第54話

「本当にありがとうございました。」

 竜人たちは今、男たちから助けたお婆さんを馬車にのせて宿屋まで移動していた。

 お婆さんはローリンダと言う名前で、帝国内で家族と共に精霊の深緑亭という宿屋をやっていた。


 ローリンダから部屋にはまだ空き室があると聞き、宿泊をお願いすることにしたのだった。

 馬車が目的地に着く。

「お婆ちゃん、帰りが遅いから心配したのよ。こちらのかたは?」

 ローリンダが説明をすると、女性は竜人たちの前に来て頭を下げた。


「皆様、祖母がお世話になりました。私は孫のリリアーナと言います。さあ、お疲れでしょうから中に入ってください。」

 竜人たちは、馬車を従業員に託すと中へと入っていく。


「お部屋の方はどういたしましょうか。」

 リリアーナに聞かれたので何時ものように、「三人部屋を二部屋、二週間でお願いします。」と答えた。


 部屋の鍵をもらった竜人たちは、夕飯まで一時間あるとのことなので一先ず部屋へと行くことにした。

「わーい。私真ん中のベッドね。」

 ミーナはベッドに飛び乗ると、アルたちもミーナに続いて行った。


「こら、ミーナ。お行儀が悪いわよ。」

「ごめんなさ~い。」

 エリスにそう答えたミーナは、ベッドの上でアルたちとじゃれ合っていた。


「そう言えば、兄さん。大会についてのルールとかはどうなっているのですか?」

 エリスは自分の事が関わっているだけに、気になって竜人に尋ねてきた。

「そうだな、時間もあるしラビアたちとも再度確認しておくか。」


 竜人は、ラビアたちにも部屋に来てもらうと大会について書かれた用紙を開き、一通りの説明をする。

「まず、武闘技大会は予選と本選に大きく分かれている。予選は、各国の代表一名と前回の大会での上位者は免除されることになっている。」

 竜人の説明に皆が頷く。


「そして、肝心の予選の内容だがいくつかのブロックに別れて、約百人で一グループを作りバトルロイヤル形式で戦い、勝ち抜きの四名を選出する。失格は戦闘不能にする、場外に出す、降参させる等あるが、相手を殺すと失格になる。そのため、武器は非殺傷のものを大会側の用意したものを使用、または素手の戦闘となる。」


「それならば、同じグループで仲間と一緒になった方が有利ですね。」

 ラビアの問い掛けに竜人は答えた。

「確かに、バトルロイヤルを勝ち抜くには有利だが、その後に本選出場のための二名をさらに選出するらしい。これは対戦相手をくじ引きで選ぶため、仲間同士の戦いも考えられる。」


「全員が本選出場するには、あまり同一のグループにならない方が寧ろありがたいですね。」

 リジィーはそう答えた。


「そういうことになるな。まあ、この辺りは運だからそうなったからって手を抜かないようにな。」

 みんなで頷き合うと、次に本選についての説明をする。


「本選は四十名前後でトーナメント方式で行われることになる。武器については自分達のものを使って良いそうだ。本選では、闘技場に結界を張り受けたダメージは精神ダメージに変換されるので、死の危険は低くなるがそれも絶対ではない。後遺症が残った事例もあるので、無理はしないようにな。」


