16 姉と妹

 違うんですか? と首を傾げるリサに誠はかつてない程全力で否定する。


「全然違うよ!? というか俺今までそれとは逆の方向の行動取って来たよね」


 それを見てきたうえでリサがそう言ってるのだとしたら誠は悲しい。信頼関係を築き始める事が出来ていたと思っていたがそれは錯覚だったのだろうか。


「でもそれは天邪鬼なだけで本当は誘い受けだって……秘書官さんが」

「何言っちゃってくれてるのあの人!」


 あの何でも答えてくれそうな人の良い笑みを思い浮かべながら全力で突っ込む。こちらで目覚めてから恐らく初めてとなる程の勢いの突っ込みにリサが驚いて一歩下がった。


「他には、あの人何言ってたの?」

「えっと……殿方は基本的に狼で女性を襲う事しか考えてないから気を付けなさい、とか。秘書官さんは旧時代の資料も沢山読む権限があるせいか分からないですけど。ボクには言ってること難しくて。マコト君はどういう意味か――」

「分からなくていいから」


 知ってますか? という問いに被せる様に誠は断言する。秘書官が何を考えているか分からないが気の利く人と言う評価は真っ逆さまに地に落ちた。


「とりあえず俺は違うから」

「そうなんですか?」

「そうなんです。はい。この話終わり!」


 不満そうな顔をしているが、これ以上この話題を続けるわけには行かない。


「ああ、静かな場所に行きたい……」

「そうですね。あの耳障りな鳴き声の無い世界に行きたいです」


 軽い冗談が思いのほか重い話題に繋がってしまいそうだったので誠は立て続けに話題を変える。とは言え誠が提供できる話題などそう多くは無い。結局悩んだ末に。


「そう言えばさっき助けた機体ってどうなったんだろうな」

「そうですね。状況的に中の子は無事だったと思いますが。ああ、そう言えば私も無事を家族に報告しないと」


 思い出したようにそう言うリサの話題に誠も乗っかる事にした。


「家族って安曇さん以外にも?」

「ええ、妹が一人……姉妹がいるって都市内ではかなり珍しいんですけどね」

「そうなの? 何で?」

「一人っ子政策です。人工精子のお蔭で女性一人で子供が産めますから……ですから基本的に一人あたりの出産人数が一人になるので姉妹って少数なんですよ。ってどうしましたかまた微妙な顔して」

「いや、なんでも」


 最早お約束のもやもや感に悩まされただけである。


「アークの人間収容能力が大凡十万と少しで頭打ちなんですよ。ですからアークは常に人口が一定になるように統制を掛けています」

「それで姉妹は少ないと……いや、待ってその理屈だと姉妹は双子以外ゼロになるはずなんだけど」

「ん~そうですね。大凡人口の5%弱の女性は出産をしないので」

「そりゃまたどうして」


 誠としてはあれだけ安曇が人口増加に協力しろとプッシュしてきていたのでその答えは意外過ぎた。


「まあ何といいますか。男性役、エスコート役の方は懐妊してしまうと都合が悪いので」

「なるほど」


 これ以上この話題を続けるとセクハラ――女性ばかりの浮遊都市にそれを咎める法があるのかどうか誠には分からないが精神的に――になりそうなので誠は三度話題を切り替える。


「妹さんね……リサさんみたいにカッコいい系なのかな」

「ボクがカッコいい系なのかは置いておくとして妹は、そうですね。女の子女の子しています」

「女の子女の子、ね」

「スカートとか良く履いてますね。下着も可愛い物が多いですし……」

「ごめん、ちょっと下着の話題はパスで。その様子だとリサさんはパンツ派?」


 その話題には誠ではついて行くことが出来ない。知識的な面でも精神的な面でも。


「ええ、そうですね。そちらの方が動きやすいですし」

「うちの妹――かどうかは分からないけどぼんやりとそんな事を言っていた女性がいた気がするよ」

「マコト君の記憶も早く戻ると良いですね……」


 その労わりの視線を直視できずに誠は思いっきり目を逸らす。状況的にそれ以外言い訳が出来なかったとはいえ、騙していると言う罪悪感が毎秒五千本と言うエーテルバルカンを上回る速度で刺さって行く。

