ふたりは放浪者
緑川碧
第1話 自然と生きる-1
虫が鳴り響くうっそうとした森の中、長い間整備されていないだろう土の道を一組の男女が歩いている。
白シャツを着た若い女性は片手にジャケット、背中にリュック(コップなどが横にぶら下がっている)と丸めた毛布を背負っている。
そして左腰に刀(号は「防人」)をぶらさげ額に汗を浮かべながら歩いている。
フロックコートにウエストコートを着用し、共生地のパンツを履いている紳士的な男性の方も同じようにリュックと毛布を背負っている。
そして右腰には回転式拳銃M1848(彼は「ハニー」と呼んでいる),肩にボルトアクション式のライフルM1903を掛けている。
二人は森の中を歩き続けていた。
「ねえ、本当に道あってるの?」と女性が男性に話しかける。
「地図通りによればあっているはずなのだがな」
「ビリー、あなた前もそんなこと言って道間違えてたよね」
女性は綺麗に整った顔をしかめて非難の目を相方の男性に向ける。
ビリーと呼ばれた男性の方はやれやれといった仕草をして、
「ケイ、旅とは間違うことなのさ」
「よく分からない事を言ってうやむやにしようとしないで」ケイと呼ばれた女性は軽く頭を抱える。
そして二人は雑草が生えた、凸凹した土の道を歩き続けた。
日差しが照り付け、うだるような熱気が二人の肌を撫でる。
1時間近く歩き続け、ビリーがふと足を止めた。
「ふむ、ケイ聞いてくれ。地図通りだとここら辺に今日の目的地の村があるみたいだ」
ケイは辺りを見回すが、そこは先ほどと変わらず木が生えているだけであった。
「どう見ても村があるようには思えないけど...」とため息をつく。
「どうやらろくでもない地図を買ってしまったようだ」とビリーが笑い始める。
その時ガサっと前方右手の茂みが揺れ、二人の視線は茂みに向けられる。
ケイは黙って防人の柄に右手を伸ばす。ビリーは顔に笑みを浮かべながらも右手を腰の拳銃に伸ばしいつでも撃てる体勢を整える。
一瞬の静寂が訪れ、周囲には虫の鳴き声、鳥のさえずりのみが響き渡っていた。
茂みにいるソレはガサガサと茂みをかき分けながら森の方に逃げていく。
ケイは肉食動物のようにそれを追いかけ始める。
一つに束ねられた黒髪をなびかせながらソレに迫る。
そして5秒も経たぬうちにソレに追いついた。
「子供!?」
追いつかれた子供はうわあと情けない声を出しながら、木の根に引っかかって倒れこむ。そして
「こ、殺さないで!!」とケイの方を向き、目に一杯の涙を溜めながら叫んだ。
ケイは目を見開いたが、すぐに穏やかな顔つきになり
「大丈夫、私はあなたを殺さない。盗賊でも山賊でもない、ただの旅人よ」といい微笑みながら少年へ手を伸ばす。
「ほ、本当に」
ええ、とうなづきながらケイは少年の手をとり引き起こす。
ケイは少年の顔を見た10歳かそこらだと判断する。
「私はケイ。あなたはここでなにをしていたの」
「僕タオって言うんだ。ここの近くの村に住んでて薪拾いに出てたんだ」少年は涙をぬぐいながら答える。
「ふむ、村とな。では吾輩も地図も大きくは道を間違えていなかったということか」
髭をもて遊びながらビリーが二人の元にやってきた。
「おじさんは誰?」
「吾輩はビリー。このお姉さんと一緒に旅をしている者さ」
「胡散臭くてたばこ臭くて悪人面をしているけど、悪い人じゃないから安心してね」と怪しい中年男の登場に不安がっている少年にケイは優しく教えてあげる。
「ふむ、少し傷ついたがまあ良い。タオ君、我々は君の村に行きたいと思っていたんだ。しかし、地図が少し間違っていたんだ。折角だから案内をしてくれると助かるよ」
そしてビリーは胸ポケットから飴を取り出し、タオに渡した。
タオは飴を口にほおばると嬉しそうに案内を請け負ってくれた。
タオの案内の元、道なき道を歩いて30分程で二人は村にたどり着いた。
たどり着いた村は木々のうえに橋や小屋が建てられていた。村人たちは木の上で忙しそうに動き回っていた。
タオが初老の男性を連れて木の上から降りてくる。
「旅人さん達、ようこそ我々の村へ。我々は自然の中で自然と寄り添いながら暮らしております。そのため色々不便があると思いますが、どうぞごゆっくりしていってください」
と言い、タオに村の案内役を命じ梯子を伝って木の上に戻っていった。
村の規模はそこまで大きくなかった、それぞれの木にそれぞれの家族が住んでいるとタオは話した。
そして村の食糧庫、会合所、祠に案内した。
