惑星ユードー

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話

 ここは惑星ユードーだ。誰が何といおうと、ユードー歴28年の惑星ユードーだ。

 黄色い空、乾燥した大地、そしてシュミトーと呼ばれる五足生物たち。この惑星はどこもかしこもシュミトーでいっぱいだ。大地に足場と呼ばれる立体格子を建設し、それを地上のいたるところに広めている。高度に知的で文明的な生命体であるシュミトーは、惑星環境を自分たちの都合の良い構造につくりかえる方法を知っている。あと二、三年もすれば、足場は惑星中を完全に覆いつくすことだろう。樹上で進化した生物であるシュミトーは、五本足で足場を交互につかみながら移動する。足の数が奇数なのは樹上生物に特有の身体構造だ。必ずしも直線移動しないため、左右対称形である必要がないのだ。

 どんな歴史にも裏がある。もちろん惑星ユードーの歴史にも裏がある。そしてこれは、歴史の裏側の物語だ。

 一体のシュミトーが食糧貯蔵庫のそばを用もないのに通りすぎていった。そのシュミトーは、ちょっと見ただけでは普通のシュミトーと見分けがつかない。どこにでもいる平均的な一般シュミトーのようだ。ただ、ちょっとばかり運動能力がありすぎて、足場をつたっていく速度が速すぎるきらいがあったかもしれない。体長もやや大柄なところがある。しかし、その程度のことで誰も彼に注目したりはしない。

 その彼が食糧貯蔵庫の一角にほんの小さなプラスチックの欠片を落としていったことには、もちろん誰も気づきはしなかった。他のシュミトーはみんな、食糧の配給をもらうことに興味がいってしまっている。最近では食糧生産も能率化されたため、惑星ユードーのシュミトーは誰一人飢えることがなくなった。むしろ食料は過剰生産されてるぐらいなので、好き勝手な量を請求してもかまわなくなったのだ。それでみんな食糧配給で欲張りすぎて、押しも押されぬ大混雑を引き起こしているのだ。

 彼は惑星中でただ一体、食糧配給に興味がないシュミトーのように、混雑した食糧貯蔵庫を無視して通り過ぎていった。誰も彼に注目してはいない。彼の様子を記憶しているシュミトーなどどこにもいない。一分もたってしまえば、彼がここにいたという事実を証明するものは何もなくなってしまうだろう。痕跡は何も残らない。完全犯罪だ。

 彼は振り返りもしなかった。ただリズムを崩さず、平然と歩き去っただけだ。その後、食糧貯蔵庫で何が起こるのかを彼は知っていたが、それを他のシュミトーに教えてやるほどの心の余裕はもちあわせていなかった。彼は頭の中で秒読みをつづけ、やがて予定時刻がくる寸前になると、沸きあがる興奮を抑えきれなくなった。

 爆風がやってきて周囲の足場を揺らした。ズズーン。音は予想したよりも遠くまで響いてきた。彼が作ったプラスチック爆弾は計画どおりに役目を果たしたようだ。

 食糧貯蔵庫では、蜘蛛の子を散らしたようにシュミトーが逃げ惑っていた。シュミトーたちはプラスチック爆弾というものを知らなかったので、何が起きたのかを理解できないのだ。食糧貯蔵庫の外壁が半欠けになり、焼け跡が溶けている。残り火が保存してあった食料を燃やしていた。恐怖と混乱がシュミトーたちの間をかけめぐっていた。

「救護隊だ。救護隊を呼べ!」

「俺の足が、俺の足が……」

「助けてくれ。痛い、助けてくれ、早く」

「右を持って。急いでそっちを……」

「ぐああああ」

 小パニックが爆発現場を満たしていた。怪我人が怪我人に助けを頼み、あたりは収拾がつかないぐらい混乱していた。

 くくくくくくっ。シュミトーの苦しむ様を想像して、彼はたまらなく興奮していた。彼はすでに現場から充分に離れている。もう安全だ。足場をつかむひとつかみひとつかみが勝利の味を味あわせてくれる。爆破は今月に入って何回目だろうか。今回の爆破で何体殺したのだろうか。愉快だ。このまま手当たりしだいに殺してくれる。

 彼はやがて自分の単房にたどりつき、その中に入っていった。シュミトーは足場のところどころに自分専用の単房をもっており、たいていの夜は眠る。彼もこれから眠りにつこうとしているのだ。自分の単房に帰って、中でくつろぐ時間だけが彼の緊張を解きほぐしてくれる。単房の中は個人個人のプライベートな空間で、彼の単房のなかは彼に居心地がいいように改造してある。

 彼の単房のなかは、普通のシュミトーが見たら舌を抜いて驚くに違いないような異質な環境だった。足場はない。単房の中で体勢を維持するためにつかむ突起がない。睡眠を促進するねばねばの粘液がたまっていない。そして単房の中を満たしている大気が、酸素なのだ。

 異常なことだ。酸素はシュミトーの生存に致命的な毒素だ。酸素で満たされた単房など、シュミトーの個室であるわけがない。液体H2Oが貯められた容器もある。シュミトーは生来、乾燥を好む。液体H2Oとはシュミトーらしからぬ嗜好品だ。

 彼は酸素の中に入ってもまるで苦しむ様子を見せなかった。むしろ元気になったようにすら見えた。彼は単房の中で五本の足を縮めて丸くなると、軽く身体を振動させて動きを止めた。それはシュミトーが睡眠に入るときの行動とは似ても似つかないものだった。少しの間、そのままじっとしていたかと思うと、彼の身体が縦にさっくりと割れた。

 死んだのではない。シュミトーがそんなふうに死ぬことはない。怪我でもない。病気でもない。生理現象でもない。

 割れたシュミトーの外殻は、よく見ると天然素材ではない。表皮は細胞体だが、その内側は電子系機械構造をしている。そして、そのさらに内側は空洞だ。割れたシュミトーの外殻の中に、かなり大きな空洞があるのだ。その空洞に身を潜めていたものが、外殻の割れ目から外に這いだそうと起き上がってきた。

 人間だった。

「はははははははは」

 人間は思う存分に呼吸ができるようになると、今までこらえてきた笑いを解放した。おかしかった。自分の手でまたシュミトーを殺したのだと思うと、たまらなく愉快だった。愚かな異星生物たちよ、人間の手にかかって滅んでしまえ。まるで下等動物だな。シュミトーの馬鹿どもが人間の存在に気づくことはないだろう。おかしかった。絶対的優位にたった攻撃者のもつ狂気だ。この殺戮が、自尊心も優越感も満足も闘争心もすべて満たしてくれる。はははははははは……。

「シュミトーなど滅んでしまえ。この惑星はおれたちのものだ」

 人間はできるかぎりの大声を張りあげて叫んだ。シュミトーには聴覚がないため、どれだけ大声をあげても聞かれる心配がないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る