パートナー 〜18歳の年の差婚〜

松丸 慎

ナンパする人、される人

東京の下町に陽が傾きかけた八月下旬、正式な離婚手続きも済み独身に戻って三日目、駅前ロータリー上にある広場で波留子はベンチに腰掛け行き交う人達を眺めていた。未だ未だ暑さは残っていたが秋の気配が迫っていることは既に暮れかけている陽の短さからも十分感じられた。

➖あゝあ、どうせなら春か夏の始めに離婚出来りゃ良かったのにな。よりによって秋の始めなんて、これじゃあ独り身が身に沁みちゃう…それとも、孤独を感じて新しい恋でも出来るか⁉︎ いや、それはないか、もう恋をするほど若くもないしなぁ。なんか寂しい➖そんな事を考えながら目の前を通り過ぎて行く人達を眺めていたその時、突然波留子の目の前に男性が立ち塞がった。

「あの、お一人ですか? もしお一人でお暇でしたら飲みに行きませんか。」

そう声を掛けられ我に返って相手の顔を見た波留子。

「はあっ⁉︎」➖何、今何て言った⁉︎ 飲みに行きませんかって、此奴こいつ私をナンパしてんの? こんな若造が?ホストクラブの兄ちゃんか?でも服装はそんな感じじゃないな➖呆れたような表情をしていたのだろう、声を掛けてきたその男性は少し照れたように頭に手をやりながら、

「いや、暫くの間隣のベンチに座って貴女のこと見てたんですけど、暇そうに周囲を眺めてらしたのでどうかなと。迷惑でしたか、それとも何方どなたかと待合わせされてるとか。」

「ううん、してないし、迷惑って事でもないけど…なんで私?他にも一人の女性はいるのに。なんでナンパなんかしてるの。貴方あなたの返答によっちゃ付き合ってあげてもいいよ。」

「あっ、有難うございます。実は今、親父と弟と三人で賭けしてるんですよ。三人でそれぞれ条件に合った女性を誘って待合わせてる居酒屋へ連れて行く、って言う…あっその顔、呆れましたね。」

少し照れたような恐縮したような仕草に思わず笑い出してしまった波留子。

「あはははは、マジで。親子でそんなくっだらない事やってるの、っつうかよくお母さん怒らないね。それとも内緒でやってんの?」

「あ、いや、母はもう随分前に亡くなっているので。男所帯なんです。」

「あら、それは失礼。…ふうん、で今日の条件っていうのは。」

「今日は年齢差十歳以上の歳上か歳下の女性をゲット、じゃなくて誘う事です。あ、すみません、ギリ十歳は離れてるかなぁと。もしかして十歳も離れてないかなあ…いや、それでもやっぱり貴女がいいです。あの、大変失礼ですがお歳を伺ってもいいですか?」

「ええ!初対面の女性にいきなり歳聞くの? 失礼この上ないなあ。」

わざと不機嫌そうな顔をして見せる波留子。

「すいません」

心底恐縮したらしく、思わず頭を下げて謝る男性に波留子は吹き出した。

「プッ! あらっ、本気で怒った訳じゃないわよ、まあいいけどね。でも人に歳聞くならず自分から先に名乗って歳を教えるべきじゃないの。」

「確かに。じゃあ俺から。名前は九龍仙くりゅうせん、ニンベンに山の仙 です。現在三十八歳、誕生日が来ると三十九歳、恥ずかしながら独身です。世間的にはバツイチの子持ち男。」

それを聞いてちょっと驚いた波留子。

「へえ、三十九歳になるねえ、見た目は三十代前半位にしか見えないよ。モテるでしょ、背は高いし、美男イケメンだし。なのにバツイチ子持ちって、モテるからって浮気でもして逃げられたとか。」

「え、いえ違いますよ。大学四年の時に恋人に子どもが出来て、卒業したら直ぐに結婚するつもりだったんですけど、…早産で子どもは無事生まれましたが彼女は亡くなりました。入籍前だったので戸籍上は独身なんですよ、これでいいですか。さあ、じゃあ貴女の番ですよ。」

