友達論

ムラカワアオイ

第1話

 僕は現役プロレスラーである。リングに立つ僕には友達が一人もいない。僕は、エリートであった。高学歴。元、弁護士。そんな僕の趣味は世界平和のために人を笑わせることである。僕の名前はレスリング内山。僕は必ず、出会った全ての人に、

「お友達になりませんか。僕はプロレスラーであり強き男なのです。どしどし、年賀状と暑中見舞いを僕にくださいね」

と、ボールペンで、住所、氏名、電話番号、メールアドレスを書いた、お手製名刺を手渡す。

そして、僕はある一人の貧乏な男に辿り着いた。彼はまだ25歳であるらしい。顔はそこそこ可愛く、イケメンと云えばイケメンであった。この男は、大きく僕と違い、もっぱら、金が無い。そいつとは、毎朝、喫茶店でモーニングを共にした。そう、僕は、ホモセクシャルなのである。その彼に僕は恋をしたのだ。好意を寄せたのである。彼とはカラオケにも行く関係でもあった。

二人っきりのカラオケボックス。僕がその男、平野清助の膝を触ると、彼はいきなり泣き出し、こう言った。

「怖い。怖いから、内山さんとの友達関係を辞めさせていただきます。もう、メールも電話もしないでください。僕、帰ります」

 そして、僕は、また、独りっきりになってしまった。失恋したその日。家に帰ると、数々のファンレターに目をやる。そして、腹筋を始めた。誰が何と言おうと僕はプロレスラーなのだ。戦うことにより僕自身が成長していくのはあたりまえのことであろう。そして、僕は明日の試合を楽しみにした。平野は馬鹿者だ。僕とのモーニングの関係で食費がうくのにも関わらず、僕と友達を辞めたのだ。全くもって、かわいそうな男。平野清助。


 試合をした。気持ち良かった。僕は負けたが素晴らしい内容の試合運びであり僕はファンの皆さんの期待に応えた。ファンと友達は別物。僕はロッカールームで水を一口、飲み干し、眼鏡をかけ、泣いた。その日の感動に陶酔したのだ。いや、それ以上に平野の一件も、きっと、あるだろう。何故、僕には友達ができないのであろうか。


小学校六年生の時、男性音楽教師であった二井先生が授業中に児童、全員の前で、こう言った。この出来事を今でも忘れはしない、この僕という凛々しい男。

「どうか、内山君と友達になってあげてください。お願いです」

 二井先生はとても若くて、美しく、香水の香りがプンプンとする男だ。その時、僕は二井先生にこう言った。

「二井先生とお友達になりたいです。僕と結納してください。お願いします」

 その後、二井先生は赤面して無言。教室からは皆の笑い声。それからというもの二井先生は僕と一言も口を利かなくなった。何故だろう。今でも真相は不明である。そして、ゲイに目覚めてしまった僕。ちなみに僕は子供の頃から老眼だ。


 メソポタミア文明について学んだのは、小学校六年生の夏休み前の最後の授業。その日のことである。焼却炉で10円を拾った。ラッキーであった。

誰も相手にしてくれない、小学校、最後の夏休みがやってきた。僕は心底から語れる友達が欲しかった。そのためには、どうしたらいいのだろうか。よし。この際だから、ダジャレを覚えて友達を作ろうと戦略をめぐらせた。岡林君というF1大好き少年と仲良し公園でサッカーをした時のことだ。

「F1好きで、え、不安。え、ファン」

と僕が言うと岡林君は「帰る」とだけ、ぽつりと言い残し、僕を強く睨み付けては自転車に跨り、帰って行ってしまったのだ。僕は大声で更に付け加えた。

「帰るだけにカエルが跳ぶんだよ」

その後、岡林君の家に電話をしたら、

『うちの息子には、もう、関わらないで下さい。お願いします。申し訳ございません』

と岡林君のお母さんにこう言われてしまった。その時の僕。岡林君の青春。F1をテレビで深夜に見て、岡林君のことを想った。それこそ、不安になった。その三日後。僕は坊主頭になった。鏡の中の僕は、あどけなかった。坊主だけにポーズを決めた。夏休みの宿題をたった四日で仕上げた僕はお利口さんである。その後も様々な手を使い、ダジャレで友達を作ろうとした。しかし、友達が一人もできないのは何故だろう。

その年の八月二十八日のことである。夏休み町内ちびっこ大相撲大会が行われた。僕は寺尾君と相撲を取った。長い相撲となり僕は寺尾君の肌の匂いをほろ苦く知った。そして、僕は寄り切りで寺尾君に勝った。その頃、プロレスラーになりたい。という儚き夢が僕の心にめばえ始めたのだ。


