超ド級! 魔導戦闘空母アマテラス! ~帝國をぶっ飛ばせ!~

佐々木さざめき

1話「美少女は魔方陣から現れる」


「山賀、ワシはちっとコンビニに行ってくる。帰ってくるまで型稽古をしておけ」

「オッケー師匠!」

「おうおう、頑張れよぅ」


 高級住宅街のど真ん中に昔から存在する古い剣術道場は、日本庭園を要した古民家であり、都心とは思えないほどの静寂を誇っていた。

 長き年月によってすり減り磨かれた道場の床が、庭から差し込む夕日を美しく跳ね返していた。

 そこに胴着の青年が裸足で佇んでいた。

 青年は師匠と呼ばれた白髪交じりの爺さんが道場を出て行くのを確認すると、ゆっくりと手にした剣を振り始めた。

 日本刀である。しかも真剣であった。

 この道場に伝わる業物である。

 詳細は避けるが、師に気に入られた青年、山賀たけるはこうしてこっそりと個人指導を受けていた。


「……」


 居合い、血振り、納刀を一動作。上段からの振り下ろし。正眼から切り返し。静と動。

 白刃が夕日に照り返り、紅い残像を残す。

 身体に染みついた型を無意識にタケルは繰り返す。

 意識は朧。にも関わらずタケルの脳裏には不思議と自分を俯瞰するイメージがくっきりと浮かんでいた。

 無心に、それでいて身体の隅々まで神経を研ぎ澄ますという、一見矛盾した状態で、ひたすらに剣を振り続けた。


(力を抜いて……指の先まで神経を張り巡らせ……だが……無心で……ひたすらに無心に……)