うながされ諦めたように頷くと、

「分かった。私、高 じゃない、小林 波留子、波を留める子、現在…五十六、もう直ぐ誕生日で五十七。三日前に離婚したてのバツイチ独身。成人した娘が二人、それぞれ自立してる。」

今度は仙の方が驚く番だった。

「五十六⁉︎ 嘘、ホントに。見えない、絶対見えない。冗談でしょ、揶揄からかってるんじゃないですよね。」

頷く波留子に、

「何か証明出来るもの持ってます⁉︎」

本当に信じられないのかそう尋ねてきた仙に波留子は免許証を取り出し生年月日の所だけ見えるようにして仙に見せた。

「千九百XX年十一月一日、えっ、誕生日俺と同じ。」

「え?同じって同じ月日なの?」

驚いたように仙を見る波留子。そんな波留子に頷きながら免許証を見せて照れたように笑顔を浮かべる仙。

「まさか同じ誕生日だなんて、こんな偶然あるんだ。それに十歳違い位かと思ってたのに、俺なんかより全然若く見えるじゃないですか。」

「ありがと。でもその驚き方だと予想外の年長者捕まえちゃったと思ってるでしょ⁈ どうする止める? 私は別に構わないよ、いい方に誤解されての結果だからさ。」

それを聞き大きく首を横に振る仙。

「まさか! 止める訳ないじゃないですか、さっきも言ったでしょ、条件に合わなくても貴女がいいって。条件クリアしてる上に誕生日が同じなんて運命感じる。絶対止めませんよ。」

真面目な顔で否定する仙に波留子はまたも吹き出してしまうのだった。

「プフッ!貴方、仙さん、面白いね。分かりました。じゃあ今日はご馳走になります…って、割り勘じゃないよね。ナンパしておいて割り勘なんかじゃ割に合わん‼︎」

そう言われて今度は仙がプッと吹き出した。

「面白い人だなあ。大丈夫、賭けに負けた奴が全額持つ事になってますから。こんなこと言ったらまた笑われちゃうかもしれないけど、でもこれってやっぱり運命ですよね。」

「運命…って、それは大袈裟おおげさなんじゃない、偶々たまたま誕生日が同じ日ってだけで。」

「大袈裟じゃないですよ。偶々ナンパした相手が自分と同じ誕生日だった、なんてこれはもう運命としか思えないけど。

あ、また笑うんですね、もういいですよ。俺がどう思おうと自由なんだから。でも、今日は盛り上がる事間違いないな。一緒に楽しみましょうね。」

一人満足気に頷く仙を見てその屈託のない笑顔になんだか久し振りにウキウキした気分を味わっている自分に気付く波留子だった。

仙に従い波留子が訪れたのは路地裏の隠れ家と呼ぶに相応しい奥まった佇まいの居酒屋だった。➖あゝ此処か。そう言えば、昔家族で来た事あったなあ、懐かしいや➖そんな事を思い出しながら店に入ろうとした波留子は前を歩いていた仙が急に立ち止まった為彼にぶつかってしまった。

「痛っ! ちょっと、どうしていきなり止まるかなあ。どうしたの、店間違えたの。」

「いえ此処ここです。あの、貴女あなたのことなんてお呼びしようか考えてて。小林さんって言うのもちょっと硬いし、波留子さん、でもなんかちょっと違う気がして…。」

「はあ⁉︎ そんな事考えてて急に止まったの、呆れた。 んじゃハルさんでどう⁉︎ 友だちは皆んなハルって呼んでくれてるからさ。」

合点がいったように頷いた仙、

「いいですね、ハルさん。うん、じゃあハルさん、そう呼ばせて貰いますね。じゃあ俺は…」

「仙さん、でいいんじゃない。それとも仙、って呼び捨ての方がいい?」

「仙で構いませんよ、ハルさん。じゃあ行きましょうか。」

そう言うといきなり波留子の手を取り店へと入って行く。➖なんで?なんで手繋ぐ必要があるの⁉︎ ちょっと馴れ馴れしいんじゃないの⁈➖頭の中でそんな疑問を呈しながら引きられるように引っ張られて付いて行く波留子だった。

