君と見る異世界物語

北岡卓斗

第一章 『物語の始まり』

第一章 1 『始まりの始まり』



 ――広大な大地。


 その大地は、一面に芝の様な物が生え緑一色に染めていた。それはまるで、緑色の海の様だ。涼しげな風が、芝を揺らしながら吹き抜け、太陽の暖かな日差しが降り注ぐ。いかにも、長閑のどかな風景だ。



 ――そこに、緑一色の草原にポツンと、寝そべる少年が一人居た。



「スゥ……スゥ……」


 その少年は、幸せそうな表情を浮かべて気持ちよく眠っていた。誰しもが、一度は経験をしてみたいであろう広大な大地の上での昼寝。

 誰にも邪魔されず、風の音を子守唄にして体を草原という名の、布団に委ねる。人はそれを、幸せと呼ぶであろう。



 ――ここに眠る少年もまたその内の一人だ。



 だが、幸せを体全体で感じ、いい夢でも見ているのであろう少年の幸せは、突如として奪われた。


 ――何も見えない、真っ暗闇を彷徨っていた。突然として起きた現象に訳が分からない。というのも、さっきまで気持ちよく寝ていたから思考が追いついていないのだ。だが、その現象の原因は直ぐに知る事となる。


「世界のヒーローのスーパーキックゥ……スゥ……スゥ……」


 そう聞こえた少年は、一瞬にして現実の世界に戻ってきたのだと理解した。



 ――目を開けると、そこには広大な大地は無く、太陽の光も降り注いでいない。

 見覚えのある天井、臭い、そう、ここは少年の住む家の部屋だ。


「……夢だったのか……」


 少年の、幸せの夢は隣に眠る、一人の少女によって妨げられてしまっていた。


「何で俺の部屋に居んだよ、結衣ゆい……」


 結衣と呼ばれた少女ははだけているパジャマの間からお腹をポリポリと掻きヨダレを垂らして、幸せそうに眠っていた。


「ま、いいか……眠いし寝よ」


 少年は、あくびをしながらそう言葉を零すと、再び眠りについたのだった。



 ――再び、幸せの夢を見る。



 大好きな料理が目の前に並び少年はヨダレを垂らしていざ頬張ろうとする。



 ――だが。



 またしても、その夢は突如として妨げられてしまった。


 今回は、暗闇を彷徨う事は無く突然として、幸せを妨げた原因が視界に飛び込んでくる。



「――いつまで寝てんの、お兄ちゃん」


 飛び込んで来たのは先程、隣で夢を妨げ爆睡をかましていた少女だった。


「またお前かよ……結衣」


「まだ寝ぼけてるの? そろそろ起きないとお母さんに怒られるよー」


 この少女、とうやら少年の妹の様だ。


「私はもう学校行くから」


 そう話す少女の服装はパジャマから、制服に変わっていた。髪型も、黒髪でお団子ヘアでバッチリと決め、セーラ服のスカートからは、まだ幼さが見える細い脚がスラっと伸びている。