 何百、何千、何万と繰り返してきた型稽古。

 実践には役に立たないと言われて久しいが、山賀にとってそれはやらない理由にはならなかった。

 実際実生活において剣技など趣味以外の意味は無い。だがタケルは剣を振ることが好きだった。


 もっともタケルの趣味は剣術だけにとどまらず、登山、スキューバダイビング、テニスにダーツ。その上同人誌活動までを趣味としていた。

 本人曰く、アクティブオタクなのだそうだ。


 そんなアクティブオタクが最もハマっていたのがこの剣術というだけの話だ。

 だから、次に起きた不思議な現象を受け入れることが出来たのだろう。


 道場の中心部が、唐突に光り輝いたのだ。


「なんだ!?」


 板張りの床に、金色に輝く魔方陣が浮かび上がったのだ。

 それは神秘的にして神々しい光だった。


 複雑な幾何学模様が織りなす魔方陣の上に光の粒子が集まっていく。


「なんだこりゃあ!?」


 タケルは目をひん剥いてその唐突な光景を凝視した。


 光の粒子が固まり、姿を現したのは、タケルとさして年の変わらない少女の姿であった。

 アメジストに輝く長髪の少女が光の粒子を纏ってそこにいた。

 だが山賀はそれが幻影であるとオタクの直感で理解した。


『……私の声が……聞こえますか……?』


 鈴が鳴るような少女の声が道場に広がった。

 少女は祈るように手を組み、目を閉じたまま、空中に浮いている。柔らかそうな唇がゆっくりと開かれ、さらに言葉が紡がれる。


『……今……この声を聞いている方よ……どうか……どうか私たちをお救いください……』

「わかった!」

『……余りにも唐突な願いに戸惑いも…………へ?』


 それまで神秘的に映っていた少女が突然目を見開いて、驚愕の表情でタケルを見た。その瞳は髪色と同じアメジスト色をしていた。


「助けを求めてるんだろ? 了解したぜ!」

『……え? ……へ?』


 少女の戸惑いをよそに、山賀は握りこぶしを作って吠えた。


『あの……まだ事情すら話してないんだけど……』

「ん? どうせあれだろ? どうしても倒せない魔王を退治してくれとか、追い詰められてるから助けてくれーって感じじゃねぇの?」

『えっと……魔王じゃないけど……追い詰められているのは確かですが……え?』

「俺で良ければ協力するぜ!」

『あの……こっちからお願いする立場だけどさ、そんないきなり信用していいの?』

「こういう時のお約束ってもんがあるんだよ。助けを求める美少女に悪い奴はいない!!!」

『びっ! びしょっ!?』


 さっきまでの神秘的な雰囲気はどこへやら、顔を真っ赤に染める謎の美少女。


「んで? こういう時のお約束だと、あんたの世界に召喚されるってのが一般的だけど、今すぐか?」

『え……ええ……不安定な術だから、出来れば今すぐ召喚したいんだけど……本当に良いの?』

「大丈夫だ! 親や師匠に挨拶くらいしたいところだが、きっとそんな時間はないんだよな?」

『う、うん』

「んじゃ行こうぜ!」

『軽っ!? いや、話が早くてとっても助かるけど……本当の本当に良いの?』

「おうっ!」

『じゃ……じゃあ、これから召喚魔導を起動します! 君はそこを動かないで!』

「了解したぜ!」


 タケルの足下に光り輝く魔方陣が唐突に浮かび上がった。

 幻影の少女はブツブツと何かを呟き続けている。タケルは直感的にそれが魔法の詠唱だと踏んだ。

 しばし少女の詠唱を無言で待つ。


『それじゃあ行くよ! 来たれ英雄! 遙か遠方の地より! 我が元へと!!』

「おおおっ!」


 タケルの足下の魔方陣がさらに光を増した瞬間、コンビニ袋を手にした師匠が道場に飛び込んできた。

 師匠は驚愕と同時に叫んだ。


「なんじゃこりゃあああ!?」

「あ、師匠」

「あ。じゃねぇよ! あ。じゃ! こりゃあいったい!?」

「すんません師匠、ちょっと異世界救ってきますんで親とかに連絡お願いします」

「はぁああああ!? おまっ! 何言って!」


 師匠の叫びと同じタイミングで、魔方陣の光が最大になり、すでに目を開けることも難しくなる。


「それじゃあ師匠! 行ってきます!」

「いやちょっと待て――」

「あ、日本刀――」

『異界召喚んんんんっ!!!』


 三人の言葉が、光の渦にかき消された。


 こうして……。

 山賀猛は異世界に召喚されたのだった。


 ◆


 ここはどこだ?

 どうやら気を失っていたようだと、自分の状態を理解する。

 起き上がりながら周りを見渡す。

 自分が魔方陣の真ん中に倒れていたのは想像通りだったが、周りの様子は想像とはかなりかけ離れていた。


 魔方陣の周囲にランタンが並んでいるのだが、明かりはそれだけで部屋はかなり暗い。

 暗いのではっきりとはわからないのだが、ファンタジーな景色は無く、金属製の床をした部屋だった。


 背後には青白く発光する巨大な宝石のような物があった。


「なんなんだ? ここ?」


 やっぱり異世界転移なんて起こらず、壮大なイタズラだったとか?

 クラスメイトの悪友達を思い出すと、その可能性も無きにしも非ず。タケルは困ったように頭を搔いた。


「うん……」


 小さなうめき声。

 タケルがそちらを見ると、少女が横たわっていた。


「あっ。おい、大丈夫か?」


 もちろん転がっていたのは幻影の少女だった。

 タケルが肩を掴んで身体を揺らす。思っていたより柔らかい感触に驚いたが、今はそれどころでは無い。


「おい、まさか死んでないよな?」


 とりあえず呼吸しているかを確かめるため、少女の鼻に自分の頬を近づけた瞬間、少女の目がぱちりと開いた。


「……」

「……」


 二人の目がばっちりと合う。

 しばしの沈黙。


「き……」

「待て! 話せばわか――」

「きゃああああああああああああああ!」


 バシーン!


 倉庫のような広い部屋一杯に甲高い悲鳴と、頬を打った音が響き渡った。

 音は不思議と何重にもこだました。


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