第13話真実の章
ふたたび眠りから覚めた時に医師が目の前に立っていた。
「小説を書いていると言うことですが考えていることを書いて見ることは、心のバランスを回復する有効な手段かも知れません」と彼は言った。
「書き留めることです。相手の言葉は忘れますが、その時抱いた感情は残り、あなたを苦しめます。周囲は不自然なあなたを精神異常者とすることもあります。それを証明するために書き留めることです。それに自分一人では大きなことは出来ません。背負い込まないことです」
医師は全身に闘志をみなぎらせて忠告し、カルテの上に忙しくペンを走らせた。
診察結果は虚言症、自意識過剰、自己弁護、猜疑心の持ち主であると言うことだけであろう。彼の言葉で気ちがいになる前にと書き始めた。
この作品を書き始めてから、周囲から露骨な嫌がらせや書くのを止めろ脅迫じみた言葉を投げ掛ける者が現れた。中には自分と深い面識もない者もいる。おそらく誰かが、入れ知恵をしているやも知れないと思うが、脅迫じみた言葉に、逆に筆を進めざる得ないと言う気持ちになった。
Nでの勤務で接した者たちの勤務ぶりが、一層、そのような疑問を感じさせた。彼らと自分を比較した時、彼らは階級は低いが、人間的に彼らは自己の職責を理解し、自己の職域で頑張っている。勲章や階級も無意味な物に思えるようになった。
最近の苦境の背景にあるのは二十歳代後半に一緒に勤務せざる得なかったTや、彼の取り巻きの存在があるにちがいないと思う。今でも彼にはとてつもない怒りを感じる。
思春期の頃に環境破壊や地下資源の褐炭による人類破滅の予感に脅え、この道に入った。人口爆発により起こる出来事だと思ったが、あれから三十余年を経過した。
地球温暖化がもたらす環境破壊真剣に叫ばれているが、中国や遠くアフリカの国々の人々も先進国同様の生活を求め近代化、開発を進めようとするにちがいない。エネルギーの消費量も増えよう。
だが彼らの夢の実現を阻む権利は誰にもないはずである。
三十年後、どうなっているだろうか。
それにしても、一体、自分は何をしていたのだろうか。何をしたいと思ったのであろうか。それさえも見失ったしまう。三十年間を振り返り、自分がとんでもない場違いな世界に紛れ込んでしまったような気がする。
だが二十余年前に体験した出来事を今でも鮮明に思い出す。それだけではなく、自分の人生に現実的な波紋を投げ掛けている。ボディーブローのように効いてくる。
たかが普通より十年だけ遅れて産まれてきた子供だと思いながらも、行く末も心配である。
今でも許せない。
法廷で争うこともやむを得まいと思うようになった。二十年前には原告になることも覚悟したが、なれなかった。今でも想像で空白を埋めるしかないが、不明瞭な部分が多かった。誇りを守るためにギリギリの選択だったはずである。
私には他人の人生を知る術も他人の人生に干渉することも古傷を触れる権利もない。だがそれを守ろうとすれば彼らは私を叩き潰そうとする。
日常生活で襲ってくる激しい感情はこれだけでない。想像をした出来事のすべてを書き尽くした訳でもない。
二十年前の出来事である。
経過した時間が長いだけに罪も重い。
どのような些細な事件でも構わない。幾度ともなく法廷に引き吊り出されることを夢見ていた。その場ですべてを告白したかった。だが、今、なお機会はない。
二十年間、事情を整理できないまま、すべての感情を封印し続けるしかなかった。今、対象不明なまま、発作的に怒りの感情を発露している。
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