日課になっている。平凡な子供時代。平凡な青年時代。そして、シュミトーとの戦争が始まる。始めから絶望的な戦争だった。戦いとはいえない。狩られた。あれは狩りだった。人間が一方的に狩られていった。たった四ヶ月で全滅。

「ここは地球なんだ。誰が何といおうと西暦2074年の地球なんだ」

 アキヒサは小さく呟いた。いつまでたっても寝つかれなかった。

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