 そうして逸らした視線の先に見覚えのある色を見つけた。青い髪。少しくたびれたリボンを使ってその髪を頭頂部の辺りでまとめている姿は正しくポニーテール。それを揺らして歩く姿は快活さの中に少女らしさが感じられる。一言で言うのならば少女らしい少女だった。知らずうちに目が奪われる。どことなく顔の造りがリサに似ている気がした。


 その熱心な視線にリサも気付いたのだろう。誠の視線を追って、その先にいた姿を見つけ呟く。


「ルカ……」

「もしかしなくても?」

「はい。さっき話した妹です。でも何でここに」


 その呟きが聞こえたわけではないだろうが、少女の視線がこちらを捉えた。まず誠を見て少し引き締まった顔を、次にその背後のリサを見て驚いた顔、そして満面の笑みに変わった。


「お姉ちゃん!」


 最初は小走りに、だが堪えきれないと言う様に全力疾走に代わって飛びつく様にリサを抱き着く。結構な勢いだったと思うが、リサはそれをしっかりと支えた。自分だったらそのまま一緒に倒れ込みそうだと誠は思った。いや、なぜか鍛えられたこの肉体ならば受け止められるかもしれないと言う思いもあるが、今一つ自信が無い。それは男としてどうなのだろうと思っているとウェイン姉妹の会話が始まっていた。


「良かった……無事だったんだね」

「ごめんね、ルカ心配かけて」

「ううん。帰ってきてくれて良かった。でも、どうやって……?」

「マコト君……旧時代の施設で眠ってた人に助けてもらったの。あ、これ言ってよかったんだっけ」


 良い話だなーとその光景を隣で見ていた誠はリサの失言にについては眼をつむる事にした。水を差すのは良くない。身体を離したルカはそんな誠に向き合うと直前の姿が嘘の様に背筋を伸ばし足を揃えて見事な敬礼を披露する。


「ありがとうございます。マコト様。姉妹揃って救って頂いた事、感謝いたします」

「え、ああ。あのアシッドフレームに乗っていたのは君だったんだ?」

「はい! 正直に言えば私はあの瞬間死を覚悟していました。今私の命があるのはマコト様のお蔭です」


 大げさだ、と誠は言いたいところだったがルカの発言は掛け値なしで事実だ。あの場にヴィクティムがいなかった場合ルカ・ウェインと言う少女は確実に落下死していた。


「この恩はどんなことをしてでも必ずお返しします」

「そんな大げさに言わなくても良いよ。偶々だから」

「偶然であろうと命を救われたのは事実です! その恩を返さずにいる訳には行きません」


 助けて、とリサに視線で救援を求める。仕方ないなあ、と言う風に笑うリサの姿がかつてなく頼もしく見えた。


「ルカ。ボクに良い考えがあります。ちょっと耳を貸して」

「お姉ちゃん?」

「基本的に欲の無い人ですから。無理に押し付けても嫌がられるだけです。ですので側に付いてそれとなく望んでいることをしてあげるのが良いと思いますよ」

「流石お姉ちゃん……私なんかとは思慮の深さが違います」


 崇拝に近いまなざしを向けてくるルカに対して得意げな顔をするリサを見る限り、誠としては上手く話がまとまったのだろうと思った。まさかリサ一人でもいっぱいいっぱいなのにそこに更にくっ付いてくる相手を増やされたとは夢にも思っていない。


「こらぁっ! ルカ・ウェイン。あんた油売ってんじゃないよ! フレームの修理申請に来たんでしょうが!」


 そんな一段落ついたタイミングで周囲の喧騒を押し潰すような怒声が轟いてきた。周囲の壁も、着ていたパイロットスーツさえもその大音響に震えた。


「そうでした! ここにはその用事で来てたんでした!」


 すっかり忘れてましたと口元に手を当てて驚きを表すルカ。コロコロと表情が変わる子だと思いながら誠は手を振る。


「だったら、ほら。行ってきなよ。話そうと思えばいつでも話せるし」

「ありがとうございます。マコト様! マコト様が離宮入りする際には立候補しますね!」


 ルカはそう言って手を振りながら先ほどの怒鳴り声の主――遠巻きに見た限りだと作業着を着て工具らしき物を手にしていた――に駆け寄っていく。セリフの後半の意味が分からずにリサに尋ねようとしたら彼女が真っ赤になって固まっていて誠は驚く。


