青年は再び世界を救う……のか?

瑜嵐

第一章

第一話 目覚め


 今から数百年前、世界を恐怖に陥れ、その全てを支配しようとした者が居た。

 幼いころから虐げられる環境に居たからか、何もかもを破壊しようとする衝動が強く、それは自身も例外では無い。

 しかし、超人的な回復力と膨大な魔力を持つために死ぬことは無く、日々無駄に生きていくだけだった。

 そんな時、何かの本で読んだ世界征服の話を思い出し、実際にそれを実行に移した。

 理由は単純、暇つぶしと自身の死だ。

 わがままな言い分に、部下でさえ抗おうとしたが、その全てを圧倒的な力で屈服させ、世界中へと戦火を広げた。

 遂には誰もが抗うことができず、世界の殆どを支配されてしまった。


『神様、どうか我々を救いたまえ―――』


 残った人々に出来ることは願う事のみ。

 それに答えてくれることは無いと知りながらも、神に縋るしかなかったのだ。


 だが、今回は違った。

 突如として一筋の光柱が立ち、その中央に一人の少年が現れた。

 顔を隠し、一切の素性を明かそうとしない少年を、誰もが怪訝に思ったが、それは杞憂だった。

 数万とある大軍をたった一人で殲滅し、遂には侵略者の統制者である〈魔王〉を討伐したのだ。

 誰もが喜び、青年を称える。

 しかし、最後までその青年の正体をはっきりと分かる者はおらず、いつしか〈勇者〉と呼ばれるようになった。


 これが、数百年前に起きた世界大戦―――『人魔統一戦線』である。






「……ここは?」


 真っ暗な世界が突然白くなったと思えば、切り替わり、青白く光る部屋にいる。

 等間隔に切られた石材が、交互に敷き詰められた景色が目に映った。

 どこか見覚えのある景色だが、目覚めたばかりで頭が働かない。


「―――あ、なるほど。ここは俺の研究部屋か」


 ―――数秒して、記憶が少しずつ蘇り、最初に目に入った光景は、質素な石作りの苔の生えた天井だった。


 自分の姿に目を向けると、手はしわが出来て、服の所々に折り目とほつれがある。

 どうやら、いつの間にか寝ていたらしい。


「研究に疲れて寝てしまったか?」


 起きた部屋は自室兼研究室で。いろいろな機材や溶媒、素材や書物が置かれている。

 俺は、興味を持ったことは何があっても解明しようとする性格だ。

 研究に熱が入ると、食べることも忘れて数日程は部屋から出なかったこともあったので、よく付き人のメイドに怒られた。


 どれぐらい寝ていたのかは分からないが、部屋の散らかりようを見る限り、誰かに侵入されたように思える。

 しかし、この部屋や家には、ある程度の魔法や剣術の技量が無いと、侵入どころか感知も出来ないように結界魔法が常時展開されており、俺が外部から直接または間接的に殺されたり、操られたりしない限りは、その結界が解けることは無い。

 つまり、第三者が侵入することは現状不可能であり、魔法や薬物に異常な耐性を持つ俺に干渉して、侵入を試みた者は居ないと考えれる。

 周囲の壁に対魔法や対物理の防御魔法が何も施していないところを見ると、結界だけで他の防衛策を考えなくても、ここが無警戒で問題なく意識を手放せる場所だったという事だ。


