3-3:ミライ1

家に帰る途中のミライに、一人の女声が声をかけてきた。

「ミライ君、少しいいかしら?」

「金峰先生?」

"漂白者ブリーチャー"、金峰 香希音(かねみね かきね)はリッカを漂白しようとしていた魔法使いだ。


当然ながら、ミライは警戒する。

「リッカを、漂白するんですか?」

残された1枚の橙色のカードを構える。臨戦態勢だ。


「いえ、今日は少し伝えておきたいことがあるのよ。ミライ君がリッカちゃんを守るって約束を果たすためにね」

少々の困惑があるが、それでもミライは警戒を解かなかった。まだ、カキネを信用できはない。

「どういう……?」


「結論から言うわね。私は、"彩厄カラミティ"を止めたいの。そして、それができるのは、もうあなただけになってしまった」

「"彩厄カラミティ"って、なんですかそれは」

「めったに起きないことだから、ライチが教えてないのも無理はないわね。せっかくだから教えてあげるわ」


「そんなこと言っても、どうせ僕にリッカを漂白させるんじゃないでしょうね」

「いえ、もうリッカちゃんは漂白できない。だからこそ、あなたの力が必要なの」


「僕の、力が?」

空に暗雲が立ち込める。春雨が降りそうだ。

「いつまでも立ち話もなんだわ。お茶でも飲まない。先生がおごってあげるわよ?」



……場所は変わって喫茶店。

外は春雨がしとしとと降り、落ち着いた店内はやけに静かだ。それもそのはず、客はミライとカキネしかいないのだから。


「もしかして、人払いの魔法とかってやつを使ってます?」

「ええ、さすがに感が鋭いわね。この店の存在感を白で塗りつぶして薄くしてるから、他の客はめったに入ってこないわ」

「なんか店の人にちょっと悪いような気もしますね」


「いいのいいの。込み入った話をするんだから。それに、黒魔法使いは、いつどこにいるかわからないわよ?」

その言葉を聞いて、ミライは改めて気を引き締めた。コーヒーを一口のみ、一泊置いてから話を切り出す。


「それで、"彩厄カラミティ"ってなんなんですか?」

「"彩厄カラミティ"はね、黒魔法使いの魔力が身体から溢れ出すことよ。制御不能になった黒は、周りを全て飲みこんでいくわ。小さな規模なら家一つ、大きな規模なら町一つが黒に染まるわね」


「その……黒に染まった町とかは、どうなるんですか?」

「黒に染まったモノは、漂白しないと周りに被害をどんどん広げていくわ。だから、そうなるまえに、私達みたいな”漂白者ブリーチャー”が漂白する」


「漂白するってことは、つまり」

「そう、者は全て心を失い、物は全て意味を失う。更地になるわ。当然、"彩厄カラミティ"を発生させた魔法使いもね」


ミライはしばし考えて、言った。

「このままだと、リッカが"彩厄カラミティ"を起こすと?」

「そういうこと。そうなったら、もうまとめて全部まるごと漂白するしかなくなるわ」


"彩厄カラミティ"の発生は未然に防ぐべきである。が、並の魔法使いでは後手後手に周り、発生直前で食い止めることも珍しくない。過激派の”漂白者ブリーチャー”は、そうなる前に、"彩厄カラミティ"発生の兆しが見えた魔法使いを積極的に漂白する。


「でも、さっき言いましたよね。先生にはもう漂白できないって」

「そう、黒魔法使いに囚われた状態じゃ、私一人では彼女の漂白は無理。でも、ミライ君の魔法なら、彼女を黒魔法から救えるかもしれない」


「先生でも無理なのに、僕なんかがどうやって……」

「ミライ君は気がついていないかもしれないけど、『記憶』の魔法って、実は相当難しい魔法なのよ?普通の魔法使いだったら『思い出』のはずなの」


「『記憶』と『思い出』って、そんなに違うのかな」

「大違いよ。でも、まだミライ君はそれに気がついていないだけ。そして、その言葉のイメージに自ら気が付かないと、言葉の真の力は発揮できないわ」


カキネはコーヒーを飲み干し、時計を見る。

「魔法の効果がそろそろ限界ね。それじゃあ、私は先に行くわ」

店の入口を見ると、他の客が入ってき始めている。

「あ、ありがとうございました」


「ウフフ、それじゃあ、頑張ってね」

カキネが店を出た後、ミライはしばらく一人で残り、考え込んだ。

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