第二章 3 『初日』

 ――副都。


 そこは、騎士の学校があり王都の聖騎士団に入団するには避けては通れない場所。


 そしてここに、卓斗は居た。


 教室の様な場所に、全員が集まり副都へ来て初めての授業が行われ様としていた。入団式が行われたのは、昨日、卓斗は、オルフ・スタンディードとマクス・ルードのニ人に眠りを妨げられ眠たそうに欠伸をしていた。


「眠そうだな、卓斗」


 卓斗の隣に立つのは、御子柴悠利。彼は目覚めが良かったのか、すっきりとした表情だ。


「ふむ、我はなかなか目覚めが良いぞ」


 オルフは、窓から差し込む太陽の光を浴びながら卓斗に話しかけた。


「お前のせいで眠れなかったんだよ、こっちわ」


 オルフを、眠たそうな目で睨みながら話す卓斗に、次は恵が声を掛けた。


「越智くん、教官が呼んでるから一緒に来てくれる?」


「え? 俺が?」


「うん、なんか、教材を運んで欲しいんだって」


 この騎士学校にも、教材という物が存在しよくよく思えば、この副都は日本の学校と然程変わりが無い事に今更ながら、卓斗は疑問に思った。


 恵と、教官室と書かれた場所へ行き扉を開けると、そこは完全に日本の学校の職員室と同じだった。


「日本の学校と全然変わらないな、だって印刷機とか置いてるし」


「ほう、インサツキを知っているのか」


 そう話したのは、卓斗と恵をここへ呼んだステファだった。


「いや、知ってるも何も……」


「これはな、どういう仕組みかは知らんが非常に便利な物だな、確かニホン、という国から持ってきたとか言っていたが、その国が何処にあるのか未だに分からん」


「ニホン!? それって、日本ですか!?」


 それは、卓斗にとって驚きの言葉だった。


「あぁ、以前ここで教官をしていたヨウジという男がそう言っていた。因みに、お前たちに持って行って貰う教材も、副都の呼び名、騎士学校もヨウジが付けた」


「持ってきたって事は……」


 それは、日本と異世界を行き来しているという事になってしまう。帰る方法も何も分からない卓斗達にとっての日本に戻る為の手掛かりであり、希望の光になるであろう人物、ヨウジ。

 この男に会えば日本に帰れるそう卓斗は思った。だが、その希望の光はあっけなく消える。


「その人は今何処に居るんですか?」


「それが、最近ここには顔を出して無くてな、何処にいるのか所在不明だ」


 ヨウジと呼ばれる男は現在、行方不明中で帰る方法を今すぐに聞く事は叶わなかった。だが、その男の正体とは一体何なんだろうか。


「そっか……聞きたいことがいっぱいあったんだけどな。もしかしたら、俺達がここに飛ばされた理由も知ってるかも知れないし」


「そんな事より、早くこれを運んでくれ」


 ステファから渡されたのは、人数分の教材と赤い名札の様な物。当然重い方は卓斗が持つ。

 そして、皆の待つ教室へと向かって行くがその道中、卓斗がチラッと横に目をやると、誰も通っていない、埃臭い通路があった。

 窓も無く薄暗い、不気味なオーラを漂わせていて、奥が暗闇で見えない。


「なんだここ……おばけ屋敷みたいだな」


「あぁ、そこか。そこはな、かつて卒団試験で使っていた広間があってな、訳あって今は立ち入り禁止にしている」


「立ち入り禁止!?」


 日本で言えば、立ち入り禁止は関係者以外入れないケースと、何か事件があった時だ。それを聞いて背筋がゾッとする。


「まさか……ここで誰か……」


「馬鹿言うな、副都で死者は出ない。だが、色々とあってな、それ以降ヨウジが姿を見せなくなったんだ」


「何があったんですか?」


 神妙な面持ちで、ステファは話し出した。


「ここでは、ヨウジとシルヴァルト帝国が開発した科学戦争が行われていた。それが、副都の卒団試験だった。科学戦争とは、ある魔獣を封印し、そいつの能力を使って模擬魔獣を作り、バーチャル戦争で卒団試験を行っていた。その試験では、ダメージを受けても死ぬ事は無く、コンピューターに搭載されているライフポイントが無くなっていくというシステムだった。だが、その封印していた魔獣が暴走を起こし、卒団生達が危険な目に遭わされてな。一人の少年がその魔獣を倒した時は驚いたが、無事に死者は出る事は無かった。それ以降、ヨウジは行方不明になった」


「その少年すげぇ……」


「あぁ、この副都の歴史上、三人しか居ないUランクの称号を持っていたからな」


 Uランク。それは、副都でランク付けられる実質上の最高ランク。未だかつて三人しかその称号を得た事が無くSランクが最高ランクと言われている。


「Uランク……」


「お前らもUランクに昇格する可能性はあるからな、頑張ってくれ」


 卓斗が気になっていた事はそれだけでは無い。もう一つは、封印されていた魔獣の事だ。


「封印した魔獣っていうのは、何なんですか?」


「世界を終焉へと導く災厄の魔王獣、名をグザファンと言ってな、私がここで一期生として学んでいた時に、この世界を襲ってきたんだ。その時に封印し、そいつの能力を使って魔獣の擬似体を作った。そして、それを卒団試験に使っていたという事だ」


