その名も、勇者である!

大空

第1章 勇者の新しい役目

プロローグ 勇者と魔王

 青年は、剣を手に取った。

 それは戦う為であったし、守るためで生きるためであった。

 女子供に年寄りしかいない青年の住む町で、戦える人間が彼しかいなかったから。

 結果として、青年は自分が人並み外れた化け物であることを知ることになったが、それはそのまま人々が青年を勇者と呼び慕う原因になった。

 青年は勇者として、人間界に侵攻してきた魔界の王――魔王と戦わねばらななかった。

 大陸を二分する人間界と魔界の一年にわたる戦争を終わらせるために。



 ◆◇◆◇



 勇者と魔王の戦いは終わらないと、誰もが思っていた。

 山奥で始まった戦いは既に一月が経った。そこにあったはずの森も丘も全てを灰塵と化す戦場に立つのは、白髪の魔王と黒髪の勇者。

 一対一の決戦場で、白と黒はぶつかり合う。

 魔王の業火は瞬く間に森一つを焼きつくし、勇者の振り下ろす剣は大地を裂く。

 勇者の起こす魔法は海を凍らせ、魔王の拳は空を割る。

 ともに強大な力を持つ化け物として名高い勇者と魔王。


 そんな二人の一年に及ぶ戦いは、魔王クラウス・フォン・シュヴェルツェンの言葉であっけなく終わった。


「しまった、今日は娘の誕生日だったッ!?」


 大地を割り、森を焼き、空を裂き、海を凍らせる盛大な魔法合戦と肉弾戦。

 その渦中にいたはずの魔王が、長い白髪を振り回し、焦げきった自慢の二本の角を掴んで叫ぶ。

 魔王のすぐ傍で剣を構えていた純白の鎧を着た勇者は、構えた剣を震わせた。だが、そんな勇者の様子を知ってか知らずか、魔王クラウスは血涙を流して叫ぶ。


「ねぇ勇者、おい勇者アータ! 今日は何日だ言ってみるがいい!」


 今にも火を噴きそうな勢いで指差してきた魔王クラウスの前で、勇者――アータ・クリス・クルーレは顔を伏せて答えた。


「……二の月の十日だ」

「そうだ! 二の月十日の娘のハッピーバースデー! だというのになんということだ! 誕生日プレゼントすら忘れてしまったではないか! バースデーケーキの蝋燭に火を点けずに、森に火をつけてどうする私!? 誕生日ソングの代わりに人間の悲鳴をこだまさせてどうする私!? ショッキング!」

「そんなこと俺が知るわけないだろ、このクソ魔王! お前、今どういう状況かわかってんのか!?」


 地面に膝をついて喚き始めた魔王クラウスの姿に、勇者アータは整った顔を怒りに歪めた。まるで駄々をこねる赤子だ。とはいえ、手にしていた剣を振り下ろしたところで、目の前の魔王には大した怪我も負わせられない。すぐさま手にしていた剣を地面に差し、四つん這いになって地面をたたく魔王に近寄る。

 だが、直ぐに魔王は顔を上げて勇者を睨み付けた。


「貴様こそ分かっているのかアホ勇者! 年に一度だけ訪れる娘の誕生日を祝い忘れた愚かな魔王の悲しみが!」

「だから知らないって言ってんだろうが! 何お前、人間界侵略しながら娘の誕生日祝おうってのか!?」


 額を叩き付ける勢いでにらみ合う魔王と勇者は、互いの胸ぐらを掴んで喚き散らす。


「本来ならば半年で侵略は終わっている予定だったのだ! それを貴様のような、知能だけ人間に合わせて他の能力を無限大近くにしちゃった化け物の相手をしていたせいで! 人間界をプレゼントしようとしていた私の計画が台無しだ!」

「うるさい! 俺だって本来なら半年でお前らを全滅させて終わりだったはずなんだ! それを、とりあえず全部の能力を最強にしたらどうなるんだろう的な神様のおふざけで生まれたお前の相手をしていたせいで! 折角きてた王女との婚約話もぱぁだ!」

「なんだとアホ勇者! 私の娘より人間の王女のほうが愛らしいとでもいうのか!? 股にぶら下がってる勇者の剣、へし折ってやろうか!?」

「うるさいクソ魔王! お前こそ、その自慢の角二本へし折って蝋燭よろしく誕生日ケーキに突き刺して燃やしてやろうか!?」

「燃え盛る魔界の炎よ! 我が眼前の敵をその業火で滅せよ!」

「母なる海の神よ! 迫る脅威から万物の命を守れ!」


 超至近距離での、決戦場を灰塵とかした二つの魔法のぶつかり合い。

 だが、


「……やめだ。これでは勝負がつかん、勇者よ」

「……お前の言葉に納得するのは尺だけどな」


 魔王の掌から放たれたマッチの火より小さな炎を、同じく勇者の掌から垂れた汗ほどの水が消し去る。

 互いに激戦の直後。魔力の残っていない二人の魔法は、もはや魔法の形を為していなかった。


「しかし、本当に困った。勇者アータよ、貴様は強すぎる」

「いや、それはこっちのセリフだ」


 どかっとその場に座り込む魔王クラウスの様子に、勇者アータは握っていた拳を開いた。


「かれこれ一年。貴様が私の魔王城に単騎突入してきたあの時から、私と貴様の力の拮抗は崩れることがない。貴様が単騎で私を止めるせいで、我が軍の精鋭たちは人間どもの軍と拮抗してしまっている」

「……お前がさっさと俺に倒されてくれれば、世界は平和になるぞ」

「平和……ふむ。なるほど、そういう手があるのか。そう言えば、娘も――」


 アータの言葉に、魔王クラウスが顎に手を当てて思案する。ちらりとアータの顔を覗き込んでは頷き、首をひねるクラウスの様子をアータは怪訝に思う。しばらくそうして、クラウスがポンと手を打った。


「勇者アータよ。もう一度言う。貴様と私の力は拮抗している。このままでは何十年と私達の戦いは続く。これは私の本意ではなく、平和を望む貴様の本意でもないな?」

「……そりゃそうだけど」

「そこでだ。貴様に一つ提案がある。なぁに、体力インフィニッティな貴様なら問題ない。貴様が私の提案を飲めば、我々魔族は人間界への侵略を止めようではないか」

「……なん、だと?」


 クラウスの提案に、思わずアータが仰け反る。

 貴様の命一つで――などという話なら、乗るわけにはいかない。アータが死ねば、その後に魔王は人間界を支配するだろう。

 だが、事実としてアータと魔王クラウスの戦いは終わらない。戦えど戦えど、拮抗する二人のぶつかり合いは常に引き分けで終わり、いたずらに戦いを伸ばしているのも事実。そのせいで、兵たちや罪のない人達が傷つくことになるのは、心苦しい。

 思案を巡らせたアータは、腹の奥から捻りだすようにして魔王に返答した。


「……提案の内容にもよる。まずは聞かせてもらう、お前の言う平和への提案とやらを」

「うむ、実に聡明な判断だ勇者アータよ。貴様のそう言う他人想いなところ、私は結構好きだぞ。いい男だな貴様」

「気持ち悪いわ! くだらない事言ってないでさっさと話せ!」



 直後に魔王クラウスから告げられた条件に、勇者アータは声にならない怒りを爆発させた。

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