【テルオの伝記 ⑧】

『🐈その後の顛末と卒業』


 改めて言っておきたいことがある。

 それはわたしがこうして記している、物事の全てがであるということである。

 これまでの章で輝男や鋭子、龍次、大塚の話していた会話もそうだ。それらはわたしの回想ではあるが、その話した言葉は一言一句当時のままを再現している。

 彼らの経験したあらゆるシーンは、動画で撮影したように、わたしの体の中に正確に記憶されているのである。


   🐈


 なぜそんなことが可能なのか?

 どういう理由で、彼らのすべてを見通すことができたのか?

 そもそもわたしはいったい誰なのか?


   🐈


 このあたりで少しだけタネあかしといこう。


 まず一つ目。これを言うのは二度目になるが、わたしはいわゆる『神』ではない。わたしは人間で、すでに輝男の物語の中に登場している実在の人物である。


 二つ目。わたしは織田輝男のもう一つの人格『ネコ』ではない。ネコは姿を消したとはいえ、輝男のすぐそばにいたし、彼の心の中もよく分かっている。だが『ネコ』であるならば、彼の両親の歴史についてまで語ることはできないだろう。鋭子や龍次の歴史についてもそうだ。


   🐈


 ということでヒントはここまでにしておこう。まぁわたしの存在が気にならないと言う人もいるだろうし、わたしの存在そのものは輝男の物語のおまけにすぎない。

 だがともかくわたしは、織田輝男の人生のあらゆる場面に居合わせた。

 そしてずっと彼と、彼の人生を興味深く見つめてきた。

 もちろん今もわたしは彼のそばにいて、彼の人生を見つめている。

 いずれ、わたしの正体も明らかになるだろうから、今は話を先へと続けよう。


 大塚の引き起こした事件の後日談だ。


   🐈


 輝男はその事件で、二週間の自宅謹慎処分となった。

 母親が学校に呼び出しを受けたが、当時母親は入院しており、代理の祖母もまた学校に出向くことを拒否した。結局、輝男は一人で担任の教師から注意を受け、自宅で反省文を書くように言われた。輝男は元から学校に行くのが好きではなかったから、この処分はあまり気にならなかった。