 でも確認は一応でも重要なので、横になっている上半身を起こし、土と火と水の三元素の応用した創造魔法で手鏡を作り出して、自分の姿を見る。

 ところどころ顔や手に切り傷や擦り傷が出来ているが、手足が完全に切断されているなんてことは無く、しっかりとくっついているし痛みも感じる。

 服は穴が開いていたりしてボロボロだが、魔法で何とかなるだろう。


 どうしてこんな埃だらけの部屋で、いつの間に寝ていたのか……。


「―――ああ……そうか。俺は試作した魔術の実験をして、その効果で寝たのか」


 地面に目をやると、複数の魔術を同時展開するように複雑に魔術式が組まれた魔術陣が、青白くゆっくりと点滅を繰り返して起動していた。


 俺は頭を振って、寝ぼけていた脳をしっかりと覚醒させ、曖昧な記憶からこのような状況になった理由を思い出す。


 たしかこの魔術陣は、俺が自分の起こした影響が限りなく少なくなった世界を、自分の眼で見たいと言う思い付きで、二日間寝ずに研究して、完成し起動したものだ。

 無系統魔術の時間干渉と、光系統魔術の治癒の複合魔法術の産物で、不老不死の効果が表れる特殊魔法陣となっている。

 だが、その副作用により、自身を一度昏睡状態にすることになったのだ。



 この魔術陣を創ることになったのは、俺が苦労して奴を倒したときに『また復活し、この世界を滅ぼす』とか、死に際にほざいたからだ。

 なので咄嗟に『その時まで生きて、悪さ出来ないようにしてやるよ』と言い返してしまった。

 なので、それを実行するために、この魔術陣を作ったという理由もあったりする。


「『魔法術解除ディスペル』」


 俺が右手の手のひらに魔力を込めて言葉を呟くと、地面にあった魔法陣はポリゴンのように崩れ消え、光の粒となり、俺の頭の中へと入ってきた。

 入ってきた光には夢でも見るように、眠っていた間の記憶が入ってくる。

 眠る前の俺が、起きた後に記憶が消えていた場合の対処法として、魔術陣に細工でもしておいたのだろう。


「やっぱり、封印だけではだめだったか……―――結構、頑張ったんだけどなぁ」


 そう呟きつつ、いつまでもこの場所におとなしくしている訳にもいかないので、立ち上がって周りを軽く見渡す。

 石の隙間からしぶとく生えている蔓が、複数の魔法参考書が放置されている机の脚と絡まっており、埃をかぶっている表紙の文字は読めなくなるほど酷い状態だった。


 壁にも所々に苔が生えていて、所々罅割れており、正直なところ人が住むのには向いていない。非常に体に悪い状態だった。

 棚なんかもあるが、置いてあるのは黒く濁ったトロフィーや盾だ。

 昔の名残で、いろいろと大会やイベントなんかに参加した時の表彰されたモノや、迷宮と呼ばれるところの攻略した証などが置いてある。


「こんな状況になるには相当時間が立ってるな。だが、あいつが居たはずなんだが……なるほどな。その選択を選んだのか」


 近くにあった椅子に、座ったまま骨になっている白骨の死体があった。

 手元に魔法の教育本をかろうじて持っていることから、死ぬ寸前まで本を読んでいたのだろう。

 死ぬことを恐れず、意識を手放すまで本を読んでいたことには驚きを隠せない。


 俺はそれに手を伸ばして、魔法を施行する。


「『死者蘇生アンデットリザレクション』」


 俺が白骨化した死体に行使した魔法、それは『命を軽々しく扱う』とあらゆる魔法の権威者達に言われ、当時の魔法学会から禁忌魔法として指定された代物。

 動物などの生死を操ることが出来るのは、神のみであり、人間が簡単に使っても良い代物ではないと定められていたからだ。

 人が人を生み出すのだから、その全てを否定して神の御業とするのはあり得ないとずっと言っていたんだけどなぁ。


 軽く広げた手の先から七色の光の粒子が飛んで行き、先ほどの魔術陣が消えたため真っ暗だったこの部屋に、再び幻想的な景色を作り出しながら白骨死体を包み込む。

 魔法を浴びた白骨死体は見る見るうちに筋肉、肌が付き、黒髪の長髪が生え、人の姿へとなっていく。

 そして、光が消えると、そこにはメイド服を着た綺麗な女性が座っていた。


「おはようございます、主様」


