第一章 6 『初実戦』

 塔の中に入り、奥へ進むと大きな広間の様な所に出てくる。右側には、通路がありその最奥には、地下と最上階への階段があった。左側には、部屋は無くただの広間だ。

 そこに、ニ人の制服を着て剣を持った高校生の男女が居た。その視線の先には、ゴスロリの服を着た女が一人。高校生二人は、同時にある言葉を発した。



 ――テラレイン・ダクマ。


 ――テラレイン・ファルマ。



 高校生の男の方、桐谷卓也の剣に紫色のエネルギーが纏う。高校生の女の方、上野沙羽の剣に赤色のエネルギーが纏う。


「二人まとめて、倒してあげるから!!」


 ゴスロリの女が剣を横に振ると、紫色の斬撃が卓也と沙羽に襲いかかる。沙羽は、上にジャンプして避け卓也は、しゃがんで避ける。紫色の斬撃は、誰も捉える事も無くスゥッと消えていく。


「はぁ!!」


 上にジャンプした沙羽がゴスロリの女の方に手を翳すと、数個の炎の球を飛び交わせる。


「身動き取らせないつもりね」


 ゴスロリの女が、炎の球を避けたり剣で弾いたりしている所に卓也が突っ込んで行く。


「二人相手にはきついだろ?」


「私に近づくと貴方も、彼女の魔法の巻き添えをくらうわよ」


 卓也は、剣を振りかざしながら不敵に笑みを浮かべた。


「だと思うだろ? 飛び交う炎の球は、沙羽のコントロールの支配下だ。俺には当たらねぇ」


 卓也の言う通りに、炎の球は上手く卓也を避けながらゴスロリの女だけを狙っている。

 ゴスロリの女は、沙羽の炎の球と卓也の剣を相手にしながらも未だ、悠々としている。


「なかなかやるな、だがそろそろ終わりにする」


 卓也は、剣でゴスロリの女の剣を回しバランスを崩させ、クルッと背後に回り込み背中に手を当てがう。すると、ゴスロリの女の足元に紫色の魔方陣が浮かび上がってくる。



「――しまった…!!」


 ゴスロリの女の、悠々とした表情が崩れる。


「呪縛魔法だ」



 ――呪縛魔法。



 それは、魔方陣の上にいる者の身動きを封じる魔法。ゴスロリの女は、体が石のように固まり、動けないでいる。


「沙羽!! 今だ!!」


「りょーかい!!」


 沙羽が、右の手をギュッと握ると飛び交っていた炎の球が一斉にゴスロリの女めがけて襲いかかる。卓也は、直ぐさまゴスロリの女との距離を取り、炎の球は目の前で大爆発を起こす。