夏休みが終わり、学校へ行くと僕にニックネームが付いた。僕の大きな夢をどこかの誰かが、ぺらぺらと喋ったのであろうか。「レスリング内山」と呼ばれるようになった。僕は学校で一番、喧嘩の強い男、梅津君と並んで給食を食べていた。すると、梅津君はこう言った。

「俺、ボクサーになりたいんだ。世界チャンピオンになりたいんだ」

 僕は、彼の夢のために咄嗟にこう言った。

「ボクサーだけに僕さぁか。梅津君のボクサーパンツ姿を想像するだけで僕、興奮しちゃうよ」

すると梅津君は冷酷に、冷静に、僕にこう言うのである。

「ごめんな。席を替えるよ。もう、お前が怖いよ。本当に今までありがとう。レスリング内山」

僕は怖いのか。僕という人間は怖いのか。

その日、僕は涙に暮れた。そして、早退し梅津君を想った。梅津君の発言を想った。僕は独りなのか。一生、独りきりなのか。プロレス関係の雑誌を読みふけり、チョコレートを虚しくかじった。思い悩んだその日の夜は両親と中華料理を食べに行った。

 天津飯を食べているときに気付いた。そうだ。僕はこれから、お世辞抜きのお上手を言おう。お上手抜きのお世辞を言おう。きれいな言葉を使おう。そうすれば、友というものは出来るのではないだろうか。これしかないと気付いたんだ。父は優しく、

「何事も決して諦めずにやるんだぞ」

と素敵にビールを飲みながら言ってくれた。母は汗だくになり、焼き飯を食べながら、

「困ったときは友達を想いなさい」

と微笑んだ。そうだ。きれいにきれい事だ。小学生の僕は生きていく術を自ら、中華料理屋で知った。友達。こんなに素晴らしい言葉が他にあるだろうか。僕には友達が必要だ。レスリング内山としてリングに立つのだ。

次の日、僕は校長先生の紹介で、市立レスリングジムに入門した。バラ色の人生が始まるのかと息を荒くして、身体を鍛えた。何人もの男達を相手にした。そして、一ヵ月と四日後のことだ。コーチの八木さんは言った。

「内山君、君の目標は高いようだ。お父さんやお母さん。友達や先生に相談した方がいいと思う。口が立つ君には弁護士が向いているようだ。僕はこう思う。君はどうだ」

 友達や先生。弁護士。いったい、僕は何のために生きているのであろうか。

一ヵ月と四日で知った挫折。思い悩み、疲れ切った当時の僕は、こうも思った。弁護士を目指すうちに友達ができるのではないのだろうか。しかし、レスリング内山になる夢。友達を作るという最大の夢が僕にはある。八木コーチに大外刈りを決めた。その瞬間、僕の心は立ち上がった。燃え上がったのだ。

その次の日のことである。最大の夢のまた夢。友達について盛り上がった僕は校長先生に弁護士になりたいのだけれど、プロレスの夢も捨てられない。その心中を語った。その日の校長先生もグレーのスーツを渋く着込み紺色のネクタイで格好良く、凄く素敵な中年男性であった。

「内山君。君は優秀な児童だ。しかし、困った。君が学校一の問題児であることは君も知っているよね」

「僕が問題児なのですか」

「そうだ。問題児だ。君は友達、友達と言うが、君にとって友達とは、どういったものなのかね。教えてくれないかね」

「友達を作ることが僕の最大の夢です」

「君はそれが幸せなのか。僕には理解できないよ」

「お言葉を返すようですが、だけど、友達は友達なのです」

「だけども、どうしたもない」

 そして、僕と校長先生は激論を交わしたが、その日も僕は独りきりで下校をした。その帰り道。青い空を見て再び僕は夢見たんだ。そうだ。自力本願だ。僕は自力でレスリング内山となり僕は自力で弁護士になり、沢山の友達を作るのだ。


 大学生活、最後の日。やはり、僕の横には友達がひとりもいない。せっかく、レスリング部のマネージャーもやったのに。涙が溢れる卒業式。僕は、その日、仲間とカラオケへ行くことも飲みに行くこともなく、独り、たたずんだ。四年間、お世話になった、学生寮の大塚さんというおばちゃんに挨拶へ行くと、こう言われた。

「おおきに。おおきに。卒業、ほんま良かったね。早く帰りよ」

ただ、それだけの贈る言葉。電車に乗り込み、実家へと帰る。腹が減る。途中下車して売店で、アンパンを買って食べる。すると、一人のヤンキーっぽい兄ちゃんが僕に話しかけてきた。

