第十一幕
【手帳の中の物語 ⑪】
『◭ボクとピラミッドの話』
最後の作文から、またずい分と時間がたってしまいました。
その間、ボクは森のテントの中でずっと考え事をしていました。
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ボクは何のために生まれたんだろう?
何のためにここにきたんだろう?
そんなことを考えていたのです。
それを考えるようになったのは、チャールズが死んだからです。
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チャールズはずっとボクのそばにいてくれました。ボクにやさしくしてくれて、ボクの親友でいてくれて、ボクのためにここまで一緒に来てくれた。
それは本当にボクにとって何よりもうれしいことでした。
でもチャールズはボクのために死んでしまった。
チャールズは何のために生まれてきたんだろう?
ああして殺されてしまうことが、チャールズの望んだ人生だったんだろうか?
本当のチャールズはどんな風に生きたかったんだろう?
ボクと関わっていなければどんな人生を送っていたんだろう?
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そしてこのボクは?
ボクはどんなことをしたいんだろう?
生きて何をするべきなんだろう?
ずっとそんなことを考えていました。
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そしてボクは自分がやるべきことを知りました。
ボクの一生をかけて、命をかけて取り組むような大きなことです。
作文の題名に書いてあるように、それはピラミッドに関係したことです。
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考えてみれば、ボクは小さい頃からピラミッドというものに強く惹かれていたような気がします。
小さなころのお気に入りはトランプで作るピラミッドでした。
写真でピラミッドもよく見ていたし、ピラミッドの本も大好きでした。
そしてエイプリルが石を鮮やかにぴったりと積んでいるのを見たときは、ピラミッドを作っているようでなんとも興奮しました。
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今までそれを忘れていたのは、いろんなことから逃げ出すのに忙しかったせいです。
でもこうして誰とも会わずにたった一人で過ごすようになって、ボクは自分の中にピラミッドに対する強烈な憧れがあることを思い出しました。
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ボクはまず、ピラミッドというものをこの目で見たいと思いました。
ボクが生まれたアトランティスの時代では、ピラミッドはすでに破壊され、写真などの映像記録が残っているだけでした。
けれどもその写真だけでもその大きさ、規模は驚異的なものでした。あの時はその写真や映像にびっくりするだけでしたが、この過去の世界ならば、まだ完成したばかりの、現実のピラミッドが間近に見られるに違いありません。
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さっそくカズンに相談したところ、彼もとても乗り気でした。
ボクたちはまず物質小型化装置のスイッチを反転させ、自分たちを拡大しました。
もちろん大きくなったのはこれが初めてです。
あれほど巨大だった世界が見る見るボクの眼下に小さくなっていきました。
かつて森だと思っていた植物の世界は草むらに変わり、巨大だった岩石は石ころに変わり、この大陸は小さな島に変わりました。
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それからボクは地面にかがみこみ、手のひらほどの飛行機を手にとり、それを持って海に向かいました。
大陸の中で飛行機を巨大化させると、その強烈なジェットエンジンが大陸中に嵐を巻き起こすかもしれないと思ったからです。
ボクは飛行機を海に浮かべて再び物質小型化装置を反転させました。
飛行機はみるみる大きくなり、やがて一人乗り用のジェット機になりました。
それから巨人になったボクは飛行機に乗り込み、真っ青な空に飛行機雲を無限に伸ばし、ピラミッド目指して飛びたちました。
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二時間ぐらい飛んでいたでしょうか。
ヨーロッパを横断し、地中海をぬけ、やがてアフリカ大陸が見えてきました。
高度を下げて、海岸線に沿ってしばらく飛んでいくと、すぐにナイル川の河口が見えました。
大きくなった自分の目から見ても、それは巨大な河口でした。
ボクは飛行機の高度を下げ、今度はナイル川の上流へと飛んでいきました。
ピラミッドはナイル川のそばにあったはずだからです。
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ですが、いくら飛んでもピラミッドが見つからないのです。
あれだけ大きな建物なのだから、見落とすはずがありません。
もっともボクの予想と違い、河口付近の土地はジャングルに覆われていました。
ピラミッドの写真では砂漠のイメージが強かったのですが、河口付近には砂漠は一つもなかったのです。
そこには人間が住んでいる様子もなく、ただ毒々しいまでの緑色が折り重なるようにして地面を覆っているだけでした。
