孤独なサボテン
夏みかん
明日が見えない僕らのために
ぴぴpiピピぴ・・・
ご主人様、ご命令をどうぞ。
1、伏せをする
2、抱き着く
3、告白する
「3で」
ご主人様、だ~い好き!!
「ほほほほ~笑」
こんなクソゲーでご機嫌になれるくらいには、僕という人間は低クオリティで、且つ庶民派な低賃金で済むマイナスに属する人間だ。
普段は超イケメンで、ということもなく、ただ普通の、どこにでもいる男。
高校に通わなくなってから日が遠くない。世間は一般で言う夏休みに入り、僕に腹キックを決めた奴は未だにヒーロー扱いで王子様なのだそう。
僕は理科の時間に逆切れして、薬品をまき散らそうとして女子を怖がらせ、咄嗟に近くにいたイケてるあいつが僕に蹴りを入れた。
以来僕は世間の敵。悪い奴。
日陰物はどうぞご自由に。だーれも相手してくれません。
最早誰がどう悪かったとかどういう話だったとか筋が通ってないとか関係なく、僕をネットでさらし者にして笑っていた女子は王子様と付き合ってイチャイチャ、いちゃいちゃしているのだそう。
がらりと戸が開いて、妹が入って来た。
「兄ちゃん、アイス食う?」
どっちもソーダ味。
左を取れば「じゃああたしこっちね」と無邪気な小学四年生の妹は、僕が元で虐められて上手く学校に馴染めず、何とか根性で通ってめでたく夏休みを迎えた。
妹は僕が何をしていようがお構いなし。一つ上の兄貴は冷たい奴で、早々に大学へと引きこもり帰って来ない。
それもこれもみーんな僕のせい。
父さんも母さんも、この妹以外はみーんな僕の敵。
「おい、ポテチ買って来てよ」
「いいよ」
妹はコンビニに行くのに柴犬のちゅーたを連れて帽子被って出て行った。
その後「ふーじーちゃん、あーそーぼ」と男子たちが来たので、とりあえず家に入れてあげてソーダアイスを食わせ、大音量でアニメを見ていると「それって大人のアニメ?お兄さんアニメなんか見てんの?」「今甲子園やってるよー、俺の兄ちゃん出てんだ!」と絡んでくる僕のとてつもなく虚弱な味方達。
彼らを壁にするのは生贄を差し出すのに似ている。
妹が帰って来て、彼らはカブトムシを取りに行くというのであっそーと流しまたゲームを始めたら、庭で穴を掘っている。
「え?こんな近くで?」
からりと網戸を開け眺めていると、庭のどんぐりがなる木の下からカブトムシの幼虫を掘り出し、「うり!」と妹が見せてきた。うわ、きも!と下がると、「なんでー、可愛いじゃん!」と指でぷにぷにしている。
「あんまいじんなよ、死んじゃうから」
死んじゃうから、死んじゃう、死んじゃう。
「死んじゃうかあ」
僕は夏空にヘリがババババババッと飛ぶのを聞きながら、飛行機雲を眺めて呟いた。
ちゃっと地図を広げ、一番近い飛行場を探す。
どうせ人生最後なんだ、パーッと旅行してやる。
家を出ると、妹の富士子とちゅーたが着いてきた。男子小学生も。
「しっし、着いてくんな」
なんでー、兄ちゃんどこいくのー?
こんな時の富士子は勘が鋭いというか、僕のことを守るみたいな忠実性を持ってどこまでも引き下がらない。男子たちは「やばくない?剃刀持ってた」とひそひそ話している。
どうして彼らはこう優しいのだろうか。
それとも僕が単に舐められているのだろうか。
「お前ら舐めてんのか」
ざっと立ち止まってどこまでも着いて来る奴らに聞けば、「だって兄ちゃん、優しいんだもん」「アイスくれたし」「ゲームしてくれるし」「穴一緒に埋めてくれたー」と途方もない無邪気さで答える。
こんな世界の大半があるとして、残りの大半はみーんな僕の敵なんだ。
僕はぽたぽた流れる涙を拭いもせずにうえ、うえ、と泣きながら山道を歩いて、歩いて、歩き倒した。
その内日が暗くなって、僕は死ぬことを忘れて、いつも富士子と来る橋のところに来ていた。
ちらほらと蛍が舞い始める。
「ふじちゃんの兄ちゃん、やっぱやさしー!」
男子たちが笑う。はい、どーぞーと言って、富士子がちゅーたの紐を僕に持たせ、川に入って蛍を取り始めた。
「あんま触るなよ、死んじゃうから」
僕は自分で言ってから、最早命の優先順位が自分から遠く離れていることに気が付いた。
光の中を、子供らは笑う。
僕の腐った高校生活、終わらせようと思った。
「退学したいんだけど」
「それは駄目だ」
逃げてる。そう言われた。
いや、僕はアルバイターになるんだ。そう言ってお前新聞配りも三日で辞めただろ。
う。
僕は父とにらみ合い、母に涙ぐませて、富士子に背中を蹴られた。
「兄ちゃんの意気地なし!」
1、ご主人様、好き
2、ご主人様の馬鹿!
3、ご主人様、死ぬまで愛してるあいしてる愛してる
「に、2で」
ご主人様の馬鹿、か、勘違いしないでよね!
僕は高校生活をとことんエンジョイする。8畳間のクーラー付きのこの部屋から。
とりあえずガストに働きに行こう。二時間からOKだし。
おっとアニメのリアタイだ。
僕はくるりと椅子を回して、テレビのスイッチを入れた。
「大変です、大騒ぎです、見てくださいあのクレーターを!」
ニュースが映り、見れば月に核ミサイルが投下されたとのことで、この世界を照らしていたまん丸お月様が見られなくなるとのこと。
「だからなんだっつーの」
僕はアニメが中止されたのを知り、だからなんだっつんだよ!!とキーボードをどんと叩いた。
どっかの国が何してようが、むかつくあいつが死のうが生きようがどうでもよくて、ただどうでもいい情報ばかり目について離れない。
無能な僕の脳みそはそんなことばかり受信して、さも有能な僕の妹はどうでもいい中でも幸せ見つけてやってんだ、少しは報われろよ!!
僕はちゅーたが見守る中、発狂し、上半身裸になって外に飛び出し、母に水をかけられて我に返った。
いやお恥ずかしい。
すごすごと部屋に戻り、録画リストからシンドラーのリストを意味なく選び、母と富士子とちゅーたを抱えて部屋を真っ暗にして見た。
「その内良くなるわよ」
母が言った。僕の背中を撫でながら。
「その内良くなるわよー」
だーいじょうぶ、大丈夫。
誰かがおんなじこと日頃から唱えてるな。
とりあえず、今日も一日生きていた。
父が買ってきた鳥南蛮を見て、案外心配かけてしまったことを自覚し、素直にその日は夜10時に寝て、翌朝から家の手伝いを始めた。
ネットしようとしたら、パソコンが隠されてしまった。
半狂乱になって探し回ることも無く、ただ僕は父に着いてってとある新聞社でキーボードの打ち込みのバイトを始めた。
大人たちは優しい。
僕はとちるばかりである。
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