第5話 グルメ地獄に黄金地獄(1)

 朝、目を覚ますと、布団の周りをご馳走が取り囲んでいた。囲むというくらいだから、少なくとも二十品はあった。

 寝ぼけて夢の続きでも見ているかと思いながら、布団から出ずに、畳の上に並んだ珍しい料理を見ていた。いつまで経っても消える様子はない。

 枕元に紙切れと鳥の羽が一枚置いてあるのに気づいた。手書き文字だ。


 昨日はお忙しいところ貴重なお時間を割いて頂き申し訳ございませんでした。お詫びとして、ほんのささやかな朝食をご用意しました。

 古代ローマの饗宴は、寝台に寝そべって飲み食いしますのでテーブルは用意しません。お腹が一杯になったら、鳥の羽で喉を刺激して食べたものを吐いて、また食べなおしてください。手づかみが正しいマナーですので、フォークなどは用意していません

                                           キズキ・ヨーコ         


 確かに何度も怒ったけど、謝罪されるような覚えはない。まして、朝食に古代ローマ料理を勝手に振る舞われても、機嫌が悪くなるだけだ。 

 料理の内容も凄かった。ベラの肝臓、キジと孔雀の脳みそ、フラミンゴの舌、やつめうなぎの白子、ラクダのかかとなどゲテモノにしか思えないものばかりだ。

 到底、一人で食べきれる量ではない。

 それ以前にここにこんなモノがあること自体がおかしく、口にする気になれない。

 どう処分すればいいのだろう。

 すでに人類について膨大な情報を取得している彼女だが、やはり地球に来て日が浅い。おそらく贅沢な食事ということで古代ローマを選んだのだろう。彼女にすれば僕が喜ぶと思ったのだろうが、残念ながらたぶん口に合わない。

 人に知られるのはまずい。捨てるのは勿体ない。

 時間をかけて自分で食べよう。そう決意し、料理を部屋の片隅に集めた。そのとき気付いたけど、料理がまだ温かい。いつ作ったものなのだろうか。いや、本当に作ったのだろうか。

 とりあえず箸を使って三皿だけ食してみた。初めて食べる料理だけど、味はきっと本物なのだろう。悪くはなかったが、珍味感覚でしか食べられない。吐いてまで食べたいとは思えない。

 それで、昼は外で食べようと外出した。

 ファミレスのあったところには、ギリシャ・ローマ料理「タベルナ」という怪しい店がオープンしていた。

 数時間前に突然発生した店なのに客がいる。今朝の古代料理のように手づかみ推奨かと思ったら皆フォークを使っているので一安心。彼女がいるかもしれず、僕は店に入った。

「いらっしゃいませ」

 ウェィトレスはめがねをかけた中年のおばさんだった。

 テーブル席は客で埋まっていたので、僕はカウンターに座った。

 キズキ・ヨーコは、厨房で腕をふるっていた。高い帽子を被ったコック姿が料理学校の新入生を思わせた。

 彼女は僕に気付いていないようだ。真剣な表情なので声をかける気にならない。

 おばさんからメニューを渡されたけど、外国語ばかりで何の料理かわからない。そのくせ値段は¥980などとわかりやすい。一番上の1200円の料理を指で指して、「これ」とだけ伝えた。

 料理を待つ間、他の客達を観察した。家族連れやカップル、会社の同僚といったところだ。よそから観光客が押し寄せるような場所ではないから、地元の人間だろう。昨日まで空き地だった場所に突然外国料理店が出来て、よく平気で入る気になれたとものだと感心した。

「お待たせしました」

 当然、後ろからおばさんに言われて、仰天した。

「よいしょっと」

 おばさんはメガサイズの、たぶん肉料理(これで1200円はどう考えても赤字)を重そうにカウンターの上に載せた。

 僕が驚いたのは料理のサイズではない。

 シェフは一人しかいない。

 客は大勢いる。

 僕はカウンターにいる。

 注文してから三分しか経っていない。

 重量級の料理なのでカウンターに直接置けばいいのに、おばさんが運んだ。

 おかしいことばかりだ。

 それでも1200円なら超お得なので、喜ぶべきだ。まさか食べきれない場合は、別料金発生だったり。

 ヨーコに言いたいことは山ほどあったが、他に人がいるので、先に食事を済ますことにした。何の肉か知らないが(知りたくもない)味は悪くない。しかし、朝からくどい料理を食べたところなので、ペースが遅れる。

 三分の一ほど食べたところで、先に進まなくなった。

 もう一時を大分過ぎ、他の客は帰っていった。

 なのに、シェフは調理に夢中だ。

 おばさんは奥に引っ込んだ。たぶん休憩中なので、

「今、練習中?」と、僕はヨーコに声をかけた。

「ちがうよ、まかない作ってるの」

 彼女は目を上げずに答えた。

「朝の料理ありがとう。昼と同じでまだ多べきれてないけど」

「まかない一緒にどう? 作りすぎたみたい」

 目の前に大量の料理を残しているのに、まだ食べろというのか。

「おばさんと食べたら?」

「あの人、もう首にした」

「首って、一日で?」

「だってもうここ閉店するの」

「流行ってるのにもったいない」

「明日から中華始めようと思ってるんだけどどう思う?」

「いいんじゃない」

 僕は適当に答えた。

「昼から暇?」

 彼女は聞いた。

「コインランドリーに行く予定」

「行かなくていいよ。私が新品にしてあげる」

「新しいの買ってくれるの?」

「買ったときの状態に戻してあげる」

「そんなことできるんだ」

 そのとき彼女といると、いろいろ都合がいいことに気付いた。

「過去のデータを再現するの」

「もしかしてあの古代料理は古代に作ったものの情報を読みとって、コピーしたとか?」

「そう。あなたは二千年前の豚を食べたのです」

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