「今、何時だ」

 その時だった。そのヤンキーっぽい兄ちゃんが、いきなり、大声をあげて、倒れこんだのだ。駅員さんに救急車を用意してくれと頼み込んだ僕。友達が出来るかもしれない。僕とその男は救急車の中へ。

 病院に着くとその彼は叫ぶようにこう言った。

「馬鹿野郎。こんな事だけで救急車なんて呼ぶんじゃねえ。クソ野郎。誰が救急車を呼んだんだ」

 怖い。怖いじゃないか。この男。せっかく人が優しくしてあげたのに。何という暴力性だ。僕は、恐る恐る、この男に答えた。

「ぼ、僕です」

「帰れ」

 また、友達が出来ず、病院の裏口からこそこそと帰る。僕は高校時代も皆を喜ばせるためにありとあらゆるダジャレを言ってきたのに、嫌われた。

真剣に僕には友がいない。友達ができないのである。へこたれるんじゃない。レスリング内山。と自分に言い聞かせても。難題が友達。そして、家に着くと虚しさの中、母さんがちらし寿司を作ってくれた。

「卒業おめでとう。これからは色んな友達が待っているわ。今日は御馳走よ。ちらし寿司にしたわ。喜んで食べなさい」

ちらし寿司が美味い。味噌汁を飲みながらちらし寿司をリズム良く食べる僕の儚き、本能。そうこうしていると父さんが帰ってきた。

「卒業おめでとう。これからは色んな友達が待っているよ。今日は御馳走だな。食べなさい」

 食べた、食べた。お腹いっぱいだ。僕は缶コーヒーを飲みたくなった。近くのコンビニまで、独り、歩いた。すると、コンビニの前に交番が出来ていた。そうだ。お巡りさんと友達になれるのかもしれない。僕は交番の扉を開き、こう言った。

「すみません。誰かいませんか」

眠たそうな顔をしたお巡りさんが鍵を開け出てきた。

「事件ですか。事故ですか」

「いや、あの、お巡りさんとお友達になりたくて来たんです」

「はあ。それなんですか」

「お巡りさんの制服、格好いいですね」

「それで、用件は」

「いや、先程、申しました通り、お巡りさんと友達になりたくて、ここに来ました」

「君、酔っ払い。僕等、警察に何か用があるの」

「ですから、お友達になりたいんです。僕と仲良くしないと罰が当たりますよ」

「君、ちょっと、職務質問させてもらいますね。明らかに言動がおかしいよ」

 僕の何がおかしいのであろうか。財布からずぼんから全て、チェックされた。失礼な警察官だ。無礼者。おまけに尿検査まで。この僕の何が悪いのであろうか。人類、皆、友達なのに。そのはずだろう。

「998。どうぞ。二十代と思われる男性、身柄確保。998。酒、薬物無し。言動に異常。どうぞ」

「僕の言動の何がおかしいのですか」

「いや、おかしいよ。明らかに。交番って事件、事故のためにあるものなんです。友達って何なの」

「帰ります。せっかく人が、友達になろうと思って来たのに。そんな言い方をしなくてもいいでしょう」

「いや、だから、僕等は友達じゃないんですよ。警察なんですよ。君は何者なの。明らかにおかしいよ。家の人に連絡して、迎えに来てもらうようにしようか」

「僕は今日、大学を卒業しました。一人で帰れます。もう二度とここには来ません」

「はい。はい。来たらダメだよ。二度とね」

 

その夜、ハエが二匹、僕の部屋に飛んでいた。殺してしまった。僕は罪人だ。自首しよう。

「父さん、母さん。僕はハエを殺してしまったよ。僕は今から交番へ行く。長い間、面倒をかけてしまい、僕は、僕は」

「大丈夫だよ。これから、すぐに友達は出来るさ」

 父さんはさりげなく、素敵にビールを飲んだ。しかし、母さんは怒った。

「ハエを殺すだなんて。あなた、最低よ。お母さんは、もう、あなたとは関わりたくないわ」

 とだけ言い残し、車に乗って、西方面に走り出した。走って行ってしまったのだ。父さんは僕にビール片手に素敵にこう言った。

「大丈夫さ。テレビでプロレスをやっているよ。観るんだ。強い男には必ず強い友達が味方してくれるものなんだよ。その前に自首をしなさい。お巡りさんとも仲良くできるはずさ」

