第79話 72


 うたた寝から目覚める。


 肌に触れる絹の夜気。

 からからと回り続ける車輪。

 牛車よりも規則的で柔らかい馬車の振動が、俺を再び眠りに誘う。


 川をたゆたう葉のごとく意識が浮き沈みを繰り返す。

 まどろみに浸っていると、不意にがくんと馬車が揺れた。


「!」

 

 目を開ける。

 閉じていた時と変わらない闇。


「石を踏んだだけだよ」


 向かいに腰かけるセルディナが息と共に言葉を漏らした。


 彼は金属製の皿を手に乗せ、かぷりと蓋を開く。

 油に浸された芯には小さな火が灯っており、客車の闇を僅かに薄める。

 馬車の歩みは遅く、蹄の音すら聞こえない。


「うとうとするのではなく、ぐっすり眠ったらどうだい。まだしばらく掛かる」


 俺は頬杖をついた。

 言われるまでもなく、眠気が思考をとろかし始めている。

 ただ、彼の声に滲む苛立ちを聞き逃すほど肉体は寝ぼけてはいない。


「怒ってるのか」


「多少ね」


「……」


 すだれを上げる。


 寝入った人々の夢が溶けた麗しい夜空。

 天の装いは砂金をこぼしたかのような満点の星。

 街道の虫も声を失っている。


 首を突き出すと、後方にも一台の馬車が見える。

 御者はシアで、俺とセルディナの乗るものより大きな客車が曳かれている。

 中ではナナミィとルーヴェが眠っている。




 ナナミィの護衛についてはずいぶん悩まされた。


 蓑猿とルーヴェを残せば手勢が足りない。

 俺が残れば攻め手に欠ける。

 シアとセルディナ、下忍では複数の獣面に対処できない。

 舞狐が戻るのは当分先で、それ以外に協力者は望めない。

 さりとて人をつけなければナナミィは勝手気ままに行動し、身を危険にさらすおそれがある。


 ――なら、全員で護衛すればいい。

 

 俺はナナミィを姫君奪還に同伴させることにした。


 もちろん本人にも許可は取った。

 『何でもいいから早く寝かせて』という返答は了承の意味で間違いないだろう。


 馬車は程良い距離の森に停め、奪還組は徒歩で砦へ向かう予定だ。

 ナナミィは客車に残し、セルディナが通信に使っている下忍を護衛に残す。

 これなら獣面の襲撃に怯える必要はなく、奪還組の人間を不必要に減らすこともない。

 また、戻りが遅くなってもナナミィは下忍に妨害されてどこへも行けない。


 後で確実に文句を言われるだろうが、それは謝るしかない。




「確かに彼女個人は敵でも味方でもない。だが――」


 前のめりになったセルディナが両腿に肘を置く。

 彼はナナミィの同行に反対した。

 理由は単純だ。


「だが、ザムジャハルの人間であることに違いはない」


 ナナミィは今回の件と無関係だが、セルディナの胸中は穏やかではないだろう。

 それは俺にも分かっている。


「あんたも『敵でも味方でもないやつを許せない奴』なのか?」


「揚げ足を取らないでほしい。これは派閥の話ではなく、国という単位での話だ。ザムジャハルは四カ国すべてに宣戦布告している。つまり敵国だ」


「ザムジャハルにもまともな奴はいる」


「あの子は候補生とは言え軍人だ。公権力のしもべである以上、その理屈は通用しない」


 まともでない国に仕えることを選んだのなら、まともな人間とは認めない。

 ――間違ってはいないのかも知れない。


 俺は口喧嘩は苦手だ。

 大人しく降参することにした。


「……他に落としどころが見つからなかった」


 冷えた風が吹き込む。


「あんたとナナミィを秤にかけたくない。どっちもシアの件で俺を助けてくれたからな」


「――」


 おそらく「私とナナミィではなく、私とプル、それにナナミィだ」とでも言おうとしたのだろう。

 禿頭の男は小さく、さりげなく喉を鳴らした。


「君の義理堅いところは気に入っている」


「それはどうも」


「皮肉のつもりはないよ。まったき美徳だとは思わないが、現に私はこうして助けられている」


 だが、と言葉が続いた。


「あれもこれも大事にしようとすれば、遠からず全てを失う羽目になる。今の君は貸しと恩義でただ雁字搦めになっているだけだが、しまいには貸しと恩義と仁義と矜持で、八つに引き裂かれるぞ」