店内に入ると、「お帰りなさい」の声が掛かった。➖あゝそうだった、この店いらっしゃいの代わりにお帰りなさいだったっけ。で帰る時が「いってらっしゃい」だったな➖

「へえ、珍しいですね、お帰りなさいなんて。あの、九龍ですが。」

と仙が名乗ると奥の方を示して、

「どうぞ、お連れ様もういらしてますよ。」

と案内してくれた。付いて行くと仙の父親と思われる男性が一人で座っていた。「こちらです。」

そう言った従業員の声に読んでいた本から顔を上げた男性が、

「おゝ仙、お前か。こちらがお前のゲストか。こんばんは、初めまして仙の父です。仙、条件は十歳以上だぞ、分かってるのか。」

と二人に声を掛けてきた。

「あゝ。ところで親父のゲストは? もしかして駄目だったの。」

男性は照れたように頷き、

「あゝ今日はついてないよ。」

愚痴ぐちをこぼす。

「なんだそうか、残念だったな。ハルさん、こちらが俺の親父、九龍悠介くりゅうゆうすけ。親父、こちら小林波留子さん。親父もやっぱり信じられないよね若いでしょ、彼女。でも、彼女条件クリアしてる上に俺と誕生日が一緒なんだ。これって運命の出逢いだよね。」

悠介はちょっと驚いた様子で、

「えっ、じゃあ四十九、それとも五十代⁉︎」

と聞いてくる。➖はあ⁉︎なんだこの親父、人の歳を彼是あれこれ口にして➖波留子の怪訝けげんそうな表情に気付いた仙が、

「親父、失礼だよ! ごめんハルさん悪気はないんだけど失礼だったね、ごめんなさい。」

と謝ってきた。悠介も自分の失態に気付き、

「あ、すいません。女性に対して失礼でしたね。でもあんまりお若く見えたもんだから。」

と悠介。その言葉に波留子は手を振り、

「あ、いいえ、いきなり歳を口にされてビックリしただけですから。」➖ホント失礼な親父➖

「ところでなんで今日はダメだったの?いっつも最初に連れてくるの親父じゃん。」

と仙が尋ねると悠介は苦笑いしながら、「いや、ゲットはしたんだよ。でも歳聞いたら三十八だって。お前と同じ歳なのに老けてんだよな、俺は四十代半ば過ぎか五十手前位だと思って声掛けたんだ。あんまりけてて拍子抜けしちゃってさ。なんかこれじゃ楽しめないかな、と思って暫くお喋りして止めたんだ。」