堅苦しく交番へと再び歩いた。そして、交番の扉を開けた。さっきのお巡りさんが睨みを強くして僕にこう言った。

「あなた、今度はなんですか」

「僕はハエを殺してしまいました。逮捕してください」

「もういい加減にしてくれませんか。ハエはハエなんだからね。殺されて当然。僕達も忙しいの。分かるよね」

「殺されて、当然。それが警察官の言葉かよ。動物愛護団体に訴えますよ」

「はい、はい。訴えて、訴えて。あなたには一生、友達ができないよ。これだけは言っておく。僕等も仕事に戻るから、ジュースでも飲んで、爽やかにね」

「何だ。一般市民にその態度は。僕にはきらきらとした友達が待っているはずだ」

「はい、はい。お手柔らかにね」


 あの交番事件から季節は幾つかと流れ、僕は弁護士の資格を取った。よし、色々と困っている人々を友達にするぞ。世の中も変化した。携帯電話という便利なものが大袈裟に発売され、メールを交換したり、出会い系サイトというものもあるらしい。そうだ。僕はこれを利用しよう。その通りだ。レスリング内山よ。お前を待っている人は必ず存在するのだ。と、銭湯の鏡を見てそう思った。

裸の男達。皆、友達だ。風呂上がりにコーラを飲んだ。あれから、母さんは帰ってこない。せっかく、友達親子として母さんに接してきたのに。されど、弁護士になった僕。しかし、プロレスラーの夢を諦めたわけではない。

僕は隣町の堂本レスリングジムに通うようになった。汗をかき、べそをかき、自然とたわむれ、人間も動物の一部なのだと自覚する。産まれてきて良かった。と考えるうちに後輩の早田という金髪のチンピラっぽい男に、叫ぶように言われた。

「レスリング内山はホモなんだろう。エリート弁護士か何だか、何者だか知らないが。こいつ、色んな意味でプロレスラーになりたいらしいぞ。こいつにからまれたら、もう終わりだぞ。逃げろ」

また、笑われた。僕は泣いた。号泣した。泣いて、泣いて、泣いて。号泣した。僕には友達もいない。母さんの行方もわからない。父さんは常に、ビール片手に、 

「友達はいいぞ。お前にもきちんとした友達ができるさ」

 毎晩、こう言うが、いったい、僕の何が悪いというのであろう。何故、友達ができないのであろうか。その日は、キレた。部屋の鏡を粉々に割った。明日はハローワークに行くとしよう。弁護士とプロレスラー。両輪にかけた僕の儚き夢。

 携帯電話というものに初めて触った。しかし、弱った。自宅以外に電話をかける相手はいない。ハローワークで待つこと二時間。係りのおじちゃんは僕好みの素敵な渋いハゲ男だった。おじちゃんに言ってみた。

「しりとりしませんか」

「はあ。君、ここがどういう場所だか分かってるの。まあいいわ。ここの弁護士事務所。えっと、町田武弁護士事務所。ここに行ってみるか」

「はい。友達ができるならそれで構いません」

「君の事情はよく分からないけど、行くだけ行ってみて」

「はい、おじちゃんとの友情に感謝したいです。ありがとうございます。何かあれば僕になんでも、相談してください」

「君ね、僕が言うのもおこがましいかもしれないけどね、そういうところで友達をなくしてるんじゃないの。僕はすまないが君を頼りにできないよ」

このじじいが。頭に来た。言うことを言うのが真の男である。

「それ、人権侵害ですよ。許せない。僕にもプライドがあります」

「ああ、僕が悪かった。以後、気を付けますね。次の人の順番だから、帰ってね。君の就職が決まるように願っています。はい。次の方、どうぞ」


 また、僕は途方に暮れた。町田武か。この男、参議院選挙に落選した過去を持つ、この辺りではかなり有名な弁護士だ。汚い仕事もしていると聞いたことがある。コンビニのトイレにて小便をする。何だ。これ。頭がふらふらとし赤いものが光った。息が荒くなりおかしくなる僕。すぐさま僕はコンビニ店員に担がれ、救急車の中へ。人工呼吸器を口にはめられ、救急隊員に、

「大丈夫ですか」

「まもなく、病院です。もうすぐ病院だからね」

と左手を握られては、こう、言われる。右腕には点滴。

これか。これが本当の命の恩人、友情なのかもしれない。

 病院に着き、僕は救急隊員の手で、病室へと運ばれる。背の高い、医者だと思われる男に今度は注射をされた。僕は何をどのように病んでいるのだろうか。僕はすさんでなんかいないんだよ。医者に聞かれる。