「おい結衣、丈が短けぇぞ」


「ふふーん、もう中学一年生なんだよ? 私だって、ませるのよー」


 結衣は、クルクルと回り膝上のスカートの丈がヒラヒラと舞う。少年は目のやり場に困りながら手で振り払う動作をして部屋から追いやる。


「遅刻したら駄目だからねー」


「はいはい」


 少年は、その足のまま洗面台へと向かう。鏡と向き合い、ボサボサの寝癖を整える。



 ――そこに、洗濯カゴを持った女性の姿が、鏡越しに見える。


「あら、卓斗、起きてたのね」


「あー、結衣に起こされた」


 少年は、その女性に卓斗と呼ばれた。



 ――少年の名は、越智卓斗おちたくと



 茶髪で、無造作な髪型で目は細く、背はスラリと高い。


「早くしないと、お友達来るわよー」


 その女性、母親は洗面台の隣にある洗濯機から洗濯物を取り出していた。


「うぃ」


 卓斗は、眠たそうな顔で歯を磨きながら答えた。



 ――現在、四月。



 満開を迎えた桜は散り始め辺りには、新入生や、新社員がせかせかと歩いている。


 ――人それぞれの新たな物語が始まろうとしていた。


「行ってきまーす」


 玄関を勢いよく飛び出したのは先程の少年、越智卓斗だ。服装は、ブレザーの制服に肩にはスクールバッグを背負っている。

 卓斗は、この春から高校一年生になった。先日、入学式を終え、新たな高校生活が始まる。


「おーす」


「おはよ」


 太陽の光を、眩しく浴びていた卓斗に二人の少年が声をかけた。


 一人は、金髪で襟足は長くモデルの様な体型で、いかにもチャラ男の様な少年。もう一人は、黒髪で襟足は短く、目にかかるかかからないくらいの長さで、いかにも普通な少年。


「おはー、悠利、蓮」


 悠利と呼ばれた少年が、チャラ男の御子柴悠利みこしばゆうり。蓮と呼ばれた少年が、普通な方の神谷蓮かみやれんだ。


 三人は、横並びに学校のある方向へと歩いていく。


「俺も、電車通学とかが良かったなーまじで。お前も、そう思うだろ? 卓斗」


 そう話したのは、悠利だ。


「なんで?」


「なんでって、電車通学のが可愛い子が多いからに決まってんだろ」


 いかにも、当たり前だろと言わんばかりに真面目な顔で答える悠利に卓斗は、苦笑いしか出てこない。このチャラ男の様な悠利、では無くチャラ男なのだ。だが、ただチャラいだけではない。



「――キャーッ!! やばい!!」


 通りかかる女子達は悠利を見るなり、芸能人にあったかの様な振る舞いを見せる。そう、悠利は、イケメンでモテるのだ。


「いいよな、お前は苦労しなくて」


 卓斗も、決して不細工な方ではない。そこそこには、モテたりするがそれには、波がある。一見して、悠利は持続的にモテ期が続いているからこそ羨む事であり、悔しい事なのだ。


