マリカの魔法
山根 拓也
第1話 お別れ
今日も天気は雨のちコオロギ。60cmの世界につめたい水と美味しいえさが降り注ぐ。緑色の葉っぱが輝き、ガラスに張り付いた水滴がゆっくりと流れ落ちる。地面にゆっくり着地したコオロギは戸惑いながら周囲を確かめた。抜き足、差し足、忍び足、気配を消してわたしはコオロギに近づいた。パクリ、大きな口をあけてコオロギを飲み込んだ。
その様子を外の世界から笑顔で覗き込む人間の男の子がいた。口がパクパクと動いている。きっとわたしに話しかけているのだろう。いつも何を言っているかわからないけど、わたしがコオロギを食べると喜んでいるようだった。
世界の中はシンプルだ。土と水場、一本の木とよくわからないおもちゃの人形。ちいさな世界にはこれで十分だろう。けれど、物足りない。人形に話しかけても答えてくれない。カエルの言葉はカエルにしか分からないのだろう。
20秒で1週できる世界に、ガラスの檻にわたしは飽きていた。ガラスの外側をじっと見つめる。脱出はもう諦めた。
「外の世界に出ても、カエルには何もできないんだろうな」
ある日を境に、雨もコオロギも降らなくなった。水も徐々に減っている。あまり動かないように人形のふもとの地面を掘って丸くなって眠った。ガラスの向こうに小さな犬がいた。男の子が話しかけると尻尾を振って駆け寄り、頬をなめていた。犬は人の言葉が分かるのだろうか。わたしが彼の言葉が分からなかったのがいけなかったのだろうか。
犬はこちらをじっと見つめた。舌を出して、へふへふと笑う。犬もなにかを喋っているのだろうか。ガラスの檻の外の、また外の世界、扉で区切られた世界から、女の声と男の子の声が聞こえた。女の声は大きくやかましかった。
男の子がこちらに向かってきて、世界を持ち上げた。突然のことにわたしは抗議の意味をこめて、のどをぶくぶくと動かしたが、彼は無視して歩き出した。
大きな水が見えた。60cmの世界と大きく異なる広大な川と、果てしない緑の大地。わたしはほのかに興奮していた。外の世界に興味があった。この目で見れるなんて思っても見なかったから。男の子はゆっくりと世界を下ろして、中身を全部出した。土も、人形も、わたしも全部。
男の子は、顔を歪ませて何かを呟き人形を抱えて走り去った。
圧倒的な景色の前にわたしは、独り取り残された。
マリカの魔法 山根 拓也 @wazawaza828
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