「なんだそりゃ⁉︎ 親父だってもう歳なんだからいいじゃん、それだけ若けりゃ文句ないじゃん。」

「甘いなあお前は。俺は六十代に見られた事ないんだぞ!そんな若く見られる俺がなんで老けて見えるような女捕まえなきゃなんないんだよ、不公平だろうが。」

親子のくだらないやり取りを黙って聞いていた波留子だったが、

「あのう、ナンパして連れてきた者の前でそういう話は如何いかがなものかと思いますけど。」

とやんわり非難してみた。すると仙が、

「そうだった、重ね重ねの失態ですね、ごめんなさいハルさん。もう止めます。親父、終わりな!」

「あゝすいません。」

と悠介も恐縮した。

「それにしても快斗かいとの奴遅いな!もうそろそろタイムアップじゃないの⁉︎ 六時半って約束だよね。」

「あゝそうだな。…あっ来た、来た!」悠介の言葉に振り返った仙と波留子。

「やあ、ギリ間に合った…かな。」

波留子を見た途端、表情が変わった快斗の様子に仙が、

「どうした快斗⁉︎」

と声を掛けた。

「あ、あゝ何でもない。紹介するよ、こちら田辺由紀たなべゆきさん。えっと俺より十一下だって。由紀さん、こちらが俺の親父、九龍悠介。でこちらが俺の兄貴の仙。…」

快斗の後を引き継ぐように仙が、

「こちら小林波留子さん。」

と告げた。

「初めまして〜、田辺由紀で〜す。快斗さんにいナンパされちゃいましたあ。」今時の若い女性の流行りなのか語尾を伸ばして話す彼女に「初めまして。」「初めまして、小林波留子です。」と四人が其々それぞれ挨拶しあった。「あゝ座って座って。今日は俺の負けだな! 先ずはビールでいいかな。 すいません注文お願いします。」と悠介が仕切って見知らぬ者同士のうたげが始まった。

仙の思った通り、いやそれ以上に波留子のソツのない話術に宴は盛り上がった。ニ時間程経った頃、由紀がちょっと失礼しま〜す、と席を立った。すると快斗が、

「彼女、もういいか⁉︎ なんか疲れない、あの喋り方。それになんかちょっとクネクネしててキモい!」

それを聞いた波留子はムッとして、

「貴方、ご自分で誘ったんでしょ。そんな言い方って彼女に失礼なんじゃない。私も席を立ったらそんな話されてるのかしらね。気に食わないなら何故誘ったんです。ナンパするって相手と話してみていいと思うから誘うんじゃないの。それとも声掛けた時に相手が乗り気なら誰でもいいって事なのかな。 仙、私の言ってる事って変、今時は通用しないの。」

「いや、ハルさんの言ってる事は正しいよ、常識的だよ。…ただ、確かに彼女の相手をするのは疲れる、それが正直な感想。ごめんね、怒らせちゃったかな。でもハルさんの事をどうこうなんて俺達一言も言ってないから、誓ってもいいよ。」

ジッと仙の顔を見ながら聞いていた波留子は、

「分かった!」と頷いた。

「じゃあ、私も言っていいかな。」

「えっ、何?」

少し不安そうな表情で仙が尋ねると波留子が仙にだけ聞こえる小さい声でボソッとつぶやいた。

「実は私も疲れた、ゴメン。」

と片手を顔の前に立てて見せた。それを聞いた仙の目元がゆるんだ。

「はははっ、ハルさん偉い! ちっともそんな風に見えなかったよ。」

「何?」「何?」

と快斗と悠介が知りたがった、が丁度そこへ由紀が戻って来たので皆黙った。「あのう、私そろそろ失礼しますう。友達から連絡入っちゃってえ。」

それを聞いた快斗の顔が一瞬ほくそ笑んだように見えた。

「なんだもう帰るの、残念だね。」

裏腹うらはらな言葉を並べている快斗を呆れたように見つめる波留子。そんな彼女の様子に苦笑する仙と悠介。

「え〜、もっと居た方がいいですかあ。」と甘え声で尋ねる由紀に快斗は、

「いや、無理強むりじいする気はないよ。お友達待ってるんでしょ、今日は付き合ってくれて有難う。未だそんなに遅くないし駅の側だから送らなくても大丈夫だね、ホント有難う。」と言うとそれ以上彼女にしゃべる隙を与えず皆と別れの挨拶をさせ店先までさっさと連れ出した。

「全く、相変わらずだな快斗は。」

と苦笑したのは悠介だった。怪訝そうな波留子の表情を見て、

「あ、いや、快斗はあまり相手を見ないで条件に合ってるってだけで誘っちゃうんですよ。で、毎回飲んで話してるうちに愛想を尽かしちゃうんです。困ったもんです。」

そんな話をする悠介に呆れたような視線を投げながら波留子が、

「呆れた! 困った人は貴方でしょ。そんな事を繰り返してる息子を教えさとして直させるのが親じゃないんですかね。それを開き直って困ったもんだ、なんてどの口がおっしゃってるんですかね。会社を経営されてるって仰ってたからナンパゲームしててももっとマトモな方かと思ってたのに、残念な方ですね。仙、私も失礼するわ。」

