ハッカドロップ

ふわり

第1話


「…あの日から、真っ暗な部屋にいるの。窓も出口もない部屋に閉じ込められたまま、何処にもいけない。私、もっと違う世界をみてみたい。自分や他人を信じてみたい」



 早坂さんのことが好きだったのかどうか、今となっては良く分からない。もやもやと巣作っている感情は恋とか愛とかの類のものではなくて、もちろん友情でもないような気がするから。

 周囲から送られる視線が怖くなったとき、笑い声が耳の近くに聞こえてうるさいとき、私はいつもハッカドロップの味を思い出す。鼻を抜けるツンとした香りとあとからやってくる甘さを思う。緊張に冷たくなりつつある指をこすり合わせながら、丸まりかけた背中をピンと張り詰めさせながら。


 制服のポケットのなかでサクマドロップの缶をからころ鳴らして歩く、彼女の苦手なハッカ味の飴。押し付けられるようにして手の平に載せられた白い砂糖の素っ気ないかたまりは、一瞬にして私たちの初めての出会いに引き戻してくれる。

 早坂さんが学校からいなくなってしばらく経つけれど、私は彼女のことを忘れたことなんて一度だってなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る