「そうですね。危ないと感じたときは、無理をせずに棄権することも大切です。今後の旅に支障をきたしては本末転倒でしょうし。」

 ティーナが、ラビアたちにそう促す。


「アル、ピピ、クー。俺たちが試合で居ないときには、エリスとミーナのことを頼むな。もし、不埒な輩がいたら遠慮なく制裁を加えてくれ。」

 竜人は、とある人物の顔を思い浮かべながらそう頼んだ。


 アルたちは、『任せて!』と言うように竜人に鳴いて答えていた。

 ラビアたちはそんな竜人の様子を、苦笑するように見ていた。


 竜人は、大会についての大まかなことを説明し終えると、そろそろ夕食の時間になってきたので食堂に向かうことにした。

「皆さん、ちょうど良かった。夕食の準備が出来たので呼びに行こうと思っていたところなんです。」

 リリアーナはそう言うと、空いているテーブルに竜人たちを案内した。


 メニューはおすすめを適当に頼むと、料理を運んできたリリアーナが竜人たちに尋ねてきた。

「竜人さんたちは冒険者なんですよね。この時期に帝国に来たということは、皆さんも武闘技大会に出場されるのですか?」


「ええ、私とラビア、リジィー、ティーナが出場する予定です。」

 竜人の言葉に、やっぱりと納得するように頷くリリアーナ。

「でしたら、この宿を挙げて皆さんの応援をしますね。お婆ちゃんから聞きましたが、皆さんかなりお強いようですし優勝も狙えるかもしれませんしね。」

 リリアーナは、半分冗談のようにそう言った。


「ハハハ、まあ何とか頑張ってみますよ。」

 竜人がそう答えると、英気を養うためと感謝を込めてデザートのおまけも出された。

 その時、もし本選で良い成績を残せたら宣伝に使わせてくれと言われ、なかなか商魂逞しいなと思いながらも快諾したのだった。


 それから大会までの数日間は、買い物や鍛練、町の探索などをして過ごしていた竜人たち。

 ようやく、大会の予選が行われる日を迎えることとなった。


「よし皆、準備は良いな?」

『はい!』

 最終確認をした竜人は、会場に向かうために宿を出る。


「皆さん、頑張ってくださいね。」

「怪我のないようにな気を付けるんだよ。」

 リリアーナとローリンダにそう送り出され、手を振って答えた竜人たち。


 やがて会場についた一行は、自分の受け付け番号と出場ブロックの確認をする。

「俺は一ブロックだな。いきなり本番か。」

「私は十五ブロックです。最後の組ですね。」

「あった。八ブロックです。」

「私は三ブロックですね。丁度良い具合に皆バラけたようですね。」

 竜人、ラビア、リジィー、ティーナとそれぞれが自分のブロックを確認した。


「それじゃあ、俺たちは予選会場に向かうからエリスたちは観戦席に向かってくれ。くれぐれも変なやつには気を付けるんだぞ。」

「大丈夫ですよ。アルたちも着いてますし。兄さんたちも頑張ってきてくださいね。」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんたちも、皆頑張ってね。私も一生懸命応援するから。」


「ああ、ありがとうエリス、ミーナ。それじゃあ行ってくる。」

 竜人がそう言うと、ラビアたちも『ありがとうございます。エリスお嬢様、ミーナお嬢様。』と言って竜人のあとに続いた。


 竜人たちと別れたエリスとミーナは手を繋ぐと、観戦席へと向かっていた。

 なるべくよく見える席を探していると、前方から見知った男がやってくる。


「やあ、君たちはシャローザの友人の子達じゃないか。」

「えっ、パトリック皇子殿下。何でこんなところに。」

 思わず声をあげてしまったエリスに、「しー。」と顔の前に人差し指を立ててジェスチャーをするパトリック。


「いや何、少し御忍びで様子を見ていたんだが、ちょうど君たちが見えたものだからね。君たちは観戦かい?」

「はい、私とミーナは応援するところを探していまして。それよりパトリック様、お一人で出歩いても大丈夫何ですか。」

 いくら何でも、皇族の第一皇子が一人で出歩いて良いわけはないのだが、つい尋ねてしまったエリス。


「ああ、もう観戦席へ戻るところさ。ところでちょうど良かった。もしよければ、一緒に観戦しないかい。あそこなら、誰にも邪魔はされないし、シャローザもいるよ。」

「ほんとう? わたし行きたい! シャローザさまにも会いたい。」

 ミーナは手を挙げて、パトリックに返事をする。


 パトリックはその様子を微笑ましく見ていた。

「こら、ミーナ。私たちがお邪魔をしたら迷惑でしょ。」

 エリスが窘めるが、パトリックに「気にしなくて良い、シャローザも会いたがっている。」と言われ、結局断りきれずに貴族たちのいる観覧席へと向かうことになったのだった。


(なんでこんなことに。兄さん助けて。)

 場外で、エリスのストレスとの戦いが始まっていた。

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