第三章 蜜雨
煤ける雨音
清けさの籠る世界の中で、雨粒のしとしとと降り落ちる音だけが木々の葉を擦っていく。
ようやく取り戻した過去の記憶の奔流に、モンゴメリは眩暈を覚えた。縋るように空を見上げる。長く伸ばした前髪が左右に流れて、視界が僅かに開けて。
けれど、見とめたのはただ鉛のような色の雲だけ。
ほう、と小さな息遣いが聞こえる。くらりとよろめいたモンゴメリの体を、ケイッティオがそっと支えた。布越しに伝わる彼女の手の感触に、モンゴメリは一寸思考が停止して、すぐに体を引き裂かれるような苦しさを味わった。
「少し……ごめん、一人に、してくれ」
両の手で目を覆いながら、そう低い声で絞り出す。ケイッティオが身じろぎしたのが見てもいないのに伝わった。静かな時間だ。そして同じだけ、息苦しい。雨の匂いが、苦しい。
モンゴメリの長い前髪の先から、雫が零れ落ちた。瑞々しい世界の中で、淡く光る。その雫を目で追った後、モンゴメリは目を静かに閉じた。静寂。鳥の声さえ聞こえないし、雨の音は規則的で意識の外に外れていく。
どれくらい、時間が経っただろう。何度も湿った空気を吸って吐いて、実際にはちっとも時間なんて経っていなかったのかもしれないけれど、随分待ったとモンゴメリは思った。そろそろと目を開ける。濡れて額に貼りつく髪の隙間から、前を見て。
「……なんで、いるの」
モンゴメリは泣きたいような気持ちになった。相変わらずケイッティオは目の前に立っていて、モンゴメリの視線を受けとめると、その頬を伝っていく雨を手のひらでぐちゃり、と撫ぜた。
「わからない」
ケイッティオもまた、正直に答える。殺していた息を、微かな音と共に吐き出した。モンゴメリは木の幹にもたれたまま、呆然としてケイッティオを見つめるばかりだ。濡れて細い束になった前髪の隙間から覗く赤い瞳が、ゆらゆらと揺れている。そこに映る自分の姿が、なんだか滑稽に思えて、ケイッティオはモンゴメリの隣に移動した。膝を抱えて座る。モンゴメリは立ったまま、俯いた。
「……お前さ、自分がどうして生まれたか、覚えてる?」
落ちた掠れた声に、ケイッティオはモンゴメリを見あげる。
「……マキナレアになった、原因、とか、さ」
「わたしは、何も覚えていない。言ったでしょう」
「うん」
息を長く吐き出して、モンゴメリもようやく、その場にしゃがみ込んだ。蹲るように。
「そうだっけな」
「そう」
モンゴメリは指で前髪を梳いて、再び目を隠そうとする。隠さないでいてくれたらいいのに、とケイッティオは思う。わたしは、あなたの瞳の色、嫌いじゃない。隠さなくて、いいのにな、なんて。
「お前さ、」
「何?」
「俺……のこと、が」
「何」
モンゴメリは言葉に詰まる。ケイッティオの声音が普段と一つも変わりなくて、淡々としていて、けれど柔らかいから。でも、言わなきゃいけないと思った。それはちゃんとはっきりさせなければならないことだった。自分がやってしまったことを、なかったことになんかできないのだ。
「その、」
「うん」
こんな時でも赤くなる頬が憎たらしい。焦がれて焦がれて焦がれてきた、ずっと欲しかったものだったのだ。このたった一人の女の子の気持ちが、死ぬほど欲しかった。そして今、多分、
「――好きなの?」
――手に入れている。
モンゴメリが絞り出した声に、時が止まる。
ケイッティオが黙っていたから、モンゴメリの心臓はいつまでも締め付けられて痛かった。ケイッティオは、何を言ったらいいのかわからなかった。とても泣きたくなって、胸が痛かった。
ああ、この人はいつだって、わたしに痛みをくれる、と確信して。ケイッティオはややあって口を開く。
「うん」
好きなのかもしれない。好きと言うことなのかもしれない。
わたしにはまだ、難しくてわからないけれど。
嫌いじゃない、よりももっと強くて辛くて苦しい気持ちがあふれてくるのだ。
だから、それが答えだと思う。