「……」


「人が本当に大事にできるのは、自分も含めてせいぜい二、三人だけだ。冷たい言い方かも知れないが、心を預けられない相手になど全力を尽くさない方がいい。時間と体力の無駄だ」


 すぐには飲み込めず、咀嚼もできなかった。

 俺は口と頭の中で彼の言葉を転がす。


「……。妹にすべてを注ぐ奴が言うと説得力があるな」


「そうだ。私はあの子のためなら何でもする。妹と別の誰かの命が秤に乗るのなら、私は迷わず妹を選ぶ。千度繰り返したとして、千度とも迷わないだろう」


「兄妹ってそういうものなのか?」


 兄弟姉妹のいない俺には理解できない感覚だった。

 幼い頃から一緒だったアマイモ十位が最もそれに近いだろうが、ここまで必死にはなれない。


 セルディナが星空を見やる。


「……私と同じ目に遭わせたくない」


「同じ目?」


「望んでもいない血のせいで不幸になってほしくないんだよ」


 王子は物憂げに目を伏せる。


「何歳までに何を覚え、何歳までに何を修め、何歳までにとぎを学び、何歳までに何人を味方につけ、何歳までに王座に就く。それがどれほどうまく行っているか、遅れているならどの程度かを定期的に調べられ、物差しに合わなければ叱咤と罵声で矯正される。どこまでも管理され、調整され、最高の出来になるよう観察され、必要に応じてはさみを入れられる……まるで盆栽ぼんさいだ」


「その代わり、何でもできるんだろう?」


「王座を離れること以外はね」


「それは……そうだろう。王族なら務めを果たすべきだ」


「頼んで王子に生まれたわけじゃない」


 ぶっきらぼうな言葉。

 不快感からか瞼が下り、紫色の目が半分隠れる。


「何かを学ぼうとしても取り上げられる。どこかに行こうとしても連れ戻される。王子以外の誰かになろうとしても、お前の一生はこうだと『企画書』を見せつけられる。……私の人生は、私のものではなかった」


 小さな火が呼気で揺れる。


「子は親のために生まれるわけじゃない。生まれるべくして生まれ、生きるべくして生きる。親は子を愛し、子は親を愛する。だがお互いの人生には助けを求められない限り立ち入らない。そういうものだろう?」


「……かもな」


「私は違った。親は王で、乳母は侍従の長で、叔父は大臣だ。国のため、父王のため、民のため。あらゆる理由にかこつけて、一生を余すところなく『企画書』通りに生きるよう強いられた」


 それがどれほど愉快なことだったのかは、語り口でよく分かった。


「プルにはそういう想いをしてほしくないんだ。半生をどぶに捨てることとなった私の分まで、幸せになってもらいたい」


「でもあんた、もう権力争いからは身を引いてるんだろう? それに実権は無いって……」


「正確には違う。身を引いたのではなく、拒んだのだ」


「……?」


「実権が無いのは、それを放棄したからだよ」


 セルディナの口元に暗い笑みが浮かぶ。


「ブアンプラーナの王は古い家系の者たちや王の親族が数日かけて話し合いをする中で決まる。エーデルホルンのように長男が自動的に王位を継承するわけではないし、血の濃さだけでも決まらない。年齢、血統、それに能力、人脈、人柄のすべてを多角的に検討したうえで決まる」


「あんたは直系だったよな」


「そうとも。そして幼い頃から寝食を惜しんで知を仕入れ、父王直々に武の指南を受け、人脈を髭根ひげねのように伸ばしてきた。ご覧の通り体格にも恵まれ、この通り図々しい性格も併せ持つようになった」