「んだよ、卓斗も心配しなくても直ぐに出来るよ、彼女くらい」


「直ぐに出来ないから言ってんだよ……」


「それは、越智が奥手だからでしょ」


 最後に、卓斗を更に現実に突きつけたのは隣で、片耳にイヤホンを付けて音楽を聴いている蓮だった。


「奥手なのは、しょうがねぇだろ!! 人見知りだし、仲良くなった奴にはそんな感情生まれないしよ」


 恋愛の事となると、卓斗は二人には何も言い返せない。悠利はもちろん、蓮もそれなりにはモテる方なのだ。

 だが、卓斗がモテる時期だって来る。前回は、小学校六年生の時だ。それ以来、モテ期は来ていない。


「ま、瑛林の女の子はそんなに可愛くないし3年間は諦めた方がいいね」


 瑛林というのは卓斗達の通う瑛琳高校だ。


「相変わらず、毒吐くなお前は……てか、なんで三年間諦めなきゃなんねぇんだよ。別の学校だってあるだろ」


 そんな卓斗の言葉は蓮の耳には届いていない。もう片方の耳にもイヤホンがつけられ、音楽により卓斗の声は掻き消されていた。


「そんな事よりさー」


 悠利が、怪しげな表情で卓斗に肩を組み小さな声で話しかけてくる。


「合コンしね?」


「は? 合コン?」


 卓斗にとっては苦手な分野の一つだ。何故なら、彼は極度の人見知りだからだ。


「嫌だよ、俺は行かねぇ」


 強引に肩を組まれている悠利の腕を振り払らった。この男と合コンに行った所で相手の女の子は全員悠利に夢中になるはずだ。そんな事、卓斗にとっては面白くない。



「――行った方がいいよ」



 そんな、卓斗達の会話に蓮が割り込んでくる。しかも、合コンに行く様に促す。


「お前、曲聴いてたんじゃねぇのかよ」


「何も聴いてない」


 蓮は、無表情で当たり前かの様にそう話した。


「じゃあ、何でつけてんの」


 腕を振り払われ、少し寂しそうにしてた悠利が横目で蓮を見る。


「これは、話しかけてくんなオーラを出してる」


 蓮は、あまり他者と関わりを持ちたくないタイプで卓斗と悠利以外に話している所を、二人は中学の頃は一度も見ていなかった。

 お前らしいな、と言った悠利は視線を、他の通学中の女子達に向け笑顔で手を振っている。女子達は、相変わらずの反応だ。悲鳴と同じ言葉なのに意味が違う、黄色い声援だ。



 ――行った方がいいよ。



 その言葉に、今日の卓斗は何か引っ掛かっていた。いつもなら、それでも行かねぇ、と言い返す所だが。


「なんで、行った方がいいんだよ」


「僕もついて行くし、行った方がいいと思うよ」


 蓮の言葉に、二人は目を見開いて驚く。社交性の全く無い蓮の言葉とは思えなかったからだ。


「蓮が行く? なんでまた……」


「特になにも。ただの気まぐれだよ」


 二人は、言葉が出ないまま蓮をジッと見つめていた。そんな二人に「行くよ」と言いかけて、一歩前を歩いて行く。


「ちなみに言うけど、合コンは今日の放課後だからな」


 卓斗は、再び悠利に肩を組まれるのであった。



 ――同日の朝。



 ぬいぐるみや、やたらとピンク色の多い部屋でいかにも、女の子って感じの部屋だ。そのベッドの上に、一人の少女は寝癖を付けたまま、ボーッとしていた。


「いい夢だった……」


 出来るなら、もう一度寝て夢の続きを見たいと思っていたがそうもいかない。



「――朝よ、起きなさい」


 部屋の扉の向こう側から別の女性の声で少女は、二度目の眠りを妨げられていた。


「私……高校生になったんだった……」


 少女は、重い腰を上げて洗面台へと向かう。



 ――鏡に映る自分の姿。



 茶髪で、胸下までの長さボサボサの寝癖を櫛で整える。目は大きく、くりっと丸くて顔立ちは、美少女だ。


「今日はどうしようかな」


 少女は、手で髪のいたる部分に束を作って髪型を模索している様だ。


「今日は、ポニーテールで行こ」


 手際よく、髪の毛をくくっていく。


「準備出来たの? 三葉」


 鏡越しに、少女の母親が、声を掛けてきた。少女は、母親に三葉と呼ばれた。



 ――少女の名は、東雲三葉しののめみつは



 この春から、高校一年生になる。人より可愛いを除けば、ごく普通な女子高生だ。


「後は、制服着るだけだよ」


 三葉は、母親が用意したブレザーの制服に着替える。


「行ってきまーす」


 桜散る通学路を歩き新たな新生活を噛み締める三葉。出会いを大事にしたいと友達に言い放っている三葉はこの、通学路での新たな出会いに、心を躍らせていた。


「――おっはよー、三葉!!」



 ――突然、三葉の背中に衝撃が走る。


 ズシッと背中が重くなる様な感覚。そして、聞き覚えのある声。


「重いよ、李衣……」


 少女の、背に飛びついてきたのは明るい茶髪で、ツインテールの少女。背丈は、三葉よりやや高く、スラリと伸びる白い脚に、黒のニーハイソックスを履いている。



 ――少女の名は、天宮李衣あまみやりえ



「朝から元気だねー、李衣は」


 李衣の後ろから、二人を微笑ましく見つめる少女がいた。



 ――少女の名は、楠本繭歌くすもとまゆか



 黒髪のショートボブで首には、イヤホンがネックレスの様に、ぶら下げられている。背丈は、三葉よりやや低く、若干ムッチリとした脚に、黒のタイツを履いている。


「ちょっと李衣、早く降りて……!!」


 端から見れば、三葉が李衣をおんぶしている様に見える。そんな、仲睦まじい三人の少女の前には、三人の男子高校生が、横並びに歩いている。

 一人は、イヤホンを付けて自分の世界に入り込んでいる男子高生。一人は、やたらと周りの女子高生に、黄色い声援を浴びている男子高生。一人は、ごく普通だな、と印象を持ってしまう男子高生。


