15話「再襲撃」


「蒸気タービンを作るんだ!」


 タケルの高校生らしい無邪気な発言から、ゴルゴンを中心とした整備班のメンバーを筆頭に、プロジェクトチームを組むこととなった。

 まずは小型の模型作りから始めると。


 なおタケルが提案した、アマテラス住民を組織化する時間と、特に戦闘系の人間を再教育する時間を取らねばならぬと言う事で、険しい山岳に囲まれ、眼下に森の広がる広大なこの場所で、一ヶ月ほど防衛戦闘をしつつ体勢を整えることになった。

 ただしこの決定は敵にこちらの居場所がバレている前提から、フェロー王国南西の港町「モガムリブ」の抵抗は激しいものとなることが予想される。


 今回の編成で特に前線に出る人間を軍事組織かする事になったが、だからといってその他の住民が戦わないかと言うとそんなことも無く、現在続々と復旧されている対空兵器や艦砲の銃把を握ることになっている。

 タケルが一度だけ会ったヘイセの妹コクヨー・ハファイが指揮を執るらしい。

 現在ヘイセはジングン艦長の補佐の様な仕事をしている。


 ただしこの組織編成、我々は軍隊では無いという強い要望から、柔軟性を持たせるものとなった。

 要は軍隊の様に細かく厳しい上下関係は作らないことになった。


 だが……。


「これだけはお願いだ。ジングン艦長が”命令”した時だけは、どんなに嫌でも絶対にしたがってくれ!」


 というタケルの懇願が、長老の命と言う事でアマテラス住民全員に徹底された。

 最初、軍隊的な組織編成を徹底しなければ、上手く行かないかもと心配していたタケルだったが、各セクションのリーダー達はジングンやタケルのアドバイスを素直に聞き、想像以上に組織立った行動が可能になっていた。


「おお……素晴らしい!」


 空で綺麗な編隊を組んで飛行するワイバーンにタケルは歓喜した。


 ワイバーンは 速力と攻撃力に勝るが、小回りがきかず、ホバリングが苦手。

 高高度飛行が可能だが燃費が悪く長距離に向かない。

 口から火炎弾を吐く事が出来るが一回の出撃で6回程度。

 一度戻って休憩すれば、その半分程度吐ける様になる。

 

 以上のような特徴から、タケルはワイバーンを空中戦闘をメインとしたマルチロール機的運用を目指した。

 主な任務は対空邀撃。だが、場合によっては対地攻撃にも参加してもらうべく、タケルの知識の及ぶ限りを伝授してスワローを筆頭に訓練をしてもらっている。

 ナンパで軽いスワローだが、その腕は一流だった。


 さて、ここで問題が一つ。


「タケル! どうして私達ペガサスライダーが戦闘してはならんのだ!?」


 ゴルゴンと忙しく仕事をしていたタケルのところに、ペガサスライダーの女騎士ホース・ブランがその巨乳を揺らしながら迫ってきた。

 目の前でブルンブルンと震える立派な胸に、つい視線が誘引されつつも、タケルは自制の全てを投入し何とかホースの顔に視線を上げるも、そこにはまた驚くほど端麗で直視しづらい美人顔があるのだから嬉し……困ってしまう。


「えーと、今日もですか? ホースさん……」

「敬語はいらん。それよりもどうして私達は毎日毎日、敵から隠れる訓練や、超低空飛行訓練ばかりなのだ!」

「いや、それ何度も説明してるじゃないですか」

「理屈はわかる……わかるのだが我らは誇り高きペガサス乗りなのだぞ!」


 誇り高きペガサス乗り。

 おそらく帝國が組織立った運用が出来ていない理由は、ここに集約するのだろう。もっともミコナに言わせると一番気位が高いワイバーン乗り達が、タケルの意見を取り入れている方が驚くことだと言っていたが。

