第53話

 柳竜人の事を自は認めていないが、他はシスコンであるということは周知の事実である。

 竜人の姉の舞は、才色兼備なだけに竜人の知る限りでも何度も告白をされていた。

 竜人はその度にやきもきしていたが、幸いにして舞は男と付き合うことには興味がない様子だった。


 一度、そんな舞を複数の男が乱暴目的で襲うという情報が竜人の耳に入った。

 その時の竜人は、烈火のごとく切れてその現場に駆け付けるということがあった。

 結果は、竜人が到着する前に舞が男たちを肉体と精神に回復の余地なく潰したことで幕を閉じていた。


 もし姉に何かあったなら、恐らく竜人は自分を押さえきれていなかっただろう。

 まあ、それを承知していたから舞は竜人が手出ししないように男たちを処分していたのだが。

 もちろん、竜人の手を汚させないため以外の意味はなかった。


 今、そんな竜人の前で妹のエリスがどこの馬の骨とも分からない男にプロポーズをされている。そんなことになればどうなるか?

(よし、殺るか。)

 自明の理だった。


 竜人は、エリスとミロの間に立つと視線を遮った。

「ミロと言ったな。庇ってくれたことには礼をするが、妹に手を出す気なら今の内に考え直せ。」

 竜人は、激昂しないように感情を押さえると宣告した。


 そんな竜人の様子を見て、エリスは少し嬉しそうな表情をしていた。

「確か竜人と言ったか。あんたが彼女の兄貴というわけか。それじゃあ将来はお兄さんと呼ばないといけないかな?」

 ミロは竜人の忠告を気にする風もなく、そんなことを言ってきた。


「お前、いい加減にしておけよ。流石にそれ以上は冗談ではすまなくなるぞ。」

 そんな二人のやり取りを、マリアナとコーリーは頭を抱えるようにして見ていた。


「そう言えば、竜人は武闘技大会に出場するのか?」

 いきなり話題を変えてきたミロ。

「そのつもりだが、それがどうした。」

 ミロは答えを聞くと、ニヤリとした表情をする。


「なら、賭けをしないか? 俺が勝ったら妹さんとのお付き合いを許してもらう。お前が勝てば何か一つ言うことを聞くでどうだ?」

「エリスを巻き込むような賭けは認めない。それに、お前にして欲しいことなどないし、賭けなど成立していない。」

 竜人は、ミロの提案をきっぱりと断る。


「おいおい、クラーケンを倒したほどの冒険者が何情けねーこと言ってやがる。正直に言えば良いじゃねーか。クラーケンを倒したのは後ろの仲間たちのお陰で、自分の力には自信がないんだろ? 怖いなら怖いと言ってくれるなら引き下がってやるよ。腰抜け君?」

 そう言い終えた瞬間、ラビアとリジィーがミロの首に剣と槍を突き付ける。


「竜人様への無礼は許しません。」

「どうやら死にたいようね。」

 二人の殺気と、馬車からはティーナまでもが睨み付けていた。


「兄さんのこと何も知らないくせに、いい加減なこと言わないで。」

 エリスが竜人の前に出ると、ミロを睨み付けてそう言った。


「まあ、仲間には恵まれたようだな。エリスちゃんと言ったかな。兄さんの力を信じたい気持ちは分かるが、所詮俺の敵じゃないよ。」

 ミロが挑発をして来る。


「分かりました。その賭け受けてたちましょう。」

「おい、エリス!」

 エリスがまんまと乗せられてしまった。


「そうこなくっちゃ。これで賭けは成立だな。」

(ああ、やっちゃった。)

 竜人は額に手をやるとそう思った。


 竜人自身は、ミロに言われたことなど気にもとめていなかった。そもそも、ミロほどの実力があれば相手の力量くらい計れるはずであった。

 先程のことは竜人からすれば、あからさまに挑発して何とか賭けを受けさせようと画策しているのが見え見えだった。


 だがまさか、エリス自身が賭けを受けるなど思ってもいなかった。

 しかし、もうあとには引けないと思ったのか竜人はミロに告げた。

「賭けはわかったが、エリス本人が望まないのに付き合うことは認められん。それに、大会後には俺たちはここを離れてまた旅に出るしな。」


「なら、帝国にいる間デートをしてくれるだけでいい。もっとよく俺のことも知れば、俺たちと一緒に来ることを選んでくれるかもしれないだろ。」

「いいわよそれで。」

 エリスが勝手に承諾してしまった。


 しめしめとした様子のミロに、竜人は近付いていく。

「俺はお前に負けるつもりはないが、一つだけ忠告しておく。もし仮に俺が負けてエリスとデートすることになっても、力ずくで何かをしようなんて考えるなよ。その時は、お前が次の朝日を拝めること決してない。」