「……」


「満場一致で私が指名された。ブアンプラーナの次代の王に」


「!」


「もちろんだ。私は立派な王になるよう教育され、私自身もその通りに生きてきたからね。だから――」


 端正な顔の下方で、口が狼のごとく裂けた。




「だから、王位を放棄すると告げた時は実に痛快だった。危うく気をやってしまうところだったよ」




 そう言えば聞いたことがあった。

 ブアンプラーナの王は一度代替わりをする予定だった、と。

 だが土壇場になって王子がそれを拒んだため、国中が上を下への大騒ぎになった、と。

 当時の俺は政治にまったく興味が無かったので聞き流したが、上位の十弓を中心にかなりの騒動になったことを覚えている。


「私は完璧な王子だった。消去法や消極的な選択ではなく、万人が喜んで名を推す王子だ。それはそうだろう。何せ『企画書』通り生きてきたのだから。……だが彼らは知らなかった」


 くつくつとセルディナが肩を揺らす。


「私は彼らの期待と愛情を裏切るために生きて来たのだということを」


「……」


「笑いが止まらなかったよ。こんなに愛してきたのにと哀願する母、期待をかけてやったのにと失望する父、家族でしょうと涙ぐむ姉。目をかけたこと、情を注いだこと、鍛えてやったことを訴える屑共を私は一蹴してやった」


 セルディナの笑みが歪んでいく。

 火が消え、夜の闇がかろうじてそれを隠す。


「何が愛だ。何が期待だ。何が家族だ。盆栽にそうするように一方的に、自分たちの望む通りの人間を作ろうとしたくせに、失敗したら情に訴えるのか。私が何を望んでいるかなど一度たりとも聞かなかったくせに、私の人生のためだと嘯くのか。……そう言ってやると皆、黙り込んだよ」


「……」


「『お前の血が混じっていることは私の恥だ』。そう言ってやると母は卒倒したよ。結局、あの人は本当の私ではなく、絵に描いた私を見ていたのだ」


 ほう、と黒い甘さを孕んだ呼気。

 俺は手でそれを払う。


「かくて王は再度選ばれることとなった。とは言え、私以外にはろくな候補がいない。王座は再び父のものとなり、兄弟姉妹は以前にもまして激しく互いを食い合うようになった。……そうなるよう、多少煽ったからな」


「……! じゃあ、ブアンプラーナが政争でめちゃくちゃになってるのは……」


「私から両親と兄弟へのささやかな贈り物だ。もっとも、象協会との確執や根本的な腐敗は私のせいではないがね」


 俺はなおも自分の鼻の前で手を振っていた。

 ちょうど、羽虫を払うように。


「軽いんだな。国中が大混乱になったのに」


「混乱したから何だい? 私個人の一生がどんなものであれ、何の痛痒も感じずに生きる民の集まりだ。石室に閉じ込められ、期待と理想に縛られた窮屈な人生など知らず、金持ちは羨ましい、俺も税でメシを食いたいなどと下らない陰口を叩く輩ばかりだ」


 セルディナが皿に再び火を点ける。


「ブアンプラーナは私の国ではない。さっさと滅んでしまえばいいのだ」


(……)


 軽蔑や怒りの感情は湧き上がらなかった。

 ブアンプラーナは俺の国でもないからだ。

 それに話の規模が大きすぎる。まるで実感が伴わない。


 ただ、一つ確かなことがある。


「……。確かに妹さんにはあんたみたいになってほしくないな」


「何か言いたげだな、ワカツ九位」


「別に。王族の悩みは俺には分からない。ただ――」


「ただ?」


「あんた、思ってたより小さい男だな」


 ふ、とセルディナは嗤った。

 何を嘲っているのか、俺にはよく分からなかった。


「君こそ、思っていたよりぬるいな。野良犬だと聞いていたが、まるで飼い犬だ」


「……」


 確かに、以前の俺ならセルディナの話に手を叩いて喜んだだろう。

 だが今はそんな気分になれなかった。


 火が消える。

 宵闇が様々な感情を飲み込み、包み隠す。

 





