花は興味を示さない

「クルスー。クルスー」

「ん? どうしたユーナ」

「今度の公開模擬戦、相手決まったみたいだよ?」

「ん、そうなのか。どんな相手なんだ?」

「2クラス隣の女生徒だよ。でも、成績はかなり低い子みたいだよ」

「成績が低い………。どういう事だ? てっきり成績上位者が選ばれるものかと思ってたんだが」

「さあ? でもまあ、相手に成りそうな生徒もいなかったからね。適当に選ばれたんじゃない?」

「……まあ、どんな相手であれきっと本気で来るんだろうな。僕としては楽しみだし、相手に全力で答えないといけないな」

「まったく、クルスは真面目だねー」

「ん、今から楽しみだよ。教えてくれてありがとな、ユーナ」

「いいのねー。全力で戦えると良いねー」

~とある平日の学生の会話より~





少女は扉を開け、一礼をしてその部屋を後にした。

ゆっくりと扉を閉める。緊張する柄ではないのだが、それでもその場の雰囲気と言うものがある。そこそこ、張り詰めた空気感を感じずにはいられなかった。

トンッと扉のしまる音を確認し、少女はため息をついた。

美しい少女であった。

年のころは十代前半ほど、少しだけ癖のある金髪が光を反射してキラキラしている。

その眼光は意志の強さを感じさせる、芯のあるしっかりとしたものであった。その年代の少年少女が持つ眼としては、いささか鋭利すぎる。人によっては付き合い難さも感じるであろう。

事実、少女は学年でも有名な取っつき難い人物であった。なんにせよ、さまざまなものに興味を示さない。話しかけても、良い反応を返してこないのだ。

初めはその容姿に惹かれた男子学生もいた。だが入学から九カ月もたった今日では、もはや周囲は腫れものを扱うかの如く対応で、少女と教理を置いている。

彼女の名は、梨本森野。アムテリア軍用仙機術学園の第一学年に席をおく、とりわけ何の変哲もない学生であった。

いや、変哲がないというのはいささか虚偽に当たるかもしれないが……まあ今は置いておこう。

「……森野ちゃん。どうでした?」

不意に彼女は声をかけられた。何の事はない、森野がこの部屋から出てくるのを待っていた人物が居た。

その生徒もまた、容姿の整った少女であった。

銀色の髪を短めに揃えていて、軽く耳元で結っている。人懐っこそうな、守ってあげたくなるような、そんな保護欲をそそる顔立ち。いや、顔立ちだけではない。一挙一動が、どこか危うげで、それでいてやさしかった。

彼女の名は、レテル・ネウイエル・パトリコラ。森野の友人であり、ルームメイトであり、とある特別な関係であった。

森野は肩をすくめながら答える。

「どうもこうも無いわよ。もともとちょっと成績が悪いってだけで、別に壊滅的ってわけじゃないんだから」

しかし、困ったようにレテルは森野の顔を覗き込む。

「でも、全教科赤点ギリギリじゃあ、やっぱりまずいと思います」

「その分実技で点数は稼いでいるわ。……今さらこんなことで、いちゃもん付けてほしくないわ」

「じゃあ、お咎め無しですか?」

「まあ、こんな所に呼び出された事態、お咎めだと思うけどねぇ」

『職員室』と書かれた扉の前で、森野は苦笑した。

「ま、きっと本当にいちゃもんだったのよ。いちゃもん付けて、一つ厄介事を押し付けてきたわ」

そう言って、森野は胸元から一枚の書類を出した。

「……指令書ですか?」

「そ。『実技で稼いでるんだったら、それを証明してみろ』ですって」

レテルは森野から指令書を受け取り、内容を読む。

そこには、こんなことが書いてあった。

『アムテリア学園主催、公開模擬戦闘出場の指令』

ゆっくりと指令書から森野に視線を移したレテルに、森野はやはり肩をすくめるだけであった。




幼いころより戦場で生きてきた梨本森野であったが、とある転機をきっかけに平和な暮らしを得ることとなった。

その中で、義父の仕事の手伝いが縁となり、レテルと知り合った。

レテルはある特別な存在であり、国も監視と保護を行っていた。彼女が13歳となると同時に、国も更に保護しやすい環境はないものかと思索した。その結果彼女は天涯孤独の身で、また現代では数少ない『仙気術師』と言う事もあり、寮のあるアムテリア軍用仙機術学園に入学することとなった。