 三葉の視界に、ふと映るがそれが、何かしら特別だという事は無い。周りを見渡せば自分と同じく、高校へ向かう高校生達で溢れているからだ。



 ――三葉もその中の一人だ。



 何か特別な事は無くごくごく普通な女子高生だ。


「あ、そうだ、三葉!!」


 三葉の背中から離れて隣を歩く李衣が、手で閃きのポーズを取り企んだ表情で話しかけてくる。


「今日の放課後さ、ファミレス行かない?」


「ファミレス? いいけど」


 女子高生といえば、至る所で長時間、語り合うという勝手なイメージがある。もちろん、三葉もそう思っているであろう。だが、李衣の企んだ表情が何か引っ掛かかる。


「ご飯食べて話すだけ?」


 李衣の企んだ表情の引っ掛かりを取るために確認する三葉。


「その通りー」


 腕を羽の様にバサバサと羽ばたかせて歩く李衣。


「だよね、うん、いいよ」


 三葉の中で、この企んだ表情は何か、際どい質問をされるのだなと自分なりに解釈し話を進める。


「いぇい!! もち、繭歌も行くでしょ?」


「うん、そうだね、僕も行くとするよ」


「ていうか、繭歌ってまだ自分の事僕って言ってるんだ」


 三葉の言う通りだ。女の子で、一人称が僕なのは珍しい方である。


「小さい頃から、僕だったしね。それに、私とかむず痒くて言えないよ」


 繭歌は、幼少の頃から男勝りな性格だった。男子と遊ぶ機会が多かったのもその原因の一つだろう。


「今日一日、適当に学校終わらせてファミレス行っきましょー!!」


 非常にテンションの高い李衣を横目で見る三葉は李衣が微笑ましいのか口元が緩んでいた。


 三人は、小学校の頃から一緒で、いわゆる幼馴染というやつだ。お互いの性格は知り尽くしていて、普通の人なら、疲れてしまう様なテンションの高い李衣を相手に出来るのは、三葉と繭歌だけであろう。


「――ね、前の人達、肩組んでるよ」


 繭歌が突然、前を歩く3人の男子高生を見つめて李衣と三葉も、視線を移す。


「仲良さそうだね」


「私らも組んでみる?」


 李衣は、そう言うと三葉の肩に腕を回す。


「暑苦しいってば」


「いいじゃーん」


 あしらわれたのが、寂しかったのか口を尖らせる李衣。一見、ごく普通の生活、時間を過ごす彼、彼女らはこの時は気付いていなかった。運命が大きく変わる秒針が動き始めている事に。