「え、何どうしたのリサさん」

「いえ……その……そうですよね。何でもないです」

「いや、何でもないって顔してないんだけど」


 恥じらい、だろうか。と誠は今のリサが浮かべている表情から辺りを付ける。だがシャワールームで会った時、その後べたべたと身体を触られた時でさえもここまでの反応は見せていなかった。


「妹が御見苦しい姿を……」


 その言葉でようやく誠の中で繋がった。どうやら身内の行動を恥じていたらしい――と言っても誠からすればそう恥じ入る様な所は見当たらない。むしろ礼儀正しい位だとさえ思った。主な比較対象は高校のクラスメイトだったが。


「別に気にしなくても良いと思うけど」

「少々奔放なところがありまして。ボクも注意してるんですが」

「ん~あんなもんじゃないかな」


 しかしこの都市の常識ではそうなのだろう。色々と一致するので忘れがちだがここは異世界なのだからと誠は認識を改めた。そうで無くとも十年もあれば常識など変わる。余り頑なに己の常識を押し付けるのはどこであろうと軋轢を生む。誠はそう言い聞かせて自省した。気分を変える様にリサに告げる。


「とりあえずどっか座れる所行こう」

「そうですね」


 案内されたのはブリーフィングルームと書かれた部屋。椅子とテーブルが置かれ、正面には大型のプロジェクターが置かれている空間だった。誠の興味を一番引いたのはプロジェクターである。


「へえ。こんなのあるんだ」

「分かるんですか?」

「うん」


 流石にメーカーや細かな形状に関しては違うが、おおむね誠の知っているプロジェクターと同じだった。ケーブルの端子などを見てその規格に見覚えが無い事を確認する。さり気無く、ヘッドセットを外してそこに置きながら適当な椅子に腰かける。


