第三話 魔法と魔術
「ここは……どこの海だろうな」
俺は再び外にでて、周りを見渡す。
魚が水面を飛び跳ね、鳥が悠々と空を飛び、雲の集まりである積乱雲が遠くの方に見える。
近海では面白味がないと思い、少し遠いところに来たのだが、海から見える景色は基本的に一緒だった。
「主様、あそこに陸らしいのがありますよ」
「お、あったか」
クロエが示した方向を見る。
俺達が居るところが遠すぎるのか、山影みたいなのが豆粒ほどで見えた。
俺たちは魔法で視力を強化しているので、望遠鏡などの遠くを見るための道具を使わずとも細かいところまで見ることが出来る。
港と思われる場所があり、その近くには船舶も見える、荷物を運び出しているので交易船か輸送船だろう。
その近くには立派な砲塔を搭載した戦艦が数隻、停泊していた。
「主様、あの大陸に行かれるのですか?」
「ああ、まだ起きてから第一村人にも会ってないからな」
正直寝ていたとはいえ、五十年も人に会っていないので、クロエ以外の人とまともに喋れるか分からない。
だが、流石に話し相手がクロエだけというのも面白くない。
それにこれだけ年月も経っていれば、魔法や魔術、剣術などや生活技術も昔と比べて進化しているだろう。
復活したであろう魔王も、必ず何か悪さをすると決まっている訳じゃない。
悪さをしないのであれば、俺がもう一度封印する必要も無い。
だから、今のうちに趣味を見つけるのも良いかと思ったのだ。
「でしたら、この島はどうします?」
「そうだな……、流石に島が突然現れたら、探索のために人が来てしまうか……」
こんな無駄に大きい島を海の真ん中に出現させると、海の監視員などが気づいてしまうだろう。そうなると調査のためにたくさんの冒険者やどこかの国の調査員などが来ることになる。
人除けの結界や侵入不可の魔法陣が展開されているが、それも宮廷魔術師などを呼べば、時間を掛ければ解いてしまうかもしれない。
この島にも貴重な素材が結構沢山あるし、主が不在の時に家に入ってきてほしくは無い。
もしも無理やり不法侵入しようものなら、自動的に迎撃はしてくれるようになっているが、それも確実とは言えない。
「……取り敢えず代替案を見つけるまでは、透明化にして空を飛ばしておくか。『
せっかく地上に降りたのに、また空へ飛ばすのもなんだかおかしな話だが、今すぐ思いつく対策案が思い浮かばないので仕方が無い。
こういったことは行動を移す前に考えたりしないといけないんだろうけど、俺の性格というか特徴というか、考えたりする前に体が先には実行してしまうのだ。
この性格のせいで、なんど危険な目にあったか思い出したくもない。
「でしたら、あの部屋から大陸へ行かれるので?」
「そうだな、でも一つ問題がある」
クロエが言ったあの部屋とは、俺が転移魔法を魔術として改良し、調子に乗って長距離移動を可能とした魔法陣が設置してある部屋の事だ。
と言っても、世界中のどこを探してもこの魔術に関する記述をされた魔術書は見つからないだろう。
なぜなら、戦争を行うようになってしまった世界では、軍事魔術として使われてしまうと危惧した俺が、表に研究成果として発表せず秘匿したからだ。
それに、一見便利だと思える魔術だが「転移するには転移先にも、対になる魔法陣が必要」という難点と膨大な魔力を消費するという改善しなければならない点がある。
そしてあの大陸どころか、この魔術を使用してまだ何処にも訪れていないはずなので、対になる魔法陣など何処にも存在しない。
もちろん飛んで行ってもいいが、並みの人間には厳しい。俺たちが並みの人間だと言われると否定するしかないが、飛行魔術での大陸間移動など目立ってしまうだろう。
こんなことになるなら、テストのために仕掛けた魔法陣を全て破壊しておくんじゃなかったと今更ながら思った。
「ではその問題、クロエが解決してきましょうか?」
どうするか悩んでいると、クロエが進言してきた。
「クロエが飛んでいくのか?」
「ええ、うまくやるのでどうかお任せを」
クロエが右手を胸に当てて、一礼する。
従者に無茶をやらせるぐらいなら、俺が行けば良いじゃないかと思うだろう。
実は、まだ目覚めてからの魔力の循環が完璧な状態ではない。