そう言って席を立とうとする波留子の腕を掴んで押し留めようとする仙、

「ハルさん待って、聞いて。親父も俺も何度も快斗に注意してきてるんだ。親父の注意を全く無視して今回みたいなバカ続けてるのは快斗なんだよ。俺も親父も最近はもうお手上げ状態なんだ、ホントだよ、分かって貰える。頼むから気をしずめて未だ帰るなんて言わないで。」

腕をつかむ強さから仙の必死さが伝わって来て波留子も興奮した自分の大人気おとなげ無さに気付いた。ふっと笑うと席に座り、

「ごめん、こんなんじゃ私も人の事言えないね。分かりました、じゃあもう少し居させて貰うわ。」

「良かった!」

仙と悠介が同時にそう口にしたので波留子は思わず笑い出していた。とそこへ快斗が戻って来て、

「ったく、彼女帰り際に携帯番号教えろのアドレス交換してくれのってしつこくてさ、面倒くさいからデタラメ教えておいた。どいつもこいつもうちの会社の事知ると途端にあゝだもんな、嫌になるよ。」

と愚痴をこぼした。悠介も仙も黙って波留子の様子をうかがっているようだった。

「何?どうしたの二人とも黙ったままで。それよりハルさん、俺ハルさんを見た瞬間にれた。俺、歳上の女性でないとやっぱダメ。さっきは彼女が居たから言えなかったけどさ。ハルさんも疲れたでしょ、ああいう人の相手は。」

そう言った途端、快斗は波留子に思いっきり頬を引っ叩かれた。ビシッ!

「ひえっ!なんで…?」

そう言うと悠介と仙の顔を交互に見ながらどうして自分が叩かれたのか判らずに呆然と立ち尽くす快斗。

「突然でびっくりした⁉︎ でも、いくら目の前に本人がもう居ないとはいえ貴方の暴言は今のビンタに値します。一緒に楽しい時間を過ごしてくれる人を探してナンパしてるんでしょ。ならどうして、最初に話しかけた時相手と暫く話してみて相性が良いか悪いか考えてみないんですか。そんな初歩的な確認もしないで連れて来て挙句あげくにそんな相手を愚弄ぐろうするような言い方して、失礼にも程があるでしょう。お父さんやお兄さんから何度も注意されているのに自ら反省もしなけりゃ態度を改めようともしないなんて、貴方バカでしょ‼︎ 」

思いも掛けない相手から思いがけない叱責しっせきを受け呆然としていた快斗は波留子に叱責された後も暫くの間そのまま動かなかった。自分の席に座り直した波留子が他の客達にジロジロ見られていた事に気付き、快斗に座るよう促した。そしてこの時初めて快斗は眠りから覚めたかのように目をまたたき波留子の顔を見つめた。

「なあに、何か反論したい。なら言ってごらんなさいよ、聞いてあげるから。」

見られている事に気付いた波留子がそう先手を打った。すると意外にも快斗は大人しく自分の席に座ると深々と三人に向かって頭を下げて言った。

「すいませんでした。さっきのハルさんのビンタで目が覚めた気がする。親父や兄貴に注意されてはいたけど二人とも当たりが柔くてそんなに真剣に受け止めてなかった。でも、ハルさんに思いっきり叩かれてなんかすっごく悪い事してたんだ、って事に気付いた。有難うハルさん。俺、貴女に心底惚れました。」

快斗の言葉に反論されるかと身構みがまえていた波留子は意表を突かれ拍子抜けしてしまった。➖なあんだ、素直なんじゃない。どうして私みたいにビシッとしかってやらなかったんだろう。叱ってやっていればもっと前に楽しい時間を沢山過ごす機会に恵まれただろうに。うん⁉︎今最後に何つった此奴こいつあせりを見せないように堂々とした素振そぶりで、

「分かったのなら結構、もう言うことはない。確かに、私も疲れたあ。語尾を伸ばして話されるとタイミングつかめないっつうか…今時の若い人ってみんなああいう話し方するのかしら。だとしたら私到底無理だわ。うちの娘達だってああいう話し方しないしね。なんか最後にほざいてたけど皆んな酔っ払うと平気で訳分かんないこと言うのよね。だから聞き流すわ。」