けれど、その瞬間モンゴメリがケイッティオに寄越したのは、温度の奪われたような、そんな冷めた眼差しだった。
「お前、それは勘違いだよ」
吐き捨てるようにそう言った。
「お前は俺のことが好きなんじゃないよ」
まるで針をぶつけるような言い草だ、とモンゴメリは自嘲する。今やっと、ヨーデリッヒの気持ちが少しだけわかったような気がした。馬鹿だなあ、馬鹿ですよねと、頭の中で声がこだまするのだ。今しがた思い出したばかりの、あの懐かしい声が。
「お前の本当に好きだったのは、誰だったか、ちゃんと思い出せば」
暗い、暗い声だ。ケイッティオは、熱を奪われたような心地がして、息を止めた。
どうしてそんなことを言うんだろう。それがとても悲しいのだ。
わたしはモンゴメリが好きではないんだろうか。だとしたらどうして、さっきとても幸せな気持ちになったのだろう。
どうしてモンゴメリはそんなことを言うの。
ねえ、モンゴメリ。あなたは、わたしが、
「嫌いなの?」
ついと零れた声は震えていた。モンゴメリは目を見開く。
「あ、えっと、泣く、なよ」
ケイッティオは、その大きな目をただ開いたまま、声もなく泣いていた。混じりけのないさらさらとした水のような涙が、頬を伝って止まらなかった。
「モンゴメリは、わたしが、嫌い?」
その言葉にモンゴメリが顔を歪める。それだけで心臓の鼓動が止まるような心地がする。ケイッティオは擦れた声で、縋らずにはいられない。
「わたしはっ、」
手の平で涙を拭いて。
「あなたが、ちゃんとその目でわたしを見てくれたら、」
それだけでいいよ――そう言いたいのに、それ以上が言葉にならない。
あなたのその瞳が好きだと。
あなたのその低い声も、ぼろぼろになった腕も、青く錆びて光る骨も、
あなたのその髪の色も、冷たくて大きい手も、
全部好きだよ。
言いたくてたまらないのに、言いたいことは決まっているのに、涙ばかり止まらなかった。どうして、そんな酷いことを聞くの。どうしてそんなこと言うの、そんな気持ちだけが水になって流れてしまうよう。
「ケイッティオ」
モンゴメリは戸惑ったようなぎこちない笑みを浮かべて、なだめるように穏やかな声で名前を呼んでくる。ケイッティオがどんなに、嫌だ、聞きたくないのと思っても、モンゴメリは口を緩やかに開くのだった。
「俺は、」
いや!
ケイッティオは走り出した。泥が跳ねるのもかまわず。
顔をどれだけ歪めても、涙も止まらず、声さえ漏れた。
わからない。わからない。
わたしは何が欲しかったんだろう。
何が欲しいんだろう。
何も、わからない。
振り返ることもなく走った。
モンゴメリはその背中を見つめたまま、ずりずりと背中を木の幹にこすり付け、しゃがみこむ。そのまま、両手で顔を覆った。
✝
その一部始終。ミヒャエロは、ずっと黙って眺めていた。
走っていった背中も、ずっと見つめていた。
「追いかければいいのにね」
いつの間にか傍に来ていたハーミオネが、事も無げに言う。ようやく声をかけたと思えば、そんなこと――ミヒャエロは、目を伏せて、閉じた。振り返らずに。
「……どうして?」
「だって、あなたはあの子のお兄ちゃんなんだから、泣いてるあの子を追いかけたって何の悪いこともないでしょう?」
「うん……」
ミヒャエロは、雨にぬれて瞼に張り付く前髪を払いもせず、そこにずっとぼうっと立っている。そして、ぽつりと呟いた。
「でも、だめだよ」
「どうして?」
「妹のこういうのは、邪魔しちゃいけないだろ」
「本当に?」
ハーミオネはミヒャエロの顔を覗き込み、暗い光をその瞳に浮かべた。
「本当に、それだけかしら」
「ハーミオネって、いつもおれの痛いところばかりつくよね」
ミヒャエロは力なく笑う。
「ふふ、そうかもね」
そう言って、ハーミオネは華やかに笑った。
「うかうかしてると、取られちゃうわよ?」
「うん……」
けれどミヒャエロは、なおそのまま動かなかった。動きたくなかった。
「おれね、」
「何?」