魔力が思ったように操作できないとなると、魔法を安全確実に行使できないのだ。
今の状態で使えば、魔力過多で飛行魔法といえど暴発する恐れがある。
初級や中級の魔法や魔術なら暴発してもさほど問題ではないのだが、上級からになると下手すれば島そのものが消滅してしまうかもしれないのだ。
「いや、でもな。人間であるクロエにはさすがに無理だ」
クロエほどの実力ならば、風圧には耐えられるかもしれないが、風圧を凌ぐ方に魔力を使っているため、飛行魔法との併用で魔力の枯渇が早くなる。
魔法を研究し、人間を辞めた俺の魔力量と同等なら枯渇することは無いだろうが、わざわざ人間を止めることを選択する必要もない。
それに辛うじて着いたとしても、魔法陣を展開するのは術者が魔力を一回流す必要があるので、枯渇してしまっては意味がない。
枯渇した魔力を回復するなら、クロエの総量では一日かかるので、その間は俺がこの島で置いてけぼりになる。
俺の魔力も普段通り使用できるまで安定すれば、そんな問題にもならないのだが。
「その点に関してはお任せください。魔力回復の薬瓶を使えばいいのでは?」
「あー……、そういえばそんな薬も開発したっけな……」
魔力回復の薬瓶。
俺特製の魔道具で、名前の通り魔力を回復するモノ。
だが、使用前に使用者の魔力を一度覚えさせる必要があったり、劣化が早く長持ちしないという事で、まだまだ改良が必要だったはずだ。
「でもあれ、何処に仕舞ったか忘れたぞ」
「それなら私が持っています」
クロエがポケットから小瓶を取り出す。
確かに魔力回復の薬瓶だった。
「それ、まだ使えるのか?」
この魔道具は、作成から大体一週間かそこらで効果がなくなってしまう。
魔力が高いモノなら、頑張っても一年ぐらいが限度だ。
五十年も経ってれば、既にただの魔法水に戻ってしまっていてもおかしくはない。
むしろ効力が一生切れない薬があるのなら、研究のために貰いたいほどだ。
「それなら問題ありません」
クロエは薬瓶に魔力を浸透させ、再びポケットにしまいながら言う。
「この瓶には、時間停止の魔法がかけてあります」
「……あー、その手があったか」
時間停止魔法はその名の通り、かけた物体及び空間をそのままの状態で停止することができる。
デメリットは解除してからでないと何も出来ないという点で、特にリスクは無く、使用者が認めた者と使用者以外は全て止まってしまう代物。
勿論他の人は、時間が止まっていることさえ分からないので、魔法として成り立っていることが実感できないだろう。
この魔法も俺が編み出したもので、後世にも残すつもりが無かったから、クロエと俺にしか使えない。
「なら、いけるか。ただし目立たないように成功させろよ」
「わかりました」
クロエは俺から少し離れると魔法を発動する。
「『
身体に中に浮く魔法を付与し、長距離移動を可能にするために、さらに追加で魔法を発動する。
「『
準備が完了し、クロエが足を折って地面を蹴る態勢に入る。
「では言ってまいります」
「……それ、目立たないか?」
そう言った次の瞬間、轟音とともにクロエが大陸に向かって飛んで行った。
その後ろには飛行機雲と呼ばれる一直線に伸びた雲が出来る。
「目立たないようにやれって、言ってただろうに……」
あれだと、見つけてくださいって言ってるようなものだ。
せめて透明化して低空飛行して欲しい。そのほうが雲は出来てしまうが、何が原因かは分からないようにできる。
まあ、俺の代わりに行ってくれたのだ、文句は言わないようにしよう。
バレたところで、既に島は透明にして存在の方はバレないようにしたから大丈夫だろう。
「まあ、これで大体の場所がわかるかな。さてと……」
俺はその場に座り、魔法を連続発動する。
「『
これらの魔法は、俺が修行したり何かの成果を試したりするときに使う魔法で、周囲に衝撃や爆音が響かないようにしたり、自分の身体を守るために発動するのだ。
初級魔法から中級魔法に分類するので、暴走する可能性は少ない。
だが通常、魔法や魔術を訓練で発動する分には、ここまで対策する必要はない。
しかし、今の状態で使う場合は話は別であり、これらの魔法を発動しないわけにはいかない。