しかし、いくら国が重要視する存在とはいえ、年頃の娘を四六時中監視することに対しての反対意見が出てくる。それだけではないものの様々な思惑がまじりあい、アムテリアは一つの方針を打ち立てた。

そうして同じくらいの年頃でボディガードとしての経験もあり、さらにはレテルと面識のある森野に護衛兼監視の依頼が舞い込んできたのだ。

国からの依頼と言う事もあり、学費は全部無料。生活にかかる費用も、一定額支給されることとなった。

養子として引き取られた森野としては、義父達に迷惑をかけたくないという事もあった。また自分の唯一の友人のために働けるという事もあり、その依頼を謹んで受けることとなった。

そして九か月がたち、森野は見事に『劣等生』となっていた。





「相手のクルス君って、今年の成績トップの人なんですって」

そんな事をレテルが森野に話したのは、その日の夕食の席であった。

「クルス君?」

森野は今晩のメニューであるキノコパスタを啜りながら聞き返した。

女子寮の食堂。アムテリア学園の女子寮は基本的に寮が作った給食を食べるか、自室のキッチンで自炊するかの二通りの方法で食事がとれる。

本日森野とレテルは、寮の食事を予約していた。そのため、今は寮の大食堂に居る。

そこまで広くも無いが、2~30人くらいは座れるようになっている。今の時間は7割程度の席は埋まっており、少々騒がしくもあるのだが……。

もちろん、森野は聞こえないから聞き返したわけではない。聞きなれない名前だったから聞き返したのだ。

「公開模擬戦の相手の子ですよ。二つ隣のクラスの、クルス君です。主席候補って呼ばれてるみたいですよ?」

「へぇ。……まあ、そんなのが相手だろうことは予測してたけどねぇ」

そもそもこの公開模擬戦は、一般の観客も来る学園公認のイベントである。学生の普段からの鍛練を公開し、学園の存在をアピールする狙いがあるのだ。

故に、殆どの参加者は成績上位者や仙機術の経験者。戦闘を行ってそれなりの形に成る学生が選ばれる。

クルスと言う男も、選ばれるべくして選ばれたのだろう。

しかし、森野は違う。

あくまで、少々戦闘慣れしているだけで、成績は下から数える方が早い。あくまで、足りない成績を補うための参加である。

教師もだれも森野に期待はしていないだろう。ある程度動ければ、あとはそのクルスと言う男が素晴らしい戦いを見せることになる。それで観客も納得できるはずだ。そもそもが第一学年の戦闘など、観客もそこまで期待はしていないのであろうが……。

そんなことを想像することは、梨本森野という少女にしてみれば容易なことだった。

「でも、森野ちゃんが模擬戦に出るなんて、なんかワクワクします。頑張ってくださいね!」

想像しているので、レテルのそんな言葉にも苦笑しながら答える。

「……いや、私は適当にやるつもりだから、期待してもダメよ?」

別に模擬戦に興味はない。足りない成績をカヴァーできると言われたから参加するだけである。

参加さえすればいいのだ。そのために例えば鍛錬などに時間を割くのは馬鹿らしいと思う。そんな事よりもレテルのそばに居たいと思っていた。

「あ………、そうですか」

言い淀むレテル。しかし彼女も実のところ、森野からの答えは予測していた。

レテルは知っている。森野が、多くの事に無関心であることに。殆ど唯一と言っても良いほどに、レテルのことしか考えていない事に。

森野が今生きる意味と言うのは、自分を護衛することなのだと、レテルは森野から打ち明けられていた。

それまでの辛い時代では考えられないほど、今の護衛という立場が充実しているのだと、森野は感じているのだという。

だからこそ、放っておけば森野は何も動かない。そのため少しでも興味がわくように、レテルは時間の合間を見て今回の相手の情報をクラスメイト等から聞き出していたのだが……。

やはり、森野は興味を示さなかった。

「でも……きっとクルス君ってすごい人だと思うし、全力で戦うといろいろ学べるかもしれませんよ?」

それでも一応、レテルは森野に進めた。彼女としても自分だけに人生をささげてほしくはないのだ。

なにか、森野自身が夢中になれる事を見つけてほしいと思うのだ。

「んー、まあそうかもねぇ。……気が向いたらね」

だが、森野はレテルの勧めに、気のない返事を返すばかりであった。





「……そっか。……そうなのね。これはクルスもがっかりするかなぁ」

……………………。

「ま、たまにはクルスに協力したげよう。あたしなりのやり方だけどね―」

~とある平日の夕食時、女子寮食堂にて~

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