「だってさ、あいつの頭、どう撫でてたか、思い出せないんだ。どういう風にかわいがってたかも、どういう風に、守ってきたかも。そもそも、守ってたのかなって」
ミヒャエロは、深く息を吐いた。やがて木の幹に手を当て、徐に空を仰ぐ。
「――ああ、時間だ」
「え?」
ちら、と視線だけを寄越して、ミヒャエロはそのまま森をすり抜け、どこかへ消えた。
ハーミオネはきゅっ、と唇を噛んだ。そうやって、すぐにどこかへ行ってしまう。もう姿も見えない森の先を睨みつけることしかできない。
「そんなんじゃ、だめよ」
あなたはいつだって、そう、目の前の生きることだけに精一杯で、あなたのためには努力をしないんだわ。でもそんなのって、
かなしい、と呟いて、ハーミオネは唇を切れるほどに噛み締めた。
泣かないと決めたんだ。
こんなんじゃ、だめよ。
目の前のことばかり。逃げてばかり。
みんなして。
ほんっとうに、男って駄目ね。
「あれれ~? どうしたの。そんなところで武者震いして」
かさ、と草を踏む音と共に、暢気な声が響く。ハーミオネは眉をひそめて思い切り振り返った。
「どこから見てたの?」
レレクロエは、むっと顔をしかめた。
「何のことだよ」
「見てたくせに」
「そう思いたければ思いなよね。僕はかまわないよ」
「だから……そういうところが……本当にもう! そろいもそろって!」
「な、何怒ってるんだよ」
「あのね!」
「お、おう」
レレクロエは後ずさる。ハーミオネは涙の滲んだ目でレレクロエを睨みつけ、にじり寄った。
「な、なんか珍しいよね? 君が怒るのって」
「私はいつでも怒ってるわ」
ハーミオネは唇を噛む。
「いい、レレクロエ。あなた達が何をどう考えているのか知らないし、知ったところで解りたくもないけれど、あなた達のそれは【自己犠牲に浸る自己満足】と言うのよ。あなた達は揃いも揃って、私達がそんなことで喜ぶとでも思ってるのかしらね。見くびらないで頂戴」
レレクロエはぴしりと固まり、目を見開いた。
「いつから、」
「何よ」
「いつから気づいてた?」
ハーミオネは目を伏せた。睫毛にのった小さな水滴がふるる、と震えてはねた。
「気づいたのは私じゃないわ」
ハーミオネの顔はくしゃりと歪む。
「ケイッティオは私より先に気づいてた。あの子は、モンゴメリのことをよく見てる。ずっと見てた。私だって見てたのに、私は気づかなかった」
声が震えた。
「私は気づかなかったのに、ミヒャエロは、ケイッティオが気づいてしまったことに気づいた。だからあの人は待ってたの。ケイッティオが、自分を心配してくれることを待ってたの。けれど、あの子が向かったのはモンゴメリ。それをミヒャエロは見てたの。それを見て、ようやく私は、あの人の体もぼろぼろだったと言うことに初めて気づいたのよ。私って、なんてお粗末かしら」
ハーミオネは顔を上げて笑った。レレクロエはその青い瞳から目をそらした。見ていられなかった。
「……別に、気づいたからえらい訳でも、愛情が深かった訳でもないよ。君には君なりの、それがあるじゃない。そんな顔しないでよね。僕にさぁ、君なんかを哀れだなんて思わせないでよ」
レレクロエはぽつり、と呟く。
「それ、僕が知っている中で、一、二位を争う惨めな顔だから」
「あら、それは光栄だわ」
ハーミオネはくしゃり、と顔を歪ませる。自嘲をにじませた声で言葉を放つ。
「私はね、ミヒャエロがケイッティオを思って傷つくのを見ているのが、結構居心地よかったのよ。だって、ああ、私ってなんて不毛なのかしらって、自分を戒めることが出来るんだもの」
「うん」
レレクロエは静かに応えた。ハーミオネは首を傾げる。
「珍しく、いつもの心臓に突き刺さるようなことを言わないのね」
「うん」
レレクロエは、静かに森を見つめる。
「だって、人のことは言えないよ。僕だって同じだからね」
「そう? てっきり、あなたは好きな子をいじめて楽しんでるのかと思ってたわ」
「酷いなあ」
レレクロエは事も無げに言った。