 卓也達の居た空間に熱がこもり一瞬温度が上がる。室温が、元に戻り砂埃が消えていくとゴスロリの女は、ぐったりと倒れ込んでいた。


「ふぅ、よし直ぐに卓斗達を追うぞ」


「そうだね」


 卓也と沙羽は、卓斗達を追い階段のある方へと走った。



 ――蓮と村人を探していた卓斗と三葉と繭歌の前には、外国人風の男が、立ち塞がっていた。その男の口からは、血が垂れている。卓斗が、殴ったのだ。

 繭歌に押された勢いで外国人風の男を殴り飛ばし、これが人生で初めて人を殴った瞬間だった。

 卓斗の右手の拳にもダメージがあり、手の甲が少し赤くなっている。三人は、初めての実戦に戸惑いながら、外国人風の男を見つめていた。


「どうする……勝てんのかこれ……」


 卓斗達は、魔法の使い方はほとんど知らず、勝算が全く無い。かといって、卓也や若菜達が来るのを待つまでの、時間稼ぎも出来る見込みも無い。

 下手をすれば、直ぐに殺されてしまう。だが、何もしない訳にもいかない。



 ――戦うしかない。



「仕方ないね、やれるだけやるよ」


 繭歌が先陣を切って、外国人風の男の方に走り出して行く。


「繭歌!!」


 三葉は、飛び出していく繭歌を止めようと手を伸ばすが、一足遅く、繭歌の腕を掴み損ねる。副都から提供されたばかりの腰に携えている剣を抜き一気に振り抜く。

 しかし、剣技を習っていない繭歌の一振りは、簡単に受け止められてしまう。


「踏み込みが甘いな。技術も無いと見えるそれに、後ろの二人に関しては剣を携えていないが、魔法使いなのか?」


「僕達は、まだまだ新人でね。相手にならないと思うけど、お手柔らかに頼むよ」


 繭歌と外国人風の男は剣を交え、睨み合う。勇敢な繭歌の姿に、卓斗と三葉も何かしようと思うが、体が動かない。完全に固まってしまっている。


「くそ……実戦がこんなに怖いとか、思ってもみなかった。足の震えが止まらねぇ」


「仕方ないよ、こんな経験した事ないし、でも繭歌は、凄いね……」


 この世界で生き抜いていくという覚悟が繭歌には余りにも早過ぎる。ニ人は繭歌のその覚悟に感心するしか無かった。剣を交え、睨み合う繭歌は一気に仕掛ける。


「人を傷付けたり、殺めたりした事が無いからその時は、謝るよ」


「随分な物言いだな」


 ニ人は、不敵に微笑む。少しの間を空け、繭歌が口を開く。



 ――テラ・レイド。



 繭歌より前の方向に約十メートル程を氷漬けにしていく。外国人風の男は、とっさに後ろに下がり、それを避けるがズボンの裾だけが、微かに凍っていた。


「氷か……珍しいな。だがそれも、持ち腐れになる。強くなったお前と、戦ってみたかった。――テラレイン・フーマ」


 外国人風の男が、両手を前に翳し詠唱を唱えると、台風並みの突風が吹き荒れる。氷を抉り、繭歌を襲う。


「テラ・フォース……!!」


 繭歌は、とっさに防御魔法を唱えるが突風は、バリアを粉々にしそのまま繭歌を吹き飛ばす。全身、血だらけになりながら転がる繭歌を、卓斗が受け止める。


「繭歌!!」


 三葉が、目に涙を浮かべて繭歌に駆け寄る。痛々しい数の切り傷そこから血が垂れ、真っ白な騎士服を赤く染めていく。


「だ……大丈夫だよ……これくらい……」


 繭歌は、力一杯振り絞り、上体を起こす。現実世界なら、速攻で病院に運ばれる程の傷だ。だが、この世界に病院など無い。治癒魔法がある。


「そういえば卓也さん、私のは光のテラで治癒魔法が使えるって言ってた。でも、どうやって使えばいいんだろ……」


 治癒魔法の詠唱は聞かされておらず、三葉は何も出来ないまま、ただ繭歌を見ているしか出来なかった。すると、卓斗が静かに立ち上がる。


「越智……くん?」


「繭歌、少し休んでろ後は俺がやる」


 卓斗は、静かな怒りを外国人風の男に向けていた。


「卓斗くん、戦えるの?」


 三葉が、そう問いかける。まず、戦えないだろう。この世界で、魔法や剣技を知らない卓斗は、無力な少年でしか無い。だが、覚悟は出来た。


「この世界で生き抜くなら戦わなきゃならねぇ。なら俺は、戦うしかない生きる為に、こんな所で殺られてたまるかよ。三葉、繭歌を見ててくれ、俺がなんとかする」


 卓斗の覚悟。繭歌に感化され、そしてこの世界で生き抜く為に戦う事を、抗う事を覚悟する。


「って、カッコつけたのはいいけど。俺より、三葉のが強いってオチだったら面目丸潰れだな……」


 卓斗は、足元に落ちていた繭歌の剣を手に取る。


「繭歌、これ借りるぞ」


「本当に、戦うの……?」


「あぁ、絶対に負けねぇ!!」