 ――放課後。



 授業を終えた、三葉達はファミレスに到着していた。


「さ、何食べよっか」


 三葉は、メニューを広げ様々な料理に目を光らせる彼女らも、食べ盛りの十六歳だ。


「三葉、それが頼むのはまだなんだよ」


 李衣が突然、凛々しい表情をして腕を組み、三葉の持つメニューを取り上げる。


「え? なんでよ」


 三葉には、訳の分からない事だった。ファミレスに来て、メニューを頼むのを焦らされるとは、考えてもいなかった。


「実はね、あと三人来るんだ」


「ふぇ?」


 思わぬ言葉に、思わず変な声が出てしまう。普段なら、恥ずかしい所だが今はそんな事考えてる暇もない。


「三人? 私達だけじゃないの!?」


「ふふーん、しかも男の子が来るんだよ」


 何故かドヤ顔の李衣。


「へぇ、良かったじゃん、三葉」


「良くないよ!!」


 ニヤッと笑いながら三葉を見つめて話す繭歌に三葉は、大きな声を上げる。


「男の子!? しかも三人!? なんで!?」


 三葉の耳には、自分の心臓の鼓動が鳴り響いていた。一瞬にして、緊張が来たのである。


 ――そう、彼女も人見知りなのだ。


「いやいやいや、私そんなの無理だから!!」


「三葉も、そろそろ彼氏くらい作らないと、手すら繋いだ事ないんでしょ?」


 三葉は、人生で彼氏ができた事は一度もない。故に、キスも手繋ぎすらも経験はゼロなのだ。


「それとこれとは関係ないよ!」


 帰ろうとする三葉を李衣が必死に止める。繭歌は、楽しそうにただただ見つめていた。


「ちょっと……繭歌!! 手伝って……三葉が帰るじゃん!!」


「いや、見てる方が楽しいよこれ」


 暴れる三葉を、抑え込む李衣。



 ――そこに。



「いやー、お待たせ。天宮さん」


 少女三人が、一斉に声のする方に視線を移す。そこには、今朝の男子高生三人、卓斗、悠利、蓮だった。


「やっと来たぁ……もうこれで、帰れないよ三葉」


 李衣が、肩をポンと叩くと全身の力が抜け、椅子に座り込む三葉。


「まぢで、来てしまった……」


 落ち込んでいるのは、三葉だけでは無い。男性陣、卓斗も落ち込んでいた。


「あれ、三組の人達じゃん」


 繭歌が、机の上に肘をつき手の上に顎を乗せて男性陣を見つめる。


「え? 知ってたの?」


 李衣が、驚いた様子で繭歌を見つめていた。


「入学式にね」


 この合コン、いわば男子側と女子側は、初対面だった。

悠利が、李衣に声を掛けて三葉と繭歌の存在を知りこの計画を立てた。



 ――まずは、女子の友達からだ。


 ――まずは、男子の友達からだ。



 二人に悪気がある訳では無いが、悠利は卓斗を、李衣は三葉を思っての計画である。だが、そんな計画も卓斗と三葉からすればいい迷惑である。


「まぁまぁ、まずはお近づきの印として乾杯でもしますか?」


 悠利が、卓斗と蓮を席に座らせてメニューを開ける。


「ドリンクバーでいいよね?」


 二人を除いて、全員がうんと頷く。この時、卓斗と三葉は心で、こう思っていた。



 ――ここは、さっさと食べて帰ろう!!



 全員がドリンクバーでジュースを取りに行き乾杯を済ませる。

 李衣、三葉、繭歌と並んで座り反対側には、悠利、卓斗、蓮と座っている。


「天宮さん達はさ、どこの中学出身なの?」


 こういう場で仕切るのはやはり、この男、御子柴悠利だ。


「桜花女子中学校だよ」


 興味深々に、男性陣を見つめ、答えた繭歌。


「へぇ、女子中か」


 初対面の女子を前に悠々としている悠利を横目に見る卓斗は少し、感心と、憧れを抱いていた。自分もいつかは、人見知りを克服し誰とでも、自分らしく話せる様になりたいと。


 だが、いざ女子を目の前にすると体が、石の様にガチガチになってしまう。


「つうか、お前らも喋れよ」


 痺れを切らした悠利がガチガチの卓斗とこの場でも自分の世界に入り込む蓮に思わず、ツッコんでしまう。


「な、何を喋ればいいのか……」


 思わず、引きつってしまう卓斗。


「話に興味が出たら、参加するよ」


 相変わらず、マイペースな蓮。


「取り敢えずさ、何か食べようよ」


 李衣が機転を利かせてメニューを頼む。机には、それぞれが頼んだ料理が並び話が弾んで行く。主に、悠利と李衣と繭歌だけだが。



 ――どうしよ……。



 三葉は、緊張で三人の会話が全く聞こえてこない。目のやり場に困り、たまにチラッと前を見るが同じくガチガチになっている卓斗と、隣で話しかけてくんなオーラ満載の蓮の姿が映り、思わず下を向いてしまう。

