今耳に風が囁く

杉山実

第1話出会い

18-1  出会い

秋の真夜中「助けて-」大声で叫ぶ少女!あどけない少女の名前は小学校二年生真中結衣。

「また、夢を見ているわね」

「そうね、少し見てきます」

六十歳を少し過ぎた女性がこの学園の園長先生朝野順子、もう一人がここの施設の職員四十歳前後の河野美加だ。

児童養護施設を園長の亡くなった夫が、個人的に始めた「朝の喜び」と少し変わった名前を付けた個人施設だ。

順子の夫は子供の時に、寝ていて朝起きると両親が夜逃げをして、子供達二人が残されて途方に暮れた実体験から、将来余裕が出来たら施設を作って同じ様な子供達を助けようと設立した施設。

妻の順子も施設で育った六歳年下の女性、夫朝野克彦は施設を出てから、政治の世界に進出、見事国会議員まで上り詰めたが三年前、肺がんで他界していた。

順子は克彦の意志を継いで、昨年東京の自宅を売り払って、この場所神戸に移り住んで、この施設を開園したのだ。

沢山の子供の世話は出来ないので、十人から二十人を目処に、園の名前の様に火事で焼け出された身寄りの無い子供、親に捨てられた子供は優先に引き取っていた。

既に今十人の子供がこの施設で暮らしていた。

今泣いている結衣も先月、自宅の隣家の放火が原因で類焼、一人助かった子供だった。

順子は放火のニュースに興味を持って、巻き添えで自宅が火災に見舞われた真中のニュースは小さい記事、その焼け出された少女の生活、親戚等の記事は皆無だった。

順子は現場まで出掛けて行って、近所の人に尋ねて、状況を把握してから、警察、消防に話して子供の引き取り手が無い、親戚も引き取らないと確認してから、始めて自分の施設で引き取ると話し出すのだ。

施設に来てから結衣は、何も喋らない子供だった。

結衣の家族は父誠、母紀子、祖母里江、兄誠司の五人家族で、サラーリーマンの誠、パート勤めの紀子、自宅の家事は祖母里江が行って、共働きで新築、自宅のローンを払いながらの生活、兄の誠司は六年生でサッカーが得意で将来は選手に成るのが夢だった。

土地は当然担保、一瞬で天涯孤独に成った結衣には、信じられない出来事だった。

偶然、夜トイレに起きて外が明るいので、先日見た花火を思い出して、寝ぼけていたのも有るのだが、外に飛び出したのだ。

その後、自宅は炎に包まれて、家族全員窒息死状態に成ったのだ。


しばらくして、河野が戻って「眠りながら、震えて叫んでいました」と園長に告げた。

「可愛そうな子よ、身寄りが誰も居ないのよね」そう話してしばらくして自分達も再び眠りに就いた。


その結衣も二ヶ月で施設の生活に慣れて、小学校に毎日行く様に成った。

この施設の殆どの子供が小学生で、六年の渋谷修平、渋谷由奈四年生の兄妹、五年生の小玉朱音、四年生の時田昴、三年生の小村麻代、有松剛、二年生、正木美由、一年生鈴木康友、幼稚園の鈴木葵兄妹の十人が今の施設の子供達だ。

施設にはもう一人男性の小島郁夫三十五歳が勤めている。

彼は順子の夫克彦の下で働いていた同じく施設出身の男性で、克彦が亡くなる時に妻を助けて施設を頼むと言われて、この施設に来たのだ。

施設の運営は夫克彦が国会議員で運動をして、全国から寄付が集まり、そのお金で運営をしている。

一度に沢山寄付をされる人も、毎月、毎年、時々と様々、そのお金は基金として積み立てて、運用されているのだ。


しばらくして「ようやく、慣れたみたいね」河野が結衣を見て言う。

「良かったわ」学校に渋谷修平がみんなを引率して行くから、勿論帰りも一緒に帰って来る。

十人はいつの間にか仲間意識で結ばれていった。


数年が経過して、

結衣が六年生に成った時、この施設に毎年多額の寄付をしてくれる近藤工業の社長夫婦と、息子悠斗が施設にクリスマスプレゼントを持参してやって来た。

悠斗は近藤夫婦の次男で中学二年生、明るい性格で施設の子供に対しても偏見は全く無い、父哲二と母美代の考えがそのまま現れた様な子供だ。

悠斗は施設に入って一人一人に挨拶をして、結衣の処で止まって「君何年生?」と尋ねた。

「六年生です」と元気よく答える結衣に興味を持った様だ。

施設では、今の十人以上の受け入れを中止していた。

順子が数年前から神経痛で、仕事が辛く負担が他の人に行くのが気に成って、誰かがここを卒園すれば新しい子供を引き取る事にしていた。

渋谷修平が今年高校に進学して、順子は喜んだ。

施設での勉強を教えるのも修平の役目、朱音は今年受験で修平に教えて貰って猛勉強、勿論私立には行けないので、公立の近い高校に入学しなければ成らない。

悠斗は結衣が気に入ったのか、二人で近くの公園に出掛けた。

公園で悠斗が結衣に尋ねた「真中さんは、何年に成るの?施設に来てから?」

「はい、私が二年生の時だから、四年です」

「辛くない?」

「始めは寂しい時が多かったけれど、今はお兄さんとお姉さんが沢山居て楽しいです」

「両親の事思い出す?」

「最近は思い出さないです」

「両親が君の事見ていると思う?」

「思わないわ、だって死んだら二度と戻れないでしょう?」とはきはきと答える結衣。

「僕は、見ている様な気がするのだよ」

「どうして?」不思議そうに聞く結衣。

「先日、ゴーストの映画見たからかな?」そう言って微笑んだ。

「幽霊が出るの?恐いな」怖がって言う結衣。

「違うよ、亡くなった人に会える映画だよ」

「へー、会えるなら私も会いたいな、お兄ちゃんにも、お婆ちゃんにも、勿論お父さん、おか。。。」と言いかけて泣き出した結衣。

「ごめん、思い出させてしまったね」とハンカチを出して渡した悠斗、これが二人の初めての出会いだった。

しばらくして、近藤の家族三人は施設を後に帰って行った。

それから毎日の様に電話をかけてくる悠斗、結衣も子供心に好意を持っていた。

春休みに成ると、大阪の自宅から悠斗は一人で電車に乗って施設に泊まりでやって来て、施設のみんなと仲良く遊んだ。

悠斗の目的は結衣に会う為だと順子達は判っていたが、二時間近く電車に揺られて来るから、悠斗の結衣に対する思いはこの頃から相当高かったと思った。


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