「ご自分のお名前は分かりますか」

「内山小助と申します」

「ご自分の生年月日を教えてください」

「昭和五十年三月二十六日です」

「精神的な疲れからきている、てんかんだと思われますね。何かご自身で変化したことは最近、ありますか」

「友達が欲しくて忙しかったです」

 医者は僕を見て、意味ありげに笑い、こう付け加えた。

「友達は大事ですよね。僕の周りの友達もほとんどが結婚していてね。今や立派なパパやママですよ。内山さん。この表にバス停がありますから、どうぞ、気を付けて、お帰り下さい」

「先生も僕と友達になるのは嫌ですか」

「医者と患者が友達関係になると複雑なので内山さんとはお友達になれませんね」

「お言葉を返すようですが、これ、僕の携帯の番号です。気が向いたらどんどん、かけてください。メールもどんどん、してくださいね。本当によろしくお願いします」

「はい。気が向いたらね」

 目が笑っている医者。病院を出て、僕はバス停で雨宿り。十三分四十秒、きっかり、待つとにバスがやってきた。バスに乗りこみ堂本レスリングジムへと急いだ。自分自身と戦うために。


 また、汗を気持ち良くかく、僕という人間の美しさ。嘘偽りなど、この僕には存在しないのだから。早田に背負い投げを決めて、僕は町田武弁護士事務所へとヒッチハイクをした。必死に俳句でもするとしよう。僕は全世界の平和のためにダジャレを言う男。

やった、車が停まった。運転席にはとてもきれいで目が大きな美女。僕は一瞬、おからが食べたくなった。

「お兄ちゃん、どこまで行くの」

「あの港町の町田武弁護士事務所です」

「ああ、ああ、聞いたことがあるわ。とりあえず、助手席に座って。ナビで出てきた、出てきた。それじゃ、行こうか」

 助手席の僕。会話は仕事の話となった。このお姉さんは占い師だという。でも、占いを全く、信じないとも言った。僕は僕で堂々とレスリング内山となりたい、友達、彼氏が欲しいことをお姉さんに話した。

「あんた、苦労してるんだ。大変だね」

「僕を占ってもらえませんか」

「いいよ。手相を見せてよ」

 車を画材屋の前で停めたお姉さん。僕はお姉さんに右手を差し出した。真剣な顔付きに変化する彼女の顔、そして、大きな彼女の目が印象的だった。

「正直に言っていい」

「はい」

 車のクーラーを付けるそのお姉さんのきれいな指。

「あなたは人で苦労すると出てるよ。基本的には人に対してもの凄く優しい人。だけど、それが裏目、裏目に出る。遠足の前の夜に眠れないとも出てるよ。まあ、私も私の占いを信じてないからさ。気持ちは痛いほどわかるよ。兄ちゃん、次、コンビニがあったら停めるわ」

「はい」

 裏目、裏目か。当たっている。友達も彼氏もいない僕。ホモセクシャルか。コンビニに車は到着。お姉さんは缶コーヒーを二つ持って、店内から出てきた。

「おごるよ」

「ありがとうございます。僕、ここから歩きます」

「そう。短い時間だったけど楽しかったよ。仕事、頑張ってね。私も頑張るよ」

「はい」

 僕は彼女に一礼して、町田武弁護士事務所へとぼとぼと歩く。面接は見事に合格。僕は弁護士として人と関わり、そして、人の優しさを知っていった。サービス残業も楽しいモノだった。町田さんとも友達にはなれなかったが充実した日々を僕は送れたのかもしれない。政治家にならないか。立候補するべきだと町田さんに何度も誘われたが、そこまでの人間ではないのが僕である。僕の横には友達がいないのが通常だ。愛すべき柴犬、ジョンとの散歩を毎日、欠かさなかった僕。ジョンとの友情に感謝する。ジョンはおじいちゃんの命日に亡くなった。

弁護士としての仕事を四年間、全てやり終えて、僕は現役プロレスラー、レスリング内山としてこの人生を歩み出した。

初めての試合。勝ったが、それほど嬉しい勝利ではなかった。ありとあらゆる男達を愛し、恋をして、正々堂々と戦いチャンピオンを一年目で手に入れた。プロレス関係の週刊誌のモデルも引き受けた。


しかし、僕には友達がいない。バイクに跨り北海道を目指したが、ホテルの受付嬢にも挨拶をされなかった。されど、僕は思った。友達は天からやってくる。僕はあの日の父さんのように、北海道の中華料理屋で素敵にビールを飲み干した。僕は小指を立てて。


これが僕なりの友達論である。これからもきっと、そうなることだろう。僕はいつまでも生き続ける。生きていこう。友達ができるその日まで。僕は戦う男、レスリング内山なのだから。

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