 ややあって、馬車は下忍の待つ森に到着した。


 ナナミィは完全に寝入っており、起きる心配はなさそうだ。

 下忍は蓑猿とセルディナに細かく状況を報告している。

 三人は豆粒ほどの灯りを頼りに、侵入方法を話し合う。


 客車を降りると、闇が俺を包んだ。

 星空は遠く、その光もずいぶん頼りなく感じる。


 数歩先はおろか、自分の指すら見えない。

 まるで墨壺の中だ。


「ワカ」


 かさりと落ち葉を踏む音。

 右手から声がするのだが、姿は見えない。


「ルーヴェ。何か見えるか?」


「何かは、なに?」


「恐竜とか、人はいるか?」


「いないよ。虫とタヌキと、そういうのだけ」


 ルーヴェは宵闇の中でもまったく緊張していないようだった。

 彼女の目には周囲の光景がはっきりと映るのだろう。

 その『目』は鼻であり、耳であり、肌であり、舌でもある。


「砦は見えるか?」


「とりでは何? おうち?」


「そうだ。でかい家だな」


「見えるよ。あそこ」


 ルーヴェが俺をぐいと引き寄せ、斜め上方を指差した。

 もちろん、そこには何も見えない。

 茂る森の木々の影があるだけだ。


「きのこみたい」


「きのこ?」


「木からこう、生えてるキノコ」


 ルーヴェは自らの胴体を切断するように手刀を入れ、その手の部分に俺の指を導いた。

 要するに山の斜面に突き出している、ということだろう。

 セルディナが話していた通りだ。


「ワカツ。そこか?」


 セルディナが客車から声を掛ける。


 俺は闇の中、声のする方へ向かった。

 ほぼ目隠されているも同然だ。


「予想通りだ。中に人がいる」


「何人だ?」


「そこまでは分からない。もう少し近づこう」


 ルーヴェに手を引かれ、客車へ。

 布で隠されていた小さな火が客車を仄かに照らす。


「表向きは廃棄された砦だ。正面から入ることはできない」


 そもそも『正面』が存在しない。

 山から突き出している砦だからだ。


「山の斜面に内部へ続く通路か洞窟があるはずだ。それを探そう。……何か付け加えることはあるか、ワカツ」


「いや、それでいいと思う」


 帯同するのが蓑猿だけなら、堆積した落ち葉を踏む音や話し声を拾われるおそれもある。

 だがルーヴェが一緒なら問題ない。

 彼女なら、山裾に入った時点で音を拾いかねない人間を察知できるだろう。


 本当に危険なのは地形の方だ。

 灯りを使えば見つかってしまう。さりとて、使わなければ転倒や滑落のおそれがある。


「地形は先頭のルーヴェが全員に伝える。その後ろで蓑猿が罠に注意する」


「ワカツと私、シアが二人の後ろを進む」


「砦に潜入出来たら灯りを使おう」


 俺は音の出そうな道具を残し、杖を握る。

 セルディナは黒い布を被り、より深く闇に紛れた。

 ルーヴェと蓑猿は忍び装束が暗色なのでこのままで問題ない。

 シアは――


「ワカツ」


 彼女はおずおずと声を掛けた。


「私はここに残ってもいいですか?」


「? ああ。何か気になるのか?」


「……一人ぐらい女性が一緒の方が良いでしょう」


(ナナミィか)