 食べる事に集中しようと目の前の料理を頬張る三葉。すると、ふと更にその奥の料理に目が行く。



 ――美味しそう。



 そう思った三葉は、その料理にお箸を伸ばし口へと運ぶ。思った通り、頬が落ちる程美味しく思わず、幸せな瞬間を迎える。だが、その幸せは一瞬にして掻き消された。


「なに勝手に食ってんだよ」


 その言葉の、主は三葉の目の前に座る卓斗だった。


「あ、ごめん美味しそうだったからつい……」


「じゃあ、お前のも」


 卓斗は、そう言うと三葉の料理を一口食べる。


「あ!! それ後で食べようと残してたのに!!」


「知るか、お前が俺の食ったから悪いんだろ」


 三葉は、顔を真っ赤にして頬を膨らませて卓斗を睨む。

すると、三葉の隣から嬉しそうな声が聞こえてくる。


「ふーん、そっかそっか」


 声の主は、李衣だった。にやけた顔で、三葉を見つめる。


「な、なによ」


「ううん、なんでもー」


 意味深な顔をしている李衣。三葉は、ふと気がつく。男子と喋る事が苦手だったはずなのに卓斗とは、普通に喋れた事を。


「ち、違うから!!」


 李衣の意味深に気が付いた途端顔を火照らせて、声を上げる。


「はいはい、分かったから」


 あしらわれた事に、更に恥ずかしさが込み上げてくる。



 ――微笑ましい時間が二時間ほど流れただろうか。



「そろそろ帰る?」


 日が暮れ、月明かりが照らし始め、そろそろお開きかと思われたが、一人の少女がそれを拒んだ。


「夜景見に行こうよ!!」



 ――李衣だ。



「あー、あそこか」


 悠利は、その場所を知っている様だ。この辺りでは、有名な夜景スポット。街が一望でき、光の海とも呼べる程この辺りでは有名だ。


「じゃ、バスで行くか」


 バスに乗れば、二十分程で夜景スポットには着く。


「三葉は、ここね」


「ちょ!?」


 三葉は、李衣に強引に席を決められてしまう。そう、三葉の隣には。


「なんだよ、嫌そうに」



 ――卓斗だった。



 あれから、ファミレスでも度々喧嘩をしていた二人。六人は、出会った頃より少しは打ち解けていた。


「嫌じゃ……ないけど」


 三葉は、目で李衣に余計な事を、と訴える。この様に、密着して男子と座った事など一度も無かった三葉。右肩に意識が集中してしまう。



 ――そして、バスは動き出す。



「夜景楽しみだなー」


 李衣は、相変わらずテンションが高かった。その隣に座るのはモテ男、悠利だ。


「今日は、ありがとね、いい収穫だったよ」


 李衣は、小声で悠利に感謝を伝える。それは、友達の輪を広げてあげたかった三葉への思いからだった。


「いやいや、こちらこそ新しいあいつを見れて俺もいい気分だよ」


 悠利も、李衣と同じ考えで微笑ましく、斜め前に座る卓斗と三葉を見つめる。

 その、卓斗達の隣の列に座るのは繭歌と蓮だ。


「今日さ、ほとんど喋ってないよね君」


 繭歌は、ほとんど自分の世界に入り込む蓮に少し興味を持っていた。それは、もっと知りたいという欲だ。


「別に、僕は越智を見てるだけで楽しかったから」


「僕と一緒だね。今日の三葉は、新鮮で良かったよ。それと、僕が僕と言っている事に興味は湧かないの?」


「別に湧かないかな。人それぞれだし悪いとも思ってないよ。君らしくていいんじゃないかな」


 本音をそのまま言うタイプの蓮の言葉は、偽りない言葉であろう。


「へぇ、でも興味くらい持って欲しかったな」


 繭歌は、そう言葉を零すと窓の外を眺める。蓮もその言葉は聞こえていたが敢えて、触れていなかった。

 車内は、緩やかな時間が過ぎていた。目的地へと、静かにゆっくりと進んでいく。



 ――その時だった。



 バスが突然、急ブレーキを掛けたのだ。


「な、なに!?」


 急ブレーキの後、車内を凄い衝撃が襲う。悲鳴が響き渡りなにが起きているのか分からない。そして、バスの中がふわっと無重力の場所に居るように感じる。

 少し見えるフロントガラスからは崖から落ちて、地面がどんどんと迫ってくるのが見えた。バスは、ガードレールをぶち破り崖下へと真っ逆さまに落ちていく。



 ――やばい。



 卓斗は、心でそう思っていた。だが、あまりの恐怖と、死を目前に、口が動かずなにもできない。体だけが固まっていく。


 その左手が、三葉に握られているとも気付かず。


 三葉も、突然の出来事に思考が回らない。あまりの恐怖に、思わず卓斗の手を握ってしまったのだ。だが、そんな彼女も目を瞑って、ただただなにも出来ないでいた。


 ――誰もなにも出来ないのだ。バスはみるみる地面に近づいていく。


 次の瞬間、卓斗の視界は暗闇に落ちていく。


 なにも聞こえない


 なにも見えない


 なにも感じない



 ――これが、死の世界なんだと。



 すると、だんだんと遠くから、光が迫ってくる。光を浴びると、微かに音が聞こえてくる。



 ――サァァァ……。



 卓斗は、目を開ける。ぼやけた視界からだんだんとはっきり見えてきた。


 そこには。






 ――広大な大地が、広がっていた。


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