「まあ、そう取られても仕方ないけど。でも、君の言ってることはわかるよ。僕も同じだもの」
「馬鹿ね」
ハーミオネは息を静かに吐く。
「あなたがもっと優しい言葉をかければ、あの子は簡単に落ちるわよ」
「君も大概酷いよね」
レレクロエはむっとする。
「あら、客観的と言ってほしいわ」
ハーミオネは、色のない眼差しでレレクロエを見つめた。
「あの子が愛情に飢えているの、知っているでしょうに」
「知ってるよ」
レレクロエははっ、と小さく息を吐いて力なく笑った。
「でも、僕はもう、何百年も前にあの子には気持ちを伝えてるから」
――だから。
「――意味ないんだ。この姿で、あの子を守ろうとしたところで。僕は守れないよ。守りたくてマキナレアになったんじゃないんだ」
ハーミオネが目を丸くする。
「僕は、あの子を看取りたかったから、マキナレアになったんだよ」
「あなた……」
ハーミオネは何か哀れな物を見るように眉をひそめた。
「馬鹿ね」
「うん」
「そう。じゃあ、ギリヴが今、戦っているのは知ってるの?」
ハーミオネは妖艶に笑う。レレクロエはびくり、とした。血の気が引いていく。
「こうなることはわかってたじゃない」
ハーミオネは、震えるように笑った。
「勝手に守られてたって知って、黙って見てる子でも、お伺いを立てにくる子でもないでしょう? 馬鹿ね」
何も言えない。言葉の出し方なんて、わからなくなってしまった。レレクロエはただぶるりと体を震わせることしかできなかった。
「あの子はとっくに、あなたの知らない間に、一人で戦ってるわよ。だって、これ以上モンゴメリやミヒャエロに力を使わせるわけにはいかないじゃない。私達はね、いつかは死ななきゃ行けないけど、だからって、取り残されたくないのよ。死ぬときは一緒よ。言ったじゃない。あの子は誰よりも先に気づいて、ずっと前から一人で戦ってたのよ。貴方達は私達を守ってたつもりかもしれないけど、貴方達の守ってる範囲なんて、ギリヴが取りこぼしたものなんだから。ついでに言うと、ケイッティオも少し前から戦ってるわよ。ギリヴの隣で。最前線で。貴方達がなんにも知らないだけ。自分から言ってくれるのを待っていただけ」
――レレクロエの泣きそうな顔なんて、初めて見たわ。
ハーミオネは、ちくりと痛む胸を押さえた。
こんな顔も出来るなら、最初から、見せておけばよかったのに。
「……馬鹿ね」
ハーミオネは言った。
「いつか取り残されるのは僕だから? 何甘えたことを考えてるのよ。あなたはただ逃げてるだけよ。どうせ取り残されるからって、自分に嘘をついたところで何にもならないわよ。私を見てるんだからわかるでしょ。臆病者」
「五月蝿い」
レレクロエはようやく、ハーミオネを睨みつけた。
「自分こそ、早く行ったらどう? ミヒャエロは今から核兵器を飲み込むよ。そのために行ったんだから。いい加減、死ぬよ、あいつ」
「言われなくても行くわよ」
ハーミオネも睨み返す。
「核兵器なんて……馬鹿みたい」
ハーミオネは吐き捨てるように言った。
「そんなもの飲み込んで、私に頼ってもくれないなんて、馬鹿みたい。あなたは、そこで突っ立ってればいいわ。いつギリヴが死ぬかと怖がりながら指を咥えてみてればいいんだわ。何度言ったって理解しない。死ぬ時は一緒だって言ったでしょ。あなた一人力を温存して取り残されたって、そんなの誰も喜ばない。誰も幸せに死ねないわ!」
ハーミオネは冷めた目でレレクロエを見つめて、走り去る。
「捨て台詞は卑怯だ。卑怯者」
レレクロエは、苦々しげにその背中を目で追った。
僕だって僕のことがわからないのに、どうしろって言うんだ。
僕の中で、僕と【あいつ】が僕を苛むんだ。
ギリヴへの愛情と懺悔。ケイッティオへの執着と絶望。ハーミオネへの無関心。ミヒャエロへの嫉妬。
それから――。
何が正しくて、何処で履き違えたのか、わからなくなる。
僕は正常な判断が出来ているだろうか?あいつの記憶や感情に捕われているだけじゃないのか?
