新たなる舞台


「いやぁ〜。まさか魔族が犯人だったとは……いやぁ予想外予想外! ハッハッハ──」

「ダンテさんの情報収集が適当なんですよ……」


 俺の横でダンテが大袈裟に笑っているのに軽口で答えた。ダンテは未だに笑っている。恐らく誤魔化しているのだろう。


 今回の真相はこうだ。


 ジルと呼ばれていた男は盗賊ではなく、狩人だった。たまたま第二中継地点だった村に滞在していたところ、あの斑模様のオーガに村を襲われたらしい。村人達と果敢に応戦し、一度は撃退するもその後体調に異変を感じる村人達が続出し、次々と病に倒れていったのだという。村を捨て、生き残った人達と共にこの森に住み着いたのが、盗賊と間違えられていたのだろう。その情報を鵜呑みにしたダンテが勝手に着色したものが、『森に住み着いた盗賊たちが村を襲って死の村にした』と吹き込まれた俺達は、森で遭遇したジルと戦う羽目になったという訳だ。

 そもそもジルはあの時、村人達を安全な場所に運んで欲しいと交渉するつもりだったらしいのだが、その頼み方がさらに状況を悪化させ、俺は瀕死の重傷を負う結果となった。全く勘弁してもらいたい。


「だがよ、兄ちゃん達本当にアレで良かったのかい?」


 荷馬車を操りながら、ダンテがコチラに問い掛けてくる。

 斑模様のオーガを倒し、森を抜けることに成功した俺達は、その出口までついて来ていた。盗賊のジルと村人一行に、ある取引を持ち掛けた。



 ✱✱✱



「大将達の荷馬車ごと俺達に渡すって、本気なのか? 大将──」


 盗賊改め、狩人のジルは未だに信じられないといった表情でこちらを見ている。


 俺達がジルに持ちかけた取引は、俺達が自警団の報奨金として貰った路銀で、二台ある荷馬車のうちの一台を買取り、その荷馬車でリアドの街へと行ってもらうというものだ。


「タクマ。荷物の移動は終わりました。食料品も買い取れる分だけ買取りました。量は多くないですが、節制すればリアドの街までは持つはずです」


 俺の横に並んだリエラが、ジルに一枚の書類と便箋を手渡した。おそらく買い取ったものの一覧と、モント公爵への紹介状のようなものだろう。


「すまねぇな姐さん。恩に着るよ」

「姐さんはやめてください」


 ジルがふざけた呼び方をするのをすかさずリエラは拒否する。


「まぁ、あとはアンタ達の頑張り次第だけど、リアドの街に着いたら皆によろしく言っといてくれ」

「あぁ。心得たよ」


 握手をするわけでもなく、拳を突き合わせるわけでもなく、ただ目線のみで約束を交わす。それで十分だ。


「行こうリエラ。それじゃ──」

「大将!──」


 立ち去ろうとした時に、ジルに呼び止められた。リエラを先に荷馬車へと向かわせる。


「あんたの剣は、何のためにあるんだ?」

「俺の?」

「ちなみに俺は生きる為だ。これでも狩人だからな。他の命を狩り、己の糧とする。そいつの分まで生きてやるって覚悟をこの剣に込めてるつもりだ」


 今度は真剣な表情だ。彼にとって、刃を交える命のやり取りには、欠かせない矜持のようなものなのだろう。


「もう一度聞くぞ? 大将の剣は何のためにある?」


 今度は刀剣を抜き、切っ先をこちらに向けてくる。その剣からは例え難い何かを感じるような気がした。

 俺はその切っ先を正面から受け止め、ジルの真剣な瞳から目を逸らさずに向き直る。


「俺の剣は……護る為にある──」


 ──護る為に──これ以外には有り得ない。あの街で教えられた。この目で見てきた。己の背負うべき信念を、込めるべき思いの形だ。


 腰に帯びた両手剣を抜いて、顔の前で垂直に構える。


「もう誰も……目の前で死なせない。その為の剣だ」

「そうかい、なら強くならねぇとな。俺に苦戦するようじゃまだまだだせ?」

「そのつもりだよ──」


 刀剣を収め、今度は茶化すような口調で問い掛けてくる。俺も剣を鞘に収めて荷馬車へと向かうために背中を向けながら答える。


「またな……大将──」


 その言葉を背に受けながら、王都へと向かう荷馬車に乗り込んだ──


 ✱✱✱


「兄ちゃん達! 見えてきたぜ!」


 ダンテのその声に我に返る。森を抜けた先には丘陵地帯が広がっていた。そのはるか向こうに、一つのが視界に入ってきた。


 その山は一つの都市だった。頂きに大きな城を備え、それから斜面を作るように家屋が軒を連ねていた。なだらかな丘の続く景色の中に、悠然とそびえ立つ要塞のようにも見える。


「凄いだろ? 七百年の歴史が生み出した芸術的なこの世界最大の都市さ。賑わいだけなら南の街も負けてないが──」


 ダンテの自慢気な口調も、途中から頭に入ってこなくなっていた。そうなってしまうくらいに、その景色に魅入ってしまっていた。それほどに雄大で、美しい眺めだった。


「アレが……王都──!」


 近付くにつれ、次第に大きくなるその景色に呼応するかのように俺の胸が高鳴り、期待で心を満たしていった──





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