まっぴんぐオリンピック

蒼井治夫

prologue 名もなき学生は夢を見る

 学生は夢を語る。志を同じくする者たちとともに夜通し議論をするのだ。議論の内容は大人たちからみればきっとおそまつなもので、妄想と何ら変わりのないものだった。それでも彼らは夢を見る。自分が日本を変えるのだとおおまじめに思っていた。誰もが明るい未来を信じていたのだから。


「なつかしいな」


 当時の世の中なんて何も知らなかった夢見る学生はいまや、大学教授になっていた。教授は当時の仲間たちと撮った写真を見る。


「まさか世界中がネットワークでつながる時代になるとは……」


 当時からその分野に携わった研究をしていたからその利便性は理解していたものの、それでもいまのように一家に一台パソコンがある時代が来るなんて思っていなかった。


「所詮は大河の石ってことか」


 石は大河の意志にしたがい、ただ流れるままに流れていく。学生時代の先生が言っていたくだらない親父ギャグだと思っていたが、案外含蓄ある言葉だったのかもしれない。自分のしてきたことに価値などなく、ただ隣にころがる石を押して前へすすめるだけの存在。大きな流れの一部でしかない今の自分を学生のころの自分が見たらどう思うだろうか。

 

「そろそろ潮時か」


 本当に科学の発展への情熱を忘れてしまったのならば、大学教授の椅子に座り続ける必要などない。その席を狙う若者はたくさんいるのだから。しかし、自分で自分を否定する。


「今夜飲む酒が買えねぇな」

 

 今、無職になるわけにはいかなかった。教授は学長に電話をする。


「学長、例の仕事、私にやらせてもらえませんか」


 さあ、久しぶりに本気で働こうか。

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