39話 片想い

 最後の戦闘から3日経った。その日も、訓練をして、ご飯を食べて、テレビを見る、日常的な1日だった。

 カポン、と湯桶を置く音が浴室で響く。浴室の中にはハクトと美鈴が入っているはずだ。琴里は脱衣場で、浴室内での二人の会話を聞いていた。

 琴里の目の前には二人の脱いだ衣服が畳んで置いてあった。琴里は衝動を抑えられず、その美鈴の方の衣服に手を延ばし、一番下に埋もれていた使用済み下着を引っ張り出し、鼻に当てた。

 ――ああ、美鈴の匂いだ。琴里はそれを通して数回深呼吸をし、欲求を満たした。

 いつまでもここにいたのでは二人が出てきてしまうかもしれない。琴里は惜しみつつも美鈴の下着を元あった場所に戻し、音を立てないように脱衣場を後にした。

 部屋ではメッシャが一人でテレビを見ている。エルは今頃台所で食事を作っているのだろう。琴里はメッシャの座っていない方のベッドに大の字になり、目を閉じた。

 叶わぬ思いなのは分かっている。口にすれば好奇な目に晒され、距離を置かれるのも分かっている。でもこのまま心の中に仕舞い込んだままでは、自身が狂ってしまいそうだ。

 琴里はゲームのことしか考えたことのない頭で、ある決意を固めていた。


 次の日のお昼、午前の訓練が終わった後、琴里と美鈴の二人はアジア及びヨーロッパ連合国軍日本支局の棟の屋上に来ていた。東京湾から穏やかな海風が吹き付け、美鈴のツインテールと琴里の長い黒髪を揺らす。

「話ってな~に?」

 美鈴がいつもの無邪気さで上目遣い気味に琴里に訊ねてくる。――やっぱり美鈴はかわいいな。琴里は意を決して美鈴の方を向き直った。

「あのね、美鈴」

 真面目そうな顔をする琴里に美鈴はきょとんとしてその顔を見つめる。

「あたし、美鈴のことが好き」

 琴里が言ってから美鈴の返答まで、そんなに長くなかったはずだが、琴里にはそれが何時間にも感じられた。身体が火照って、風が吹いていて涼しいというのに汗がじっとりとまとわりついている。

「私も琴里のこと好きだよ」

 美鈴はまた無邪気な笑顔を浮かべてそう言う。

「違うの」

 ――美鈴は友達としての好きだと思ってる……。

 回り道していてはいけない。琴里はもう一度覚悟を決めなおし、直接的な表現で伝えることにした。

「あたし、レズビアンなんだ。だから、美鈴のこと、恋愛対象として見てる」

 美鈴は目を丸くして、黙って琴里の目を見た。その混じりっけのない透明な瞳からは何も読み取れなかった。美鈴の中に侮蔑やある種の恐怖の感情があるかないかは、その瞳には映っていなかった。

 琴里はたまりかねて目を逸らした。

「ごめん、忘れて。ただの冗談だから。驚いた?」

「琴里……」

「ほら、早くお昼食べに戻ろ。お腹すいたなー」

「……」

 どう見てもうまい言い訳ではなかった。美鈴も納得のいっていないという顔をしている。でも、これ以上は琴里の精神が保たなかった。仮に美鈴の中に黒い感情があった場合に心につく傷への恐れが、好きであるはずの美鈴から視線を外させたのだ。

 琴里はもう振り向くことはできなかった。美鈴を残して屋上を後にした。エレベーターは使わず、ひたすらに階段を駆け下りた。

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