第四話 覚悟の拳


「多分ソイツが、盗賊の頭領に違いない! 村を潰したのもそいつらの仕業だろうな!」


 馬車を操りながら、ダンテが力説している。


 早朝から山道を速足に突き進み始めて、今は昼過ぎと言ったところだろう。昨日のあの男はおろか、盗賊達の襲撃は未だ無い。

 だが、それよりも気になる事があった。後ろの荷台にいるリサへと声を掛ける。


「リサ、気分はどう?」

「うーん。やっぱりなんか変な臭いがする……」


 眉間にシワを寄せながら、羽織っていた外套で鼻先を覆うように羽織り直した。


 山道に入ってからすぐさま、リサが妙な臭いがすると言い始めた。だがその臭いは薄く、俺達では感じることが出来ていない。

 もしかすれば、本当に体調が悪くそのせいで妙な臭いを誤認識している可能性もあるかもしれない。そうなった場合、知識のある医者に診てもらうのが一番なのだが、ここには治癒魔法を使えるものしかいない。治癒魔法は病などの病魔には極めて弱い。


「もし、気になるようならカナデに──?」


 リサを案じていると、急に荷馬車が動きを止めた。

 何事か確認するために、荷台から操舵席に座るダンテの元へと向かう。


「ダンテさん。一体何が──っ!?」


 ダンテに声をかけるが、そのダンテは呼びかけに反応することなく正面を向いていた。その視線の先を追っていると、その先には昨日のジルと呼ばれていた男が、道の真ん中で仁王立ちしていた。


 その男と俺の視線が交差すると、男は目を丸くし驚きの表情をあらわにしていた。

 無理もない。昨日倒したと思っていた相手が、翌日目の前に現れては幽霊でも見ている気分になっている事だろう。


「なんだ……生きてんのかい大将。驚いたねぇ」


 男はニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。


「なぁ! そこの行商人! 少しばかり取引をしようや!」


 男は仁王立ちしたまま声を張り上げる。


「一騎討ちだ。それでアンタの所の傭兵さんを俺が打ち負かすことが出来たなら、アンタの所の積荷全部、ココに置いていってもらおうか!」


 不敵な笑みはそのまま、男は真正面から勝負を挑んてきた。


「ば、馬鹿なのかアンタ! そんなの、はいそうですかって聞くわけないだろう! 兄さん達、さっさとアイツを負かして──」

「上等だ……」


 ダンテの言葉を遮るように、荷馬車から降りていたダリルが馬の前へと歩いていく。


「さぁ! どうするんだ?」


 男が再度声を張り上げる。その男の視線は、真っ直ぐに俺に向けられていた。正面に立つダリルではなく、この俺に──


「俺が相手してやる。さぁ、どっからでもかかって──」


 気が付けば俺は、拳を鳴らして構えようとしていたダリルの横を走り抜けていた。


 速度を緩めることなく、抜剣し、振り上げ、頭目掛けて振り下ろす。

 男は最小の動きで腰の刀剣グラディウスを抜き放ち、俺の両手剣を受け止める。


「なんだ。もうができたのか? 案外、冷たいんだな大将」


 受け止めたまま、男はニヤリ笑う。


「ああ。できたさ……」


 拮抗して動かない刃を、無理やり上へと押し上げてガラ空きの腹部に蹴りを見舞う。


「死なない覚悟が!──」


 アイツはきっと、人を殺す覚悟ができたのかと、そう聞いてきたのだろうがそんな覚悟はできていない。殺すのも殺されるのも、考えるだけでも恐ろしくなる。だがそれでも俺は剣を握る。誰になんと言われようとも、俺に出来るやり方を貫く。


 刺突の構えを取り突撃する。体勢を立て直される前に、このまま動きを封じる。狙うは脚だ──


「そうかい──」


 男は短く答えて、宙に浮くように飛び刃を躱す。


「死ねないのこっちも同じだけどなっ!──」


 空中から、俺の顔めがけて蹴りを繰り出してくる。避けられず横から食らってしまう。


「ぐっ──」

「じゃあまず、一人目だ──」


 着地してすぐさま、俺の心臓に刀剣を突き刺そうと迫り来る。


 ──死なないで──


「っ──!」


 迫り来る刃はもう回避できない。右手に持った剣を手放し、そのまま刀剣グラディウスの切っ先に掌を向ける。


 刃が触れ、突き抜ける。鋭い痛みは一瞬にして熱い衝撃なり、削られる骨の軋みは全身を突き刺すように駆け巡る。


「なっ!?──」


 男の表情が、驚愕の一色に染まり、動きが止まった。

 この気を逃すわけにはいかない。痛みに叫ぶ右手を理性で押さえつけながら、前進して距離を詰め、貫かれた右手を動かして更に懐へと入り込む。

 右手から全身に、更なる衝撃が襲いかかる。だが、ここで止まるわけにはいかない。


 左手に拳をつくり力を込める。


 俺の剣は、俺の能力ちからは殺すための道具じゃない。たとえそれが、甘えた考えだとしても──


「それでも──俺はっ!──」


 固めた拳を振り上げる。


 一撃だ。一撃で終わらせなければ、俺の負けが、死が確定する。コイツは躊躇いなく俺の命を奪いに来るだろう。ただの拳では威力不足だ。だが魔法を使えば殺しかねない。


 思い出せ──この世界に来た頃、俺はどんな戦い方をしていたのか。


 思い出せ──あの白い部屋で、俺の頭の中に浮かんだあのイメージが何をもたらしたのかを──


(イメージしろ──)


 一撃の重い拳、ダリルのような鋭さではなく、ザックのような力任せでもない。俺の持ち得る手段を駆使して放つ鉄拳を──


 ──揺らめく焔を纏い、爆ぜる炎魔を帯びた拳──


「っらぁ!──」


 俺の左拳が、盗賊の顔面を捉える。そして、直撃と同時にした──





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る