でもあのピラミッドが隠れるほど巨大な木が生えているわけではありません。
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そこでボクは高度を下げ、もう一度ゆっくりとナイル川に沿って飛びました。
ですが二度目のときも、やはりピラミッドは見つかりませんでした。
仕方なくボクはナイル川の河口近くの海岸に、飛行機を着陸させました。
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「どうしてピラミッドがないんだろう?」
ボクがそう聞くと、カズンがすぐに答えました。
「まだ、作られていないからさ」
「でも年代を考えれば、とっくに出来ているはずだ。それなのに作っている痕跡もない、人間の姿すらない」
「たぶんアレは、ここの人間が作ったんじゃないのさ」
カズンはそこで何かに気づき、それからニンマリと笑顔を浮かべたのです。
同時にボクもカズンと同じ事に気づき、ボクは逆に恐ろしさを感じました。
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「そうだよ! オレたちが作るんだよ! 最初からそういうことになってたんだよ!」
「いくらなんでも、それはまずいよ。歴史を変えることになるんじゃない?」
ボクは慌てて言いました。
でもボクの本心はすでにカズンに伝わっていたと思います。
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「いいや、それこそが正しい歴史なんだよ。オレたちの手で人類史に残る最高の建築物を作るんだよ。それが正しい歴史なんだよ」
カズンはその考えにすっかり興奮しているようでした。
そしてボクもまたその考えにぞくぞくと興奮していました。
でもそれを認めるわけにはいきませんでした。
それこそ、本当の犯罪者になってしまいます。
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「そんなはずがないよ。それに一人でなんかできるわけない」
「オレたちなら出来るさ、それにここには人間がいないんだ。少なくともピラミッドを作れるような人間はいない。文明の痕跡だって見当たらない」
「だからってボクたちが作っていいはずがない」
「いいのさ、オレたちにしか作れないんだからさ、」
「それに……どうやって作るんだよ?」
「それはこれから考えればいいことだ」
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そういうとカズンは飛行機の翼を屋根にして、手早くテントを張りました。
ボクはそれを手伝いながら、どうするべきかを考えていました。
でも迷っていたのは作るかどうかということではありませんでした。
作ることはボクの中ですでに決定していたのです。
これだけの巨大なものをたった一人でどうやって作り出すか?
ボクはすでにそのことだけを考え始めていました。
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その夜からボクたちは仕事に取りかかりました。
ピラミッドの設計と、その作業の段取りを細かくリストにして書き出しました。
石をどこから取ってくるか?
どうやって四角く切り出すか?
いくつ切り出す必要があるのか?
それを運んで積み上げるためにどうしたらいいのか?
立体迷路を組み込むにはどうしたらいいか?
その全てを一人でやるためにどうしたらいいのか?
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その作業は実にはかどりました。
ボクは頭の奥深くで、昔からこの日のことを考えていたのだと思います。
アイデアがどんどんとあふれだし、そのアイデアも手持ちの道具だけで充分に実現できるものでした。
ボクはそれを考えながら、ボクの中にあった熱情、どうしようもない焦燥が満たされていくのを感じました。ピラミッドの建設はその全てを注ぎ込んでもまだ足りないくらいだったのです。
そして三日も過ぎた頃には、計画が立ち、全ての段取りがついていました。
その計画どおりにいけば、自分ひとりであの巨大なピラミッドを完成させることが出来るはずでした。
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しかし一つだけ問題がありました。
それはピラミッドを完成させるためには、文字通りボクの命をかけなければならないということでした。
そう、ピラミッドを完成させるたった一つの条件は、ボクが自分の命をあきらめることでした。
でもそれだけを覚悟すれば、あの歴史的な建造物を自分の手で作り上げることができるのです。
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迷うはずがありません。
ボクもカズンも覚悟は決まっていました。
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ということで、もう計画は出来上がっています。
ピラミッドはボクの命を待っています。
けれどその前にいくつかのさよならをしてくるつもりです。
そしてあと一度だけ、最後に、作文を書くつもりです。
それを書き終えたとき、
ボクは全てのものにさよならをするつもりです。
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