 ただ鋭子と龍次には会いたかった。

 何だか二人が友達になってくれそうな気がしていたからだ。

 しかしそう思いながらも、本当に友達になってくれるかどうかは半信半疑だった。

 輝男には友達という存在がずっといなかったからである。


   🐈


 山川鋭子は輝男とは逆に二週間びっちりと学校に通うことになってしまった。

 怪我そのものは、すり傷ばかりで軽傷だったが、海外ロケの休暇もかねて仕事がオフになったのだ。

 彼女にとってこれだけ長く学校に通うというのは初めてのことだった。

 学校では、大塚の親衛隊の女の子達が手ぐすね引いて待っていた。彼女達の根回しによる徹底的な無視も待っていた。

 だがそれだけだった。その程度のことなら、いつものことだった。


 しかし今回はいつもと違うことがあった。

 それが神城龍次の存在だった。


   🐈


 龍次はクラスの気配を感じ取って、休み時間になるたびに鋭子を屋上に誘った。

 昼休みには彼女が飼育小屋にいくのについてきてくれた。

 鋭子は龍次に周りを見張ってもらいながら、輝男の代わりに野良猫にエサをあげた。そうしているうちに二人は少しずつ話をするようになった。


   🐈


 龍次は鋭子にアトランティス大陸の取材のことも尋ねた。


「あのさ。ずっと聞こうと思ってたんだけど、山川さ、アトランティス大陸の取材してきただろ?」

「ええ。見てくれたの? あの番組」

「まぁな。オレ、アトランティス大陸に興味があるんだよ」

「本当に? 実はあたしもなの。それに織田君もそうなのよ。織田君ね、実はアトランティスの博士なの、知ってた?」

「興味があるのは知ってたけど、博士って?」

「あの番組の基になる論文を書いたの、なんと織田君だったの!」

「おいおい、うそだろ? あいつまだ小学生だぜ?」

「ほんとよ。それに論文も英語なのよ。わたしもびっくりしちゃった」

「すげぇんだな、あいつ。ところでさ、オマエは信じてるの? アトランティス大陸のこと」

「もちろん! 絶対にあると思うわ」

「うん、オレもそう思ってた。あー、早く織田と話してみてぇな」

「うん。早く来ないかな、織田君」


 二人はアトランティス大陸の話をしながら、輝男が来る日を待ちわびた。


   🐈


 ちなみに龍次にも最初、二週間の自宅謹慎の処分が決まった。その時点で龍次は自分から父親にその件の事を話した。あの日起こったことをありのままに話した。

 最初、彼は父親に殴られるものだとばかり思っていた。

 だが父親は龍次の話を聞き、まぁ仕方がないな、とだけ言った。

 それから二人で大塚の家に謝りにでかけた。


   🐈


 大塚の家では、腕をギプスで吊った大塚と、その父親が待っていた。

 大塚の父親は息子の嘘の話を聞いていたから、龍次と父親に向かって尊大な態度をとっていた。

 龍次も父親もそれでも自分の頭を下げた。相手に怪我をさせたことにかわりはなかったからだ。

 だがその態度に大塚の父親は勢いづいた。さらに龍次の悪口を並べ、教育について文句を言った。さらには龍次の父親のことまでも慇懃無礼に馬鹿にしはじめた。


   🐈


 龍次の父親も最初は黙って耐えていたが、大塚の父親のネチネチとした言い方や態度に完全に頭にきていた。

 龍次の父は大塚の家を一歩出た瞬間に、当時はまだ珍しかった携帯電話を取り出し一本の電話をかけた。

 相手は大物政治家の秘書だった。

 そしてひと言ふた言、世間並みの挨拶をしたあとに『じつは困ったことになってね』と続け、しばらく何事か話したあとに『よろしく頼む』とだけ言って電話を切った。


   🐈


 きっかりその一分後、大塚の家の玄関がすごい勢いで開き、靴も履かずに大塚の父親が飛び出してきた。

 そして龍次と父親の目の前に回り込むと『申し訳ありません!』と目に涙をいっぱいためて頭を下げた。

 だが龍次の父親は黙ってその横を通り過ぎた。すると大塚の父親はそれをさらに回り込んで、二人の前で土下座した。下はアスファルトの道路だった。頭上には街路灯がともっており、宵闇の中、スポットライトのように大塚の父親の姿を浮かび上がらせていた。


『申し訳ありませんでした! 失礼な言動をどうかお許しください! わたしは知らなかったのです!』

 大塚の父親は涙ながらに訴え、何度も額をアスファルトにこすりつけた。その額からは本当に血が流れ出していた。

 龍次はちらりと大塚の家を振り返った。玄関から漏れ出した明かりの中に、大塚が立っている小さな影が見えた。


   🐈


 その翌日、龍次の自宅謹慎は解けた。

 校長、担任、あの女教師までが龍次の家にやってきて、誤解を詫びていった。

 龍次はそのときに初めて、権力の持つ恐ろしさを知った。

 そして父が実にうまくそれを使うことも知った。


   🐈


 そして二週間後、輝男の謹慎処分が解けた。

 その日は校門の前で鋭子と龍次が待っていた。

 輝男はうれしさのあまり、少し涙ぐんだが、すぐに袖でごしごしと目元をふいた。

 彼は友達というものができたことが素直にうれしかった。

 それは校門で待つ二人にしても同じだった。

 三人は学校が始まる前に、まず飼育小屋にいった。

 野良猫たちは元気だった。そしてみんなでネコをなでながら、ゆっくりとアトランティス大陸の話を始めたのだった。


   🐈


 その日から三人はいつも一緒に行動するようになった。

 三人をつないでいるのは、いつもアトランティス大陸の秘密だった。

 そもそも本当にアトランティス大陸が存在したのか?

 どうして消えてしまったのか?

 高度な文明が残された可能性はあるのか?

 ピラミッド文明との関わりは?

 宇宙へと移民した可能性は?

 三人はそういうことを真剣に話し合った。


   🐈


 輝男は友達とこういう話ができることがとてもうれしかった。しかも仲間の二人も心からアトランティス大陸の存在を信じているのが何よりもうれしかった。

 これがどれほどの奇跡であるのか、輝男にはよく分かっていた。

 今まではアトランティス大陸の話をしても、何も分からないか、変人を見る目で見返されるか、そのどちらかしかなかったのだ。


   🐈


 アトランティスの話をしていて、輝男が驚いたのは龍次の知識の豊富さだった。

 龍次は輝男に負けないくらい、アトランティスにのめりこんでいた。国内で手に入るあらゆる文献を調べ、それを基に冷静な分析を繰り返してきたのがよく分かった。

 輝男はどちらかといえば直感に頼るタイプだったが、龍次はその正反対だった。とことん論理的にものを考え、合理的な分析を一番に考えていた。

 だから龍次の話はいつでもきれいに筋が通っていた。

 しかもその龍次が出した結論というのは、輝男の考えていた結論、


 

 


 と、全く同じものだった。


   🐈


 輝男がもう一つ驚いたのは、鋭子の大胆な想像力だった。

 彼女は積極的に文献を読むというタイプではなかったが、二人の話を聞いていつも驚くようなことばかり言った。

 確かに突飛な発想ではあったが、そこには注意深く考えれば気づくような真実の断片が含まれていた。

 これは少々分かりづらい表現なので、一例を挙げて説明しよう。

 それは輝男と龍次がアトランティスに空飛ぶ乗り物があったかどうかを論議している時だった。


   🐈


「その可能性は十分にあったと思うよ」

 と輝男が切り出した。

「オレもそう思う。それに南米でも、もろに飛行機形のオブジェみたいなのが見つかってるしな」

「そう、南米だけじゃなくて、世界中のあちこちにそれらしい遺物がたくさん見つかってるからね」


「えー、そうなの?」

 鋭子はネコを膝に乗せ、その背中をなでながら、かわいらしく驚きの声をあげた。

 