幸い暴発する恐れがあると言え、暴発しても問題ない魔法ならいくつもある。
ちなみに、この世界の常識として、魔法の連続使用及び同時使用は二つまでなら、俺がいた時代の奴なら誰でも出来ていた。
そうじゃないと、魔法や魔術、更には剣や体術、種族能力なんかを使用してくる魔物には戦いを挑むことなんて出来なかったからだ。
しかし、三つ以上を行使するには、天性の領域になる。
無理やり発動しようものなら、自我が崩壊したり、最悪の場合には体が崩壊する可能性がある。
魔術で強化し使用することは出来るが、魔力の消費が割に合わない。
そうならない者も実際には数人居たが、王族などの恵まれた環境で育った者や、特定の血筋を持つ者などのそういう体を都合よく生まれ持って手に入れた者たちということだ。
ちなみに俺の場合、魔法や魔術適性がずば抜けて高く、十個以上同時に発動できる。
限界は試したことが無いが、現時点での最高発動数は、魔王との戦闘時に百二十個だ。
これは本当に極稀らしく、当時の魔法学会は驚愕し、俺が生まれたときに両親は泣いて喜んだらしい。
まあ、その時に騒ぎにならないように魔法学会でもお偉いさんしか知らない事実としたし、両親も墓場まで持っていくと言って老衰で死んだけど。
では今更だが、発動した魔法の解説でもをしておこう。
まず「空腹軽減」は、使用者に空腹を感じさせるのを軽減し、食事を気にすることを遅らせる魔法だ。効果は大体一時間で切れようになっている。
効果時間を持たせた理由は、あくまでも空腹を感じるのを遅れさせるだけなので、長時間空腹を感じなければ、ご飯を食べなくても良いと頭が勘違いして、そのまま餓死してしまう可能性があるため、わざと時間制限を設けたのだ。
因みに、使用者が意図的に切ることもできる。
次に「身体強化」だが、使用者の身体能力を大幅に底上げすることができ、少しぐらいの爆風や爆音には何をしなくても耐えることが出来るようになる。
効果は魔力量次第で、枯渇するまで永続使用が出来る。調節なども可能で、一度に込める魔力量で増減する。使用者が意図的に切ることも可能。
次に「空間固定」は、使用者が決めた範囲の空間を、そのままの状態で固定することが出来る魔法。時間操作魔法の下位互換であり、物体はそのまま形を維持するので潰れたり、壊れたりすることはない。時間は止まっていないので、動きはする。
しかし、空間が耐えきれないダメージは通ってしまう。効果は魔力量次第。
使った後は使用者が意図的に切るまで半永久的に展開されるので、魔法の使用枠を埋めることはない。
次に「防音」、周りに音が漏れるのを遮断する魔法で、暗殺者が物音を防ぐために独自開発された技術を魔法として転用されたモノ。効果は魔力量次第。
空間固定魔法と併用することで、使用者が決めた範囲から音が外に漏れるのを防ぐことができる。単体だと枠を埋めるが、併用だと枠を埋めることはない。
最後に「視界外遮断」、使用者を一時的に周りから見えなくする魔法で、透明化の魔法の下位互換の魔法になる。空間固定魔法と併用することで、決めた範囲を周りから見えないようにする。
単体では枠を埋めるが、併用では埋めない。
これらが今使用した魔法である。
そういえばここまで魔法や魔術という言葉を簡単に出していたが、一度ここでしっかりと説明しておこう。
まず魔法とは、自身の魔力を使用して特定の特異現象を起こす力のことを言う。
人によるが、魔力量によって威力や効果範囲などは様々で、中には一国を一瞬で消し去ってしまうほどの魔力の持ち主も居たりする。
そういった人は大体、国の重鎮として迎え入れられたり、戦力として宮廷魔法師などの職に就いたりする。
俺も魔王討伐に行く前は、魔法学会の理事として勤めていたこともある。
次に魔術とは、魔力のほかに体外にある〈魔素〉と呼ばれる自然な力を借りて発動する力で、自身の魔力を使用するところまでは魔法と同じだが、触媒や儀式などを行い使用するため、魔力の消費が少なく、誰にでも使いやすく開発されたモノだ。
ただ、発動までに時間が掛かり、魔術難易度が上がると必要とされる触媒が珍しいモノだったり、中には入手困難なモノだったりするので、使用頻度としては魔法の方が使われている。