 俺を主と呼んだメイドは綺麗なお辞儀をして、本を手に持ったまま椅子から立ち上がる。

 この魔法をまともに使ったのはこれが初めてだが、まさか死ぬ前に来ていた服までも復活するとは思っても居なかった。

 最悪、裸で生き返ったら魔法で即製の服を作るだけだが。



 彼女が白骨化するまで、一体どれくらいの年月が経ったのだろうか。

 あらかじめ「自由に生活しても良い」と言い渡しておいたはずなのだが、メイドとしての矜持なのか、はたまた俺への恩返しなのか、律儀に待っていたようだ。


「ああ、おはよう」


 まあそんな考えは、取り敢えず今は置いておくとして、挨拶を返し、彼女に質問をする。


「今がどう言う時代か、分かるか?

「はい、少々お待ちください」


 メイド服を着た女性、クロエは浅く目を瞑ると、何かブツブツ言い始める。

 魔法や魔術を少し齧った者なら分かるが、それは魔術を使用するときに使う魔術言語。魔力を言葉に込めて、力を発動するための言語を揃える。そのために作成されたモノだ。


 色が違う数冊の本が彼女の周りに出現し、彼女を中心に回り始める。

 クロエが使用した魔法は、『知恵と知識を導くガドルグリモワール』と言う魔術。

 世界中に存在するマナを魔術によって集合体として集められ、知恵の書をつくりだすもので、マナが記憶するものを本とするため、時代が変わるごとに最新版が作られていくチート本だ。


 彼女は一つの本を手に取ると、その他の本は消え去る。

 他の本はあらゆる技術が載っている本だったり、あらゆる魔法が載っている本だったり、あらゆる武具や道具が載っている本だったりと様々な種類、用途の本がある。


「ふむ……主様、これが今の時代です」


 そう言って渡されたのは、表紙に『経過報告』と書かれた本。

 まあ、何ともわかりやすい本だ。


「わかった、読んでみよう」


 本を受け取り、中を見る。

 中身は魔法文字でいっぱいだった。

 

 魔法文字とは、魔法や魔術の発動が安易に行えるように太古に発明された専用の文字である。

 魔法に携わっていない者や、少し魔法や魔術を齧った程度の初心者なら、解読することはほぼ不可能で、完全に理解している者は少ない。


 だが俺やクロエには、日頃から魔法を研究し、毎日読んでいた文字であるため解読は難しくない。

 知識がない者が読めば、ミミズが這った後に見えるだろう。


「ほう、俺が寝てから五十年ぐらい経過したのか」


 俺の見立てでは、もう少し足して八十年以上は経っていると思っていたのだが、それだけしか経っていないとは、意外にも早かったものだ。

 奴を封印してから、その封印が解けるまで起きないように術式に細工しておいたのだが、それが案外早く解けた。いや、解かされたと言うべきか。

 何故、あいつの封印が解けたかは分からないが、調べてみる必要があるだろう。


 しかしこれだけの年月しか経っていないのに、クロエが白骨化していたのは少し気になる。


「主様が眠ってからは、勇者としての伝承だけは残っているようで、現在まで多少の争いはある者の平和な世界を続けているようですよ」

「伝承、ね……」


 俺は今から五十年前、魔王と呼ばれ世界征服に乗り出し、魔族に慕われていた存在を封印して、平和と呼ばれるものを取り戻した。

 いくつかの仲間と旅をして、魔物を殲滅し、魔族を押し返して、魔王と一対一で対峙し、多大な犠牲を払って勝利した。

 これで世界が滅亡することは無いと、誰もが考えていた。


 だが、平和を取り戻したはずの俺が見たのは、負けた魔族以外のそれぞれの種族の欲を満たすための利権や領土の醜い争い、だった。


 自国の領土拡大のため、貧困の解消のため、新たな奴隷の回収のためなど理由は様々あったが、そのどれもは結局のところ自己の利益のためだ。

 世界共通の敵が居なくなったことで、今度は手を取り合っていたはずの人間やエルフ、ドワーフなどが争いを始めたのだ。


 その時、魔王討伐を成すことができた俺を戦争に利用しようと考える者たちがいることを知り、その者たちから逃げるために、この世界の人々の記憶を弄って、誰も知らない場所へと引っ越した。


