5. 少年は遠くの空に消える

その水晶玉は透明に近い青色をしていた。目の前の街の空を逆さまに映し出すそれは、一見どこにでもありそうなガラス玉である。よく街の隅にいる怪しげな占い師のおばちゃんが落っことしたのか、考え得る可能性は山ほどあるけれど、普段の自分ならば元の鞘に戻して終わりである。それなのに、僕は何故か、それに痛く魅力を感じていた。拾うその時点で、僕は既に魅了されていたのだ。何か得体の知らない力に誘われているような、そんな不可思議な感覚。まるでこの水晶玉の中に吸い込まれていくような、そんな.......。

そんな、刹那だった。視界が突然反転して、空と地面が真逆に映り、頭の中がぐるぐると回り始める。それはまるで、回転式のジェットコースターに乗っているような、そんな感覚。いよいよもって入院か?とその時点ではギリギリ保てていた現実的思考は、水晶玉に映り込んでいる景色を捉えた瞬間に消え失せた。”別の街が映り込んでいる”。そうして更に、そこから白い手が伸びてきた時には、アインシュタインも相対性理論も、リアルではないリアルによって否定された。もしくは僕の頭がおかしくなっているか、長い夢を見ているのか。だけどあまりに感覚がリアルすぎて、不思議なことに、非現実的な事象が起こっている中で僕は強く現実というものを実感していた。伸びてきたその白い手を握り、僕は思う。この手は僕を幸運へと誘う救いの手か、それとも奈落の底へ陥れる魔物の手か。だけど、差し伸べられた手を拒む理由なんて、どこにもありはしなかった。今まで空を切ってきた、誰かと繋いだことのないその手が、差し伸べられた手を拒む理由などあるわけがないんだ。生きているようで生きていない、そんな自分が痛く現実味の帯びた非現実の刹那にいることに、ありがたみさえ感じるほどに、怖さはなかった。そうして、「からん」という、水晶玉が地面に落ちる音を最後に、僕は意識を失った。

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