以上、これがこの世界での魔法と魔術の違いだ。
もっと細かい話をすれば、魔法と魔術の両方を使い、新たな力として覚醒することがある魔導や、人の手が加わることなく完全に自然のみの力で発動する神秘術なんてものもある。
それらの説明は、またおいおいしていくことにしよう。
「さて、やるか」
話を戻すが、不安定な魔力を安定させるために、俺は立ち上がり、手を横に出し魔法を発動する。
「『
瞬間、右手に一振りの鉄の剣が創造される。
今回俺が想像したのは、素振りができるくらいの質素な作りの鉄剣で、魔力を使用して、イメージを元に、魔法によって具現化されたのだ。
本来の素材を使用して正しく作成する正規品と比べると脆くなるが、魔法を扱う者が戦闘で武器と使用する分には問題ない。むしろ武器を持っていた方が、動きが鈍くなり危うくなる。
俺はそれを使って、素振りを開始する。
縦切り、薙ぎ払い、ステップ、水平切り、突きなど、それらを千回ほど繰り返して行う。しかし、何も考えずに、ずっと振り落としているわけではない。
実際の戦闘中の行動を考えた素振りである。
ただ剣を振り回すだけなら、剣術を知らない子供でもできる。
だがそれだと、実際の戦闘時においてはまったく意味が無い。
俺は一通りの型を確認した。
「さて、こんなもんでいいだろう」
俺は剣を消滅させ、汗を拭い、自然体になる。
体内にある魔力を感知し練り上げて、魔力の純度を高める。
そして魔法を発動する。
「『
俺の言葉に、体の周りに七色の球体が浮き上がる。
この魔法は、自身が使える魔法の適正属性を形として召喚し、自在に形などを操作できるようにしたモノだ。
「『
俺は、近くにあった木に対して人指し指を振る。
すると、七つの球体が木に向かってそれぞれの属性特性を発動しながら、真っ直ぐ飛んでいき、木にぶつかった瞬間、爆散する。
今回のあのの球体の元は、すべて俺が考えた最強と思われる魔法が込められており、何かに触れたり使用者が命じるとそれを解くようになっている。
俺はそれを火属性から順番に解いていき、最後に闇属性神級魔法であるブラックホールで、それらの魔法残滓だけを吸い込むようにしている。
そうすることで、魔法以外の仕業に見せられるからだ。
因みに、属性の種類は沢山あり、今の魔法も付与する属性を変えれば、海を干上がらせることも出来たりする。
まあ、魔法の凄さは実感できるだろうが、メリットが無いのでやったやつはいないが。
今回もそうやって、木の周りから魔法残滓を消した。木は跡形もなく、消えてなくなっている。
しばらくしても戻る様子は無かった。
どうやら、空間固定魔法が耐えられるダメージ量を超えていたので、木が吹き飛んでしまったらしい。
俺自身、手加減はしたつもりだったのだが、それでも暴発したようだ。
「……あー、やってしまったなぁ。手加減したんだけど、それでも魔力量が多く入ってしまったようだ」
俺は木があった場所に行って、時間操作魔法を発動して過去に遡り、元に戻しておいた。
因みに時間操作魔法は、属性としては無属性に分類される魔法で、強さとしてはこれまた無属性神級魔法に分類される。
「取り敢えず、魔力を短時間で激しく消費したから、これで魔力の循環も安定するだろう」
俺は、同時発動していた魔法に魔力を送るのを止めて、指を鳴らす。
周りに展開していた魔法がすべて消えていき、俺はしゃがんで地面に手を付けた。
「クロエの方もそろそろかな」
そう思ったとき、大陸方から空に向かって爆炎魔法が放たれる。
その威力と大きさから、クロエが空に放った合図だろう。もう目立つとか目立たないとかは関係なくなっているらしい。
案外、クロエも抜けているところがあるのかもしれない。
長い間、一緒に生きていたが初めて知った。
俺はもう一度玄関の扉を開けて、屋敷の中に戻る。
長い廊下を歩いて、一番奥にある部屋に入った。
そこには淡く光っている魔法陣があり、光っているという事は対になった魔法陣が作成されたという証だ。
俺はその中に乗ると、魔法を発動する。
「『
俺はそのまま、クロエの展開したであろう魔法陣へと飛んだ。
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