「ちょっと、聞き流すって、‥はあ、あれだけ彼女に話し掛けてたじゃないですか。だから凄いなあって思ってた。俺、途中であの話し方が鬱陶うっとうしくなっちゃって話さないようにしてた位なのに。」

と快斗。

「うん、気付いてたよ。だから私間を取り持ってたんだよ。いきなり全然話さなくなっちゃったら場の雰囲気壊ふんいきこわしちゃうでしょ。なんで私が接待する方に回らなきゃいけないんだ、って憤慨ふんがいしてたの分からなかったかなぁ。」

波留子にそう言われた快斗は驚いたようで、

「全く気付かなかった。本当に、本当にすいませんでした。」

と再び謝罪するのだった。

「はい、じゃあこの話はこれで終わり。飲み直しましょうか。」

波留子の一言で今度は四人で宴が再開された。今度は誰もが心から楽しんでいた。

「今夜は楽しくってちょっぴり珍しい話し方聞けて面白い体験させて頂きました。仙、悠介さん、そして快斗君、どうもありがとうございました。」

「ハルさん、送って行くよ。」

仙がそう申し出たが波留子は断った。

此処ここは私の地元だから一人で帰れますよ、お気遣きづかい有難う仙。」

「ハルさん、女性と飲んでいながらこんなにフランクに楽しめたのは初めてですよ。是非ぜひまた私達三人と飲みに行きませんか。」

と悠介。

「はあ、考えておきます。」

と波留子。すると快斗がいきなり、

「ハルさん、俺がさっき言ったこと本気だから。本気で俺と付き合う事考えてよ。」

「はっ?」➖今何て言った、どういう事⁉︎➖

「だから、俺とお付き合いしてくれませんか。」

重ねて尋ねる快斗に対し仙が、

「快斗、お前何言ってんだよ。ハルさんビックリしてるじゃないか。今日知り合ったばっかりで失礼だぞ。」

➖そうだ、そうだ。いっくら歳下が好きって言ったってお前じゃ若過ぎるぞ。下手すりゃ息子だよ➖

「そうだよ快斗。だからさっき俺がまたみんなで飲みに行きましょうって誘っただろ。」

「えー、ってことは親父もハルさんねらってるの、マジで⁉︎ 仙は、まさか兄貴も。」

「あのなあ、だからハルさん此処に誘ったの俺なんだけど。俺とハルさんは今日、出逢うべくして出逢った、お互い運命の出逢いだったんだよ。

➖えっ、あれっ⁉︎ どういう事、何言ってんだ此奴ら➖

「あの、ともかく、今日はこれで失礼します。ご馳走様でした。」

そう礼を言って一人でさっさと店を出て行こうとする波留子の後を仙が追い掛けて来た。

「ハルさん、ごめん気を悪くした。でもハルさんと今日出逢った事は運命だと思ってる。快斗や親父がハルさんを気に入ったのも本当だよ。だから怒らないで。」

「怒ったわけじゃないよ。ただ、今日は驚かされることばっかりで、ちょっと頭の中がこんがらがってるのは確か。」

「また会ってくれるかどうか考えてくれるって言ったでしょ、会って欲しいんだ。でも連絡先知らなきゃ連絡取れないよ。これ俺の名刺、はい。ハルさん職探ししなきゃって言ってたからそっちの件でも力になれると思う。名刺の裏に直通番号書いておいたから連絡して!」

そう言って仙が名刺を波留子の手ににぎらせると仙は耳元で、

「おやすみなさい、波留子さん。」

そう言って店内に戻って行った。店を出て家路を辿たどる波留子は耳の奥で自分の鼓動が高鳴るのを感じていた。➖やだ、いい歳して何ドキドキしてんだろ私。今時の若い人にはあんな小洒落こじゃれた挨拶普通なんだろうに、バッカじゃないの私ってば➖自分に言い聞かせるように繰り返す波留子だった。

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