   🐈


「ああ、そうさ。これは偶然では片づけられないと思うぜ。確かに空を飛ぶ乗り物の形というのはあまりバリエーションがなさそうだけど、それでも世界中で同じ形というのは少ししな」


 そう言う龍次の肩には猫が乗っていた。どういう訳か龍次は動物に好かれた。龍次がかまわなくとも、猫の方からかまってくるのだ。


「それにオリハルコンという金属が実在していれば、技術的にも航空機を作るのは可能になるしね」

 輝男はすっかり二人にネコを取られてしまっていた。でもそれを眺めているのはなんとも嬉しかった。


   🐈


「でもさ、それなら、どこかで飛行機の残骸のひとつでも見つかってもおかしくないんじゃない?」

 鋭い指摘を入れるのは、いつも鋭子だった。

「そこなんだよなぁ……」

 いつものように二人で頭を抱え込んだ。

「オリハルコン、びないはずだしな……」


「あー! !」

 鋭子のとつぜんの声に二人が顔を上げた。

 二人の見た鋭子はにんまりと笑顔を浮かべていた。その勝ち誇った表情のかわいらしさに二人はつい赤くなってしまう。

 だがそんなことはお構いなしに鋭子は言葉を続ける。


   🐈


「龍よ!」

「「龍?」」

 輝男と龍次の二人の声が揃うのもしょっちゅうの事だった。

「そう! ドラゴン! 世界中に残ってるでしょ? 龍の伝説って」

「ああ。でもそれがどうしたの?」

 輝男が興味津々に尋ねると、鋭子はますます得意になって続けた。

「まだ、分からないかな?」

 こうなると龍次はちょっとムッとして答える。

「うん、全然分かんねぇ」

「ボクもさっぱり分かんないよ」

「あー、これだから頭のいい人はダメよね。柔軟な発想がない!」

 鋭子は指先をふりながら、チッチッと舌を鳴らした。


   🐈


「龍の伝説が、過去に飛行機が存在した証拠なのよ。見て!」


 鋭子は空の一点を指さした。ちょうど青い空の真ん中に、くっきりとまっすぐな飛行機雲が一本浮かんでいた。

 その一本は三人に向かってするするとのびているところだった。

 先端には銀色のジェット戦闘機が、空中をすべるように飛んでいるのが見えた。


「飛行機雲だね」

「まぁ、龍に見えないこともないな」

「あんたたち、本当ににぶいのね。龍と言えばもうひとつあるでしょ。恐ろしい獣の鳴き声!」


 そのとたん、空から爆音が降りてきた。その圧倒的な音量。

 それはこの世のものならぬ声。三人は思わず空を見上げ、ジェット機が飛び去っていくのを見送った。


   🐈



「まさに『龍』だね。これが飛行機だと知らなければ……」

 と、輝男が感心しながらつぶやいた。

 龍次は腕を組み、空を見ながら自分の思考をつぶやいた。

「なるほどな……かつてアトランティスには飛行機が存在し、世界中を飛び回っていた。その飛行機雲が龍の体をつくり、爆音が龍の声を作った。飛行機を知らない人々はそれが空を飛ぶ、巨大なドラゴンだと語り継ぐようになった……うん、筋は通ってるな」

「でしょー!」

 鋭子はにっこりと可愛くほほえんだ。


   🐈


 

 彼女の語ったこの推論は完璧に正しかった。

 輝男の言い方ではないが、何の知識もなくこのことに気づくとは、まさに鋭い女と言わざるを得ない。


 余談はさておき、先を続けよう。


   🐈


 三人のチームワークは完璧だった。

 これなら、本当にアトランティス大陸を発見できるかもしれない。

 輝男だけでなく、龍次も鋭子も同じ思いを抱いていた。

 三人にとってこの時代は生涯を通じて最も幸福な記憶となった。この幸福な時代は、それから小学校を卒業するまでの二年間続いた。


   🐈


 しかし別れの時はいつでもやってくる。

 小学校の卒業は間近に迫っていた。

 三人は離ればなれになるのがとてもつらかった。

 だが同時に自信もついていた。

 自分たちは一人ぼっちではない。その思いが彼らに前を向かせた。


   🐈


 そして卒業式の日、三人は全てが始まったあの飼育小屋に集まった。

 三人はばらばらの中学校に通うことになっていた。

 鋭子は高校まで自動で進学できる私立の女子校へ。

 龍次は両親の薦めで、大学までエスカレーター式の私立中学校へ。

 そして輝男は地元の公立中学校へ。


   🐈


「必ずもう一度集まろうね」鋭子が言った。

「ああ、アトランティスを探しに行こう」龍次が言った。

「絶対三人でアトランティスに行こう」輝男が言った。


 それから三人は少し泣き、お互いに別れを告げた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る