1話 宇宙からの来訪者
味気ない真っ白な壁の廊下。アジア及びヨーロッパ連合国軍日本支局である。
外は秋晴れだというのにこんなとこにいたらまるで意味が無い。ここにいる人々はほとんどがため息ばかりついていた。
無理もない。ほとんどが強制的に全国からつれてこられたのだ。またいつ襲撃があるかも分からないこの状況でひょうきんに振舞える者は誰一人いなかった。
起床の時刻となり、ちらほら人が見える。臼田ハクトも寝起きで目を擦りながら味気ない廊下を歩く。そこまではいつもと同じだった。
突如、廊下全体が真っ赤に染まる。一瞬燃えたのではないかと錯覚するほどだった。白い壁に赤色灯の光が反射しているのだ。
「緊急事態、緊急事態。大尉、少尉は五階ミーティング室へ集まれ。他の隊員も準備が出来次第ミーティング室へ集まれ」
今まで食堂に向かおうとしていた者たちが皆、階段へ向かって走り出す。ハクトも血相を変えて走り出した。
早く向かわなくては。
ミーティング室には既にトスクカン大尉や黒城少尉など、軍の司令官たちが勢ぞろいしていた。
「先ほど上野に例の兵器が降りてきて建物を破壊してるとの情報。至急現地へ向かいます。二百人体制、大型輸送ヘリ七機で向かう。銃を持ったものから順にヘリポートへ向かえ」
大尉の秘書の女性がマイクで淡々と話す。しかし意識して淡々と話そうとしているのは丸分かりだ。
話が終わるとともに、集まった隊員や幹部が一斉に敬礼して、魚の大群のように一気に狭い出口からたくさんの人が走って出て行く。保管員に預けてあった武器が正面玄関に並べてあった。次々と隊員が武器を持ち、ヘリポートへ飛ぶように走っていく。
ハクトも武器を受け取り、大きく搬入口を開けた輸送ヘリに乗り込む。あちらこちらで嘆きの声や争いの声が聞こえてくる。定員になったところで搬入口は閉ざされ、ヘリは離陸した。しかし、コックピット以外は窓が一つもないから今、どこにいるかすら隊員たちにはわからない。
――まったく大変なことになっちゃったなあ。
ハクトはヘリは嫌いだ。この尋常じゃない揺れ方。不規則な機体の動きで昨日の晩ご飯を戻してしまいそうだ。
時間も位置も分からない中、機内に衝撃が加わった。どこかに着陸したのだ。暫くして搬入口が開かれ、ぞろぞろと隊員が出て行く。搬入口の両端にはこわもての幹部ら四人が厳しい顔をして出てくる隊員たちの顔を睨んでいる。
外に出るとすぐに少尉が手を挙げて大声を出した。
「整列、人数確認、始めっ」
すぐに隊員たちは隊列を整えていく。一日で万人が抜け、万人が入るものだから班などは作らず、その場その場で臨機応変に隊を成すことになっている。一機のヘリに三十人の隊員が乗ってきたため、今は十五人ずつ二組に分かれる必要がある。隣同士を見て人数を合わせる。
整ったところで再び少尉がハスキーな声を荒げる。
「敵はこの公園から南南西方向に360メートル、上野駅前広場付近を北の方角にビルを壊しながら移動中。すぐに現場に向かう。まずは人員救助にあたれ。任務開始っ」
少尉の声が裏返ったのを合図に、隊列を成して道を走る。緊張と極度な運動をしているせいで汗まみれになっている。心地よい秋風が吹いているはずだが全く感じられない。
少し走っただけで先ほどから聞こえていたコンクリートの破壊される音が耳が痛くなるくらい大きく聞こえるようになった。まだ姿は見えてないが、恐怖感を覚える。
すると、急に轟音をたてて右奥のビルが崩れたかと思うと、大きさが30メートルを越すのではないかという兵器が瓦礫を踏み潰しながら道へ現れた。真っ黒い機械は20メートルほどの球体にロボットのような足を生やし、横からは太い腕を伸ばしている。
「攻撃しようとするなっ、逃げ遅れた市民を逃がせっ」
再び少尉の大声が聞こえ、隊員たちはばらばらに散る。ハクトも必死になってビルの合間などを覗いて走る。そんな中、兵器の前に一人のお爺さんが飛び出してきた。
「わしの家を壊そうとするやつは何人たりとも許さん」
お爺さんは狂ったように叫んでいる。お爺さんのそばには、昔ながらの木造の平屋がビルに押されるように立っていた。お爺さんの震える手には火炎放射器が握られている。
「おっ、お爺さん危ないですって。逃げましょうよ」
ハクトは兵器を前にして震えた声でお爺さんを止めようとする。
「うるせえ、てめえも焼き殺すぞおッ」
お爺さんは電動火炎放射器の電源を入れてぶんぶん振り回し始めた。ハクトはやむなく後ずさる。
すると、左から少尉が走ってきてお爺さんの懐に飛び込んだ。電動火炎放射器が火を吹きながら宙を舞う。
次の瞬間、火炎放射器は巨大兵器の下敷きになってしまった。お爺さんは危機一髪で助かったものの、恥知らずだのなんだのと騒いでいる。少尉はお爺さんを兵器から引き離すため、担ぎ上げて走っていった。
ハクトも他に住民が逃げ遅れてないか確認すると、兵器から少し距離をとった。
兵器は人を脅すようにその場に立ち止まりまわりのビルを崩し始めた。ホースのように伸びた長い手はゴムのようにしなって柔らかそうなのに、コンクリートとそれがぶつかると砕けるのはコンクリートの方だ。
しかし、暫くして兵器の様子がおかしいことにハクトは気付いた。兵器は戦意を無くしたように腕を垂らし、動かなくなった。すると、兵器の球体部分の左側が炎を上げ、兵器はぐらりと右に倒れ、次の瞬間、爆発を起こした。
隊員たちはじっと倒れこんだ兵器の様子を見る。そして、次の瞬間、隊員たちは誰からともなく歓声を上げた。少尉も驚き半分嬉しさ半分といった様子だ。今まで誰も倒したことのなかった兵器を、自分たちが倒せるなんて思ってもいなかったのだ。これは世界に称されるべき快挙であった。
しかし喜びも束の間、一人の隊員が大声を上げた。
「中から誰か出てきたぞ」
その声にその場にいた者はみな硬直する。それは大勢の人々を殺した宇宙人かもしれないのだ。自然に武器を持つ手に力が入る。
「子供だ。怪我をしてる。救出するぞ」
再び大きな声があがり、その言葉に全員安心するとともに、すぐその場へ駆け寄った。そこには銀髪の少女が、兵器から上半身だけはみ出した状態で横たわっていた。
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