第38話

 翌日竜人たちは、お世話になった人たちに挨拶をして回ったり旅の準備を整えると、夕暮れの宿り木亭の宿泊費の清算をする。

 その時マリーにも泣かれてしまった竜人は、ケイミーの時と同じ約束をすることとなった。

 その日の夕食は、クライブの豪華な晩餐が出され竜人たちの胃袋を満たしていった。

 そして、旅立ちの時がやって来た。


 早朝、王都の西門の前には竜人たちと、それを見送るマリー一家、孤児院の子供たちとステラ、ランド商会のエーマン、そしてコルビーが集まっていた。

「みんな、見送りに来てくれてありがとう。」

「竜人さん、これを。旅の途中でみんなで食べてください。」

 クライブさんからお弁当が手渡される。

「竜人お兄ちゃん、みんな、また遊ぼうね。」

 エルマさんと手をつないだマリーが言う。


「竜人さん、皆さん、体には気をつけて。決して無理をしないようにね。」

「竜人お兄ちゃん、お姉ちゃんたちも行ってらっしゃい。」

『お兄ちゃん、お姉ちゃんまたね。』

 ステラ、ケイミー、孤児院の子供たちが別れの言葉を告げる。


「竜人さん、外は魔物たちの活動が活発になっているとの連絡が各地より入っています。くれぐれも油断の無いように。」

 エーマンが忠告を促した。


「エリス、ミーナ、竜人さん。色々と迷惑をかけましたが、また必ず帰ってきてください。」

 コルビーの言葉に頷く三人。


「みんな、それじゃあ行ってきます。」

 竜人たちはそれぞれに別れを告げると、アルパリオス帝国に向けて出発した。

 馬車では竜人たちが、西門では見送りに来た人たちがその姿が見えなくなるまで手を振っていた。


 やがて西門が見えなくなる頃に、御者をしていたラビアから声がかかる。

「竜人様、道の中央で男が道を塞いで立っています。いかがいたしましょう。」

 ラビアの声に前方を確認した竜人が告げた。

「ラビア、止めてくれ。」


 馬車が止まると竜人は馬車を降りる。

「ジャックさん、こんなところでどうしたんですか。」

 道を塞いでいたのはジャックであった。


「そりゃにーちゃんたちの見送りに決まっている。水くさいじゃねーか。」

「よくここだと分かりましたね。」

 竜人が驚いているとジャックは肩を上げて答えた。


「まあな。伊達に組織の頭はしてないんでな。それよりもこいつを受け取りな。」

 そう言うと、ジャックは竜人に腕輪を投げて寄越す。

「これは?」


「そいつは魔吸の腕輪だ。魔力をあらかじめ込めておくと、そいつから必要なときに魔力を引き出すことができる。」

「いいんですか?」

 竜人がジャックに問う。


「にーちゃんには世話になったからな。それに、にーちゃんは逃げずに背負う覚悟をしたんだろ。ならいつかそいつが必要なときが来るかもしれない。」

「はい。ありがとうございます。」

 竜人は腕輪を腕にはめる。


「それじゃあ俺はもう行くとするか。気ーつけて行ってきな。」

 後ろ向きに手を振るとジャックは帰っていく。

「ジャックさん、ありがとうございました。行ってきます!」

 竜人の声を背中に受けて、ジャックは満足そうに微笑んでいた。


 竜人が馬車に乗ると、馬車は再び走り始める。

「いろんな人に恩が出来てしまったな。」

 竜人がつぶやくと、エリスは竜人の手に自分の手を重ねると答えた。

「必ず帰ってきましょうね。」

「ああ。」

 エリスの言葉に力強く答えると、竜人は必ず戻ると覚悟を新たにするのだった。


 馬車を走らせる竜人一行は、特に異変に見舞われることなく穏やかな馬車の旅を続けていた。

 御者はミーナを除く五人でローテーションを組んで交代で行っていたが、ミーナもやってみたいと竜人に訴えてきたので、竜人がミーナを膝に抱えながら一緒に手綱を握ることになった。


「ミーナは筋が良いな。」

 そう言うと竜人はミーナの頭を撫でる。

「本当? 馬さんたちにお願いするだけでほとんどなにもしてないんだけど。」

 ミーナの答えに竜人は、流石はミーナだなと一人納得をしていた。


「それにしてもこれだけのどかだと、なんだか眠くなってくるな。」

「お兄ちゃん、油断は駄目だよ。」

 ミーナに注意されて微笑みながら「そうだな。」と竜人は答えた。

 眠気を覚ますように竜人は、アルパリオス帝国についてラビアたちに尋ねることにした。


「そう言えばアルパリオス帝国ってどんなところなんだ? ラビアたちは何か知っているか?」

「そうですね。私たちがまだネクベティー大陸にいた頃は、人間による獣人の差別などを禁じていて、双方とも良好な関係を築いていました。」

 ラビアが竜人に答える。


「ラビアたちはネクベティー大陸出身だったのか。もしよければ故郷に行くこともできるが?」

 竜人の言葉にラビアたちは、表情を曇らせるとティーナが竜人に告げてきた。

「私たちの故郷は恐らくもうありません。村は魔物たちのスタンピードにより襲撃を受け、私たちは家族とはバラバラになってしまい、そこを人間の奴隷商人に捕まってしまいました。」

 ティーナは自分たちの生い立ちを説明する。


「でも、なぜコーデル王国にいたの?」

 エリスが疑問を口にした。

「私たちの村は、アルパリオス帝国の領土内に存在していました。当時の帝国の風潮では、獣人の差別は余りなく違法な奴隷の取り締まりも厳しく処罰されていました。私たちを捕まえた奴隷商人は、比較的取り締まりの緩いメルクヌス大陸で商売をと考えたのでしょう。」


 ティーナの話を聞いた竜人たち三人は、やるせない気持ちになっていた。

「でも、今の私たちは、竜人様やお嬢様たちに良くしてもらっているので幸せですよ。」

 リジィーは場の空気を明るくしようとそう告げてきた。


 竜人はしばらく考えた後に、ラビアたちに提案する。

「武闘技大会が終わったら、ラビアたちの村について調べてみよう。村の生き残りが何処かにいるかもしれないし、家族だって探しているかもしれない。」

「そうですね。」

「アルたちも手伝うって言ってるよ。」

 エリスとミーナも賛成してくれた。


『ありがとうございます。』

 ラビアたち三人は涙を浮かべて竜人たちに感謝をしていた。


「よーし、そうと決まればラビアたちも武闘技大会に出場決定だな。大会に出場すれば目立つし、向こうが気づいてくれる可能性も上がるからな。もし優勝すれば皇帝に直接会って願い事をお願いできるかもしれないし。」

 竜人の言葉にラビアたちはやる気をみなぎらせていた。


 その後も馬車を走らせていた竜人は、今夜の夜営地を探していた。

「ピィリリリー。」

 上空を警戒していたピピがミーナのもとに戻って来た。

「お兄ちゃん。周囲に魔物や盗賊なんかはいなかったって。あと、この先で夜営できそうな場所があるって。」

 ミーナがピピの言葉を通訳してくれる。

「ありがとうミーナ。それとピピもご苦労様。」

 そう言うと竜人はピピに木の実を差し出し、ピピは嬉しそうに食べていた。


 やがて馬車は広場に到着すると、馬車を止め夜営の準備を始める。

 夕食を終えた竜人は、ラビアたちとの鍛練を行った。

 先程のことがあったためか、ラビアたちの気合いは十分で何時もより激しい内容に竜人も充実した時間を過ごすことができた。

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