 ―――そのはずだったんだが。


「記憶を弄ったのに、どうして覚えているんだろうな……」

「覚えているというよりかは、魔王を倒したのが勇者だったという記録が残っていた、という方が正しいと思います」


 そういえば、俺が記憶を弄るとき魔王を倒したという記憶だけは残したっけな。

 流石にその記憶まで消してしまうと、居なくなったはずの魔王に対して戦いを挑むことになる。

 それではさすがに意味が無いので、残しておいたのだった。


 まあ今となっては、戦争になったりするのを防ぐために、消しておいても良かったのかもしれない。

 いないはずの魔王を討伐するために、それぞれを頑張らせていた方が良かったのかも知れない。


 だが曖昧な記憶を残した結果、俺の残り香だけが残ってしまった。


「やっぱあの時、すべて消しておくべきだったかな」


 今更、後悔しても遅いが。


「なぜ、主様はそこまで自分を残すのが嫌なのですか?」

「まあ、俺を利用しようとするやつがいたからな」


 と言うのは半分の理由であり建前で、本音としては自分が普通の人として生きてみたいからというのが多い。

 魔王を倒したという事だけで、どこかの国のお姫様と結婚させられたり、無駄に地位を与えられたりするには嫌だったのだ。

 自由に恋愛し、自由に旅をして、自由に生活する。そんなことに憧れていたのだ。


「……そうですか。それで目覚めてから外には出たのですか?」


 なぜかクロエは、興味なさそうに素っ気なく話を変えた。

 聞いたのはそっちだろうに。


「いや、まだだ。先にお前を蘇らした起こしたからな」


 俺はクロエに本を返して、魔法実験用の地下室の扉を開ける。

 その先は上へと続く階段があり、長い廊下になっていて、いくつかの扉が綺麗に並んでいた。

 食料部屋や薬草部屋、鍛錬部屋などである。


「ここらの地形が変わっていなければいいのですが」

「多分、大丈夫だろう」


 ここら一帯は、俺が魔法で管理している場所。

 一般人なら命を数十個ほど捨てる覚悟で入らないと、簡単には入ってこれない。

 爆発物を使っても爆風でさえ通さない結界が張ってあるし、俺が許可していないモノが触れれると無に還るという対魔術、対物理の凶悪な代物だ。


 俺は外へと続く扉に向かって、廊下を歩く。

 後ろからクロエも付いてくる。

 俺は思い出したかのように口を開いた。


「クロエ、お前は別に俺から離れて、自由に暮らしてくれてもよかったのに」


 俺が眠ていたのは、五十年という長い年月。

 遥か昔に寿命を捨てた俺はともかく、健康に生きても百年程度しか生きることができないクロエとしては、退屈で仕方が無い膨大な時間だろう。

 その間、俺から離れずに世話をしていたというのなら、すごいものだ。

 白骨化するまであの部屋にいたのなら、相当苦労しただろう。


「私は主様に助けられて以来、主様が私を直接クビにしない限り、私は一生主様に仕えると心に決めているのです」


 そういえばそんなこともあったな。

 昔のことだから、すっかり忘れていたが。

 確か、両親を殺され、身寄りも手元も無い状態で路地裏で丸まっていたのを助けたんだったかな。


「クロエを助けてから結構時間もたったのに、いいのか?」

「私は一向にかまいません」

「……そうか、ならそれ以上は言うこともない」


 その話を区切ると、外へと繋がる大扉の前についた。


「五十年ぶりの外だな」

「主様、暗いところに長時間居たので、目がやられないようご注意ください」

「ああ、分かった」


 俺はその扉を開いた。

 そして目の前に広がていた光景は・・・・




 一面の青空と広大な海だった――――





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