 普段のシアにすれば少々優しい言葉。

 彼女もナナミィに対しては少なからず恩義を感じているのだろう。


「私が残っていれば四人全員に何かあっても援護に向かえます」


「夜目が利かないのに、かい?」


「あなたやワカツよりは多少マシです」


 シアは異常な視覚を持っている。

 この闇の中でも俺たちよりは『動ける』のだろう。


「では以前お話した赤い光が見えましたら援護をお願いします、シア殿」


「分かりました。私も救助を求める時は同じものを使います」


「……」


 俺は懐を探り、蛇の皮を使った矢羽をシアに押し付けた。


「これは?」


「『黒いあいつ』に渡したのと同じだ。何かあった時に俺の名代だと名乗れる」


「片方はナナミィ用ですか」


「念のためな。髪に留めといてくれ」


 葦原国内では大して役に立たない。俺は所詮『九位』だからだ。

 だが何も無いよりはマシだ。

 少なくとも庶民はナナミィに手を出さなくなる。


「気を付けてください、ワカツ」


 ひやりとした手が俺の手を軽く握る。


「そっちもな」


 俺、蓑猿、セルディナ、ルーヴェが闇の中を歩き始める。






 四方は闇に包まれていた。

 天を仰げば、ちらつく星だけがかろうじて見える。


 ざくざくと落ち葉を踏む音が三つ。

 なぜか蓑猿だけは足音がまったく聞こえない。

 歩法が違うのだろう。


「とまって」


 ルーヴェが呟く。


「……だいじょうぶ。誰もいない」


 ルーヴェの一言で俺たちは進軍を再開する。


 落葉は天然の鳴子だ。

 少し歩くだけでがさがさと音が立つので、少し進むたびに脚を止めなければならなかった。

 周囲には誰もいないのだが、ルーヴェによるとそこら中に小さな洞窟や穴があり、砦に伸びているらしい。

 不用意に進めば音を拾われるおそれがある。 


「あな、いっぱい」


「見張りはいるか?」


「……。……ちかくにはだれもいない」


「音は?」


「聞こえない」


「立ててもいいと思う?」


「うん」


 全員が弛緩し、再び歩き出す。

 この調子で俺たちは山裾から中腹へ向かい、そのまま砦周辺をうろうろしていた。


 ルーヴェによると小さな穴はそこかしこにあるらしいが、正式な『通路』と思しきものはまだ見つかっていない。

 人一人が入れるほどの穴はたまに見つかるのだが、調べてみると行き止まりがほとんどだった。


「待ってくれ」


 時間が過ぎる中、セルディナが制止を呼びかける。


「大きさや長さを気にしてほしい、ルーヴェ」


「大きさや長さ?」


「荷の搬入もあるだろうから、大人が二人か三人通れる穴が『通路』のはずだ。それ以外は無視しよう」


「細いのはいいの? おとなが一人ぐらいはいれるあな」


「ああ。空気の通り道かも知れないし、通路ではなく自然に開いた穴かもしれない」


「罠の可能性もあるからな」


 誰も見えない闇に声を投げると、セルディナが頷く気配。


「そうだな。いずれにせよ、侵入に使える穴ではないだろう」


 わかった、と応じたルーヴェが静かに息を吐く。

 彼女は周囲に『感覚を這わせて』いるようだった。


 唐の屋敷ではすぐにシアの居場所を言い当てた彼女も、今回は山一つが相手だ。

 探し物も「大人が複数人通れる穴」というあいまいなものなので、時間を要するに違いない。


 俺は杖に身を預ける。

 蓑猿がやや前方で声を上げた。


「九位。お疲れでは?」


「平気だ」


「聞きたいんだが、ワカツ」


「ん?」


「狭い砦で君は役に立つのか?」


「……俺は十弓だぞ」


「失礼。ブアンプラーナでは苦戦していた印象が強くてね」


「あの時は毒が無かっただけだ」


「そうか」


 闇の中でも彼が笑っているのが分かる。


「あったよ。こっち」


 ルーヴェの声に従い、俺たちは歩き始める。

 さく、さくく、と静かに。


(!)


 足元がふらつく。

 周囲の闇があまりにも濃く、平衡感覚が狂いかけているのだ。


 俺は素早く杖で周囲の地面を探り、こつんと硬い感触に行き当たった。

 岩だ。

 座布団より少し大きく、平たい岩。

 

 俺は杖の先端を岩に置き、そのまま体重を預けた。


(危ない。転――) 




 がぷん、と。

 岩が『抜けた』。




 杖の先から吸い込まれるようにして、俺は闇に落ちる。

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