ひとりぼっちだったわくせい【一日一本お題二つでSS/惑星・再会/17/3/24】
ふるふるフロンタル
やっとついた
湿った空気がヘルメットの中、無音の空間を循環する。ふわっと降り立った灰色の大地は視線の先、目測が効かない遥か彼方まで続いている。
……地球の外……これが宇宙、地球外惑星か。こんな景色を見て先人はどう思ったんだろう。
私の憧れたかつての英雄たち。人類が初めて月へ降り立ったとき、世界は歓喜した。
人類史の新たな幕開けだと。
偉大な一歩だと。
それこそ見ず知らずの何億という人に勇気と希望を与えたのだろう。
それなのに――
私の着陸は、人類に何の希望も、自分さえも鼓舞できないでいる。
惑星M810――世界でも極一部の人間のみにだけ存在を明かされている綿ぼこリの灰色惑星に私は立っている。
構成成分――不明。
質量――不明。
周回軌道――四十年後に地球の中央を貫き通過予定。
これほど夢のない星がいままであっただろうか?
とある学者がこのビックニュースを持ってきたとき、各国研究機関は鼻で笑っただろう。私だってその時聞かされていたらそう思ったさ。
私は二児の父。妻もいる。それなのに宇宙飛行士なんていう夢追い人で家庭を顧みない職を選んだことについては――反論できないが。
つまり、それぞれ事情を抱えた人間が、たとえ宇宙を志す人間だったとしても、そんな荒唐無稽な話を素直に信じられるはずがないというわけだ。
……その時のお偉い方を呪ってやりたい、なんて思わないけどな。
……。
…………。
………………。
さく、さく……
頭の中で無意識に効果音を鳴らしつつ私は灰の地面にたった一本、この星にとっては最初で最後になるだろう足跡を刻んでゆく。
やわらかい。
なんとなくそう感じていた。分厚い宇宙服を通してでははっきりわかるはずがないのだが、かろうじてバイザー越しに確認できる灰の質感や、片手に持つ端末が次々に解析するデータからそれがわかる。
遥か彼方、辺境も辺境の惑星までやってきたのに、においも風も、光だって楽しめない。こんなことならステーションのプライベートビーチで家族サービスしておけばよかったのにと。
何度後悔したのかさえわからない。
「……さて、このあたりか」
まぁ、それこそ。
――こんな後悔はこの星と一緒に吹き飛ばそう。
私は五年前、訓練施設で渡されたマニュアル――とうの昔に暗記した――に従い、シャトルから少し歩いたこの地点に腰を据え、引っ張ってきたコンテナの中から一体のマシンを取り出した。
軽い合金で出来ている。サイズはちょうど小型犬。ただし、足は十本以上付いており、背中の部分には重たいコンピューターが積んである。こいつが私たち人類すべての運命を背負った、今回の旅の主役になる。
「さ、頑張ってくれ……スイッチ、ここか」
背中のコンピューターに青くて小さなランプが点灯した。たくさんの足がいっせいに動き出し、元気すぎるクモのように私の周囲を這い回る。軽い砂埃が舞い、ここにわずかな風が発生していることを視覚的に確認した私はなんとなく安心し、手元の液晶端末を覗くと、五年ぶりの笑顔が反射し写っていた。
「……ははっ、ここに来て……っと、いかん。今が一番気を引き締めないとならないときだ」
でないと地球を発ってから今まで、何のために気持ちを殺してきたのかわからない。
私は人類の代表としてここに立っている。そして、無力なヒトの代わりにその仕事を実行するのがこのマシン――
「行って来い。私はここで待っている」
『…………』
マシンはカサカサと音を立てながら――空気があればきっとそうだろう――ごみごみした灰色の地平線へ消えていった。
「……マシンに話しかけるとはな」
相当イカレてる。
そいつの影が見えなくなったとたん急にバカらしくなった私は一人、その場に座りこむ。
ここから当分……おそらく数日間は一人きり。
などと――まただ。また私はおかしなことをっ……!
手元にあったボーリング玉くらいの岩石を思い切り放り投げた。
ははっ――無重力でないとはいえこのくらいの石ころならばどうということはない。
――いっそ、この星丸ごと放り投げられれば。
そんな考えが脳裏によぎる。
ダメだ。完全にキてしまっている。
ここは一旦引き上げよう。
私は座ったばかりの地面から立ち上がり、尻のあとがしっかり残った地面をぼんやりながめながらシャトルまでの帰還経路を反芻した。
……。
…………。
………………。
「ふぅっ……っと。ヘルメットなんて進んで被るものじゃないな」
シャトルに着くなり服を脱ぎすてひとりごちた。
宇宙服を着ているとき、そして今戻ったシャトルの中にいるときと。空気の温度や湿度はまったく変わらない。
もちろん、そのように設定しているからなのだがやはり、『空間』の中にいる時とそうでない時とではやはり、緊張感が違ってくる。
この五年間暮らしてきたシャトルは無機質だ。広めの寝室が一つ分。その中に大量のコンピューターが敷き詰められ、ほぼすべての壁面を覆っている。誰が考えたのか――それらは狂気を誘う白色に統一されていて、常時、周囲の状況をモニターする。
「マシンは……よし、順調らしいな」
そして現在、私の関心の中心にいるマシンの動向もここから観測する。
パサパサまずいことに定評のある食事――スティック状のお菓子みたいなもの――の欠片がそこら中に撒き散らされていることも気にせず、私は食事中じっと、新たにマシンが送ってくる情報の山を見つめていた。
成分解析――そうか、なるほど。これは地表が岩だらけなことも頷ける。ははっ……水や緑があってくれ、などとは言わないが、もっと目に潤いを提供するような、宇宙飛行士の夢を叶えてくれるような星はないのかねぇ……
ここにあるものといったら山、山、谷。谷、谷、山。それも全部が全部灰色の岩山なのだからたまったものではない。
これほどロマンのかけらもない星が、私の初宇宙旅行だというのだから、さすがに自分の不幸を呪いたくもなる。
「……何を今更……っと、質量だ……質量……は……!?」
突然、モニター内にエラーメッセージが洪水のように溢れ始めた。
真っ赤な表示。
点滅する文字コードが示すもの。
「バ、バカなっ! あのポンコツは何をしているっ!」
――シグナルロスト。現在地、確認できず。
そう、簡単に言えば、先ほど放った観測用のマシンはなんらかの理由で姿をくらまし、そいつ――クモのようなあのマシン――の持つ脳の数『百分の一の脳』しか持たない私とシャトルは、その先の任務を果たすことが出来なくなった、と。
「…………このままでは」
ピコン、ピコン。
えらく無駄な装飾だ。
エラーメッセージを吐き出すだけでは飽き足らず、バカなシャトルは音まで出して、私の心を蝕んだ。
「私は」
私の五年間を否定する。
「人類は……」
そして、この先五年を――
「いや、違う。この先、ずっと続くはずだった人類の歴史を……っ」
この任務――
この星の爆破が失敗してしまっては――
私は脱いだばかりの宇宙服を着込み、また灰の外へ出る。
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