 卓斗は、震える足を強引に動かし走り出して行く。何度も何度も、足が縺れ転びそうになるのを耐え外国人風の男の方に走る。


「女を守る為に戦うか、その覚悟だけ認めてやる」


 卓斗は、思いっきり剣を振りかざす。外国人風の男は、それを簡単に受け止める。その瞬間、卓斗の手は痺れる感覚を感じる。


「剣って、交えるだけでもこんなに痛いのかよ……」


「切られる時は、もっと痛いぞ?」


 外国人風の男が、そう言い次の手に動こうとした時、卓斗の眼が紅く光る様に感じ卓斗との距離を取る。


「なんだよ、切るんじゃなかったのかよ」


 そう強く言いつつも、内心ではホッとしている。剣を使って戦った事などある訳が無く、小学校の頃に木の枝などで、チャンバラごっこをしたくらいだ。

 外国人風の男は、目を細め卓斗を何か、疑う様に見つめる。


「まさかな……」


 少しの間、二人に沈黙が流れる。そして、外国人風の男が口を開く。


「お前、性の名は何だ?」


「は? 越智だけど……」


 卓斗は、疑問符を浮かべながら答えた。


「オチ……やはり聞いた事ない名だな。俺の勘違いか……」


 そう言葉を零す外国人風の男に訳が分からない卓斗。


「十六年程前に、この世から居なくなった筈だ……気にしないでくれ、続けよう」


 そう言い、剣を構える。


「なんだ? 気になる言い方だな……とりあえず、どうする俺」


 ただ剣を振り回しても勝てそうにない。たまたま切れるとかを期待しない限り。だが、それも期待は出来ない。


「魔法って、俺も詠唱知らねぇしな……詠唱破棄ってのもどーやったのか覚えてねぇし……」


「行くぞ!!」


 外国人風の男が、こちらに向かって走ってくる。卓斗に緊張が走る。外国人風の男は、剣を振りかざし卓斗は、それを受け流していくが次々に繰り出される剣にジリジリと後ろに下がっていく。


「やべぇ……!!」


「どうした?」


 外国人風の男は、不敵に笑みを浮かべながらどんどんと剣を振りかざす。三葉も、繭歌を抱き抱えながら心配そうに見ていた。


「負けるか……よぉっ!!!」


 卓斗が、踏ん張った瞬間、二人を黒い球体が包み込む。


「卓斗くん!!」


 卓斗と外国人風の男の視界は真っ暗だ。次の瞬間、黒い球体は大爆発を起こす。二人共、吹き飛んでいく。


「ぐっ……!!」


「なんだ今のは……? どんな魔法だ?」


 そう言われても、卓斗にも何が起きたのか分かっていなかった。


「痛ぇ……自分の魔法にダメージ与えられるとはでも今のはなんだ?」


 外国人風の男も、卓斗の魔法は見た事が無かった。


「けど、今なら何か出来そうな気がする」


 卓斗は、そう言うと外国人風の男の方向に手を翳す。


「これでもくらえっ!! はぁぁぁ!!!!」


 何が起こるのかと、外国人風の男も身構える。



 ――だが、何も起こらない。



「やっぱ無理か!!」


「何がしたいんだお前は」


 呆れた様子で、肩を竦める外国人風の男。だが、その時。卓斗の前に、ピンポン球くらいの小さな黒い球体がふわふわと浮き上がる。


「何か出た!!」


 卓斗もそれを見て、驚く。小さな黒い球体は、そのままふわふわと外国人風の男の方に飛んでいく。


「何をする気だ?」


 小さな黒い球体が、外国人風の男の近くまで来ると黒い雷が、バチッと瞬きだす。その瞬間、外国人風の男は吸い寄せられる様に、小さな黒い球体の方に引っ張られて行く。


「なっ!?」


 小さな黒い球体に触れた瞬間眩い光を発し、大爆発が起きる。その瞬間、卓斗の視界も真っ暗になった。気を失ったのだ。しばらくすると、声が聞こえてくる。



 ――おい、しっかりしろ!!



 卓斗が、目を覚まし勢い良く、上体を起こすと目の前の光景は、凄まじかった。地面は大きく、丸く抉られ外国人風の男の姿は無かった。隣を見やると、卓也が心配そうに卓斗を見ていた。


「卓也……さん」


「びっくりしたぞ、駆けつけたらお前が変な魔法使ってるし、直ぐにバリアを張ったが、衝撃で吹き飛ばされてよ……」


 そう言われ、卓斗が後ろを振り向くと三葉と繭歌の所には若菜が、分厚いバリアを張っていた。


「私達が駆けつけるのが遅れてたら、全員が巻き添えだったわよ」


「えーっと……ごめん……」


「後で、詠唱を教えてやるから、無理に詠唱破棄を使おうとするな。どんな魔法が出るか今のお前じゃコントロールも出来ねぇだろ」


 卓也は、そう言い肩を落とす卓斗の肩に手を置く。卓斗達の、初実戦は何とか、勝利に終わった。

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