祠には木で彫られた彫像が祀られていた。
「これは、鳥の神様...?」
彫像は三つの鳥の頭、四枚の羽根、三本の足で形作られていた。
「うん、人間は元々鳥の神様から産まれて自然と生きてたんだって。だけど自然をないがしろにし始めたらから神様が怒って僕たちから翼を取り上げちゃったんだって。だから僕たちは神様に許してもらうように木と一緒に自然と一緒に暮らしているって教わったの。でいつかまた翼が戻って飛べる日が来るんだって。」
「ふむ、翼が生え自由に飛べるようになったらそれは気持ちの良いことでしょうな」
「ええ、いつか許してもらって飛べる日が来るといいね」
うんとタオは元気にうなづき無邪気な笑顔を見せた。
その後もタオの案内で村を見て回った。そして主食は木の実や動物の肉を干したものであること、地図にあった村は昔農耕を営んでいた異種族の村であることを知った。
タオは最後に二人を客人用だという家に案内し、今日はここに泊まってくださいと伝え家の手伝いをすると言い出ていった。
「さて、これからどうするかね」
「取りあえず食べ物と水を分けてくれるか聞かないと。ただこの村には通貨という概念がなさそうだから、物々交換とかになりそうな気がする」
「そこは吾輩に任せたまえ。しかし、この地図はどうやら古いものだったようだが、綺麗さっぱりなくなっていたのはちと気になるな」
「うーん、まあ分からないことを考えていても仕方ないし、必要なものをリストアップしてここで入手できそうか聞きましょ」
二人が話し合っていると、先ほどの村長がやってきて久方ぶりの客人をもてなしたいから宴を開くこと、食料や水をわずかだが提供したいと伝えてきた。
二人は礼を言いその提案を受け入れることとした。
その晩村の下で宴が開かれた。客人である二人は村の人に囲まれ旅の話をした。
そして村の名物である肉料理が振舞われた。
「吾輩ここまで美味しい肉を食べたことありません。美味しいお肉に美味しいお酒、たまりませんな」
ビリーはすっかり出来上がっていた。
話はビリーに任せてひたすら料理を食べていたケイはふと傍らにタオがいることに気が付いた。
「お姉さん、どうこの村は?いいところでしょ」と無邪気にケイに話しかける。
「とても良い村だと思うよ」と素直にケイは答え、タオの頭を軽くなでる。
タオは嬉しそうに、
「じゃあもう少しこの村にいてよ、で外の事とか色んなこと教えてよ」と聞いてくる。
「あそこにいるビリーおじさんと相談次第かな」
「じゃあ、もう少しここにいるんだね」と笑い、ケイもそれにつられて微笑む。
タオと談笑していると、背の低い男が村の御馳走でめったに食べられない肉だと言いケイに勧めてきた。
ケイはありがとうと言い、こぶし大の肉にかぶりついた。
今まで食べたことはない食感と味だが、中々美味しい肉だとケイは思った。
「タオ、この美味しい肉はなんのお肉なの」とケイが聞くと
「鳥のお肉らしいよ」
「らしいって、どんな鳥なのかは知らないの?」
中央の焚火からぱちんと音が鳴る。
タオがうーんと首をかしげる。背の低い男が少し慌てた様子で
「キューウイっていう鳥なんです。丸っこくて飛べない哀れな鳥ですが、食べると美味しいんですよ。ただ数が少ないので祭りのときか、あなたのような客人が来た時しか振舞わないんですよ」
「この辺りにそんな鳥がいるんですね。...タオは見たことあるの?」
「え、えと、はい」
焚火から照らされるタオの顔は親に隠し事がばれたときのような表情であった。
その時宴で賑わう中、老いた男性の声が響く。
「皆さん、そろそろ宴は終いにしたいと思います。旅の皆さん楽しんでいただけたでしょうか」
「吾輩は満足であるぞ」ビリーが顔を真っ赤にしながら大声で叫ぶ。
「それは何よりでした。では村の皆は片づけを、旅の皆さまは疲れをお癒しになられて下さい」
タオを始め、村人達は宴の片づけを始めたため、ケイは酔っ払ったビリーを何とか上まで上げてあてがわれた小屋に戻った。
「ケイ、明日の朝にはこの村を出ようか」
月明かりが二人を照らし、ビリーからは先ほどまでの情熱的な赤はなくなっていた。
「随分楽しそうにしていたわりにはさっさと去るのね」
「うむ、ここには長居しないほうが良い」
「根拠は?」
「直感だ」
「そう、じゃああなたに賛同するわ」
そして二人はそれぞれ剣の手入れと拳銃を整備し、眠りについた。
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