 つまりはこの世界の大半の人間は個人主義なのだ。良くも悪くも。


「ええ。でもペガサスの特徴を考えるとですね……」

「わかっている! わかってはいるのだ! タケルにペガサスの特徴から、もっとも効率的な運用……つまり偵察任務がもっとも向いていると言われたときは衝撃すら受けた! だが……だが!」


 ホースの言いたいこともわからないでもない。

 だがペガサスの特徴を聞けば、他の運用方法は考えられなかった。


 ペガサスの飛行速度はそこそこ、ワイバーンに比べれば高度は取れないが、かわりに小回りに優れ、ホバリングも可能。

 草食で燃費が良く長距離に向く。

 また地面を歩いて進むことも可能で、隠密性も高い。他の生物と比べると圧倒的に小さいのも利点だ。

 色が白いという欠点を抜かせば全てが偵察斥候としての要件を満たしている。


 ペガサスはが集団戦闘に向かない理由がもう一つあって、ペガサスはグリフォンが苦手なのだ。ホースの愛馬はそこまででも無いのだが、他のペガサスはかなりグリフォンを恐れる。連携が取りにくいのだ。


 もう一つタケルの心情的に偵察に特化したい理由があって、それはペガサスが女性しか背に乗せないという事実だ。

 もっともこれは本人にはとても言えなかったが。


「今までのように、各々の戦士が、自分たちの信じる戦い方をするだけではダメだというタケルの意見は良くわかる! 役割に特化した訓練をするようになってから、連携も練度も驚くほど上がっている! 効率的なのはわかる! だが……私は誇りあるペガサス乗りで騎士なのだ!」


 ホースが大声で懇願するがそれを認めるわけにはいかなかった。


「ホースさんの部下……仲間はみんな納得してくれてますよ。今も訓練に熱心だし」

「ああ。部下という言い方は気にくわないが、皆真面目で熱心だからな。もちろん私も訓練に手を抜いたことは無い! 心情はどうあれな!」


 こんな感じで毎日訓練が終わる度にホースがタケルのところへ駆け寄ってくるのが日常になっていた。

 最初こそ、ジングン艦長や整備の人間が間に入ってくれていたのだが、今は皆、遠巻きにニヤニヤと眺めるだけだ。


 何が面白いんだちくしょう!


 タケルは美人に迫られるという、嬉しくも辛い毎日を過ごしている。

 そしていつものようにため息交じりにゴルゴン整備班長が口を挟んだ。


「あー、悪いがホース嬢ちゃん。その辺にしておくれ。タケルは今こっちの作業で忙しいもんでな」

「ぬ……」


 ゴルゴンは苦笑いであった。


「ようやく蒸気タービンの試作品が出来たところなんじゃ。こいつが完成しないことには先に進めんじゃろ?」

「……また来る」


 憮然とした表情で踵を返すホース。どう見ても納得いってないという顔だった。


「まったく……毎日毎日飽きもせず」

「それだけホースさんにとっては大事な事なのかもしれないですね」

「ふん。案外タケルに惚れてて毎日会いに来てるだけかもしれんぞ」

「まさか!」


 だったら嬉しいなぁと思いつつも、恨みがましい視線を向けてくるホースに視線をやって、ため息を吐くしか無いタケルであった。


「そんな事よりここの歯車の事じゃが……」

「ああ、ここは……」


 気持ちを切り替えて蒸気タービンの完成を急ぐ二人。

 ゴルゴン整備班長の部下として、ドワーフの名工がついた事と、魔導戦闘空母アマテラスに設置されていた、特別な工作機械の数々のおかげで、蒸気タービンはこの短期間に形になっていた。

 すでに模型段階は過ぎて、大型化の段取りだ。並行してプロペラの作製も進んでいる。

 金属の自重計算などを感覚だけで作り上げていくドワーフの職人レベルが凄まじかった。


 巨大な部品を検査しつつ議論を交わしていた時、艦内にサイレンが鳴り響いた。


「敵襲! 敵襲! 敵はワイバーンが八騎!」


 アマテラスがこの場所で足踏みしてから、三度目の襲撃だった。


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