 竜人は気闘陣(焔)を発動させると、ミロの拳を握ってそう宣告する。

 見た目以上の力とその雰囲気に、わずかに汗を流したミロは答える。

「へっ、面白いじゃねーか。」


 そこへマリアナとコーリーがやって来ると、マリアナはミロの頭を叩く。

「このバカ! 喧嘩するなって言ったでしょ。しかも何プロポーズなんてしてんのよ!」

「すみません、皆さん。兄が迷惑をかけまして。」

 マリアナはミロに制裁を加え、コーリーは竜人たちへと頭を下げていた。


 流石に、年若い女性が平謝りをしてきてはエリスやラビアたちもそれ以上責めることもできずにいた。

 また、竜人も「君が謝ることじゃない。」と言ったことから、この件は一応の幕引きとなった。


 その後は、お互いに自己紹介をすると今だにマリアナから叱られていたミロは、「それじゃ大会で。」と言うと二人を連れて雑踏の中へと消えていった。


「エリス、どうしてあんなこと言ったんだ。もしものことがあったらどうする?」

 竜人はエリスを窘めるように言った。

「だってあの人、何にも知らないのに兄さんを馬鹿にしたんだもん。それに、兄さんならあんな人に負ける分けない。」

 エリスはそう言うと竜人を見つめていた。


「はあ。まあこうなってはしょうがない。」

(最悪の場合は、天火明命を使ってでもやるしかないか。もし、そうなったら優勝は諦めるしかないが・・・。)

 竜人にとっては、優勝の特典よりもエリスの方が重要であった。


「竜人様、エリスお嬢様を責めないで下さい。竜人様をあんな風に言われれば、お嬢様でなくても我慢なんて出来ません。それに、あの男が竜人様と当たる前に私が戦うことになれば、私の方で始末をつけます。」

 リジィーは、槍を手に取り見つめながらそんな物騒なことを言ってきた。


「いや、リジィー。くれぐれも殺しちゃ駄目だからな。」

 竜人は自分のことを棚上げにして、そんなことを言っていた。

「そうですよ、リジィー。簡単に殺してはいけません。もっと痛め付けて、生まれてきたことを後悔させてやらないと。」

 ラビアは、自分の剣を見つめるようにしてリジィーに忠告する。


「ラビア、別にそう言う意味で言ったんじゃない。」

(怖~。この二人絶対本気だ。どうにかしないと・・・って、何でエリスまで同意してんだ?)

 竜人はかなりドン引いていた。


 そんな事が起きていた竜人たちから、少し離れた場所ではもう一つの修羅場があった。

「ミロ、あんた何勝手なことしてんのよ。もし負けて、何か無茶な要求されたらどうする気?」

 マリアナの言葉にミロは答える。


「マリアナは、俺の実力をわかっているだろ。俺が簡単に負けるかよ。」

「でも、相手はあのクラーケンを討伐したほどの実力者よ。絶対はないでしょ。それに、エリスさんのことは本気なの?」

「もちろん本気さ。それにもしものときは、何でも言うこと聞いてやるさ。」

 ミロの言葉に、明らかに機嫌が悪くなっていくマリアナ。


「はぁ~。お兄ちゃんの馬鹿。」

「どうしたんだよ。いきなり馬鹿はないだろコーリー。」

 何も分かっていない兄に、辛辣な妹。

「もしお兄ちゃんが負けたら、私が竜人さんとデートして許してもらうよ。」

「何言ってんだ。そんなの駄目に決まってるだろ!」

 自分を棚に上げた男がここにもいた。


「お兄ちゃんが無茶をしたんだから、尻拭いは私がするしかないじゃない。それに、お兄ちゃんも同じ事を竜人さんにしたんだからお相子でしょ。」

 そう言われて、口をパクパクしながら反論できないミロ。


「もういい。やっぱり私も大会に出ることにする。」

 マリアナはそう言うと、大会の出場登録をしに向かう。

「何でいきなり。興味ないって言ってたじゃないか。」

「気が変わった。」

 結局、マリアナも大会出場することになった。


(ホント、お兄ちゃんは馬鹿なんだから。)

 一人だけ全てを理解していたコーリーは、そう心の中で突っ込んでいた。

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