「そんな事が……てか、ステファさんここの一期生だったんですか!?」


 副都が作られたのは、今から二十年前の事。当時ステファは十六歳で、一番期生として副都に入った。

 その後、聖騎士団を経て現在はここで教官を務めている。


「あぁ、そんな事より、早く教室に行くぞ。今日は教材を使った授業だからな」


 教室へと到着し、各々が席に着く。卓斗の右隣は三葉で左隣が恵、前がセラで後ろがエレナだ。

 教材を配り終わり中を開けると、そこには、魔法の事など、日本の学校の教科書と変わらない感じで書かれていた。


「へぇ、本当に日本みたいだな」


 卓斗は、教材をペラペラと捲り思わず見入ってしまう。それは、三葉や悠利達も同じで、まだ2週間程しか経っていないが、懐かしさに駆られた。


「今日は、魔法の詠唱について話をする。基本の詠唱はテラと言うのは、知っているな? 無属性の魔法なら大抵の者が使えるはずだ。例えば、防御魔法だ。詠唱はテラ・フォース、バリアを張り攻撃を防ぐ魔法だ。中には、詠唱破棄や永続魔法を使う者も居るが、それは熟練者だけだ。詠唱破棄とは、詠唱を唱えずに魔法を使用する事。詠唱を唱えた時より、精度は下がるが瞬発力に長ける所が長所だ。次に、永続魔法だ。これは、一度唱えた魔法を持続的に維持する魔法だ。これを使う奴はなかなか居ない。かなりの練度が必要とされるからな」


 卓斗は、一度永続魔法を使う者と対峙した事があった。セルケトと名乗っていた人物だ。未だ謎ばかりのその人物は防御魔法に永続魔法を掛けていた。


「やっぱあいつ、めちゃくちゃ強い奴だったのか……」


「次に、テラの段階だ。テラから順に、テラ・レイン、テラ・グラン、テラ・グーラと続く。段階が上がるにつれ、テラの使用量が増える。最上のテラ・グーラはとても強力でな、使える者も少ない。お前らも使えるまで時間が掛かるか、使えない可能性もある。次に、属性だ。基本の属性は、火、水、風、雷、土、闇、光とある。その中でも、闇属性は、呪縛魔法が使える。呪縛魔法とは、相手の身動きを止める魔法だ。そして、光属性は、治癒魔法。傷を癒し、テラを回復させる魔法だ。中には、これ以外に特殊な属性を持つ者も居る。例えば、氷、毒、霧、溶岩、白、黒などがある。他にもあるが、特殊な属性を持つ者はそれなりのリスクを持っている様だ」


 卓斗はその話を知っていた。かつて、沙羽が話していた。特殊な属性を持つ者は、魔法を使わないと、体が蝕まれ、死に至ると。


「確か、強さと比例してのリスクですよね」


「よく知っているな。そうだ、特殊な属性は強い分、大きなリスクがあるからな。引退する場合は、体のテラを断絶する必要があるから、断絶してしまえば二度と魔法は使う事が出来ない」


「死ぬまで戦うか、一般市民になるか」


 そう言葉にしたのはセラだった。


「まぁ、それを決めるのはお前ら自身だから、その時に決断すればいい。それから、この様に三ヶ月間教材を使った授業を行い、残りの三ヶ月は実戦形式で行うから覚悟してくれ」


 日本の学校とは違い、朝の十時から十五時までが副都での授業が行われる。それ以外は自由時間となっている。それからも魔法についての授業が行われ、初日の授業が終わった。


「ふぁ~~」


「みっともないわね、手で塞ぐぐらいしたら?」


 卓斗が大きな口を開けて欠伸をしていると、エレナが話しかけてきた。


「眠たそうね、寝れなかったの?」


「あぁ、どっかの誰かの所為でな」


 どっかの誰かとは、オルフとマクスの事だ。


「ちょっと、付いてきて欲しい所があるの」


「俺に?」


「貴方、私の護衛でしょ? 当たり前じゃない」


「だから、護衛じゃねぇって」


 引っ張られる様にエレナに連れて行かれる卓斗。副都を出て王都のある方向へと向かう。


「王都に行くのか?」


「うん、ちょっとね。カジュスティン家の領地を見ておきたいの」


 カジュスティン家は、王都の王族でニ年前に何者かのクーデターにより滅亡している。エレナは唯一の生き残りだった。

 王都に着きカジュスティン家の領地へと向かう。そこには、跡形も無く、ただの平地となっていた。

 その場をただ黙って見つめるエレナに卓斗は掛ける言葉が見つからない。


「ここで、お父様もお母様もお姉様達も皆死んでいったの……私だけが残って」


「…………」


 こういう時に掛ける言葉が、何を言えばいいのか経験の無い卓斗には何も思い浮かばない。下手に話しかけても同情になってしまうだけだ。


「ちょっとここで待ってて」


 そう言うと、エレナは歩き出し、かつて自分が住んでいた建物を思い出しながらジッと立っている。卓斗は黙ってその後ろ姿を見ていた。すると、卓斗に何者かが声を掛けた。


「確か、タクトくんですよね?」


 卓斗が振り返ると、そこにはエシリア・エイブリーの姿があった。エシリアは、カジュスティン家と同じく、王都の王族でエイブリー家の王妃だ。


「あー、えーっと副都で一緒の……」


「エシリアです。覚えてて下さいね。エレナちゃんとここに何しに来たんですか?」


「エレナがここを見ておきたいって。そういや、エシリアちゃんはニ年前の事は知ってるのか?」


「はい。もちろん知ってます」


 エシリアの表情も悲しげになり、エレナの後ろ姿を見つめていた。


「その、聞いてもいいか?」


「はい、いいですよ。先ずは、私達の事から話しますね」



 ――話は十二前に遡る。

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