「このプロジェクターってどこから映像入力されてるの?」

「確か、作戦司令室だったと思います。各部屋に端末を置けるほど材料が取れないので」

「なるほど」


 アークにも少数ではあるがコンピューター、或いはそれに類するものが存在する。それは誠にとって朗報だ。だがその興味を顔に出さないようにして別の事を尋ねる。


「正直いきなり来て身体検査やって作戦準備して、だったからアークの事が全く分からないんだ。何か教えてくれないですかね。こう、常識的な事とか」

「そう言われても漠然としすぎていて……例えば何が聞きたいとかありますか?」

「それじゃまずアシッドフレーム部隊の事とか」


 その辺りはリサは本職だ。きっと口も軽くなるだろうと思っての事だったのだが予想に反してリサの口は重い。


「そう、ですね……どこまで話していいんでしょうか。規則としてボク達の話は軍部所属でないとしてはいけないので。マコト君はどういう扱いになるのか……」

「どういう事?」

「今までの男性は離宮に篭っていたので。原則として軍事にも行政にも関わらない事になっていたんです。ですけどマコト君はヴィクティムに乗っていますし……」

「オッケー。そう言う微妙な話題はまた今度にしよう」


 頭から煙が出そうな程の勢いでリサは悩んでいた。その姿が不憫で誠は話題の転換を提案する。何か今日はこういうのばっかりだなと思いながら誠は聞きたいことを考えて――。


「あ、そうだ。リサさんの事教えてよ」

「ボクの、ですか?」

「うん。良く考えたら俺リサさんの事ほとんど何も知らないし。施設にいた時も割と事務的な事しか話してなかったし」

「そうでしたか? そうかもしれませんね」


 そう言って少し悩むそぶりを見せていたので誠は慌てて言い繕う。


「勿論、リサさんが良ければだけど。嫌なら無理にとは」

「いえ、別に嫌と言う訳ではないのですが……そうですね。ボクのと言うよりもボク達姉妹の話でもしましょうか」


 どこから離しましょうかね、とリサは考え込みながら目を閉じる。少しして決まったのか眼を開いて話し始めた。


「姉妹と言うのは珍しいと言う話をしましたよね?」

「うん、聞いた」

「ボク達の周りには姉妹は居ませんでした。みんな一人一人違っていました。ボクは姉でしたから余り気にならなかったのですが……ルカはそうではなかったみたいで」


 懐かしそうに。だけどどこか痛みを伴った思い出を訥々とリサは語る。


「ルカは何時もボクの後を付いてきていました。ボクの真似をするのが好きな子でした。今でもそうですけど当時はそれに輪をかけてお姉ちゃん、お姉ちゃんって。本当にもう可愛くて可愛くて。もちろん今でも可愛いですし時々妹じゃなかったら食べちゃいた――すみません。話が脱線しました。ですのでそんな目で見ないでください」


 途中から明らかに危ない感じで息を荒げて頬を赤らめているリサを誠は半眼で見つめる事で正気に引き戻した。先ほどまでのしんみりした空気はどこに行ったのだろう。


「まあともかく、ボクの真似が好きな子だったんです。そのせいもあって途中から段々とルカ・ウェインではなくリサ・ウェインのコピー或いは予備、みたいに見る子が増えて来まして……」


 嘆かわしいとばかりにリサは首を振りながら言葉を続ける。


「もちろんルカが劣っていたなんてことはありません。むしろ同じ年のボクよりも成績は良い位でした。ただ周りはそう見ずに、四歳年上のボクと比較するんですよ。そんな事が続いてたらルカも参ってしまったようで。ボクが十歳の時ですね」

「十歳児と六歳児を比較しちゃダメだろ。それで勝負になったら逆に大変だぞ」

「ええ、ボクもそう思います。ですが周りの人はそう思わなかったんですよね……」


 諦めた様にリサは言うが、その語気の端々には今尚燃え尽きぬ怒りがある。そこからは妹に対して無茶な比較を強い潰しかけた相手を未だ許していない事が読み取れる。

 これまでに見せなかった姉としての姿に感慨めいた物を覚える。誠自身にもその感情は覚えがある物だった。共に妹を持つ身として親近感を覚える。


「そんな訳でボクはその時からエスコート役を目指しこうなりました」

「なる、ほど?」


 うんうん、と誠も一瞬納得しかけたが良く考え無くても「いや、その理屈はおかしい」となるのではないだろうか。盛大に話が飛んだ気がする。


「要するにエスコート役何て言うのは少数ですから。そんな奇抜な事をしているうちにルカは姉とは違う真っ当な子という評価を得られるようになったんですよ」

「遠まわしにエスコート役が真っ当じゃないって言ってるけど……リサはそれで良かったのか?」


 それではまるでルカの為にリサは今の様になったと聞こえるのだ。いつかリサの中で不満が溜まってそれがルカにぶつけられるのではないかと誠は少し危惧する。だがそんな誠の不安を笑う様にリサは言った。


「いや、それが思いの外楽しくて。途中からルカは関係なくやってましたね。ボク」

「あれ、もしかしてそれって自分の趣味の大義名分を妹に求めただけなんじゃ……」


 それはそれでどうなんだろうと誠は思わないでもない。


「……あれ、ってことはリサが真っ当に成長していたらルカみたいになっていたって事?」

「あんまり言いたくはありませんが……まああんな風に女の子女の子していたかもしれませんね。いえ……やはりどこかでボクは今のボクになっていたでしょうからあんな格好は似合わないと思いますが」


 ふむ、と誠は考える。もしもリサがルカの様だったら。

 少なくとも似合わないと言う事は無いだろう。リサとルカの顔のつくりはかなり近い。髪型は大きく違うが、その辺りは個々人の魅力の違いだ。それらを考えると。


「いや、普通に似合うと思うけど」

「それは、ありがとうございます」


 お世辞だと思ったのか。少し困った様な笑みを浮かべてリサは礼を言う。別段世辞を言ったつもりは無かったのだが、それ以上に言葉を尽くすつもりも誠には無かった。

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