僕は、君たちが憎らしくて、怖くて、申し訳なくて、どう接していいかわからないんだ。
かさり、と背後音がする。
振り返ると、赤黒い血を吐いて、モンゴメリが蹌踉めいていた。
「何。もう限界なの? 使えないなあ」
「うるせえよ」
モンゴメリは、前髪を搔き毟り、隈の深くなった眼差しでレレクロエを睨みつける。
「お前……誰だよ」
モンゴメリが吐き出した言葉に、レレクロエはどきり、とした。
なにも僕は悪いことはしていない。何もやましいことはしていない――
それなのに罪悪感がよぎるのは、【あいつ】のせいかもしれない。
体が望んでもいないのにかたかたと震えだした。それを懸命にこらえようと歯を食いしばる。
【僕はこんな目の彼を見たことがない】
僕、の中で、あいつが懺悔をする。
まるで僕があいつに浸食されていくかのようだ。
【嘘をついてごめんなさい】
【貴方を救えなくてごめんなさい】
【貴方を、独りにしてごめんなさい】
煩い。
煩い煩い煩い煩い!
僕を僕らしく留まらせてくれるものは、あの子への想いしかなかった。
マゼンタに輝くくしゃくしゃの髪を、気に入らなくていつも櫛で梳かそうと躍起になっていた。
跳ねてまとまらないちぎれる髪を、無理矢理三つ編みにして、それでもうまくいかなくて小さく溜め息をついていた。
僕の作る何の変哲もない地味な靴を、
素敵だと。欲しいなあと笑ってくれた。
そばかすが出来るからと、いつもつばの広い白い帽子をかぶって。
そばかすだらけの僕に、帽子を貸してくれて。
自分には僕の靴なんて似合わないだなんて。
自分を卑下するようなことばっかり言って。
僕は、
そんな君が、大好きだったんだ――
「その名前は、俺の物だったはずだ」
モンゴメリが、喘鳴をたてながら言う。レレクロエもまた、現実に引き戻される。
「……それをどうして、お前なんかが持っているんだよ」
ゲボッ、と音がして、またモンゴメリの口から血の塊が飛んで落ちた。
ああ、もう、この子も限界かなあ、だなんて、レレクロエは何の感慨もなくそう思った。
僕はどうしてこいつに、この場所を惑わせたのだろう。
そんなことをずっとさせていたら、こいつの
そんなことは、【僕】は絶対に望んでいないのに。
――本当に?
ああ、もう。
あの頓痴気
貧乏くじだ。
僕が苦しいばっかりじゃないか。
「そんなの、君に関係あるの? 自分から名前を捨てたくせにさぁ」
レレクロエが鼻で嗤うようにそう言うと、モンゴメリは歯を食いしばってみせた。
「俺はヨルダに預けただけだ。なんでお前が持っている。お前のことなんて、俺は知らない。見たこともない。会ったこともない!」
「へえ。ヨルダ、ねえ。やっとその名前も思い出したんだ。はは、僕とっても嬉しいよ」
レレクロエはにっこりと、口角を釣り上げる。
モンゴメリはすっと目を細めた。
「お前、誰だ」
――ああ、やっぱりこいつ、嫌いだなあ。
レレクロエは、なぜかくつくつと笑っていた。
壊れたように、モンゴメリを見つめて、笑っていた。
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